「ヤレる女子大生ランキング」というタイトルで、女子大生を男性の性的な目線で格付けした記事を載せた『週刊SPA!』(扶桑社刊)が世に出たのは昨年暮れ。「まだこんなことやっているのか」「くだらない、ばかばかしい」と、多くの女性たちは相手にもしませんでした。昔から延々と続くこの手の女性差別的な記事に、フェミニストさえ、うんざりしつつも慣れっこになって、その結果見過ごしにしてきたのです。そのとき声を上げたのが国際基督教大学の学生たち。「これは女性の人権を踏みにじる記事だ、許してはいけない」と記事撤回を求める署名活動を始めました。「そのまっすぐさに、拍手を送りたくなるような清々しさを感じた。同時に、時代は変わりつつあるのだと、胸が熱くなった」と雨宮処凜さん。彼女たちはすぐさま「ヴォイス・アップ・ジャパン」を立ち上げ、ジェンダー差別に声を上げる運動を展開し始めました。そのめざすところを、副代表の辻岡涼さん、高橋亜咲さんに伺いました。
女性蔑視の記事への怒り
——「ヴォイス・アップ・ジャパン」(以下VUJ)は、2018年暮れの『週刊SPA!』の「ヤレる女子大生ランキング」という記事への抗議がきっかけで誕生したのですね。その立ち上げの経緯を教えてください。
辻岡 私たちの友人で、VUJの代表をやっている山本和奈がインスタグラムで友達から送られてきたSPA!の記事を見たのが始まりです。これはひどい、おかしいと、すぐオンライン署名サイト「change.org」で、出版元の扶桑社に対して、女性蔑視の記事の撤回と謝罪を求める署名活動を始めました。
辻岡涼さん
高橋 和奈が始めたその日に、私たちもすぐ賛同して、いっしょにやろうということになりました。VUJのメンバーは皆海外に住んでいた時期も長かったので、日本のこういう週刊誌って、見たことなかったんです。だから初めてこの記事を見たときは本当にびっくりしました。大学生のなかには未成年もいるし、勉強するために大学に入ったのに、性的なモノとしてみてランク付けするなんて、許せないと思いました。
辻岡 前から私たちの間では、伊藤詩織さんのこととか、女性は相撲の土俵に上がれないとか、医学部の入試差別とか、おかしいよね、ひどいよねという話はよくしていました。SNSで、ニュースや映像を回し合って話題にしていたのですが、仲間内のおしゃべりで終わってしまって、もやもやした気持ちがたまっていたんです。
——署名活動を初めて10日で5万を超える賛同が集まりました。予想外の反響だったとか。
辻岡 せいぜい500筆とか、よくても1000筆くらいかなと思っていたので、びっくりしました。英語、スペイン語、ノルウェー語でも発信していたので、署名を始めた次の日にBBC が取り上げてくれ、そのあとCNNなど、海外メディアの取材オファーが相次ぎました。あの記事そのものが、欧米ではあり得ないことなので、ニュースになったのだと思います。
高橋 その後、和奈がテレビに出るなどして広まってからは、国内からの署名がどんどん集まって……。悔しかったけど自分では言えなかった、声を上げてくれてありがとうとか、あきらめていたけれど、やっぱりおかしいよねとか、あの記事に名前を挙げられた大学の学生も含めて、いろいろなところから賛同してくれるコメントがどんどん届きました。
高橋亜咲さん
辻岡 もっとバッシングとか、ネガティブなコメントがくるのではと思っていたけど、支持のほうがずっと多かった。気持ち悪いツイートとかもくるけど、それはなるべく見ないようにしています。
廃刊でなく、「性的同意」について編集部と話し合う
——皆さんの抗議行動が斬新だったのは、出版差し止めで終わらせるのでなく、編集部との話し合いをもったことでした。
高橋 私たちの抗議に対して、最初扶桑社は「扇情的な表現だった」「読者の気分を害する可能性があった」などとする謝罪コメントを出しました。でもそれでは問題の解決にならない。そこで原因究明と再発防止のために、直接話しあいたいと、申し入れました。
辻岡 「廃刊にして」というコメントも多かったのですが、ああいう記事が出てくるのは『週刊SPA!』だけの問題ではないですよね。
高橋 最初は編集部がどういう対応をしてくるのかわからなかったので、すごく緊張して想定問答を考えて、ディベートの練習もしました。
辻岡 そうしたら最初に「女性をモノのように見る視線があった、女性蔑視だった」ときちんと謝罪してくれて、ちょっと拍子抜けしました(笑)。ただ、あの記事は間違っていたけれど、男性誌なのでセックス記事はこれからも扱うと言われました。
高橋 私たちも、セックスをテーマにした記事そのものが悪いと思っているのではなく、問題にしているのは、女性を対等な人格としてみているかどうかということ。具体的には「性的同意」についてちゃんと理解して、記事の中で必ず触れて欲しいと強調しました。
