緊急事態宣言からの同行支援日記~ネットカフェ休業で「パンドラの箱」が開いた~(小林美穂子)

新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの人が仕事や住まいを脅かされています。緊急事態宣言によりネットカフェが休業したことで、不安定な住まいや仕事でなんとか暮らしてきた人たちが行き場を失い、「見えづらい」と言われてきた貧困が可視化され始めました。
生活困窮者支援を行う一般社団法人「つくろい東京ファンド」の小林美穂子さんは、続々と寄せられるSOSを受けて相談者の同行支援を行っています。小林さんが日々SNSに綴っている現場の様子を、今回了承を得てマガジン9で編集・掲載させてもらいました。※青字・注釈部分は編集部

  • 4月3日㈮: 新型コロナ感染拡大に関連して、東京都内のホームレス支援団体6団体が、東京都に感染リスクの高い施設ではなくホテル等を活用した個室提供などの緊急対策を求める緊急要望書を提出
  • 4月6日㈪: 小池百合子・東京都知事が会見のなかで、失業などに伴い住む場所を失った方々への一時的な住宅提供を行うと発表
  • 4月7日㈫: 7都府県に「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」(緊急事態宣言)発令

◎4月8日㈬:「パンドラの箱」が開く

 さて、緊急事態宣言が出されたわけで、カフェ「潮の路」の営業日に古書店「潮路書房」だけ開けて細々と相談活動をやっていたのも完全に閉めました。さぁ、グダグダするべえと休む気満々でいたのですが、その怠け心は、朝ごはんを作って起こしに来たツレの一言で吹き飛びます。

 「パンドラの箱を開けてしまったかもしれない」

 ネットカフェ閉店で困る人たちへ向け、イナバ(編集部注:「つくろい東京ファンド」代表で、パートナーの稲葉剛さん)たちが発信していた相談フォームにメールが続々と届いています。
 そりゃそうだ。
 だって、小池都知事はネットカフェ閉鎖後に行き場を失う人たちのためにビジネスホテルなどを確保したって言ったけど、具体的にどうすればいいのか、その発信は全然なかったじゃないですか。用意する(した)って言っただけ。で、今日からネットカフェにいられなくなる人たちはどうすればいいのだね? どこにアクセスしたらいいのかね? その日から入れるのかね?

 そりゃこの緊急時だ、とりあえずこのプログラムでやって、走りながら柔軟に軌道修正して使いやすいものにしていきましょう、ってことになってるのかもしれないけど、日本人はそれが一番苦手なんだろうに。日夜作業をする都のスタッフも疲弊する。

 ネットカフェから溢れ出て行き場を失う人たちには女性も多い。そんなわけで、私も出動することになる。家があっても、お金があってもこれだけ不安なこのごろにおいて、一畳もない空間の唯一の拠り所まで追われる女性たちに、会ったら一緒に泣いてしまいそうだ。
 しっかりしないといけないな、私。

 これからが大変。今夜からは夜更かしをやめます。


◎同4月8日㈬:昨日から食べていない若い女性

 相談を受けて、ネットカフェ暮らしだった若い女性と会う。昨日から何も食べてないと言うからファミレスでご飯食べながら。

 「ジュースが飲めるのが嬉しい。甘いの久しぶり」
 「もう首吊るしかないと思ったんですけど、私も人間なんですかね、生きたいと思ってしまったんです。それで連絡しました」

 こんな思いを若い人にさせていること、こんなことを言わせてしまってることを、私たち年長者は心底恥じなくてはいけない。


  • 4月9日㈭: 緊急事態宣言の影響でネットカフェ等に泊まれなくなった方に向けて「つくろい東京ファンド」で緊急電話相談会を実施

◎4月9日㈭:探しても、探しても、仕事がない

 日雇いで建設の仕事をしながらネットカフェで暮らしていた人と、冷たい風が吹く高田馬場駅で会い、数日分のホテル代とクオカードをお渡ししました。

 「緊急事態宣言後、探しても探しても仕事がなくなり、大変慌てた。よく使ってくれていた業者に直接電話してみたが、予定していた仕事のすべてがストップしていると言われた」

 仕事がなく所持金は減る一方で、おまけにネットカフェにもいられなくなると知り、私たちにつながった。「生活保護を考えたことはありますか?」と聞くと、生活保護に関しては、前にとても嫌な思いをしたと。

