北原みのりさん×松尾亜紀子さん:性暴力のない社会へ、声をあげることから変えていく

東京駅からまっすぐ伸びる行幸通り。毎月11日夜、広々とした歩道には、花や「#MeToo」「#WithYou」のプラカードを手に数百人が集まります。2019年3月に4件続いた性暴力事件の無罪判決への抗議行動として、4月11日に始まったフラワーデモは回を重ねるごとに全国に広がっていきました。
幅広い世代の女性たちが性暴力を受けた自らの痛みを語り、参加者みんながその声を受け止める――女性運動の地平を新たに切りひらくような、これまでになかったデモの場は、どのようにしてつくられたのでしょうか。フラワーデモの呼びかけ人である作家の北原みのりさんと、出版社代表の松尾亜紀子さんにお話しいただきました。

はじまりは東京医科大学入試差別への抗議行動

――フラワーデモは昨年2019年4月に東京と大阪で始まりました。最初に、お二人がデモを呼びかけたきっかけと、その思いについて教えてください。

北原 フラワーデモを立ち上げる前年、2018年8月に東京医科大学の入試差別が発覚して、抗議行動をしたのがもともとのきっかけです。
 その直前に、松尾さんと私は韓国のフェミニズム運動の取材に行っていたんです。女性たちが声をあげ社会を変えてきたことを研究者や運動家の方たちから学ぶ、胸が熱くなる取材でした。取材から帰国した翌日に報じられたのが、東京医大の入試差別でした。すぐに松尾さんに連絡して「何かやらなくちゃ」と言いました。

松尾 女性運動や民主化運動の中で闘った韓国の女性たちの話を聞いて学んで、魂が乗り移っていたので、北原さんに「やりましょう!」と即答しました。

北原みのりさん(右)と松尾亜紀子さん(左)

北原 デモの呼びかけをしたのは初めてで勝手もわかりませんでしたが、すぐにSNSで「明日18時、東京医大前に集まりましょう」と発信しました。急な呼びかけにもかかわらず100人以上が…ほとんど女性でしたが…集まって、マスコミもほぼ全社来て、当日のテレビ、翌日の新聞で大きく報じられました。
 その夜の動きは速かったです。元衆議院議員の井戸まさえさんのつてで弁護団を結成してもらい、「弁護団をつくったから被害者は連絡して」とSNSに私があげると、翌日から東京医大を受験した方たちからポツポツと連絡が入るようになりました。今もその裁判は続いていますし、新たな不正が発覚した大学もある。このように声をあげたら次につながるということを、この抗議で実感できたんですね。
 それから約半年後、19年3月に性暴力事件の無罪判決(※)が4件続いたんです。

(※)性暴力事件の無罪判決:飲酒で意識がもうろう状態にあった女性への性的暴行、父親による実の娘への性的虐待などの事実を含む4件の裁判で無罪判決が出された。①3月12日・福岡地裁久留米支部(裁判所は女性が抵抗困難であったことを認めながらも、被告は女性が合意していたと誤信したとして無罪。2020年2月5日・福岡高裁は控訴審で「被告は被害者女性が抵抗不能と認識していた」として逆転有罪)②3月19日・静岡地裁浜松支部(女性が被告に明らかにわかる形で抵抗を示しておらず、犯罪の故意が認められないとして無罪)③3月26日・名古屋地裁岡崎支部(裁判所は父親による娘への性的虐待を認めながらも、娘が抵抗不能だったとは認められないとして無罪)④3月28日・静岡地裁(父親から性交を強要されたとの娘の証言は信用性がないとして無罪)

松尾 北原さんと「これで無罪になるのはおかしい、何か行動しなければ」という話をしました。SNSにも「無罪判決なんてひどい!」という女性たちの怒りの声がいっぱいあがっていた。

北原 日本では#MeTooは始まらない、ということがよく言われていましたが、実際には、いろいろな人がいろいろな場所でもがくように声をあげてきた。そういう声を、叩き潰すような声が本当に日本は多いことが問題です。始まらないのではなく、始めさせない圧力があると思います。このときも、女性の抗議の声に対して、法曹界からの攻撃がひどかったです。

松尾 「無罪判決はおかしい」という女性たちの声に対して、法曹界の一部から「法律を知らない女たちがヒステリックに騒いでいる」という非難がなされた。最初に久留米の事件を報道してくれた毎日新聞の女性記者に対しても、「判決文をよく読め」という言い方がなされました。

