第63回:ほんとうに“日本は素晴らしい”のか?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 以前ほど「ニッポンすごいですねえ」「素晴らしいニッポン」というようなTV番組は少なくなったようだが、それでもまだそんな類いの番組はある。別に、それはそれでかまわない。
 けれど、そんな番組とは裏腹に、最近はどうも「これでいいのかニッポン」としか思えない日本発のニュースが多いような気がする。

日本の司法制度への国際的批判

 世界中が驚いた日産自動車元会長のゴーン氏の逮捕、そして長期勾留。ゴーン氏が獄につながれてからすでに3カ月近くになる。彼の容疑は分かるとしても、こんな長期勾留は果たして正当なのだろうか。
 欧米各国から強い批判があがっている。日本特有の「人質司法」というヤツに対してだ。とにかく、自白するまでは保釈せず、長期にわたって勾留し続ける。別に逃亡の恐れがなくても、否認し続ければそのまま、家族の面会さえ許されないという厳しさだ。

 最近では、沖縄辺野古・高江の米軍基地建設反対運動のリーダー山城博治さん(勾留5カ月)や森友学園問題の籠池夫妻(勾留10カ月)といった異様な例もある。いや、異様とは書いたけれど、日本ではこのような長期勾留の例は異様でも何でもないほどたくさんあるのだ。
 山城さんの場合、容疑はほんの微罪であり、150日を超える身柄拘束はどう考えても不当だ。これに対しては、国連の作業部会が「国際人権規約違反」であるとの見解を出したほどだ。

 また、元TBS記者の山口某について、伊藤詩織さんへの性的暴行容疑で逮捕状が出ていたにもかかわらず、土壇場で逮捕が回避された事件も、日本司法への大いなる批判の事例となった。
 この件では、山口某が安倍首相と親しい記者だったことが背景にあった。そのため首相官邸が司法に介入し、山口某の逮捕を止めたのではないかとみられているのだ。折からの「#MeToo」運動の盛り上がりもあって、世界中から大批判を浴びることになった事件だ。
 日本におけるセクハラの最悪事例といえる。いや、セクハラなどという言葉では物足りない。これはレイプ事件という犯罪だったはずだ。

 さらに、沖縄における辺野古埋め立てについては、沖縄県と安倍政権が何度も法廷闘争を繰り広げているが、すべて政府に有利な判決が出ている。司法が政治に屈服している例として、アメリカでも話題になった。
 これらが、日本発のニュースとして世界に伝えられたのだ。
 日本は、これでいいのか?

特定の記者への攻撃

 記者会見で、東京新聞の望月衣塑子記者が鋭い質問で菅官房長官に迫る様子は、ネット上でも有名になった。それが官邸の逆鱗に触れた。望月記者への嫌がらせが始まった。
 安倍官邸から望月記者をターゲットにした東京新聞への申し入れ書、さらには記者会見で、執拗に望月記者の質問を妨害する上村秀紀報道室長という茶坊主官僚のいやらしさ。
 このシーンは、外国メディアには異様に映った。ある記者をターゲットにして個人攻撃する様子は、外国人記者には理解しがたいものだった。日本発の信じがたいニュースとして、これも世界に向けて発信され始めている。恥ずかしいじゃないか。
 世界からの批判が高まると、ようやく日本のマスメディアも、免罪符のように小さく報道する。情けないことに、それが日本の企業ジャーナリズムの現状なのだ。
 新聞労連やJCJ(日本ジャーナリスト会議)などが、安倍官邸への抗議声明を発表したし、東京新聞も望月記者をバックアップする態度をきちんと示しているのが救いではある。
 それにしても、安倍政権批判には個人的恫喝で対応する。安倍官邸の肝っ玉のちっちぇえことよ。

五輪の裏の黒いカネ

 ここに来て東京オリンピックに暗雲が漂い始めた。
 竹田恒和JOC(日本オリンピック委員会)会長を、フランス検察が贈賄容疑で訴追手続きに入ったというのだ。噂としてはずいぶん前からささやかれていたのだが、フランスでは検察が訴追手続きにはいるということは、かなり容疑が固まったということだ。
 カネでオリンピックを買ったと言われるようなことが、実際に行われていたとすれば、何が「平和の祭典」か。これもまた、日本が絡んだ恥ずべきニュースである。
 あの滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」という薄気味悪いパフォ―マンスは、よく言われるギャグのように「表なしの裏ばかり」だったことが、今にしてよく分かるのだ。

国連機関からの日本への勧告

 なんとも言いようがないほど切ないのが、野田市での児童虐待死事件。もうこのニュースがテレビで流れるたびに、ぼくはチャンネルを変える。正視できないのだ。あの父親は、治療が必要な異常サディストだと思う。
 こんな事件が相次いでいる日本。それはすでに国際的人権団体も危惧するような状況になっている。
 国連の「子どもの権利委員会」は、2月7日に実施した対日審査の結果を受けて、「日本では子どもへの虐待等の暴力が非常に多いという報告があり、当委員会は懸念している。日本政府に対策の強化を求める」とする勧告を出したのだ。こんなみっともないことがあるか!
 人権外交をひとつの謳い文句にする「安倍外交」だが、底が抜けているのがミエミエだ。
 同勧告は、日本の子どもの貧困率が先進国の中でも高いとし、十分な予算措置をとるように要求しているが、安倍内閣はそんな勧告はどこ吹く風、大量の超高額な兵器を、トランプ大統領の言いなりに購入することを決定。子どもや少子化対策への予算など二の次だ。

