第98回:この国で、いったい誰が幸せなのか?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

高齢者は悲しい

 ぼくのツイートを引用して「黙れパヨクジジイ! さっさとあの世へいけ!」というツイートがあった。何が気に障ったのか知らないが、ひどい人もいるものだと思っていたら、いつの間にか削除されていた。自分でも恥ずかしくなったのかしら?
 他人に言われるまでもなく、ぼくはジジイである。カミさんともども、もうじき後期高齢者の仲間入りをする。
 毎朝、新聞を見ていると、そんなぼくらに追い打ちをかけるような厳しい記事が多い。まるで「さっさとあの世へいけ」と、政府に言われているような気分になる。
 12月2日の朝日新聞に、こんな記事。

75歳以上の医療費 厚労省試算
2割負担なら8000億円削減

 政府が検討している医療制度改革で、75歳以上の受診時の窓口負担を「原則1割」から「原則2割」に引き上げた場合、公費や保険料でまかなう医療給付費を年約8000億円減らせると厚生労働省が試算していることがわかった。医療費を抑える効果があるが、75歳以上は収入が減るのに受診増などで窓口負担額が増える傾向が現状でもみられており、さらなる負担増は生活を圧迫しかねないとの指摘もある。(略)

 1000円の医療費も、これまでは100円の自己負担だった高齢者は、もしこの試算通りになれば、これからは200円を払わなければならなくなる。つまり、負担は一挙に2倍になるということだ。
 百円単位ならまだしも、1万円の医療費は、支払窓口では、実質負担1000円から2000円に増えてしまうのだ。これは、年金も減らされつつある後期高齢者層にとっては死活問題になりかねない。ぼくら夫婦にとってだって、深刻な問題なのだ。
 年齢を重ねると、次第に収入は減っていく。同記事によれば、以下のようになる。
 1人あたりの平均年間収入は、国立社会保障・人口問題研究所の調べでは、
 ①70~74歳=203万円
 ②75~79歳=189万円
 ③80~84歳=169万円
 ④85歳以上 =163万円
 一方で、医療費の自己負担額は同じ年齢区分で、①約7万円、②約6万円、③約7万円、④約8万円、となっているという。とすれば、これまで7万円で済んでいた自己負担が、一挙に14万円になるということだ。
 これでは、高齢者の暮らしは年々苦しくなっていくばかりだ。一部のリッチな高齢者以外の圧倒的多数は、日々、怯えながら過ごしていくしかない。

 秋田と山口に配備予定とされるイージス・アショア(陸上配備型迎撃ミサイルシステム)の導入価格は、当初は1基あたり約800億円とされていたものが、いつの間にか2基で6000億円と膨れ上がっている。しかも搭載するミサイルの数もいまだ確定できておらず、それらを合わせると8000億円を超えると予想されている。
 後期高齢者の医療費負担の増加など、このイージス・アショアという膨大な武器購入を見送れば、簡単に補填できるのだ。他にも安倍氏の米製兵器爆買いやバラマキ援助費という「財源」もあるじゃないか。
 こう書くと“愛国同盟”のみなさんから「日本国防衛と老人医療費とどちらが大事か」という批判が飛んでくるだろうけれど、ぼくはやはり医療費をとる。
 ともあれ、老人にとっては極めて住みにくい世の中になってきつつある。

若者は生きづらい

 老人ばかりじゃない。いまの日本が若者にとっても息苦しい社会であることは間違いない。
 例えば、厚労省の「自殺白書」によれば、自殺者の総数は2017年も減少傾向を維持している(2万1321人)が、15歳~39歳までの死因の第1位は自殺だ。これは、いわゆる先進国の中では日本だけの現象だという。
 警察庁の調べでは、その中で未成年者の自殺は、全世代の2.9%に達している。しかもこの中で“いじめ”によるとみられる自殺(学校問題)が最多で、男性では実に4割にも達している。若者にとって、決して幸せな国とはいえないだろう。
 SNSの急速な普及もいじめに拍車をかけている。これは肉体的ないじめとは違い、人の心をズタズタにする精神破壊であり、しかもいじめる側に罪悪感が少ないこともあってエスカレートする傾向にある。
 SNS上でのいじめは、対面することなく相手を傷つけ、さらにそれを不特定多数に広げてしまうという特性を持つ。極端な場合は、まったく見ず知らずの人間を標的に、多数で盛り上がることを楽しむ。
 これは、やられる側に対抗手段がないだけに、カウンセリングもあまり役に立たないらしい。もはや「スマホを捨てるしか方法はない」と嘆く専門家もいるほどだという。