北原 専門家の権威的な立場から、疑問の声を封じ込めようとするのは許せなかった。「私たちは間違っていないという声をあげよう」と、「4月11日に花を持って、東京駅前の行幸通りに集まりましょう」と、ツイッターで呼びかけました。それがフラワーデモの始まりです。

4月の寒い夜、痛みを語る言葉があふれ出した

――まず医大入試の女性差別への抗議があって、そこからフラワーデモにつながったわけですね。

北原 フラワーデモを呼びかけるときに、どこで声をあげようかと考えて、ぱっと思いついたのが4年前、韓国でキャンドルデモ(※)がおこなわれた光化門広場でした。韓国の民主化運動を通して痛みを抱えている女性たちの声を聞いてきたフェミニズム運動が根底にある、という認識を私自身がもっていました。
 だから無罪判決への抗議も、ただ司法や法曹界に抗議するだけではなくて、性暴力被害者の声が封じられているこの国の空気を変えるための行動だから、世の中全体に向かって叫びたいような気持ちだった。そうすると、広くて、光化門広場に似た場所といったら東京には行幸通りしかないんですよ。

(※)韓国のキャンドルデモ:韓国では、2002年の駐韓米軍への抗議行動から、市民によるデモではキャンドルを持って声をあげることが定着している。2016年10月から17年3月にかけて、当時の朴槿恵大統領の退陣を求めてソウル中心部の光化門広場でおこなわれたデモでは、キャンドルを手に、数十万人から数百万人規模の市民が集まった

松尾 東京地方裁判所前もどうかと考えたんですけど、地裁前の道路は狭くて暗いんです。ああいうところに押し込められるような形で声をあげるよりは、明るくてまっすぐな大通りで抗議しようと。

北原 呼びかけに多くの人が応えてくれて、4月11日の行幸通りには、500人くらい集まりました。1時間くらいで終える予定だったんだけれど、お願いしていた方たちのスピーチが終わっても、誰も帰ろうとしなかったんですよね。
 最後に、私の友人で、タレントをしている女性が話してくれたのですが、彼女は立場もあって、デモに行ったり政治の話をこれまで人前でしたりすることはなかった。でも、こんな判決が出るのはおかしいという思いで来て、話してくれたのが「ここに来る前は怖かったけれど、話したら怖くないんだね」と言ったんです。私はそれを聞いて号泣しちゃって……。それから1人、また1人、また1人と手をあげて、女性たちが語り始めた。4月の寒い夜だったんですけど、ああ、これは終わらないなというくらい、痛みを語る言葉があふれ出したんです。

松尾 だけど、東京医大のときに、ほぼ全社揃って取材に来ていたテレビは1台もいなかった。メディアの女性記者たちは来てくれていたけど、翌日の新聞には載らなかった。

北原 あれだけの人が集まって、あれだけの熱い時間を過ごしたのに、速報はなかったですね。それは、無罪判決への抗議行動を報道するのは人権にかかわる、というような規制が働いてしまうからだと聞きました。日本のメディアは、伊藤詩織さんの事件のときもそうだったけれど、加害者と被害者とどちらが嘘をついているのか、それが中立である、という視点でしか報じられない。性暴力事件の報じ方そのものに、問題があることを突き付けられましたね。

松尾 4日後には、長年、性暴力を取材されてきたジャーナリストの河原理子さんの記事が朝日新聞に出たんです。4件の無罪判決の中の名古屋地裁の、実父から娘への長年の性暴力に対する判決を取り上げて、私たちの抗議の意図もちゃんと伝わるような記事だった。それからフラワーデモの記事が、主に全国の女性記者たちによってどんどん出るようになりました。今、思えば、あの4月11日に現場に来てくれていた彼女たちは、私以上に、記事に出来なくて悔しかったと思います。

性暴力は日本中どこでも日常的に起きている

――フラワーデモは、その後、月を追うごとに開催地が増えていきました。どのような経緯で広がったのでしょうか。

北原 私たちは最初から毎月11日にやると決めていたわけではないのですが、4月11日に次から次へとマイクを持って語る女性たちがいたので、あの夜は「また集まりましょう」と言って終わったんですね。
 それからしばらくして、福岡県の方から「福岡でもやりたい」という連絡があって、大阪からも連絡をもらって、じゃあ、1カ月後の5月11日は東京・福岡・大阪の3都市同時開催にしようと。そして6月は名古屋、仙台のほか10都市、7月は14都市、8月は18都市と広がっていきました。

