荻原博子さんに聞いた:安倍政権は予定通り10月に消費税を増税するか?

今年7月4日公示、21日投開票予定の参議院議員選挙。10月の消費税10%への引き上げを控え、増税の是非が争点の一つとなることは必至です。しかし、経済ジャーナリストの荻原博子さんは、「過去二回、増税先送りによって選挙を大勝してきた安倍政権は、今回も増税延長のサプライズカードを切る可能性がある」と指摘します。消費税が政争の具として扱われる現状を、著書『安倍政権は消費税を上げられない』で明らかにした荻原さんに、消費税をめぐる安倍政権の本音について伺いました。

なぜ『安倍政権は消費税を上げられない』のか

――荻原さんは昨年12月、『安倍政権は消費税を上げられない』と題する著書を出版されました。そうお考えになる理由を教えてください。

荻原 答えは簡単で、安倍政権は過去二回の選挙で「増税延期」を表明することによって大勝したからです。
 2014年4月、安倍政権下で消費税が5%から8%に引き上げられました。増税後、消費は低迷し、アベノミクスも失速。先行きへの不安感が募り、企業は賃金を上げられず、さらに消費が冷え込むという悪循環に陥りました。当然ながら政権支持率が下がり、崖っぷちに立たされた安倍首相が出したのが、歴代首相は誰も使ったことのない「消費税増税先送り」のサプライズカードだったのです。
 14年11月に、景気が良くないことを理由に、15年10月に予定されていた10%への消費税増税を17年4月まで先送りすることを決定。翌月、「消費税増税延期について国民に信を問う」という大義を掲げて衆議院を解散させて挑んだ総選挙では、自公合わせて全議席の3分の2を上回る議席を獲得しました。さらに16年6月には、消費税引き上げを19年10月に再延期すると表明。その後の参院選も与党の圧勝に終わり、定員242議席中、自公で146議席を占めるまでに至りました。

――増税先送りのカードを、選挙の「追い風」として利用してきたのですね。

荻原 そもそも、消費税引き上げに関与した首相は、選挙で大敗するのがこれまでのセオリーでした。79年、大平内閣で初めて消費税の導入が閣議決定された後の衆院選では、自民党が過半数割れの惨敗。また、97年に5%に増税した橋本内閣は、翌年の参院選で大敗。2011年には民主党(当時)の野田首相が、12年6月に消費税率を10%に引き上げる「3党合意」を、自民党、公明党との間で交わした後、同年の衆院選で大敗しました。
 本来、政権にとっては「鬼門」である消費税増税を先送りすることによって、安倍首相は長期政権を築いてきたのです。

――今年4月には萩生田光一氏(自民党幹事長代行)が増税延期をほのめかす発言をするなど、今年7月の参院選前を前に、安倍政権が「サプライズカード」をちらつかせる動きがみられました。

荻原 「景況によっては、延期もありうる」との萩生田氏の発言に対し、「あれは萩生田さんの個人的意見で、政権の考えとは異なる」と苦言を呈する政権関係者の声もあったそうですが、萩生田氏は安倍首相の側近中の側近です。公の場で、選挙の結果を大きく左右する消費税について、不用意な発言をするはずがありません。あの発言は、増税延期発言が国民にどう受けいれられるかを確認するための観測気球だったとみるのが適切でしょう。
 そもそも財務省出身でもない安倍首相には「消費税をなんとしても上げたい」というモチベーションが希薄のように見受けられます。だからこそ、選挙が近づくまでは「消費税引き上げの必要性」をパフォーマンスとして語るし、選挙が近づいて〝風〟が変れば、簡単に主張を覆して「景気が良くないから、増税は見送る」などと発言できるのでしょう。
 これまでに二度も「増税先送り」のサプライズカードを切った事実こそが、安倍政権が国民の生活や財政状況の健全化を考慮して消費税増税を進めようとしているのではなく、選挙の結果にのみ注視して、消費税を「政争の具」として扱っていることの証左ではないでしょうか。

トランプ大統領も消費税増税に反対

――増税延期が過去の選挙の大勝に結びついたこと以外に、安倍政権が「消費税を増税できない」理由はあるでしょうか。

荻原 実は、アメリカのトランプ大統領も消費税増税に否定的なんです。
 トランプ大統領は、日本の消費税は輸出産業への補助金だとみなしています。というのも、日本には輸出業者に消費税が還付される「消費税還付制度」というものがあり、国内から国外にモノを売る場合、相手国には相手国の税金があるからそちらに準じるべきという考え方によって、輸出業者は消費税を免除されるのです。また、商品を輸出する前段階で材料の仕入れ時などに納めた消費税も国から還付されます。これに対して、トランプ大統領は「アメリカで日本車が売れるのは、日本政府の補助金によって価格が安価に抑えられているからだ」と主張して怒っているのです。
 多少強引な考え方ではありますが、トランプ大統領のこうした見方も、安倍政権にとっては消費税増税に二の足を踏む要因となるでしょう。

――給料も上がらず、「アベノミクス」の効果を実感しづらい現状では、国民としても消費税増税を受け入れがたいところです。

荻原 最近では、消費者だけでなく、産業界からも反対の声が上がるようになっています。例えばこれまで増税に賛成してきた日本自動車工業会は、18年に「自動車税など、自動車ユーザーの税負担を軽減しなければ、消費税増税は認められない」と明言しています。
 また、消費税増税による低所得者への負担を軽減するための策として、飲食料品や新聞などの税率を8%に据え置く「軽減税率」制度が実施されることになっていますが、これに対しても小売業者や外食チェーンを中心に不満の声が上がっています。例えば飲食店の場合には、同じメニューでも店内で食べるか、持ち帰りにするかによって税率が変わる場合があります。レジシステムの改修など余計な手間とコストがかかるのですから、不満を訴える声があるのも当然です。
 消費税10%への引き上げと、それに伴う軽減税率の導入に対しては、大企業から町のおそば屋さんまで、強い不満感をもっているのが現状です。

