メヘルダード・オスコウイさん×中村すえこさん:罪を犯して収容された少女たち――イランと日本に共通する、孤立や虐待という背景

イランのドキュメンタリー映画『少女は夜明けに夢をみる』は、強盗や殺人、薬物使用、売春などの罪で更生施設に収容された少女たちにインタビューを行った作品です。無邪気に笑い合う、まだ幼さの残る10代の少女たち。しかし、性的虐待、暴力、薬物依存、貧困など、施設収容に至るまでの過酷な境遇が静かに語られます。彼女たちが施設を出たあとに安心していられる居場所はありません。
こうした状況はイランだけのことなのでしょうか。本作のメヘルダード・オスコウイ監督と、ご自身も少年院収容の経験をもち、現在は出院者の社会復帰支援を行うNPO法人「セカンドチャンス!」で活動する中村すえこさんに、国を越えて共通する少女たちの状況について話していただきました。

日本も同じ――少女たちの背景にあるもの

オスコウイ 私はこれまでに何作かイランの少年更生施設のドキュメンタリーを撮っていますが、その3作目となる『少女は夜明けに夢をみる』は初めて少女専用のセクションを撮影したものです。撮影許可が下りるまでに7年かかりました。
 この映画に登場する少女たちは、罪を犯して収容されていますが、性的虐待や暴力、貧困といった境遇のなかで抑圧され、傷ついてきた背景があります。これはイランだけに起きていることではなく、普遍的な物語だと思っています。

(C)Oskouei Film Production

中村 この映画を観たとき、「日本も同じだ」とまず思いました。少年の非行や犯罪の背景には必ず社会的な要因があります。それはイランも日本も同じ。世界共通のことなのだと改めて感じました。

オスコウイ 中村さんは、ご自身が更生施設に入っていた経験があるそうですね?

中村 はい。中学生の頃から暴走族に入り、毎日バイクでの暴走とけんかに明け暮れていました。16歳のときに傷害事件を起こして少年院へ入所、1年後に出院しました。今思い返せば、私の育った環境も貧困と呼べる生活でした。父は酒に溺れて暴力をふるい、母は朝も夜も働いていました。当時は自分でもわからなかったけれど、寂しかったのだと思います。
 でも、少年院から出てみると、もとの仲間からは追放されていて居場所はなく、社会にも適応できず、自暴自棄になって薬物に手を出してしまったんです。半年後に逮捕されて少年鑑別所に送られたのですが、そこで私を信じてくれる家庭裁判所の調査官と出会い、人生を生き直すことができました。
 映画に出てくるイランの少女たちとは事情は異なりますが、彼女たちが抱えるような孤独や生きづらさを、私もずっと抱えていました。2009年からは、私と同じような境遇にある子たちを救いたい、社会を変えたいという思いから、少年院出所者同士で居場所をつくって社会復帰を支えるNPO法人「セカンドチャンス!」の創設メンバーとして活動しています。

暴走族に入っていた当時、10代の中村すえこさん(写真提供:記憶 製作基金事務局)

オスコウイ あなたのような体験の当事者が、自らの過去を離れた視点から客観的に見つめることはとても重要です。そうすることで、今苦しんでいる少女たちを助けることができます。ほかのだれよりも救う力になれるはずだと思います。
 私の映画に出てくる少女たちは皆、一人ひとりすばらしい子たちです。なぜ罪を犯して更生施設にいるのかと言えば、それは私たち社会のせいにほかなりません。彼女たちは才能を発揮できず、自分を卑下しています。「どこにいても自分は邪魔者にされるだけ」、「社会の役に立たず」、「もう自殺するしかない」と思い込んでいるのです。
 将来を担う若者が絶望するということは、いちばんいけないこと。若者が絶望する社会に未来はありません。

監督のメヘルダード・オスコウイさん

少女たちの「その後」

中村 私は全国の少年院をまわって講話を続けているのですが、その中で、ある少女に「私は幸せになってもいいんですか?」と聞かれたことがあります。その子は「それまで自分が幸せだと感じたことがない。もし幸せになったら、それ以上はないからあとは落ちるだけ。それが怖い」と言ったんです。18歳の子どもにそう言わせてしまう社会ってなんだろうとショックでした。
 更生施設の中で教育を受けて本人が変わったとしても、その子を社会が受け入れてくれなかったら幸せにはなれません。誰もが幸せに向かって歩いていくためには、社会が変わらなければ……という思いから、女子少年院に収容された4人の少女の背景を伝えるドキュメンタリー教育映画『記憶』も制作しました。