 追い打ちをかけるのが、教育改革という名の改悪である。萩生田光一文科相の「身の丈」発言に見られるように、現在の政府の本音は改革どころかむしろ教育格差の助長なのだ。
 一部エリートと現場労働者。つまり、正社員とアルバイトやパートの非正規雇用者たちという分断を生み出す教育。上司の言うことをおとなしく聞く人を作り出そうとするのが、まさに安倍政権が目論む「道徳教育」ではないか。なにしろ「教育勅語」を麗々しく事務所に掲げているという萩生田光一氏が文科相なのだから、それも当たり前か。
 一旦、非正規に組み込まれると、現在の日本の雇用制度では、正社員化は針の穴をくぐるような難しさだ。
 「それがイヤなら頑張って独自に起業すればいい」などと能天気なことを言う企業家や政治家もいるが、土台無理な話だ。
 少子化を嘆く政治家が、官僚のケツをひっぱたいて少子化対策案を立てさせるけれど、こんなに所得格差がある中で、子どもを産み育てる余裕がどこにあるか。貧困にあえぎ、親子心中せざるを得ない人がいる。そんな切ないニュースが伝えられるのが、この国の現実だ。
 「少子化対策」のいちばんの方法は、労働格差をなくし、できるだけ非正規労働者をなくし、「同一労働同一賃金制」を実現することではないか。企業側はむろんそんなことは無理だと言うに決まっているが、大企業の内部留保金はいまや425兆円にも達しているのだ。「やれない」と企業側が言うのは「やりたくない」という言葉の裏返しにすぎない。
 もっとも、アベノミクスの大失敗で売り上げが伸びない企業にとっては「いざという時の内部留保」の感もある。安倍政治のツケがここにも表れているといっていい。
 そしてふざけるな、と思わず怒鳴りたくなったのが「非正規という言葉を使うな」という指示を厚労省が出していた、という事実。これが明らかになったのが9月3日。その後、さすがに批判を恐れた厚労省は、この指示を撤回したが、なんでも隠蔽、言葉の言い換えが蔓延している安倍政権下での出来事である。安倍語がここまで蔓延している無惨…。
 頼りの労働組合すら、正社員優先で非正規雇用労働者に目が届かない。
 かくして、若者たちだけではなく、青年~中年の労働者たちの死因の第1位も自殺なのだ。いったい誰が幸せなのか?

ひきこもる中高年

 高齢者の苦しさを、さらに圧迫しているのが「8050問題」である。これは別名「中高年ひきこもり問題」ともいう。
 つまり、80歳代の親が、50歳代になってもひきこもりを続ける子どもを養っている、という現象である。
 内閣府が行った調査結果によれば、2019年3月現在、中高年のひきこもりは約61万3千人であるという恐るべき数字が示されている。これはやがて、極端な貧困問題へと発展する。
 年金暮らしの高齢者に寄生する中高年のひきこもり。親が死ねば、彼らは飢えるしかない。親の死を隠して年金を受給していた“詐欺事件”が報じられると、ぼくは涙ぐんでしまうのだ。
 親が死んで悲しくないわけがない。だが、葬儀代もない。親の死を届ければ、年金は止められ、明日から自分が飢える。どうしようもなく、死んだ親と同居していく。
 こんな悲しい話があるか。

 若者も、中年も、高齢者も、生きていくのが厳しい。
 こんな国で、いったい誰が幸せなんだろう?

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。