第147回:英語民間試験中止問題 “請願”を見直す機会に(南部義典)

 ことし7月、東京大学新聞の学生記者さんから、2021年度大学入学共通テストから導入が予定される「英語民間試験」について意見を聞きたいとの連絡がありました。私は入試制度の専門家でも何でもありませんので、依頼先違いかなと一瞬思ったのですが、その趣旨は国会の運用にかかわることでした。英語民間試験の利用の中止を求める署名(8千筆超)が集まり、衆参両院に請願が行われたものの(6月)、委員会で一度も審査されず、採択されなかったのはなぜか、というお尋ねでした。運用の話をする人はなかなかいないので、私も快く取材をお引き受けした次第です。(記事は、こちらでご覧いただけます)。後の顛末は、皆さんもご存知のとおりですが、これを一つの機会と捉え、請願の制度・運用を見直すべきだと考えます。

請願のしくみ

憲法16条 請願権
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

 憲法16条は、請願権の保障を規定しています。請願の具体的な手続を定めるのは、国会法、請願法という別の法律です。両法の規定する手続に従って行われるのが憲法上の請願権の行使であって、その手続によらないものは(例えば、萩生田文科相宛にお願い文書を直接送付することなど)、請願には当たりません。
 請願をする人はまず、請願文書を作る必要があります。「○○に関する請願」「○○を求める請願」といった形式を取る必要があります。請願文書には、タイトルに続いてその趣旨を書くのが通例です。請願は年齢、国籍を問わず、一人でもできますが、多くの署名を集め、その署名簿とともに提出すればその分インパクトが増すことになります。
 請願を提出するには、議員(衆・参)の紹介が必要です。「紹介議員になってもいい」と議員の了解が得られれば、その請願文書は議院(衆・参)の請願課という部署に提出されます。提出の手続は議員事務所が行ってくれます。
 請願課に提出された請願文書は、その内容に従って、適切な委員会に付託されます。今回の「英語民間試験中止請願」は衆参両院に提出され、衆議院文部科学委員会、参議院文教科学委員会に付託されました。
 請願文書が付託された後は、「いずれかのタイミングで審査が行われ、採択・不採択の議決が行われるだろう」と考えるのが、普通の市民感覚ではないでしょうか。しかし、この先にこそ、請願の制度・運用の根本的な問題が潜んでいるのです。

問題① 全会一致でないと採択されない

 請願を審査する委員会では、全会一致でないと採択されません。これは法律でそうなっているわけではなく、衆参の慣例です。全会一致ですから、与党が反対すればなおさら、いずれか一つの党が反対すれば、採択は見込めません。制度・運用上、請願採択のハードルは相当高いといえます。
 一般的に、与党は請願の採択を忌避する傾向にあります。「各議院において採択した請願で、内閣において措置するを適当と認めたものは、これを内閣に送付する」(国会法81条1項)、「内閣は、前項の請願の処理の経過を毎年議院に報告しなければならない」(同条2項)という規定があるためです。衆・参議院が内閣に請願文書を送れば送るほど、国会への報告義務(運用上はおよそ年2回)が過重になっていくのです。

問題② 請願の審査は会期末に行われる

 請願が付託されれば、委員会でただちに審査が行われ、採択・不採択の議決が行われるかというと、運用上はそうではありません。国会会期の最終日に、まとめて行われるのが衆・参の慣例です。請願文書を会期の始め頃に提出すれば、審査時間に十分余裕を持たせたと考えられがちですが、実際のところ無関係です。
 しかも、委員会では実質的な審査は1分足りとも行われず、ほとんどの請願は「保留」という扱いで終わらせてしまいます。今回の「英語民間試験中止請願」は6月26日、衆議院文部科学委員会、参議院文教科学委員会で「保留」とする議決が行われました。「保留」と聞くと、その語感からして、採択に向けて何らかの望みをセーブしつつ、その後改めて審査が行われるかのように受け止められるかもしれません。しかし、国会会期の終わりとは、すなわち「残り日数=ゼロ」ということです。採択の可能性も「ゼロ」です。会期末に「保留」とすることは、実質的には「不採択」とすることと同じ意味を持ちます。

問題③ 保留の決定は、非公開の理事会で行われる

 請願を採択するか不採択とするか、問題②でそのほとんどが「保留」になることを指摘しましたが、その議論は委員会の中で行われません。与党、野党の理事数名が集まる理事会の場で決せられます。言わずもがな、「英語民間試験中止請願」の保留を決めたのは、衆議院文部科学委員会の理事会、参議院文教科学委員会の理事会です。通常、委員会の直前に開かれるもので、いずれも非公開です。
 もし、委員会で議論されるのであれば、現在はインターネット中継もありますし、後に会議録も公開されるので、どの請願がいつ、どのように審査され、どういう議決が行われたのか、といった経過が記録に残り、客観的に検証することができます。しかし、理事会(非公開)では、何の情報も得られません。問題①で全会一致の慣例となっていることを説明しましたが、採択されれば結果オーライであるにせよ、保留であれば、どの党が反対してそうなったのか、なぜ反対したのか、といった点が請願者本人でさえ分からない仕組みです。請願者から見れば、この点はまさにブラックボックスです。

個人の願いがもっと早く届いたのでは・・・

 思い返してみて下さい。今回の件で、萩生田文科相が「身の丈に合わせて」と発言していなかったらどうなっていたでしょうか。1日からは予定どおり「共通ID」の発行が始まっていたのではないでしょうか。
 たまたま、一連の台風被害報道が一段落しかかったタイミングで「身の丈発言」があり、野党はこの発言を以て「萩生田文科相の首をとる」と息巻き、与党は「制度を中止にしないと、大臣の首どころか政権そのものが危ない」という意識を抱いて、政局的構図がエスカレートする中で、土壇場の中止に至ったのではないでしょうか。大臣の首が掛かる案件でなければ、与党、野党ともに議論のエネルギーを傾けることができないのか、私はこの点を看過することができません。
 会期中、各委員会で請願を適時審査する運用が行われていれば、請願者の声がもっと早く政府に届いたはずです。少なくとも、1日に土壇場で中止を決めるという混乱もなく、受験生ほか多くの関係者が戸惑うこともなかったでしょう。請願に署名した人の中には、「政局案件とならなければ、自分の思いは国会で受け止められないのか」「請願はムダだったのか」と、素朴な疑問、怒りを覚えた人が少なからずいるはずです。

憲法「改正」の前に、「運用」の見直しを

 参院選が終わっても、相変わらずリアリティのない憲法改正論が渦巻いています。それはそれとして、憲法の条文を改正するまでもなく、運用を見直すべきテーマ(それで足りるもの)は多々あります。その主たるものが、請願の制度・運用であると思います。
 誤解を恐れず言えば、与党、野党ともに請願制度改革に消極的ないし無関心なのは、「仕事が増えて面倒くさいことになるから」です。要は、問題①~③で指摘した運用を続けることが一番楽で、「誰も傷つかない方法」である(請願者も不採択と言われるより保留と言われたほうが不快度が小さい)のです。
 政治文化を変えることはなかなか容易ではありませんが、今回の「英語民間試験中止請願」を一つの教訓として受け止め、何とか市民感覚に沿った運用を実現してもらいたいものです。与党、野党双方から批判を受けることを覚悟の上で、あえて申し上げます。

南部義典
なんぶ よしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。現在、シンクタンク「国民投票広報機構」代表。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』、『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)、などがある。(2019年1月現在)