オスコウイ あなたも映画を作ったんですね! それは、私がこの作品に込めた思いとまったく同じです。遠く離れた日本で、同じ志を持った方に出会えて感激です。
 実は、この映画を撮ったあとも、私は撮影した何人かの少女たちの支援をしています。たとえば、ソマイエ(薬物依存で虐待する父親を、母と姉とともに殺害した少女)は、撮影後に更生施設を出て、ソーシャルワーカーやさまざまな人の支援を受けて体育大学に進学しました。そして体験者として施設を訪問し、まだ残っている仲間や新しく入ってきた子たちの話し相手になり、出所後の自分の体験を語って、後輩の力になろうとしています。
 ソマイエは社会に出た後、仕事を探すために悪戦苦闘しました。悪い大人にだまされそうになったり、危ない目にもあったりもしました。ですから、「外の社会は誰も守ってくれない。おいしいお金の話にとびついたらまた逆戻りだよ。自分の身は自分で守りなさい。私は身も心も強くなりたくて体育大学に入った」と、後輩たちに語っています。

中村 私は、映画の中で「名なし」と呼ばれていた少女のことが、印象に残っています。オスコウイ監督に同じような年頃の娘がいると聞き「あなたの娘は愛情を注がれて育ったけれど、私はゴミの中で育った」と表情を曇らせた、あの少女です。

少年院出院者の支援を続ける、中村すえこさん

オスコウイ 「名なし」(叔父からの性的虐待を受けた過去があり、強盗、売春、薬物使用で収容された少女)は、とても頭がよく、すばらしい少女です。あなたはなぜそんなに賢いのかと尋ねたら「普通の人が人生で一回経験するかしないかということを、私はこの年で何倍も経験しているから」と答えていました。
 彼女は、大学進学の支援を受けることに遠慮がちでしたが、「これは、あなたひとりの問題ではない。あなたが学んで卒業できたら、何人の子を救うことができるだろうか。みんなの希望の光になれるのだから、私たちはあなたを応援するのです」と励ましました。

中村 失敗や後悔をいっぱいしたからこそ、それを糧にして生きていけるのですね。

オスコウイ そうです。彼女たちは幼くして死んだのも同然の絶望的な人生を余儀なくされました。だからこそ、人生の本当の価値を知っているのです。一日を大事に、一所懸命に力強く生きていこうとしています。彼女たちを見ていると「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」というインドのガンジーの言葉を思い出します。

(C)Oskouei Film Production

塀の中のほうが安全だった

オスコウイ イランでは、出所しても家族の元に戻れない子が少なくありません。たとえば先ほども話にでたソマイエの場合、母親は夫殺しの罪で死刑判決を受けて刑務所にいます。兄も刑務所にいて、姉は行方不明です。
 彼女が出所後にどうしたのかというと、祖父の2番目の妻の家に居候しているのです。そこは貧しい下町の長屋の一角で、男性の私ですら足を踏み入れるのをためらう場所です。彼女は、社会に出た今よりも施設の中にいたときのほうがずっと安全だったとよく言っています。

中村 まったく同感です。少年院は高い塀に囲まれていますよね。最初は、こんなところに隔離されて自由も何もないと思っていたのですが、出てみてから、「ああ、わたしはこの塀に守られていたのだ」と気づきました。
 少年院の中では誰かが手をさしのべてくれます。守ってくれる大人、教えてくれる大人がいました。けれど外の社会には、進むべき道を教えてくれる人が誰もいない。どうすればそういう人に出会えるかもわかりません。

(C)Oskouei Film Production

オスコウイ どこの国でも同じだと思いますが、こういう施設にいた子たちを受け入れてくれる場所や人が社会にはありません。家族ですら、厄介者扱いして受け入れたがらないのです。
 子どもというものは、とても好奇心が強くエネルギッシュです。目の前に扉があれば、片っ端からノックしてみたくなるもの。それがたとえ悪いことであってもです。ですから、どの道が正しいのか導く大人が必要です。人生の分岐点で迷ったときに、手をさしのべる人が必要なのです。

中村 子どもたちが非行に走るのは、ほんの小さな「ボタンの掛け違い」から始まることが多いと実感しています。小さなつまずきから道を間違えて、途中でやり直したいと思っても、一人ではなかなか軌道修正できません。

女性ならではの生きづらさ

中村 私が監督・監修をしたドキュメンタリー教育映画『記憶』では4人の少女を追っているのですが、実際にはもっと多くの少女たちから話を聞きました。その少女たちの背景や境遇は、オスコウイ監督の作品に出てくる少女たちとすごく重なります。
 日本でも、女子少年院に収容される少女たちの背景に性被害体験があることが少なくありません。家族からの性虐待があると家に帰りたくないですよね。そこから犯罪の道に入ってしまうのです。