消費税をめぐる政権の発言の前提は、常に「選挙」

――荻原先生ご自身は、10月の消費税10%への引き上げは適切と思われますか。

荻原 私自身は、多くの世帯が家計に苦しんでいる現状では、消費税の増税は適切でないと考えています。
 黒田日銀総裁や菅官房長官は、13年のアベノミクス開始以降、「景気は緩やかに回復している」と言い続けていますけど、6年間も「緩やかな回復」を続けていたら、今は結構、好況なはずですよ。
 しかし実際には、14年の消費税8%への引き上げ以降、消費はシュリンクして景気は右肩下がり。アベノミクスによる格差拡大で富裕層は一層豊かになる一方、一般世帯の家計は厳しくなるばかりです。多くの人が消費を控えざるを得ない現状ですから、消費税増税なんてとんでもない話です。

――確かに消費者としては、消費税引き上げ後の生活に大きな不安を抱きます。一方で気になるのが国債残高など、国の借金です。その金額は1千兆円以上ともいわれるなか、将来世代へ負担の先送りをしないためにも、消費税増税はやむをえないとの意見もあります。

荻原 国の借金が1千兆円以上あるから、「日本の先行きは真っ暗だ」という人もいますけれど、年間約500兆円(実質GDP)を稼ぐ日本の屋台骨はそんなにヤワじゃありません。今の日本の財政状況を分かりやすく例えるなら、「衰退しつつある老舗商店」というところでしょうか。右肩下がりには違いないのですが、昨日今日、成り上がった新興国ではありませんから、底力もあるし、国際的な信頼もある。対外純資産残高も340兆円(18年末時点)と、世界最大の純債権国の地位を28年間キープしています。
 考えてみてほしいのが、約1千兆円の国債のうち、4割超を保有しているのが日本銀行だということです。健全な状態と言い難いのは確かですが、国が中央銀行に借金をしているのですから、親会社が子会社に借金をしているようなもの。日銀保有の国債に限っては、60年の償還期限を100年に延長するとか、借り換えを続けられるような仕組みをつくるとか、いくらでも手の打ちようはあるんです。

――ただこの先、少子高齢化の進展によって社会保障費が増えるから、財源確保には消費税増税が必須だと主張する声も根強いです。

荻原 社会保障費のことを考えるのなら、増税の前に、まずはムダを省くことが先決のはずです。国が国民の同意もなく1基100億円のミサイルを購入するようなお金の使い方をしているのに、どうして国民が負担増を受け入れなくてはいけないのでしょうか。
 消費税と社会保障費について語る時、「北欧に比べて日本の消費税率は低い」と主張する人がいます。確かに、福祉国家として有名なスウェーデンの消費税率は25%で、日本よりずっと高率です。しかし、国民がこの税率を受け入れているのは、医療や教育、介護などにかかる費用を、ほぼ国が負担してくれるからこそ。日本でも、増税したら社会保障サービスが良くなると信じている人は多いようですが、増税によって増えた税収がどういう使い方をされるか、具体的な議論はほとんどされていません。税率だけを比較して、「他国より低いから上げるべき」といった議論はナンセンスです。
 国債残高にせよ、社会保障負担にせよ、「消費税増税の根拠」としてもっともらしく主張しているのは誰かといえば、消費税を政争の具として扱い、最善のタイミングで「増税延期」のサプライズカードを切りたい政権や、消費税増税を悲願とする財務省の人たちでしょう。結局彼らは、己にとって都合のよい情報を、都合のよい角度で国民に提示して、「消費税増税は既定路線」とのイメージを植え付けたいだけなのです。残念ながら、そこからは国の財政健全化に真剣に取り組む姿勢は見えてきません。

――参院選を控え、今のところ政権は、10月の消費税引き上げについて「先送り」とも「予定通り決行」とも明言していません。

荻原 安倍首相にとって、今年7月の参院選は、第四次安倍内閣の「中間成績」発表の場ともいえる、非常に重要な選挙。今回も、土壇場になって「増税延期」のサプライズカードを切る可能性は捨てきれません。実際、菅官房長官は、「リーマンショック級の出来事が起こらない限り、10月に(消費税率を)10%に引き上げる予定」との発言をしています。これは裏を返せば、「『リーマンショック級の出来事』と政府が判断する出来事」が起これば、増税を延期するというエクスキューズでもあります。参院選を迎えるにあたり、最終的には、7月1日に発表される日銀短観などを踏まえ、予定通り増税するか、先送りのサプライズカードを切るかを決めるのでしょう。
 いずれにせよ、政権が消費税について語る時、その前提には必ず「選挙」がある。そのことを、私たちは肝に銘じておくべきです。

(構成/田上了子 写真/マガジン9編集部)

荻原博子(おぎわら・ひろこ)1954年、長野県生まれ。大学卒業後、経済事務所に勤務し、1982年にフリーの経済ジャーナリストとして独立。経済の仕組みを平易に解説する家計経済のパイオニアとしてテレビや雑誌で活躍。近著に『年金だけでも暮らせます 決定版・老後資産の守り方 』(PHP新書)、『安倍政権は消費税を上げられない』(ベスト新書)、『払ってはいけない 資産を減らす50の悪習慣』(新潮新書)などがある。

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