第111回:安倍は「思いつきでものを言う」(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

「困った上司」が首相だから…

 故・橋本治さんに『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書、2014年刊)というベストセラーがあった。まさに言い得て妙、ぼくもふんふんと納得しながら読んだものだ。
 まあ、「困った上司」はどこにでもいるわけで、橋本さんは「思いつきでおかしなことを言い出す上司には、反論なんかしないで呆れてみせてやれ」と言うのだった。
 どの職場にも「困った上司」はいる。しかし、そんな「困った上司」にも上司がいる。上司の上司、またその上司…というつながりの中で、いつの間にかなんとか収まる。世の中、それなりに出来ている。
 しかし「困った上司」が一国の首相となると、ことは単純に呆れるだけでは済まない。なにしろ、首相が「思いつきでものを言う」たびに、かわいそうな手下どもは右往左往し、国民はほんとうに大迷惑をこうむる。
 今回の新型コロナウィルスの大騒動での、安倍晋三内閣総理大臣閣下のワケの分からない「思いつき」の数々が、それなのである。

えっ? とわが耳を疑った

 2月29日、安倍首相は国会で、堂々と「健康保険の適用により、新型コロナウイルスのPCR検査を望むすべてのみなさんは、かかりつけ医の診断があれば、確実に受けられるような十分な検査能力を確保いたします」と宣言した。やれやれ、やっとひとつ安心材料ができた…と誰もが思った。
 ところが実際は、そうはならなかった。「帰国者・接触者相談センター」を通さなければ検査できないという仕組みは残ったままだった。“検査難民”は解消されない。えっ、安倍首相の言ったことは?
 当然、野党は首相発言を追及する。3月3日の委員会で、共産党の小池晃議員は、安倍発言をとらえて「おそらく国民のみなさんは誰だって、健康保険の適用により、どこででもPCR検査が受けられると思うじゃありませんか」と安倍首相につめ寄った。そこで安倍はなんと言ったか?
 耳を疑ったのは小池議員だけじゃなかった。ぼくだってポカ~ン。
 安倍「今そうだ、というふうには私はまったく言っていないわけでございまして…」とアッケラカンと前言訂正。“前代未聞のウソつき宰相”との“名誉称号”を受けている安倍首相とはいえ、これはいくらなんでもひどい。アンタ、「確実に検査が受けられる」って言ったじゃん!
 2月29日の安倍答弁を聞き返してみれば、この男、まさに「思いつきでものを言った」ことがよく分かる。どう聞いたって、すぐにでも「希望者全員検査」が実現するとの宣言じゃないか。「今後の目標」であるならば、いついつまでに実現します、と言わなければならない。そんな文言は、ひとつも入ってはいなかった。

ウソがウソを呼ぶ無限連鎖

 安倍首相が「思いつき」を連発することで、政府は丸ごと大混乱に陥っている。官僚機構は機能不全状態だ。
 「全国一斉一律休校宣言」しかり、「中国韓国からの入国制限」しかり、「PCR検査」しかり、さらには「休業補償」、「検事長の定年延長問題」、「緊急事態宣言を含む新法制定」もまたしかりである。もはや歯止めも何もあったもんじゃない。ちゃちなプラモの暴走機関車。
 この機に乗じて「緊急事態」を想定した「安倍改憲」の悪巧みもチラホラと散見、桜じゃないんだからチラホラ咲くんじゃないっ!
 友人のジャーナリストによれば、これらの施策は、ほとんど安倍首相の独断(というより「思いつき」)だという。誰だか知らないが(今井尚哉補佐官との噂が強いけれど)、側近茶坊主の耳打ちを真に受けて、ひょいと思いついたことを口走ってしまう。これでは官僚たちだってたまらない。どうしていいか分からず機能不全に陥るのは当然だ。最後には「つい言い間違えました」と天を仰いで嘆息する官僚まで出現する始末。
 安倍内閣の新型ウイルス対策が後手に回って遅すぎたことがこんな事態を生んだのだ、との批判が強いのを気にした首相が、とにかく思いついたことを矢継ぎ早に口走る。
 だがその「思いつき」を、首相が専門家に打診した形跡はない。だから、彼の話すことは穴だらけ。国会で野党議員に質問されると、すぐにボロが出る。ボロが出るとそれを覆い隠すために次のウソをつく。ウソがウソを呼び無限連鎖の「ウソつき宰相」となる。
 「モリカケ疑惑」、「桜を見る会ホテル疑惑」、今回の「新型ウイルス答弁」…。みんな、“アベノウソ”から始まったのだ。

ネット右翼も安倍離れ?