 生活困窮した人の生活基盤を支えるはずの制度が、機能していないどころか、人を遠ざけてしまう悲しいケースをこれまでたくさん見てきた。

 彼が今後自分の部屋を持てるまで、必要とされればフォローアップしていきたい。


◎4月10日㈮:選択肢のない彼らを選別しないで

 私は普段、イナバがキレるのをあまり見たことがない。
 私が耳につくムカつくCMソングを歌い続けても、どんなに悪ふざけをしても、声を荒らげるなんてこともない。

 そんなイナバがすぐ後ろで

 「前泊地主義(※)はしないって、あなたの福祉事務所は前から言ってますよ!」
 「先日、厚労省から福祉事務所に柔軟な対応をしろと通知が出ていますよね!」
 「この緊急事態に、たらいまわしするんですか! 今、相談者をあちこち行かせたら、国や都の感染対策と逆行しますよ!」

 先日、「首吊って死のうかと思っていたけど、生きたいと思ってしまった」と連絡をしてきてくれた若い女性に生活保護の話をしたとき、「私たちみたいな若い人は受けられないと思ってた。ハードルがいくつもあると聞いている」と私に言った。
 その彼女が、勇気を振り絞って、ある区の福祉事務所の窓口に一人で出かけてくれたのだ。間に入ってくれた女性支援団体も福祉事務所に連絡をし、しっかり根回しをしてくれた。それなのにこういうことが起きる。

 「来る人みんなを受けていたら福祉事務所がパンクする」。そう女性相談員はイナバに返したそうだ。

 医療も崩壊の瀬戸際で、ここにきて遅すぎるくらいだが緊急事態宣言が発令され、ネットカフェ暮らしの推定4000人が住まいを失う。元々、生活保護を受ける要件を十分に満たしていた人たちだ。溢れ出る人たちが助けを求めて福祉事務所に殺到する。そんなのは読めたこと。

 選別せずに受けてください。彼らはもう選択肢はないのです。もともと、選択肢がネットカフェ暮らしだった人たちなんです。福祉事務所が断れば、彼らは路上生活になるか、死ぬしかないんですよ。一体、なんのための福祉か。

 彼女に「ごめん、そんな思いをさせて。一緒に行くべきだった。ごめん!」と言うと、「いえ、そんな、私の方こそ。すみません、すみません」と彼女は何度も謝った。

※前泊地主義:住所不定の場合、生活保護受給申請は前日に泊った住所の役所でするように求める「前泊地主義」は水際作戦のひとつ。実際は、住所不定でも申請に訪れた役所を「現在地」として生活保護受給の申請はできる。また、住民票のある場所と違う場所にいる場合でも、現在生活している所を住所として申請することが可能


  • 東京都は休業措置による影響で仕事や住まいを失う人の受け皿として、ビジネスホテルを当初の100室から2000室に増やして確保し、一時的に受け入れると発表
  • 4月11日㈯: 神奈川県は、ネットカフェ休業などで居場所を失った人のため県立武道館(横浜市港北区)を開放

◎4月11日㈯:ネットカフェから相談が続々

 ネットカフェから相談が続々と入っている。

 送られてきたSOSに返事をし、必要であれば相談者のいる地域に駆けつけられる人に打診をし、鳴り続ける取材の電話に応え、合間に制度が更新されていないか確認し、もう猫をかまう暇も心の余裕もない。

 ネットカフェを住まいとしている人たちの人数は、東京だけで推定4000人。
 ネットカフェをねぐらにし、働きながらお金を貯めようとしても、ネットカフェ代金(月6~7万)を払いながらアパートの初期費用を貯めるのは至難の業。
 鍵もない、上からはのぞかれる、足も伸ばせない環境で、熟睡もままならないまま、最低限の荷物で日々を送っている人たちがいることを、行政はずっと放置してきた。

 多くの支援団体がネットカフェで暮らす人たちにアウトリーチしたいと、あの手この手で試みてきたが、ネットカフェ業界とて商売である。お客さんを手放したくないから、「路上脱出ガイド」や支援団体のパンフレットなど、おいそれとは置いてくれない。

 だから、ネットカフェやマンガ喫茶に隠れてしまう生活困窮者は、本当に「パンドラの箱」だった。新型コロナウイルスが、行政が開けようとせず、支援者も開けられなかったパンドラの箱を開けた。

 もっと早い段階で、支援しなくてはいけなかったこと。
 行政も、前線にいる都の職員も、福祉事務所のスタッフも大変だと思う。でも、これまでのツケが一斉に回ってきただけだから。もう、後戻りをしてはいけないです。同じ過ちを繰り返したらダメだと思う。


