第100回:ヘンなの! 少数派が多数派?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 なんと、このコラムも100回目の節目である。コツコツと書き続けてきて、とうとう100回目を達成。小林一茶ではないけれど、
 
 これがまあ つひの栖か 雪五尺
 
 というのが、ぼくの今の心境です。ちょっと切ない歳の暮れ…。
 

おかしな選挙結果、大量の「死に票」

 
 さて、話は現実へ戻ります。
 なんだかおかしな選挙結果が、またもや出てしまった。イギリスの総選挙のことだ。ブレグジット(EU離脱)を最大の焦点として争われた選挙が、12月12日に行われたけれど、結果は予想を大幅に上回る保守党の圧勝に終わった。むろん、イギリスのトランプとも言われるジョンソン首相が大喜びをしている。
 では、この選挙結果のどこがおかしいのか?
 
 EU離脱各党派の得票率=45.6% 同議席獲得数=365議席
 EU残留各党派の得票率=50.3% 同議席獲得数=243議席
 
 ね、どこかヘンでしょう?
 得票はEU残留派の各党の合計のほうが、離脱派の各党の合計を上回っていたにもかかわらず、120議席以上の大差で保守党が圧勝。これが、いわゆる「小選挙区制」の大きな落とし穴。どこかデジャブ感(既視感覚=かつて見たような光景)を持ってしまう。そう、日本の選挙結果とよく似ている。理由は簡単、選挙制度で結果に極端な偏りが出てしまうからだ。
 これが小選挙区制度(1選挙区で1人だけの当選者)の大きな疑問点で、大量の「死に票」が出てしまうという欠陥を抱えている。極端に言えば、仮に49%対51%の得票の場合、49%の有権者の意思は雲の彼方へ消えてしまうことになる。
 

複雑怪奇な日本の選挙制度

 
 日本での選挙制度でも、同様の傾向が指摘されている。
 ただし、イギリスでは完全小選挙区制なのに対し、日本の選挙制度は複雑怪奇であって、とてもひとことでは説明できない。欠陥を指摘されるたびに、チマチマと小手先だけの改定(とても改正などとは呼べない)を繰り返してきた結果、複雑怪奇魑魅魍魎的な、ワケの分からない制度になってしまったからである。
 衆院選は小選挙区比例併用制だが、「復活当選」などという奇妙な制度が付加されていて、選挙区では落選したのに比例区との重複立候補が許されているため、後から「復活当選」してしまうこともある。
 参院選ではもっと混乱する。参院選比例区では投票に「個人名」でも「政党名」を書いても、どちらも有効というのだからワケが分からない。したがって、無効票が多く出てしまうのも仕方がないけれど、政権与党側は自党に有利であれば何でもあり、なのだ。
 与党の公明党は、同時選挙(衆参同時選や地方と国政の同時選)を極端に嫌う。それは、有権者が投票用紙にどう書けばいいのか混乱してしまうからだ、というのが理由である。つまり、支持者にせっかく教え込んだ候補者名が混乱してしまい、うまく投票結果に結びつかない可能性があることを認めているわけだ。
 投票者が混乱するような選挙制度が正しいわけがない!
 