——「性的同意」とはどういうことでしょう。
高橋 英語では「セクシャル・コンセント(Sexual consent)」といって、セックスについてお互いの意思を確認しあうという意味です。日本では「男がおごれば女性はセックスに同意したと思っていい」とか、「彼の部屋に泊まるイコールセックスOK」みたいな感覚があって、それが性犯罪につながっている。ノーと言わなかったからいいのでなく、イエスと言って初めて性的合意が成り立つ。それがグローバルスタンダードです。
——日本では同意なき性行為であっても、暴行や脅迫がなければ強制性交罪が成立しません。一方欧米では同意に基づかない性行為を犯罪とみなす考えが主流になりつつあると聞きます。日本では「性的合意」という言葉もまだまだ知られていなくて、むしろ戸惑いや違和感を抱く声が少なくありません。「そんなこといちいち言葉で確認するのか」とか、「以心伝心でわかるだろう」とか……。
辻岡 日本には「いやよいやよも好きのうち」という台詞があると知ったときには、びっくりしました。私はイギリスの中学高校の授業で「セクシャル・コンセント」について学んでいるので、普通に友達同士の会話の中でも出てきますし、当たり前のこととして自然に身についていますが、大人になって急に言われたら、ピンとこないかもしれない。
高橋 セックスする前にいちいちチェックリストを確認し合うのかとか、雰囲気が壊れるとか、確かに性的合意に対しては疑問のコメントも寄せられています。ですがあえて言葉にしなくても、雰囲気を壊さないやり方だってあるはずですよね。セックスはコミュニケーションのひとつですから、それぞれの方法で相手の気持ちを確かめることは大事だと思います。
辻岡 性的合意については「ちゃぶ台返し女子アクション」とか、日本の大学生の間でも広める活動があちこちにあります。『週刊SPA!』編集部も、性的合意について私たちの意見を反映した記事を作ってくれることになっています。(※『週刊SPA!』3月12日号に掲載)。
——やはり子どもの頃からの性教育が大事ですね。
高橋 アメリカの中学高校では、週に1回くらい、少なくとも1学期に1回は性教育の授業がありました。
辻岡 私の弟は日本の私立高校に通っているのですが、彼の保健体育の教科書を見ると性についての記述は分厚い教科書の中で、2〜4ページくらい。避妊について具体的な授業もない。これだけ? とびっくり。安全なセックスについてどうやって知るのか。ネットやポルノビデオなどで情報を得るのは、絶対だめだと思う。
キャンパスレイプをなくしたい
——SPA!問題のあと、VUJではどんなテーマに取り組んでいるのですか。
辻岡 今、学生メンバーが中心になって進めているのが「キャンパスレイプをなくそう」という取り組みです。
昨年慶応大学の学生が性的暴行などの容疑で5回捕まったのに、起訴されずに終わってしまったという事件がありましたよね。これをきっかけにして、すべての大学関係者に対策を求める署名活動を始めました。具体的には ①オリエンテーション時に再度性教育を行い、性的同意を義務化してください。②性被害に遭った学生が安心して相談できるセーフスペースを設けてください。③加害者に対しては処分と同時に、更正カウンセリングなどサポート体制を整えてくださいという、3つの対策を提案しています。
高橋 アメリカの大学では入学時のオリエンテーションで、ドラッグやアルコールについてと同じように、性的同意についてもちゃんとレクチャーを受けます。それを聞かないと受講登録もできないし単位も取れない。
——おふたりとも海外生活が長く、日本に帰国してから「おかしい」と思うことがいろいろあったわけですね。
高橋 アダルト雑誌がコンビニに、しかもなんの仕切りもカーテンもなく子どもの目線に置いてあるというのも、カルチャーショックでした。つい最近、オリンピックで外国人がたくさん来日するというので、置かないことになったそうですね。私たちが直接運動したわけではありませんが、少しは影響したのかな。
辻岡 テレビなどメディアの表現も気になります。テレビなどでは、セクシャルハラスメント(セクハラ)が笑いのネタとして軽く扱われているし、深刻な問題として受け止められていない気がします。
——女性自身も笑ってごまかすのが大人のスキルだと思わされていたり、差別だと認識していないのかもしれません。
高橋 テレビで渋谷の街頭インタビューを見たことがあるのですが、「日本に女性差別はない。映画館のレディースデイとか、女性専用車両とか、女性に優しい、住みやすい社会だと思う」と若い女性が答えている。それは勘違いです。レディースデイがあるのは女性の給料が安いから、痴漢がいるからしょうがなくて女性車両がある。女性自身が差別と認識していないことも問題だと思う。