  • 4月13日㈪: 多くのネットカフェが要請を受けて休業開始

◎4月13日㈪:本人は拒否しているのに……

 豪雨と強風の一日。

 とても若い女性から電話があり、週末の宿を世話してくれていた支援団体から福祉事務所に行くよう言われたが、一人で行くのが怖いので誰か一緒に来て欲しいと、消え入るような声を受け、午後になって出動。

 深刻な問題や困難をたくさん抱えた人で、生活保護を受けたいが女性相談員に対応されるのは嫌だという。よくよく聞くと、同じ宿にいた女性が同じ区の福祉事務所を訪れ、女性相談員に対応され、婦人保護施設に入ることを強く勧められた。それは困ると言うと追い返されたとのこと。

 対応に出てきた女性相談員、やはり「うちとしては、女性は婦人保護施設で保護することになっている」と言うではないか。

 婦人保護施設は、DVなどで夫から逃げてきた女性などを安全に保護する女性施設で、携帯電話などから身元が発覚して危険が及んでは一大事なので、スマホなどの通信手段は使えなくなる。また、個室もあるが相部屋の施設もあることから、対人関係が苦手な人や、精神疾患のある方、または今や誰もがそうだと思うが、スマホを手放すことに抵抗のある人は行きたがらない。

 そもそも、DVから逃げてるわけではないのに、自由が極端に制限されるのは誰だって嫌だろう。なのに、いまだに女性→婦人保護施設という運用をしたがる福祉事務所ばかりだ。
 「ビジネスホテルがありますよね」というと、相談員は「それでもうちでは……」という。

 「東京都はネットカフェ休業で居場所を失う人たちのために、ホテルの部屋を2000室用意すると言ってます。まだ相当空いてますよね。これ、使えるんじゃないですか」

 女性相談員は、「それは東京チャレンジネット(※)……」と言いかけたので、「ええ、ええ、知っています。でも、厚労省からネットカフェ退室者に対して柔軟な対応をせよって通知があったのは、もちろんご存知ですよね?」と畳みかけると、相談員は黙って、ようやく「担当者を連れてきます」と席を立った。

 無事、5月6日までビジネスホテルの部屋を利用できることになりましたが、5時までにチェックインして欲しいとホテル側が要望しているから、生活保護の申請は明日でいいわよね? なんて言う。明日だったら私がついて来ないとでも思ったのでしょうか。

 「あなたが希望すれば、明日も私は同行できるけど、どうしますか?」
 相談者に聞くと、彼女は手を合わせて「お願いします」。
 その声を打ち消すように担当者が両手をわちゃわちゃさせながら「明日はできればお一人で!」と言ったがもう遅い。私は希望を聞いてしまいました。

 「すみません、依頼者の希望ですので私も来ます。だって、この3日くらいでこの福祉事務所から、私が偶然知っただけで女性が2人も追い返されてるものですから」

 担当者の顔が諦めたような顔になりました。

東京チャレンジネット:ネットカフェや漫画喫茶などで寝泊まりしながら不安定な就労に従事している人、離職した人への生活、居住、就労支援などを行う東京都のサポート事業。今回、東京都が用意したビジネスホテル利用の窓口とされていたが、「3カ月後に自立の目途がついている人だけが対象」と言われて追い返されるケースもあったという


◎4月15日㈬:なぜ感染リスクの高い無料低額宿泊所へ!?

 ネットカフェから出てきて福祉事務所に助けを求める人たちが、次々に無料低額宿泊所(無低)(※)に送り込まれている。どういう所かの説明も受けず、迎えの車が来てるからさぁさぁと連れて行かれ、契約書にサインをさせられる。

 連れて行かれた先は、衛生面もひどく、70歳以上の高齢者がたくさんいて、みんな誰もマスクなんてしてなくて咳き込んでいて、もちろん相部屋、風呂・トイレは共同。メンタルの問題も抱える相談者は、出された食事を一口も食べられず、一睡もできずに朝を迎えた。

 無低の多くが、福祉事務所御用達の、いわゆる「貧困ビジネス」と言われる場所になっていて、そういう宿泊所では生活保護費のほとんどを持って行かれてしまう。門限もあり、外出外泊には許可も必要。場所によっては牢名主みたいな人がいて、小銭やタバコをかすめとられることもある。

 一般の人たちは、こんなところを役所が重宝しているなんて、とても信じられないだろう。そんなところに入れられて、いつまでもアパート転宅を許されない人たちが全国で3万人もいるという信じられなさ。