2019年5月11日・大阪のフラワーデモ(提供:松尾さん)

松尾 東京では話したい人が順番にスピーチをするスタイルでやっていますが、やり方は開催地によってさまざまです。駅前のロータリーなどで、スタンディングデモという形で性暴力反対を訴える地域もあります。
 フラワーデモは性暴力のない社会に変えていくためにやっているので、毎月11日に全国の街で立つことに大きな意味があると思うんです。地方で開催すると、各地方紙の取材が必ず入って、地方紙や全国紙の地方版に載るんですよね。

北原 それが社会への発信につながる。それと、同じ思いを抱えた女性が集まること自体が、自分たちへのエンパワーメントにもなるんですね。
 地方は東京みたいに何百人も集まるわけではないけれど、「1人でも立ちます」という方もいらっしゃるんです。なぜ自分が暮らす街で声をあげるのかというと、「この県で性暴力がないことになってはいけない」という思いで開催してくださっている。それは言い換えれば、性暴力というのは日本中どこでも日常的に起きている暴力だということなんです。
 各地を回ってデモを主催している方たちとお話をすると、みなさん「うちの県ほどひどいところはない」とか「うちの県は関東でいちばん男尊女卑の県です」とかおっしゃるんです。あちこちでとんでもない女性差別の話もいっぱい聞いて、この国は、本当に強烈な男尊女卑が根付いているミソジニーの国なんだなと再確認させられています。

松尾 開催地は毎回増えて、今年1月末には34都市にまで広がりました。
 昨年秋頃に「最終目標として47都道府県すべての開催をめざしましょう」(※)と、全国の主催者たちで決めたんです。私たちがこちらから「やってください」とお願いしたわけではないのに、どこの開催地でも自発的に「やります」と手をあげてくださる方がいて、毎月続いている。それは「フラワーデモは参加者みんなでつくる場所です」と言ってきたのがよかったのかなと思うんです。私たちが用意したイベントに「来てもらう」のではなくて、フラワーデモは性暴力や性差別を受ける痛みを訴えて「みんなで世論をつくる場です」と言い続けて、それが共有されていった感じがします。

(※)47都道府県開催:2020年3月8日のフラワーデモは47都道府県で開催されることが決定している 【2月27日追記:コロナウイルス感染症対策のため、東京がオンラインデモになるほか地域によって変更があります。詳細はこちら

北原 「私たちの声を世論にしていこう」というのが、最初の4月11日に伝えたかったことでもあります。それが現実になっているように感じています。伊藤詩織さんの民事裁判の勝訴(※)もあったし、1年前だったらあの判決は出なかったかもしれない。声をあげるのは無駄なことじゃない、という自信と希望を私たち自身が手にしたのだと思います。

(※)伊藤詩織さんの民事裁判の勝訴:2019年12月18日、ジャーナリストの伊藤詩織さんが「合意のない性行為によって精神的苦痛を受けた」として、元TBS記者の山口敬之氏に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は伊藤さんの訴えを認め、山口氏に330万円の賠償を命じる判決を下した

これからもあきらめない声をあげ続けていく

――フラワーデモは3月でちょうど1年。毎月11日の抗議行動は、いったんひと区切りとされるのですね。

北原 フラワーデモが全国に広がっていく中で、「1年は続けよう」と言ってきました。また、今年は性犯罪にかかわる刑法見直しの検討(※)がおこなわれます。それまでは声をあげようと決めていたので、3月をひとつの区切りとしました。
 これまでやってきたフラワーデモを振り返って、改めて気づかされたのは、性暴力被害者の声を封じている社会のあり方です。韓国の運動では#MeTooと共に#WithYouがある。声を聞く力を社会がもたなければ#MeTooは広がらないのだ、ということを韓国の運動から学びました。だから「あなたのそばにいる、あなたの声を聞く」という意味の「#WithYou」の意思を表明するために、「花を持ってきてください」と呼びかけたんです。

