第495回:カオス! 高円寺再開発「ちょっと待った!」イベント。の巻(雨宮処凛)

第495回:カオス! 高円寺再開発「ちょっと待った!」イベント。の巻(雨宮処凛)

 ライヴハウスの両脇には、椅子に座ったおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいた。

 9月4日。高円寺ショーボート。

 この日開催されたのは、「高円寺再開発ちょっと待った」イベント。

 高円寺の再開発に反対する人々や高円寺を愛する人、その辺の暇人やその他もろもろが集まったのだ。

 高円寺再開発の話は以前からあり、昨年9月には再開発反対デモも開催されている。その顛末についてはこの連載の460回、「『マヌケを守れ!』〜高円寺再開発反対パレード」に書いたのでぜひ読んでほしいのだが、高円寺を再開発なんてトンデモないというのは、高円寺を知る人であれば誰もが頷くテーマではないだろうか?

 駅前広場を「自宅リビング」として使うがごとく、やたらと路上で宴会が繰り広げられている街。暇人と酔っ払いに優しい街。平日昼間から酒飲んでても誰にも咎められない街。というか平日昼間から飲み屋が開いてる街。そんな高円寺の再開発には「高円寺からカオスをとったら何も残らない!」「普通の綺麗な街にしてどうすんだ!」と反対の声が多く上がっているのだが、この日、改めて「ちょっと待った!」とイベントが開催されたのである。

 夜のライヴハウスでの開催だというのに、この日、ショーボートには地元の高齢の方々や商店街のおじさんおばさん、近隣住民などなど多彩な人々が駆けつけた。ライヴハウスなど初めてだろう高齢の方々はフロアの両サイドに設置された丸椅子に腰かけ、イベント開始を待っている。そこだけ見ると公民館の市民集会のような風景で、お菓子とかミカンとかが回ってきそうだ。が、スタート時間が近くにつれフロアはどんどん老若男女でごった返し、パンクなファッションに身を包んだ若者や外国人なども増えてくる。

 そんなイベントではまず、再開発ついての説明が三浦佑哉弁護士(2018年の杉並区長選に立候補したものの落選。再開発反対を訴えている)からなされ、高円寺に生息する人々が次々と登場し、トーク。

高円寺トーク。左から松本るきつら氏、「さいとう電気サービス」の斎藤氏、三浦佑哉弁護士、松本哉氏

高円寺トーク。左から松本るきつら氏、「さいとう電気サービス」の斎藤氏、三浦佑哉弁護士、松本哉氏

 商店街の「さいとう電気サービス」の斎藤氏は自らの坐骨神経痛や腰痛を引き合いに出しながら「大きな道路ができたらお年寄りは買い物にも行けない」と嘆き、高円寺で生まれ育ったという松本るきつら氏は、ドラマ「北の国から」に出て来る「再開発絶対反対!」と看板に大書きされた豆腐屋(菅原文太が店主役)は高円寺の豆腐屋だとロケ地自慢。何かと高円寺を騒がしている「素人の乱」の松本哉氏は「明日のこと考えてない人が多い」街・高円寺の魅力を語る。

 トークの第二部では、高円寺で飲み屋をやってる人や高円寺で飲み歩いてる人、高円寺でレコードカフェをやってるインドネシア人などが登場し、さらにディープに高円寺を語っていく。

 「昼間から道端で、パジャマ姿で缶チューハイ飲んでても誰も変な目で見ない街」と誰かが言えば、「昔は働いていない若者がもっとたくさんいた」という話になり、そのうちに飲み屋の店主が「最近、血まみれで飲みに来る人がいなくなった」などと最近の「血の気の少なさ」を残念がる。その上、「ちょっと前までは現金支払いという概念がない人がたくさんいた。ラジカセ持ってきて『これで飲ませて』とか物々交換の文化があった。でも最近の客はちゃんと現金で払う」と感慨深げに語り始める。最近になってやっと貨幣経済が定着してきたという、21世紀の日本とは思えない話が通用する街、高円寺。

 フロアからも高円寺の「人情味」を讃える声が上がる。よくよく聞けばその人自身が、トーク出演している店主がやっている飲み屋のツケ3万円を踏み倒しているのだから「人情味」にも説得力がある。また、インドネシア人店主のアンディさんは「高円寺はインドネシアの小さなビレッジみたい」と表現。確かに高円寺は東京にあるのに田舎で下町で、この日の出演バンド「ねたのよい」も「大きな長屋」と表現していた。そんな高円寺を松本哉氏は「日本各地から敗残兵が集まってくるような街」と表現。高円寺に来たことがない人も、なんとなくゆるそうでテキトーな街だということはわかって頂けると思う。