——日本でも近年企業などでセクハラ対策が少しずつ進んできているようですが、セクハラとは何かという認識が明確には共有されていない気がします。なにがセクハラか、どこまでがセクハラか。この言葉はOKなのかNGなのか、企業では研修が行われたり、戸惑っているのが現状です。
高橋 相手を不快にさせる言動はすべてセクハラだと言う人もいますが、お互いの関係性とシチュエーションなどによるので、一概には言えませんよね。
辻岡 キーワードはやっぱり人権だと思います。相手を人として認めて理解し尊重し合う。そこから外れていればセクハラだ、と。子どもの虐待も、しつけでなく人権問題ですよね。何事も人権を守っているかどうかが判断の基準になるのではないでしょうか。
だれもが声をあげやすい場を
——ヴォイスアップとは「声を上げる」ということですね。VUJの登場によって、声を上げることの大切さと同時に、難しさも浮き彫りになった気がします。
辻岡 日本では声を上げることがとても難しいということはよくわかります。難しい立場にいる人に無理に声を上げようとは言いません。危険な目に遭うこともあるだろうし、まずは自分の身を守ってほしい。声を上げられる環境が整ったと思ったら自分のペースで、その人なりのやり方で声を上げて、と呼びかけています。
高橋 私たちの目的はまず声を上げやすい環境を作ることです。アメリカでさえ、性被害について声を上げられるようになったのは、つい最近のことです。どんなに勇気があったとしても、ヴォイスアップすることは簡単なことではありません。ましてや日本は、自分の意見を言ったり人と違うことをするとたたかれるという雰囲気がずっと続いているわけですから、すぐには変えられない。
辻岡 欧米では小さいときから自分の考えを言えるようにと家庭でも育てられますし、学校でも授業はディスカッションが中心。先生の話を黙って聞いてノートを取って暗記して、という日本の学校教育では、声を上げる大切さや勇気はなかなか育ちませんよね。
高橋 ですから私たちはまず、安心して声を上げられる場が大事だと考えて、フェイスブック上に、クローズド(許可制)のコミュニティを作りました。現在コミュニティの会員は100人くらい。そこはいやがらせやセカンドレイプからも守られた安全な場なので、これまで声を上げられなかった人も自由に話せます。
——「被害者にも落ち度があったと」か、「やられるほうも悪い」といった偏見が根強いことも、声を上げられない原因ですね。
高橋 そんなふうに「被害者の側も悪い」と言うことを、英語では「ヴィクティム・ブレーミング(Victim blaming=犠牲者非難)」といいます。この「犠牲者非難」やセカンドレイプ、また被害者自身が自分を責めたりするようなことはアメリカでもずっとありましたが、ここ数年のMeToo運動の中で、それは間違った考え方だという理解が広まっています。
辻岡 どんな場合でも悪いのは暴力をふるったほう、被害者は悪くないということです。
高橋 私の家の近くの道に「痴漢に注意」「夜道の一人歩きはやめましょう」という看板があるのですが、そうでなく必要なのは「痴漢は犯罪です」という警告です。女性の側に「Don’t get raped」と注意を促すのでなく、痴漢を軽く考えている加害者側に「Don’t rape」と呼びかけるべきです。
辻岡 「痴漢は犯罪です」と、当たり前のことを言わなければならないのも悲しい。「殺人は犯罪です」という看板はありませんよね。
——ちなみにこの活動についておうちの方から、何か言われますか?
高橋 母は、「名前出して大丈夫なの? 気をつけて」と心配はしています。署名はすぐしてくれたのですが、旅行とか食べ物の写真ばかりのフェイスブックにいきなりこういう話題を載せたら、みんなにどう思われるか、最初はすごく迷っていたようです。ツイッターなどのネガティブコメントを読んでしまって、ショックを受けたり……。私は読まないほうがいいよ、無理しなくていいよと言っていましたが、今ではがんがん応援してくれるようになりました(笑)。
——お母さんの気持ち、よくわかります。若い皆さんの勇気が社会を変えるきっかけになると信じています。今日はありがとうございました。
(構成/田端薫・写真/マガジン9編集部)
(左)辻岡涼さん、(右)高橋亜咲さん
辻岡涼(つじおかりょう) 国際基督教大学4年生。専攻は社会学、ジェンダー学。福岡生まれ。小学校は日本のインターナショナルスクール、中学高校はイギリスの学校で学ぶ。
高橋亜咲(たかはしあさき) 国際基督教大学4年生。専攻は物理学、社会学。アメリカ生まれ。4歳の時いったん帰国し、9歳から高校3年まではアメリカの学校で学ぶ。