第498回:香港のデモと、あいちトリエンナーレ問題。の巻(雨宮処凛)

 10月1日、香港でデモに参加していた高校生が警察に実弾で撃たれた。

 高校生は一命をとりとめたが、当然ながらデモ隊の間には警察への激しい怒りが広がっている。

 「覆面禁止法」施行前日の4日には、14歳の少年がやはり実弾で太ももを撃たれ、重体と報じられた。

 「逃亡犯条例」改正に反対する大規模デモが始まって、既に4ヶ月。6月13日には、日本でも香港政府に抗議し、香港の人々に連帯する集会が行われた。渋谷ハチ公前には2000人が集まり、私は同日、東京・高円寺で開催された集会に参加した。「反送中!」「香港加油!」。路上にはそんな言葉が書かれた横断幕が広げられていて、香港をはじめいろんな国の人がかわるがわるスピーチし、今、香港で何が起きているかを語ってくれた。

 また、6月に大規模デモが始まって以来、友人、知人の多くが香港を訪れてデモに参加したり現場を取材したりしている。

 「日本だっていつ自由が侵害されるかわからない。今の香港から学ぶことは多くある」と口にする活動家も多くいる。7月には、香港に行った人々の報告会があり、参加した。現在の巨大デモでは多くの最新ツールが使われていたり、権力と対峙するためのさまざまなノウハウが日々のデモの中から開発・発明されていたりして、そんなことが多く報告されたのだが、残念ながら他言はNGなので書けない。

 が、デモ隊が利用しているモノなどを知るたびに「なんて頭がいいんだ!」「その手があったか!」と思うことの連続だった。

 さて、そんなことを知り、「いつかこういうノウハウが必要になる日が来るかもしれない」と思ったのが7月。しかし、今、「もし、この国で言論の自由や様々な権利が侵害されそうになっても、香港のように立ち上がる人なんて圧倒的少数では」という思いに囚われている。そう思ったきっかけは、あいちトリエンナーレの補助金不交付という一報に接したからだ。

 開催当初から「表現の不自由展・その後」が問題となり、脅迫電話やメール、FAXなどが相次いだことはご存知の通りだ。展示はわずか3日で中止となり、そうして9月26日、文化庁は「あいちトリエンナーレ」への補助金を全額「不交付」と決めたのである。

 これに対しては、沈黙を守っていた知識人たちからも「検閲だ」「政治介入だ」と大きな批判が上がった。補助金カットの理由は、警備上の問題についての報告がなかったというもの。脅迫やテロ予告の報告がなかったということで、しかし、本当にそれが理由なら、いつも「テロに屈しない」と言っている政権なのに思い切り屈したことになる。その上、それで補助金カットなんて、加害者側の要求を受け入れて、脅迫された被害者を一緒になって叩くような構図ではないか。しかし、文科大臣は「内容は関係ない」の一点張り。そう言っている文科大臣自身がモリカケ問題で疑惑だらけなのだから、もう遠い目になってくる。

 一度採択された補助金がこのような形でカットされることは、あらゆる萎縮、そして「忖度」を生むだろう。政権に都合の悪いもの、望ましくない表現は一切しない、という先回りが生まれることは間違いないと思うのだ。

 10月2日、文化庁前で開催された「あいちトリエンナーレへの補助金不採択撤回! 文化庁前抗議」に参加した。

 「文化庁は表現守れ!」「政治介入絶対させるな!」「脅迫行為を追認するな」「萩生田文科相今すぐ辞めろ!」「補助金カットありえない!」「トリエンナーレに圧力かけるな!」

 急遽呼びかけられた行動で、平日夜だったにもかかわらず、この日は230人が集結。文化庁前で声を上げた。

 「来年のオリンピックに、『爆破するぞ』ってFAX来たら、オリンピックやめるんですか? 税金使うのやめるんですか?」

 マイクを握った男性が言うと、あちこちから「そうだ」の声。

 また、どのような議論のプロセスで「不交付」と決まったのか、議事録の開示を求めた国会議員がマイクを握り、結局、議事録自体が「存在しなかった」ことも判明した。

 私も勧められて、マイクを握った。自然と口をついて出てきたのは、今回の補助金不交付という事態は、第二次安倍政権がこの7年かけてやってきたことの「総仕上げの始まり」ではないかということだ。

 この日、私はとんでもないことが起きたと、必ず声を上げなければと、今がこの国の大きな曲がり角ではないかという思いから文化庁前に駆けつけた。だけど、考えてみればそういう思いは第二次安倍政権以降、何度もしてきた。特定秘密保護法や安保法制や共謀罪など、「今、声を上げないと本当にヤバい」と行動してきた。

 だけど、止められなかった。止められずに、モリカケ問題の疑惑の渦中の人物が文科大臣となり、「忖度政治」という言葉が生まれ、「何をやっても無駄」とばかりに政権の「お友達」が優遇され、目障りなものは排除され、都合の悪いことはスルーされ、政権を忖度するように、選挙演説にヤジを飛ばす人も容赦なく口を封じられてきた。

 表現が、言論が、ゆっくりと封じられていくような感覚。「こんなこと書いていいのかな、なんか最近うるさいし」。みんなが少しずつ萎縮すれば、それはきっと「完成」する。物書きとなって19年。「表現者」のはしくれの一人として、自分の中にも19年前には、そして第二次安倍政権以前には微塵もなかった恐怖心が、いつからか存在する。それは、決して権力の弾圧という露骨な形など取らず、政権の意向を勝手に「忖度」した何者かによって何かがなされるかもしれないという種類の漠然とした恐怖である。

 「検閲 恐怖政治」。この日、そんなプラカードを掲げる人もいた。だけどここまで露骨なことが起きてもメディアは韓国叩きの報道ばかりで、そのこと自体が既に「完成している」気もしてくる。

 政治的な言論がすぐに「炎上」する今だからこそ、文化や芸術、文学には今まで以上に大きな役割があると思ってきた。韓国バッシングがメディアなどに溢れる一方で、『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でもベストセラーになったり、「韓国・フェミニズム・日本」を特集した『文藝2019秋季号』が異例の売れ行きを見せたりといった現実に希望を感じてきた。文学やアートにしかできないことが確実にあって、それが「最後の抜け道」になるかもしれないとも思ってた。だからこそ、補助金カットには衝撃を受けた。

 10月7日、愛知県の大村知事は、中止となっていた「表現の不自由展」を8日から再開する方針を固めたと報道された。

 この原稿がアップされる頃には、既に再開されている。

 どうなるのか、見守っていきたい。

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。