オスコウイ イランでは男性の場合、更生施設に収容された経験があっても「俺はこういうところにいたんだぞ」と強がって、箔をつけるために公言する人もいます。しかし、女性が更生施設に入ると、その後の人生は滑り落ちるように一気に下落してしまう。それは社会が女性の小さな失敗を許さず、さらに背中を押してどん底まで落としてしまうからです。

中村 それは日本も同じかもしれません。女子少年院にいる子たちは「加害者になる前に被害者だった」ケースが多いと感じています。ネグレクトを含めた親からの虐待などの被害体験が犯罪への引き金になった例を見てきました。なぜ収容されることになったのかという背景を、ぜひ多くの人に考えてほしいです。
 そして、もし身近にそういう少女がいたら、偏見を持たずに「おはよう」とか「おかえり」とか、ひと声かけてほしい。学校の先生が「明日も学校においでよ」と言ってくれるだけで、私自身も学校に行く気になれた経験があります。そういう小さな積み重ねで変わっていくと信じています。

小さな波紋が広がって

オスコウイ 中村さんの目を見ていると、本当に強い力を感じますね。それは、やはりあなた自身が過酷な体験をしているからでしょう。万が一失敗しても必ず立ち直れるんだ、という勇気を与えてくれるようです。いまのあなたは幸せなのでしょうか?

中村 はい、次から次へとやりたいこと、やるべきことがあって、充実しています。以前は、好きなものが買えるとか、そういうことが幸せだと思っていたのですが、今は当たり前の日々が過ごせることが幸せなのだと実感しています。
 仕事をしながら4人の子どもを育てていますが、大学にも通っているんです。40歳を過ぎて教員免許をとることができたら、「人生はいつでもやり直しができるんだよ」と、子どもたちに伝えることができるかなと思って……(笑)。

オスコウイ すばらしい! 自分で幸せを感じられること、それがなにより幸せなことです。
 私の映画は、大きな池に投げた小さな小石に過ぎません。けれど水面に生まれた波紋はどんどん広がって大きな輪を作ります。この映画を作った当初は、これほど世界各地に広がるとは思ってもみませんでした。あなたも活動を始めた当初は、どれほど輪が広がるかわからなかったでしょう? でも、こうして私は日本に来て、中村さんのような同志にも出会うことができました。
 海外でこの映画を上映すると、観客から少女たちへの小さなプレゼントを託されることがあります。帰国して彼女たちに渡すと、「世界中に私を応援してくれる人がいるんだ」と、とても喜ぶんです。見たこともない遠くの国の人から、自分の存在が認められる――それは「見えない存在」として疎外されてきた彼女たちにとって、大きな励ましになっています。

中村 オスコウイ監督が映画を撮って発信するだけでなく、そこで出会った少女たちをいまも支援し続けていると聞いて、本当に嬉しく思いました。私も映画を撮るなかで出会った少女たちとかかわり続けています。
 「セカンドチャンス!」で活動を始めてから10年、当事者メンバーで少年院を出た人たちの居場所をつくってきましたが、私たちだけでは社会は変わりません。でも、こうした映画などを見て、周りにいる一人ひとりがほんのちょっとでも意識を変えて受け入れる気持ちをもてば、少しずつでも社会は変わっていくと思います。

(構成/田端薫、取材/中村 写真/マガジン9編集部)

『少女は夜明けに夢をみる』(2016年/イラン)
監督:メヘルダード・オスコウイ

11月2日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。※11月2日(土)、3日(日)はオスコウイ監督による舞台挨拶あり。
公式ウェブサイト http://www.syoujyo-yoake.com/

メヘルダード・オスコウイ1969年、テヘラン生まれ。映画監督、プロデューサー、写真家、研究者。これまでに制作した25本の作品は国内外で高く評価され、イランのもっとも卓越したドキュメンタリー作家と評価されている。2010年、オランダのプリンスクラウス賞受賞。イランにおける10代の若者の非行と犯罪に関心を持ち、08年、11年には、少年更生施設の少年たちを描いたドキュメンタリーを発表。『少女は夜明けに夢をみる』は、それに続く最新作となる。

中村すえこ(なかむら・すえこ)1975年、埼玉県生まれ。作家、NPO法人「セカンドチャンス!」創設メンバー。中学2年生で暴走族のレディース『紫優嬢』に入り、4代目総長になる。16歳のとき傷害事件で逮捕され少年院に収容。出院から半年後、覚醒剤使用で再逮捕された。現在は、少年院出院者の社会復帰を支援するNPO法人「セカンドチャンス!」メンバーとしても活動。女子少年院の少女たちを追ったドキュメンタリー教育映画『記憶 少年院の少女たちの未来への軌跡』(2019年)を監督・監修。著書に『紫の青春~恋と喧嘩と特攻服~』(ミリオン出版)、共著に『セカンドチャンス! 人生が変わった少年院出院者たち』(新科学出版社)。

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