第106回:安倍首相の「悪運」(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

ドヤ顔の「横取り首相」

 最近のネット上では予想通り、ネット右翼諸兄諸姉が「野党は『桜疑惑』ばかりで、新型コロナウイルスについてはちっとも触れない。野党は国民の命より桜が大事なのか」と大騒ぎしている。
 むろん、野党は新型ウイルスについても、きちんと時間を割いて政府の対応を質しているのだが、そんなところにはネット右翼諸氏の目が行き届かないらしい。いや、ほんとうは知っていても、安倍首相を「桜疑惑」からお守りするために、議論を逸らしているのかもしれない。
 例えば、武漢からの日本人帰国者へ、政府が8万円もの航空運賃を請求したなんてひどい話を追及したのは野党だったし、新型肺炎の蔓延を防ぐための「指定感染症」の施行が指定から10日も後になる(2月7日)のを、政府が急遽、2月1日に前倒ししたことだって、野党側の批判があったからこそだろう。
 ところが安倍首相はそれらを、あたかも自分が最初に言い出したように見せかける。要するに、自分の手柄のように吹聴するのだ。
 「8万円の運賃を政府が支払います」と安倍首相が言い出したのは、野党の追及を受けた2日後だったし、「『指定感染症』の施行を前倒しする」との見直しを表明したのも野党追及の後だったのに。
 安倍氏ほど、巧妙に(というより、小狡く)立ち回る人も珍しい。むろん、野党の批判を受けて、政府が当初の施策を見直すのはいいことだ。それこそまともな政治だ。しかし安倍氏の場合、ドヤ顔で、野党の指摘をまるで自分の手柄のように「横取り」してしまうのだ。
 ひとこと「野党のみなさんのご指摘を受けたので、この施策をやり直します。ご指摘ありがとうございました」と、なぜ言えない?

危機に陥ると「悪運」が…

 人はよく「運がいい」とか「運が悪い」などと言う。その中でもとくに悪いヤツにツキが回ってきたようなときには、嫌味を込めて「悪運が強い」という言い方をする。
 その意味で、安倍晋三氏ほど「悪運の強い人」も、そうはいないだろう。彼が不祥事やスキャンダルで追いつめられると、なぜか、その批判を逸らすような出来事が、うまい具合に突発するのだ。
 今回はその典型例で、「桜を見る会疑惑」について次々とヤバイ資料や書類が出て来て返答に窮し、さすがに安倍首相もこれで終わりかという瀬戸際、降ってわいたような新型コロナウイルスの世界的大流行である。
 誰が裏で知恵をつけているのか知らないが、野党の批判を逆手にとって、迅速な対応を自らが成し遂げたように主張する。するとネット上では、すぐさま安倍支持者たちが「さすが安倍さん、素早い対応ありがとう!」などと囃し立てる。それが効を奏して、下降線をたどっていた支持率が持ち直す。
 安倍氏には、こんな例がたびたび起きる。まさに「悪運が強い」としか言いようがない。

 前にも書いたけれど、もしもあの東日本大震災の際に、安倍氏が首相の座にあったらと考えると、ぼくの背筋を冷や汗が流れる。
 恐怖の原発爆発事故に際して、もし安倍氏が首相だったら、いったいどんな対応策を取れただろう? 当時の原子力安全委員会の班目春樹委員長のように、「あちゃーっ!」と叫んで頭を抱えるほかに、安倍氏にできたことがあっただろうか? あのとき安倍政権でなかったということが、安倍氏の「悪運」の強さを示している。
 当時野党であった安倍氏がやったことは、菅直人首相や枝野幸男官房長官を、デマを含めて罵倒することだけだった。なにか有効な対策や対応などを提唱したという事実は思い当たらない。

「悪運」を味方の長期政権

 森友学園問題や加計学園問題などでは、昭恵夫人も含めて、さまざまな疑惑を指摘された。それに対し、デタラメな答弁を繰り返し、挙句の果てに、“忖度”という言葉が流行語になるほど、官僚たちを脅しつけて資料や事実の隠蔽・改竄を図った。
 「アタクシやアタクシの事務所、また妻が関係していたとしたら、アタクシは、首相はもちろん、議員も辞めますよ!」と大見得を切った安倍首相だったが、それもすぐにトーンダウン。そういう時に限って、北朝鮮がミサイルを打ち上げて、うまく国民の目を疑惑から逸らすことができた。例のJアラートで目眩し大成功。
 追いつめられていないときは、北のミサイルが飛んでも「大した影響はありません」と知らん顔。じゃあ、あの防災頭巾で机の下に子どもたちを潜り込ませたのは、いったい何の騒ぎだったのか?
 追いつめられると、そこから目を逸らさせるような出来事が起きる。つくづく「悪運」の強い人である。その「悪運」を味方に、安倍長期政権は続いているのだ。

「悪運」も、必ず尽きる

 さらに、新年明けから始まった国会では、「桜疑惑」でさんざんに追い詰められ、とうとう「募りはしたけど募集はしていない」などという、前代未聞驚天動地厚顔無恥茫然自失バカは死んでも治らない答弁で、ほとんど世間の笑いもの、余人には真似のできない道化ぶりを発揮、さすがにこれで「安倍の命運」も尽きたかと思いきや、ここもやっぱり「悪運」に救われた。
 野党合流で大きな批判勢力、政権交代可能な政党出現と思われていたのに、立憲民主党の枝野幸男・国民民主党の玉木雄一郎両党首会談が、メンツにこだわって協議決裂。そこで安倍首相の高笑い。結局、敵失で救われるという、またしても「悪運」である。
 そこへ新型コロナウイルスの猛威。それを逆手のドヤ顔首相。いやはや、この人の「悪運」の強さには感服するしかない。

 だけどねえ、悪運がいつまでも続くはずもないんだ。
 「悪運が尽きる」という成句もある。そろそろ、「安倍の悪運」にも尽きてもらわなければ、この国が崩壊する。もう日本語は「安倍語」によって崩壊してしまっているけどね。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。