第516回:庶民の生活を知らない人が決定権を握っている悲劇が日々露呈中〜家賃、ローン、学費、奨学金返済、その他もろもろについて。の巻(雨宮処凛)

 新型コロナウイルス感染拡大による経済危機の真っ只中で、政策決定の場に「上級国民」しかいないことの弊害が日々、露呈している。

 「#自粛と給付はセットだろ」というハッシュタグが示すように、自粛を呼びかけながらも、それに伴う「経済的損失の補償」の話がなかなか出てこないからだ。30日、やっと「10兆円を上回る給付」という話が出てきたが、詳細はまだわからないし、そもそも遅すぎる対応だ。イベント自粛にしてもしかり。休校にしてもしかり。外出自粛にしてもしかり。最初から「補償」とセットで発表されるべきなのになぜかそこはすっ飛ばされ、よりによって「お肉券」とか「お魚券」とかの素っ頓狂なものが飛び出してくる。このままでは、経済的困窮による死者が出るのは時間の問題に思えてくる。

 ご存知の通り、小池百合子東京都知事は3月25日に外出自粛を要請。27日には大阪府と岐阜県が不要不急の外出を控えるよう求め、愛知、福島県は首都圏への行き来を控えるよう呼びかけた。そうして現在、桜が満開のお花見シーズンなわけだが、花見の自粛までもが呼びかけられ、桜並木が通行禁止になったりベンチが使用禁止になったりしている。さらに30日には小池都知事よりライヴハウスやバー、ナイトクラブなどに行かないよう呼びかけがあった。このような「自粛」要請を受け、ただでさえ瀕死のライヴハウスやカラオケ、飲食店などは大打撃を受けるわけだが、補償はセットで語られない。

 彼ら彼女らはおそらく、この国に住む人の少なくない層が、「収入がなくても数ヶ月持ちこたえられるような貯蓄などない」状況にあることを知らない。「今月シフトを減らされると月末に家賃が払えない」なんて生活をしたことも当然ない。もちろん、人生において満員電車などとも無縁だ。3月23日、参議院予算委員会で「(新型コロナウイルス対策において)通勤電車について、もっと踏み込んだ対策を行うべきではないか」と質問された加藤勝信厚労大臣は、「私は、通勤電車乗っていないんでわかりませんが」と回答。貴族なの? どっかの石油王なの? と心の中でツッコミを入れたのは言うまでもないが、これにはやはり「それで満員電車が大丈夫とか言ってるのかよ」と大きな批判の声があちこちから上がった。

 ちなみに発言はこの後、「聞く限りでは一定程度、通勤電車は空いているという話を聞くこともあります」と述べている。「聞く限りでは」って、此の期に及んで視察もしていないのかと驚いた。今からでもいいから、加藤大臣には明日にでも朝の満員電車にぜひ乗ってほしい。

 加藤大臣に限らず、今、この国の政策決定の場にいる人は、当然だが満員電車など乗らず(人によっては乗った経験もなく)、運転手付きの高級車で出勤している。常にVIP待遇をされる人々は、庶民との接点などない。それどころか、生まれた時から上級国民という二世議員、三世議員が多くいる。銀行の残高など気にしたことがなく、ガス代と電気代、どちらを払うかに頭を悩ませたことなどない人たちが、私たちの生活にかかわる決定権を握っている。

 そんな庶民の実態は、コロナウイルス感染拡大のずっと前から、厳しい。たとえば2018年の国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」世帯は57.7%。子どもがいる世帯では62.1%。また、預貯金などの金融資産を保有していない二人以上の世帯は17年時点で31.2% (「家計の金融行動に関する世論調査」平成29年)。これらのことからわかるのは、3月末の家賃が払えず路上に出てくる層は確実に一定程度いるということだ。

 そうして世界を見渡すと、庶民の「不安」に応える対策がとられていることに気づかされる。

 イギリスは、平均所得の8割を政府が直接給付することとなった。約32万円が上限だというが、自営業者、フリーランスも当然その対象である。

 カナダでは、仕事や収入を失った人に毎月2000カナダドル(約15万円)を最大4ヶ月にわたって支給することを決定。

 ドイツでは、フリーランスを含む小規模事業者に最大約180万円の一時金が出るそうだ。また、4月から9月まで、コロナ経済危機によって家賃を滞納しても、大家さんは退去させてはいけないという決まりができたそうだ。韓国では、高所得世帯を除く7割の世帯に、一世帯あたり9万円が支給されることが決まった。

 また、現在この国のライヴハウスとアーティストはとてつもない苦境に立たされているが、ドイツの文化メディア担当相は3月11日、文化施設と芸術家の支援を決定。「芸術・文化・メディア産業におけるフリーランスおよび中小の事業者に対する無制限の支援」を約束した。「私たちは彼らを見棄てはしません」。大臣が発したメッセージは、アーティストたちをどれほど勇気づけただろう。かたや、日本ではライヴハウスが名指しされ、続々とライヴが中止になっているものの、国による補償の話はまったく不透明。ドイツでは小規模の文化施設とアーティストたちが深刻な状況に陥っていることを「理解しています」と大臣が述べるのに、この国のライヴハウスやアーティストはなんだか「悪者扱い」までされているような空気がある。