(※)性犯罪にかかわる刑法見直しの検討:2017年に刑法における性犯罪規定が改正された。「強制性交罪」の新設や、被害者の「告訴」がなくても起訴できる「非親告罪」となったことなど、110年ぶりの改正が実現。一方、被害者および支援者らが要求していた「暴行・脅迫要件」の撤廃等の改正は見送られ、積み残された課題がいくつか残った。17年改正時の附則には「3年後(20年)に必要があれば再改正を検討する」との旨が記載されている

松尾 実際に、各地のスピーチでは、毎回、過去に受けた性暴力の痛みや苦しみを語る方が多くて、どの方も思いがあふれて話が止まりません。本来はすべてのお話を聞きたいのですが、私が司会をしている東京はとくにスピーチの順番を待っている方がたくさんいて、お一人ずつじっくり聞くことがなかなか難しいというジレンマは常にあります。それでも話した方からは「こんなふうに聞いてもらえるなんて初めてです」と言っていただくことがよくあります。

北原 日本の社会はどれだけ性暴力被害者の声を聞いてこなかったか、ということですよね。フラワーデモは「被害者が語り始めた」という言い方をされますが、そうじゃない。みんな語ってきたし、訴えてきたし、もがいて闘ってきたんです。だけど、「嘘をついている」とか「あなたが悪い」とか「忘れなさい」と言われてきた。1年間のフラワーデモで、被害者の声を伝えるという役割は果たせたかなと思っています。

――それでは今後めざしているものと、これからの予定を教えてください。

松尾 3月のフラワーデモは11日ではなく、8日の日曜日、国際女性デーに全国で開催します。地方の開催地の主催者の方々は、4月以降も「定期的に勉強会をやります」とか「一緒にデモをやってきた人たちとのつながりを持続していきます」とおっしゃっています。フラワーデモの公式サイトも残しますし、性暴力の事件や問題が起きたときには、全国どこでも、またみんなですぐに集まることができる体制がつくられたと思います。
 それと、今後の予定としては、フラワーデモの1年間の記録をまとめた本(※)を、最初のデモからちょうど1年後にあたる4月11日に出版します。それを読んでもらえば、フラワーデモがやってきたことがわかり、今後、行動するためのひとつのガイドとなるような内容にしたいです。

(※)フラワーデモの1年間の記録をまとめた本:松尾さんが代表をつとめるフェミニズム専門の出版社「エトセトラブックス」から刊行予定。売上は全額、性被害当事者団体や支援センターに寄付される

北原 今年は、先に言った刑法見直しの年です。17年の改正で残されたいくつかの課題、暴行・脅迫要件の撤廃や、13歳という低い性交同意年齢の引き上げ、公訴時効の撤廃、不同意性交要件の追加などを求めていきたいと思っています。合意のない性行為は犯罪なのだという、被害者に寄り添う刑法に改正することを訴え続けていきます。
 フラワーデモの区切りは3月8日ですが、それで終わりじゃありません。性暴力問題は、女性運動の核のように、ずっと女性たちが闘ってきた問題です。DVやセクハラという言葉もない時代から、この問題に取り組み続けてきた長い女性運動の歴史に、フラワーデモもあるのだと考えています。
 今、全国で、長く運動を続けてきた女性たちと、若い世代がフラワーデモを通して出会い、縦の線がつながるのを感じています。また、全国の横のネットワークも生まれた。1年かけて築いた女性運動の声をさらに厚くして、性暴力問題に真剣に取り組む社会を一緒につくっていきたいです。新しいステージでまた、フラワーデモが始まるのだと考えています。

(構成・写真/マガジン9編集部)

きたはら・みのり 1970年生まれ。作家。希望のたね基金理事。PAPS(ポルノ被害と性暴力を考える会)副理事長。女性のためのセックストーイショップ「ラブピースクラブ」代表。『メロスのようには走らない。女の友情論』(ベストセラーズ)、『日本のフェミニズム』(責任編集)、『性と国家』(佐藤優氏との共著)(共に河出書房新社)ほか性とフェミニズムに関する著書多数。

まつお・あきこ 1977年生まれ。編集者、「エトセトラブックス」代表。河出書房新社の編集者を経て、2018年に独立、フェミニズム専門の出版社「エトセトラブックス」を設立する。19年5月にフェミマガジン『エトセトラ』を創刊。ほかに刊行書は、牧野雅子『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』など。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!