アメリカ大統領選挙制度の謎

 
 ワケの分からない選挙制度といえば、アメリカの大統領選挙も、米国人以外にはでっかい“?”がつくワケ分からん制度だ。
 例えば、前回、ヒラリー・クリントン候補(民主党)とドナルド・トランプ候補(共和党)が争った際には、実際の獲得票数ではクリントン氏がトランプ氏に280万票以上の差をつけて勝っていたのだ。それがなぜトランプ勝利となってしまったのか。
 これは、米大統領選独特の「選挙人選挙」という、ほんとうにワケ分からん制度のもたらした結果なのだ。
 つまり、一般有権者はまず「有権者登録」を経てようやく選挙権を得る。日本と違って戸籍制度がないため、自動的に投票用紙が送られてくることはなく、自分で赴いて「有権者登録」をしなければならない。
 候補者のほうも大変である。日本の首班指名のように政党内で候補を決めるわけではなく、それぞれの政党(民主党と共和党)での予備選挙を勝ちぬいてようやく党の正式な候補者となる。ここまで行きつくのが至難の業で、現在、共和党は現職のトランプ氏しかいないけれど、民主党はいまだに十数名が候補指名に名乗りを挙げて競い合っている。だから、本選挙の1年以上も前から実質的に大統領選が始まっているということになる。
 これには全国キャンペーンが必須だし、巨額の選挙費用がかかる。資金が調達できない者は、早々と候補者争いから脱落していく…。
 そしてようやく候補者が決まると、今度は「選挙人選挙」である。これが正式な大統領選。つまり、州ごとに選挙人の人数が割り当てられており、例えば最大のカリフォルニア州が55人、ニューヨーク州、フロリダ州は29人、最低人数は、ノースダコタ州、サウスダコタ州、アラスカ州、バーモント州、モンタナ州、ワイオミング州などの各州で3人という割り当てだ。ここまでは分かるけれど、なんと、一票でも多いほうが選挙人を総取りできるという制度なのだ。
 ここがおかしな結果を生む原因となる。前述のように得票数ではクリントン氏が多かったにもかかわらず、結局、選挙人獲得数でトランプ氏の勝利となってしまった。
 実は、同様の「得票数と当選結果のねじれ」という現象は、米大統領選では何度か起きている。その中でも裁判にまでもつれ込んだのが、2000年のジョージ・W・ブッシュ氏(共和党)とアル・ゴア氏(民主党)が最後まで接戦を演じた選挙だった。このときは、実は最後の最後まで大票田のフロリダ州の票の確定が出来ず、そこが焦点となった。結局、票の数え直しによる確認作業は行われず、ブッシュ氏の勝利が認められた。
 このときも、全国の実質得票数ではゴア氏がブッシュ氏を上回っていたにもかかわらず、この不思議な「選挙人制度」によって「ねじれ当選」が実現してしまったのである。
 むろん、アメリカ国内でもこの制度に対する疑問や批判は根強い。けれど、全国行脚のキャンペーンというお祭り騒ぎが、いつの間にか批判や疑問を吹き飛ばしてしまうのだ。
 

「選挙制度改革市民委員会」を…

 
 かつて、朝日新聞に石川真澄さんという著名な記者がいた。ぼくは、何かの取材の際に知己を得て、何度もお話をうかがう機会が持てた。
 
 日本では、1994年に「改正政治改革関連4法」が成立、衆院選挙で「小選挙区制」が導入され、それまで続いていた中選挙区制が廃止された。
 実はその背景には、長年の自民党一党支配による政治腐敗が指摘され、ついに自民党政治が終焉、日本新党の細川護熙首相による8派連立政権が誕生したことがあった。
 当時、熱に浮かされたように「政治改革」が叫ばれ、政界も社会も政治浄化のための「小選挙区制」へ雪崩を打った時期だった。まるで、小選挙区制になれば、一気に政治が浄化され「政権交代」が頻繁に行われて、新しい日本が生まれるかのような雰囲気だったのだ。
 だが、むろん、ほんの少数だが「小選挙区制の陥穽」を指摘するジャーナリストもいたのだ。それが石川さんだった。石川さんは残念ながら2004年に71歳の若さで病没した。
 政治論としては現在でいうリベラリズムの論客だったけれど、多くのリベラリストたちが「政治改革」と「政権交代」という言葉に酔って、小選挙区制度に傾いていく中で、石川さんはほとんど孤立無援の様相ながら、最後まで小選挙区制の危険性を説き続けた。
 世の中が一方に傾いていくと、どうしてもそこにうさん臭さを感じてしまうへそ曲がりのぼくにとって、石川さんのいう「死に票」問題は、とても腑に落ちたのだった。たった1%の差で当落が決まってしまうことの怖さ。それは“世の風向き”によって左右される。ポピュリズムが盛り上げれば、世の風向きは一瞬にして変わる。その怖さを、石川さんは説き続けたのだ。
 当時、現在のような「ネット上の風」は予測できなかったと思うが、石川さんの議論は、今のSNSの怖さを予見していたのかもしれない。優れたジャーナリストは、優れた作家と同じように未来を見ることが出来る。石川さんは、数少ない未来が見通せるジャーナリストだったのだ。
 
 自民党は、現在の選挙制度の恩恵を最大限に享受している政党だ。そんな党が、選挙制度改革など本気で考えるはずもない。また、裁判所が次第に“安倍忖度機関化”していく現在、「選挙制度に違憲判決」を出すことなど、とうてい考えられない。ならば、民間から「政治改革=選挙制度改革」の風を巻き起こしていくしかない。
 早急に「選挙制度改革市民委員会」のようなものを作るべきだと思う…。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。