 一方、ロンドン市長は新型コロナウイルス対策のため、ホテル300室を路上生活者に解放した。ロンドン市内では毎晩1100人が野宿しているそうだが、それでは日本ではどうなのだろうか? 表向きのホームレス数は減っているが、例えば都の調査では、住む場所がなくネットカフェなどに泊まる「ネットカフェ難民」が都内だけで1日あたり4000人もいることがわかっている。新型コロナウイルスによる経済危機により、こうした中からすでに路上に出ている人は多くいるだろう。そうして今月末の家賃が払えず、一定数がネットカフェに辿り着くことが予想される。しかし、狭い空間に人が密集するネットカフェでは、あっという間に感染が広がる可能性もある。今、このようなことを放置すれば、それは「集団感染」という形で社会を脅かすことにもなるのだ。

 このような状況を受け、「住まいの貧困に取り組むネットワーク」では、「すべての家主、不動産業者、家賃保証会社への緊急アピール〜家賃滞納者への立ち退き要求を止め、共に公的支援を求めましょう〜」を発表した。

 内容は、タイトルにある通り、滞納者に立ち退きを迫らないことがメインとなっている。が、家賃を払ってもらえないと困窮する家主もいる。そんな人に、立ち退かせるよりも、借主が公的支援を受けて再び家賃を払えるようにする方が近道と説いている。確かに生活保護を利用すれば、家賃も「住宅扶助」として出るので、家主が損をすることはない。

 ちなみに生活保護を利用する際の「家賃の上限」は決まっていて、東京で単身だと5万3700円。これより家賃が高いと窓口で「家賃が高いからなー」などと、暗に「あなたは家賃が高いので生活保護を利用できませんよ」的なことを匂わせられたりする。が、家賃が高くてもまったく問題ない。例えば家賃が5万6000円とか少しのオーバーだったら、家賃分を生活保護費の生活費から補填すればいい。上限よりかなり高い場合は引っ越しという手もある。「引っ越し代なんてない」という人も安心。生活保護ではちゃんと「転居費用」が出る。転居にかかるお金が保護費から出るのだ。が、これも役所ではなかなか教えてもらえないので、「転居費ってものがちゃんとありますよね? それを使って転居したいです」とはっきり述べよう。それでも無理だったら支援団体に連絡を。

 さて、失業関係については前回前々回も書いたが、ここに来てまた別の心配が浮上した。奨学金の返済だ。失業や内定切り、収入減によって奨学金の返済に困る人がこれから大勢出るだろう。これについては奨学金問題対策全国会議が緊急声明を出した。奨学金の借主、連帯保証人、保証人に対して最低一年以上の期間、返還期限を猶予することなどを求めている。

 先日、奨学金問題対策全国会議の大内裕和氏と話す機会があったのだが、大内氏は奨学金だけでなく、この春、学費を払えない学生が多くいるのではないかと案じていた。前期の学費を納める春だけでない。経済危機がいつまで続くかわからない中、秋に支払う後期の学費が払えない家庭も多く出てくるだろう。

 学生が、新型コロナウイルスによって学ぶ機会を失う可能性があるのだ。

 そんなことから思い出すのは、バブル崩壊後のことだ。

 美大進学を諦めてフリーターになった私のバイト先の同僚には、「バブル崩壊」の影響を受けた若者が多くいた。親がリストラされた。親の会社が倒産した。親の事業が失敗した。そんな理由によって大学や専門学校を途中で辞めた若者たちがバイト先にたくさんいたのだ。親の失業などにより、学費なんか払えない、学生なんかやってる場合じゃないとフリーターになった若者たち。私がフリーターだったのは94〜99年。当時、中高年のリストラやそれに伴う自殺、山一證券の破綻なんかは大きく報じられていたものの、バブル崩壊で大学や専門学校をやめ、フリーターとなっていた若者が注目されることはまったくなかった。

 あれから、20年以上。その少なくない層は、今も非正規のままである。彼ら彼女らが非正規のままなのは、「高卒」という学歴も関係しているのかもしれない。そう思うと、新型コロナウイルスによる親の所得減が原因で「大学をやめた」「専門学校をやめた」なんて若者がどうにか出ないような対策を切に望む。

 さて、新型コロナウイルスによってオリンピックも延期となった。

 3月26日、福島のJヴィレッジを訪れた。聖火リレーが出発する予定だった場所であり、3・11後、原発事故収束作業の拠点となった場所だ。

 そんなJヴィレッジの土産物売り場には、「オリンピックグッズ」が売られていた。例のキャラクターのイラストが書かれたクッキーやチョコレートだ。それを見ながら、「オリンピックに合わせて大量に五輪グッズを作った会社」もこれから多く倒産するかもしれないと思った。クッキーなど食べ物の賞味期限は来年まで持たないだろう。いや、食べものじゃなくても、すべてのグッズには「2020」と銘打たれている。来年のオリンピックには使えない。大量のグッズ在庫を抱えて困り果てている業者が今、きっとあちこちにいる。今年の夏にグッズを売るという計算がすべて狂ってしまったのだ。

 新型コロナウイルスは、あらゆる領域に影響を及ぼしている。

 だからこそ、諸外国がやっている大胆な現金給付や、家賃、住宅ローン、奨学金の免除・猶予などに踏み切ってほしい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。