 新型コロナ感染拡大を防止するために、ネットカフェの休業要請が出て、ネットカフェから出てきた皆さんが福祉事務所に行くわけですが、この緊急事態においても、無低に送られるというありさまがなぜ起きるか。
 それは、東京都が各自治体の福祉事務所に出した事務連絡に、「一義的に無料低額宿泊所を使うべし」という一行があるため。

 感染拡大を止める気があるんでしょうか? いったい。ビジネスホテルを確保しているというのに、そこを使わせない。意味が分からない。相談者からのSOSは日に日に切迫してきている。窓口を訪れて断られたり、無低に送られたりする絶望感は想像するにあまりある。

 そんなわけで、これから私も行ってきます。

※無料低額宿泊所:社会福祉法に定められた、生活困窮者が無料もしくは低額で利用できる施設。そのなかには十数人といった大人数での相部屋など劣悪な環境の宿泊所もあり、「貧困ビジネスの温床」として指摘されている

帰ってくると近所のモッコウバラが咲き始めていました。せめて美しいものを


  • 4月16日㈭: 緊急事態宣言の対象が全国に拡大
  • 厚労省が4月17日㈮付けで「新たに居住が不安定な方の居所の提供、紹介等が必要となった場合には、やむを得ない場合を除き個室の利用を促すこと」という内容の事務連絡を各自治体に出したのに合わせて、東京都も「原則、個室対応」へと方針転換

◎4月18日㈯:力を合わせたことで変化が起きた

 厚労省が新たな通知を出し、国に引っ張られる形で東京都も新たな事務連絡を出した。

 この間、メディアも動いてくれた。政治家も動いてくれた。おかしいことをおかしいと、みんなが力を合わせて、これだけ早く立て続けに変化が起きた。

 でも、イナバも書いてるけど終わりじゃない。
 無料低額宿泊所にこれまで留め置かれている人たちが、希望すれば安全でプライバシーを保てるアパートに転居できるようにしてこそ、「住まいは人権」がはじめて達成される。


◎4月20日㈪:路上生活になる人が出始めている

 「今夜から路上」とか、「路上4日目」とかの人が出始めている。まずい。非常にまずい。
 ネットカフェを住まいにして働けていた若い人たちが、路上に固定化されていってしまう。

 路上で寝ている間に、置き引きに遭うだろう。財布も、住民票も、携帯電話も、ときには眼鏡すら盗まれて、何にもなくなってしまった人をこれまで何度も見てきている。


◎4月22日㈬:「住民票がなければダメ」は嘘です

 所持金数十円の若い人と牛丼。
 好きなもの頼んでいいですよと言うと、メニューを眺めてからお肉2皿がついた定食を指差し、「ごはん大盛りで」。どんぶりのご飯をモリモリ食べる彼は、昨日から何も食べていなかった。

 新型コロナで仕事が次々にキャンセルになり、寮費が払えなくなった。ネットカフェで数日過ごしたあとで、そのネットカフェも休業に。「自分みたいに健康で働ける人間は生活保護を受けるべきではない」そう思いながらも、必死で仕事を探しても見つからない。

 所持金は減る一方で、福祉事務所を訪ねたら「ここに住民票がなければダメ」と言われて諦めた。もちろん、それは嘘。
 青森に住民票があろうが、生活保護は今いる場所で受けられる。

君たちには本当に癒やされるよ


◎4月24日㈮:日雇いでギリギリ生きてきた人

 「豊島区のスーパーで食料品を盗んだ男、日雇いの仕事が新型コロナで減り、腹が減って盗みに入ったと供述」とニュースが伝える。

 思わずおでこを叩いてしまう。辛い。
 日雇いでなんとかギリギリ生きてきた人……住まいもネットカフェやドヤだったろうに。


◎4月26日㈰:一人ひとりに顔と名前がある

 SOSを受けて相談者に会いに行くとき、私が知っているその人の情報は、相談フォームに書かれた名前と、目印にお聞きしている服装、そして短く書かれた困窮状況くらい。

 その時点では、私の中でその人は「ネットカフェから出て、行き場を失った人」という大きなカテゴリーの一人。ときには、疲れたなとか、こんな時間に面倒くさいな、とか、これがいつまで続くのかなと、ほんのちょっと、ちょっとだけ、そんな気持ちを心によぎらせながら家を出る。私は正義の味方でもないし、別にそんなものになる気もサラサラないから、こんな風なのです。