 そんな高円寺が再開発されてしまったら。この日のイベントのチラシには、「6つの恐怖」という言葉が躍っている。

 恐怖1 純情商店街と庚申通り商店街が消滅
 恐怖2 高いビルが建ち並ぶ
 恐怖3 家賃が上がる
 恐怖4 車道で街が分断される
 恐怖5 独特な高円寺の雰囲気が失われる
 恐怖6 面白い人材の流出

 イベント終盤には、主催者たちが杉並区の区議会議員全員に送ったあるアンケート結果が発表された。それは高円寺再開発についてどういう意見か、というアンケート。

 結果を簡単に報告すると、杉並区議48人中14人が反対。その他が4人。「発展するなら賛成」が1人。そして29人が無回答。

 ざっくり説明すると、自民・公明のすべての区議は無回答。共産党は全員反対。立憲民主党は反対2人、その他2人、無回答1人などという結果だったのだった。会場には区議も何人か来ていて、飛び入りでステージに上がり自分の意見を述べるというサプライズ演出に、区民であるお客さんも大盛り上がりだ。

 イベントは、トークの合間にライヴが行われるという流れで進んだのだが、最初はかなり戸惑い気味だった高齢の方々やライヴハウスが初めてっぽいご近所さんも、みんなの熱気に押されるようにして立ち上がり、身体を揺らし始める。

 「追放〜! 追放〜! 再開発を追放しましょう〜♪」

 「高円寺」のイメージがそのままバンドになったような「ねたのよい」がそう歌えば、私の近くのおばさんはなぜかその歌詞をせっせとメモする。

 「再開発を考えるのはここに住んでいない、ここにいない人たち」

 「ねたのよい」ボーカル・のでぃ氏がMCでそう言うと、大きな拍手が上がる。「再開発はいりません〜♪」。同じ曲で身体を揺らしていると、みんなの距離は急速に縮まっていって、気がつけば顔面がピアスだらけのパンク少女におばさんが「素敵ね〜」「痛くないの?」とか話しかけていて微笑ましい異文化交流が始まっている。

ライヴ中、客席に降りてきた「ねたのよい」のでぃ氏

ライヴ中、客席に降りてきた「ねたのよい」のでぃ氏

 そうしてイベントのラスト、パンクロッカー労働組合のライブになるとそれまで座っていた高齢の方やおじさんおばさんも立ち上がり、拳を振り上げているではないか。

 この日は、高円寺だけでなく西荻窪や阿佐ヶ谷の再開発と対峙する人々も参加していた。これまで「行儀よく」訴えていたという人たちは、昨年夏には1000人規模のデモをやり、こうしてライヴハウスでイベントをブチあげるという高円寺のやり方に、えらく感銘を受けた様子だった。

 そうして私がこの日驚いたのは、集まった杉並区民の人たちが「杉並区議にやたら詳しい」という事実だった。

 アンケート結果が発表され、それぞれの区議の自由回答が読み上げられたりすると、拍手が起きたり落胆のため息が上がったりする。

 「この区議、どんな人だっけ?」

 誰かが言えば、他の誰かがその区議の経歴や仕事ぶりについて即答する。客席で、区議の評価が分かれることもある。それはなんだか「村の集まり」みたいな光景で、こういう場にこそ区議会議員は来て欲しいものだと心から思った。だってこの日、地下のライヴハウスで話されたことはまさに区議会で話されてもおかしくないような、本当に現場の住民の、商店街の、商店主の話だったからだ。

 全国のみならず、全世界で進む再開発。それを巡って揉めることが多いのは、のでぃ氏が言うように、決めるのはいつだって「そこにいない人たち」だからだ。そこに住む人たちのニーズや事情、愛着などは顧みられることなく、資本家マインドでどんどん再開発して投資されることによって全国どころか世界各地に似たような光景が出現している。そういうのがつまらないからみんな自分たちの街を守ろうとしているのだ。

 そんな時、キーとなるのは地域の力だ。

 だからこそこの日、世代や立場をあっさり超えて「高円寺が好き」という一点でみんなが場を共にしたことには大きな意味があると思う。普段は酔っ払いばっかだけど、いざという時にはこんなふうに地域パワーが出せるのも高円寺の良さだと私は思う。再開発の理由として「防災」が挙げられているらしいが、こうした地域のつながりこそが防災にも役立つのではないだろうか。

 そんな高円寺の再開発問題、しつこくチェックしていくつもりだ。そして全国、全世界で再開発反対の運動をしている人たちと交流・連帯していきたいと勝手に思っている。その上、みんなが自分の住む地域の議員に詳しくなった時、それはとてつもなく大きな力になると思うのだ。

ライヴ終盤、客席にダイヴするパンクロッカー労働組合・村上くん。ご近所さんもびっくり!!

ライヴ終盤、客席にダイヴするパンクロッカー労働組合・村上くん。ご近所さんもびっくり!!

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。