 さすがに、鉄板と言われた安倍支持者たちにも“アベ離れ”が目立ち始めたようだ。もっとも、百田某や有本某のように、ほんの少し安倍批判(じみたこと)を口走ってみたけれど、首相公邸へお食事に招かれたら、あっという間に安倍信者に先祖返りしちゃった方々もおられるが。

 数年前、ぼくは何度か安倍首相を「ウソをつくな」と、ツイートで批判した。すると「一国の総理大臣をウソつきとは何事か」「安倍さんをウソつき呼ばわりは許せない」、挙句に「反日だ」「売国奴だ」と、激しい罵倒の嵐に見舞われた。プチ炎上だった。
 だが、それから日が経つにつれて、安倍首相の「ウソ」を批判弾劾糾弾する論調は増すばかり。いまや、週刊誌に「アベの大ウソ」などと言う大見出しが並ぶのは日常茶飯事。大手メディアでさえ「安倍首相のウソ」を報じるようになってきた。確かに、これだけ大っぴらにウソを連発されては、いかに安倍支持者とはいえ、擁護したくてもできないだろう。
 「これほど“ウソつき”と名指しされた首相が、日本憲政史上にいただろうか。安倍晋三氏は、その意味では歴史に名を残す首相である」とのぼくのツイートに、もうほとんど罵声が飛んでこなくなった…。
 いまや、安倍擁護を口に出すのは恥ずかしいと、ネット右翼諸兄諸姉も感じ始めたのかもしれない。それでも「安倍さんはスバラシイ」と臆面もなく打ち出せるのは「月刊Hanada」と「Will」くらいしか見かけなくなってしまった。読売新聞と産経新聞も困っているだろうな。

オリンピック延期論も

 「東京オリンピック」に灯っていた黄信号が赤信号に変わりつつある。
 多分、オリンピック・ゲートは閉ざされることになるだろう。
 アメリカでも新型ウイルス感染者が目立ち始めた。トランプ大統領は強気だが、安倍を倍に膨らましたようなトランプに、それほどのウイルス対策上の戦略があるとも思えない。それを見透かしたように、米国の株価は大暴落を続けている。経済好況だけが支えだったトランプ政権にとって、新型ウイルスによる景気後退はかなりの打撃になるだろう。
 その上、例によってトランプ氏は「数日以内に感染者は、ゼロ近くになる」などと非科学的な楽観論を繰り返し、さらに「4月になって暖かくなれば、ウイルスは死ぬ」とツイート。不安を煽られて国民も辟易し始めた。日本と同じことが起きている。
 こうなると「思いつきの元祖」のトランプ氏のことだから、「オリンピックなんかやってる場合じゃない」などと言い出しかねない。アメリカが不参加となれば、世界中は雪崩を打つ。
 世界中に拡散した新型ウイルス禍は、五輪熱への凄まじい冷水だ。

 日本政府内にも、オリンピック延期論が出始めている。橋本聖子五輪担当相が「延期も…」と思わず漏らしたことも、延期論に拍車をかけている。このまま開催を強行して、もし万が一のことがあれば、それは日本の外交に立ち直れないほどの打撃となる。その可能性がないとは言えない状況なのだ。
 安倍首相、打つ手はなくなった…か?

 そして、3月11日。あの日から丸9年が経った。

 被災地はほんとうに復興したか?
 福島はオリンピックを喜んでいるか?
 アンダーコントロールは事実だったのか?
 原発の廃炉の工程は着実に進んでいると言えるか?
 膨大な汚染水の海洋投棄に反対する声は収まっているか?
 甲状腺ガンや他のガンの多発は風評被害の域を超えていないか?

 オリンピックをやっているようなゆとりがこの国にあるのだろうか?

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。