 頭の中でその人の状況と、とるべき対応を何通りか想定しながら待ち合わせ場所に向かい、人待ち顔している目印の服装を見つける。「つくろい東京ファンドの小林です」と名乗ったときに、相手の緊張した顔に少し安堵が混じる。

 人のいない場所を探して話を聞かせてもらう。
 「ネットカフェ生活から行き場を失った人」から、その人の輪郭が目の前でくっきりと形づくられはじめる。当たり前の話だが、「カテゴリー」で語られる人には一人ひとり名前があり、顔がある。これまで生きてきた歴史があり、いろんな関係性があり、笑ったり、困ったり、苦しんだり、泣いたりする私たちの誰とも違わない一人の人間である。そういう人が、所持金尽きて目の前にいる。

 相手が「カテゴリー」から「一人の誰か」となって姿を現したとき、私は手を抜けなくなる。その人がこれ以上困らないように、持てる力のすべてを使わなくてはならないと思う。責任を持たないといけないと思う。

 バイトを休めないその人の都合に合わせ、週明けに一緒にチャレンジネットに行くことにする。それまでの4泊分のホテル代と食費を渡すと、「このお金はいつまでにお返しすれば……」と、その人が言う(今回、そういう人が多い)。

 「そのお金は返さないでいいお金です。私たちのお金ではないんです。そのお金は、ネットカフェから出されて困ってる人たちに使って欲しいと、多くの市民からお預かりしたお金です。だから、しっかりホテルで休んでください。ちゃんと食べてください」

 ホテルの予約を取り、ホテルまでの道すがら今後の話をする。安定した住居を定めるために生活保護をいったん利用する方法があること、相談者が希望すれば福祉事務所の同行もするし、部屋が見つかるまで責任持ってお手伝いすることを伝える。
 あとは、ご本人が決めてくれればいい。

厚労省から各自治体に出された事務連絡。これを盾に矛に!


  • 5月4日㈪: 緊急事態宣言の延長が発表(5月7日~)
  • 5月6日㈬: 神奈川県は、ネットカフェ休業で居場所を失った人のため開放していた県立武道館を閉所(4月11日~5月6日までに125人が利用 ※東京新聞 5月8日)
  • 5月8日㈮: つくろい東京ファンドほか、路上生活者や生活困窮者を支援する31団体によって構成される「新型コロナ災害緊急アクション」は、東京都に対して、ネットカフェに寝泊まりしていた人たちが東京都の提供するホテルを出たあとの生活や法律の問題を相談できる体制を整備するよう要望

◎5月13日㈬:台東区役所 係長の迷回答

 今までネットカフェにいて、生活保護を初めて利用する高齢者を台東区役所へ。若い相談員、ケースワーカーともに、まだあどけないような人たちでした。驚いたのは、この2人とも東京都が確保したビジネスホテルのことを何も知らない様子だったこと。
 そこで「係長に聞いてほしい」とお願いすると、出てきた係長は、たくさんの迷回答を残してくれました。

 係長「そこ(ビジネスホテル)に泊まりながら生活保護を利用するっていうのはできないんで」
 私「できます。他区はどこもやってます」
 係長「その……、新しい文書が出たんです」
 私「どんな文書ですか? いつですか?」
 係長「ちょっと待っててくださいね。あ、今日付けですね。今日付け」
 私「見せてもらっていいですか?」
 係長「ちょっと待っててください」(出ていく)

 ~散々待たされた挙句、「新しい文書」は出て来なかった~

 係長「聞いてみたんですけど、(ビジネスホテルを)使えるということでした。明日から泊まれます」
 私「今日は泊まれないんですか?」
 係長「空きが分からないので」
 私「ガラ空きですよ」
 係長「あ、そうですか。では、どこがいいですか?」
 相談者「○○で」
 係長「じゃあ、空きを探してきます」(出ていく)

 私は正直呆れてしまいました。
 これまでいろんな人と良い信頼関係を築き、一生懸命生きて、活躍してきて、今は体調をひどく崩している相談者の漏らした言葉が、この問題の大きさを物語っています。

 「こんな思いをするなら一日も早く生活保護を抜けたい。一人で来たら絶対に無理でした」

 申請したその日に、決定も待たぬうちに高齢者に「抜けたい」と言わせてしまう福祉ってなんなんでしょうか?