 総額が6千億円を超えるともいわれるイージス・アショア導入など、米朝首脳会談等で朝鮮半島の緊張緩和が進む中で、いったいなぜ必要なのか。それに対する明確な答えもないまま、しかも秋田や山口の設置予定地住民の不安や反対を押し切ってまで購入するのは、安倍首相によるトランプ大統領への「シッポ振り外交」としか言いようがない。
 欧米各紙のマンガで風刺される安倍首相の情けなさ。どこが「外交の安倍」なんだ?

核をめぐる日本への不信

 日本の政治の動きに対して世界が大きく首をかしげたのは、やはり「福島原発事故」の後始末だった。
 なにしろ、安倍首相はあろうことか、東京オリンピックの招致活動の中で、原発事故後の放射能漏れに関し「完全にアンダーコントロール」と言い放ったのだ。これには、心ある多くの人たちが呆れ返った。いったいどこがアンダーコントロール?
 しかも、その後の日本政府の「エネルギー基本計画」は依然として、原発を“基幹エネルギー”として位置づけるとの立場を崩さない。
 だが、こんなことが世界に通じるはずもない。
 アベノミクスの重要な柱としていた「原発輸出」が次々と失敗していることが、それの証拠だ。リトアニア、ベトナム、トルコ、アメリカ、そしてイギリスと、原発輸出はことごとく頓挫しているのだ。にもかかわらず、安倍政権はいまだに原発に固執している。
 「あれだけの原発大事故を起こした当事国の日本が、いまだに原発に依存しようとしていることが理解できない」と、世界各国から奇異の目で見られていることは言うまでもない。

 核に関連していえば、世界で唯一の原爆被爆国である日本が「核兵器禁止条約」への署名を拒んでいることもまた、各国から批判を浴びる理由のひとつである。アメリカの「核の傘」の下にいるということが、日本の署名拒否につながっている。
 これでは「日本はアメリカのポチ」と揶揄されても仕方ない。そこまで言われて恥ずかしいと思わないか?

嬉しいニュースもあったけれど

 こう見てくると、最近の世界に向けた「日本発ニュース」って、ほんとうにろくなものがない。
 でも、スポーツの世界では、日本選手の活躍が目立つ。嬉しいことだ。とくに、大坂なおみ選手の素晴らしい躍進には、ぼくも喝采を送った。全米全豪の連覇なんてものすごいことだ。
 ところがその活躍に泥を塗ってしまった事件(?)があった。
 スポンサーの企業広告で、大坂選手のアニメをヘンな具合に加工してしまったのだ。大坂選手の褐色の肌を、ことさら白く描いたことだ。これに対し、黒人差別には敏感なアメリカなどで「ことさら白くするのは、黒人への逆差別に当たる」という強い批判が起きたのだ。
 描いた側には、「白いほうが本人も喜ぶだろう」という“忖度”があったのかもしれないが、バカバカしいことをしたものだ。これもまた「日本では差別問題に対する意識が低すぎる」という国際的批判のもとになった。
 せっかくの喜ばしいニュースが、土壇場で冷水を浴びせられる結果になったのだった。

「反日」はどっちだ?

 まだまだ情けない事例はたくさんあるのだが、こんなふうに最近の日本発の「これでいいのかニッポン」的なニュースを挙げていくと、多分、「反日」だの「非国民」「パヨク」「売国奴」などという罵声がいっぱい飛んでくることだろう。
 だけど、ぼくは決して「反日」なんかじゃないよ。
 この国をどうにかまともにしたいと考えている人間のひとりだ。そういう意味では「愛国者」と呼んでくれてもかまわない。まあ、いつもぼくのツイートに「反日」「パヨク」と絡んでくるような人と同じ類いの「愛国者」ではないけれど。

 ことさらに、日本の悪いニュースだけを取り上げている、とこの文章を批判する人がいるなら「では最近の日本発ニュースで、素晴らしいと思うことを挙げてみてくれ」と問い返したい。
 はたしてどんなニュースがあるだろう? ぼくにはあまり思い浮かばないのだ。

 「愛国者」を自認する人たちは、なぜ、こんな国の現状に憤らないのだろう。世界から尊敬される国、国際的な信用を得られる国になってほしいと、なぜ思わないのだろう。
 国際的非難・批判を受けている事柄を、一つひとつ改善していって「日本の言うことなら信頼に値する」と言われる国にしていきたいと思うような人たちこそ、本来の意味での「愛国者」だと思う。
 逆に、こんな国のひどい現状をそのまま認めている人たちこそ「反日」ではないか?

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。