  • 5月14日㈭: 39県で緊急事態宣言解除

◎5月15日㈮:初めて聞いた言葉

 新型コロナ禍後、いろんな自治体の福祉事務所に生活保護受給の申請同行をしたが、初めて(新型コロナ以前でもあまりなかったかも)、「大変だったねぇ」と当事者を慰める係長が現れ、当事者はもう反応できないくらい放心していたけど、私が感極まって「この一ヶ月で、初めてその言葉を聞きました」と涙声になるという一幕。


◎5月17日㈰:ホテル提供が終わってからの安心できる住まいを

 東京都はネットカフェ民の避難先として今月末までビジネスホテルを提供してますが、6月から送られる施設が劣悪な環境が多いことで知られる無料低額宿泊所では、彼らは再びネットカフェに戻ってしまいます。
 不安定な居住環境のもとでは、新型コロナ感染拡大の第二波、第三波が来たときにまた同じことの繰り返しになります。
 こんな悪循環を繰り返せば、当事者たちの疲弊だけでなく、社会的な損害も大きくなります。ハウジングファースト型の支援で、彼らに安心できる住まいを提供することが何より大事。


◎5月19日㈫:安心したら、お腹が空いてきた

 辛いことが重なって絶望していた若い女性、ビジネスホテルでの一時待機が認められ、明日からアパート探し。6月には自分のアパートで新生活が始まる見通しがついた。「安心したら急にお腹空いてきた」と、ストレスで何も食べてなかった人の若い顔に弾ける笑顔。


◎同5月19日㈫:毎日が誰かの一大事

 秋葉原から事務所に戻り報告する間もなく、以前から支援を継続している方のケースワーカーさんから連絡が入り、今度は神奈川に向かって走る。

 毎日誰かの一大事。

同行支援の道すがら。「雷門だ!」と叫んだら相談者が撮ってくれた


  • 5月20日㈬: 新型コロナ感染拡大に伴う10万円の特別定額給付金について、住民登録のないホームレス状態の人たちを支給対象外にしないように、東京と大阪の当事者団体が合同要望書を総務省に提出
  • 5月21日㈭: 京都、大阪、兵庫の関西3府県の緊急事態宣言が解除

◎5月22日㈮:今日困窮している彼らは、明日のあなた

 これからこの国が迎える明日は、「早くもとに戻るように」と願う人には悪いけど、戻らない。もともと桃源郷でも何でもなくて、上辺だけつくろって中身は腐ってるみたいな状態だったのだから、もとに戻っても少しの間ごまかされるだけに過ぎない。ごまかされてる間に、腐ってしまった部分はその領域を広げていくだけ。

 だから、現実から目を背けずに、一人ひとりが「変える」覚悟を持たなくては、本当に困るのだ。変えてくれるのは、派手なパフォーマンスやハッキリした物言いで、上辺だけつくろうやり方をしてきた人たちでも、政治をゲームだと思ってるようなイロモノでもない。

 ビジネスホテルは用意した、と大々的にメディアに発表しながら、当事者に対してそのアクセスを遅々として広報しなかった東京都に、市民が抗議して広報をさせ、ちゃんと運用させたように、市民が見張らなくてはダメなのだ。

 任せっきりは楽だ。
 でも、市民がある程度は政治参加する社会になってからでないと、その安心は手にできない。任せっきりは、独裁を企む者にとって栄養たっぷりな土壌になる。

 アベノミクスなんて言葉でごまかされてきた日本の経済が、とっくに崩壊していたのを新型コロナが可視化させた。

 この2ヶ月近くの間、私が対応している人たちは、いわゆる多くの人が想像する「ホームレス」ではない。保障も出ないまま休ませられている正社員もいれば、私などが逆立ちしてもできない活躍を長年続けてきた人もいる。「困窮者」「路上生活者」「ネットカフェ生活者」というひとくくりのフォルダーに収納された中身は、一人ひとりの生身の人間。あなたや私と変わらない顔も名前も歴史のある一人ひとり。

 経済危機の煽りを受けて、住む場所すら失った彼らに、持たざる者に厳しすぎる福祉制度や社会が追い打ちをかける。
 私は彼らの姿に、近い将来の自分を見る。

 市民は未来を選べる。
 市民は未来を作れる。
 現実逃避して分かりやすいヒーローを待ち望んでる場合じゃない。

 誰もが尊厳を保ちながら生きられる社会を作っていきましょう。
 もう、あとがないです。


  • 5月25日㈪ :全国で緊急事態宣言が解除

「住まいは人権」として住宅支援事業を行っている「つくろい東京ファンド」では、新型コロナの影響による経済危機で生活困窮者が急増しかねない状況を踏まえて、緊急シェルターとして使える個室を増やしています。
シェルター増設のための寄付はこちらから。

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。