第524回:千代田区の缶詰、新宿区の嘘、そしてワンコの病気――「弱者」を見捨てさせないために。の巻(雨宮処凛)

第524回:千代田区の缶詰、新宿区の嘘、そしてワンコの病気――「弱者」を見捨てさせないために。の巻(雨宮処凛)

 久々に、頭が真っ白になるくらいの怒りが込み上げた。

 貧困問題にかかわって14年。生活保護の水際作戦や屈辱的な対応については散々見聞きしていた。しかし、今はコロナでみんなが大変な時期。厚労省から生活保護については迅速に対応するようにという通知も出ている。それなのに、「今に至ってもこんなことやってるの?」という現実に、ただただ言葉を失った。

 それは6月3日のこと。この日、私は千代田区役所にいた。つくろい東京ファンドの小林美穂子さんから連絡を受けたのだ。

 つくろい東京ファンドとは、住まいのない人などを支援する団体。つくろい東京ファンドには、4月から170件を超える相談が殺到している状態だ。所持金が尽きた、住む場所もないといった切実なSOSだ。小林さんは相談をくれた人のもとに駆けつけ、生活保護申請同行などの支援を続けている。その様子は「緊急事態宣言からの同行支援日記〜ネットカフェ休業で『パンドラの箱』が開いた〜」でも書かれている通りだ。

 そんな小林さんからの連絡は、「千代田区の福祉事務所に申請同行したが、申請はできたもののあまりにも対応がひどいので来てくれないか」というものだった。もし可能であれば、ということで、れいわ新選組党首・山本太郎氏の同行も希望されていた。

 コロナ経済危機が始まって以来、山本太郎氏もホットラインの相談員などをボランティアでし、街頭で見かけたホームレス状態の人に声をかけ、支援団体につなげるなど「ひとり福祉事務所」のような機能を果たしている。早速、太郎氏に事情を話すと「知恵はないけど圧は出す!」と力強い参加表明が届いたのだった。名言だな……。

 そうして6月3日午後1時、私たち3人と当事者のSさんは千代田区役所の福祉事務所にいた。

 まず驚いたのは、コロナ経済危機の中、生活保護を申請する人は激増し、東京23区では4割増になっていて、どこの区の福祉事務所にも人が殺到しているのに、千代田区の福祉事務所はガラガラだったことだ。不審に思いつつ、この日の午後1時にSさんの担当者とアポイントをとっていることを伝える。と、山本太郎氏の登場に福祉事務所はざわつき始め、慌てた様子で係長と課長という人がやってくる。Sさんの担当となった人も含め、話し合いが始まった。

 ここで経緯を振り返ると、Sさんは5月27日、小林さんに同行してもらい、生活保護を申請。この時点で住まいはなく、所持金は200円ほど。申請の意思を示しているこのような場合、すぐに申請書が出てくるものだ。しかも現在は緊急時。しかし、申請書が出てくるまで、1時間5分もかかったという。この時点でありえない対応で、申請を諦めさせようとしていたと言われても仕方ない。

 しかも生活保護は申請からだいたい2週間以内で決定されるのだが、対応した職員は、千代田区では2週間で決定することはほぼない、一ヶ月かかると説明。また、申請時に所持金がない場合、決定まで待っていたら餓死してしまうので、他の区では仮払いがされるのだが(その日の夕食から困ってしまうため)、なんとこの日、Sさんに渡されたのは現金ではなく災害備蓄の缶詰などだった。

 その内訳は、白粥13個、サンマ蒲焼缶15個、きんぴらごぼう缶15缶、500mlの水5本。これで生活保護決定まで過ごせということだろうか? 「なくなったら連絡を」ということだったそうが、Sさんが連絡しても折り返しはなかったという。

 ここで他の区はどうかということを紹介すると、申請時に所持金が尽きている場合、区によって違いはあるが1日2000円などが生活費として仮払いされる。私は今まで多くの生活保護申請に同行してきたが、所持金が尽きている人で、その日のうちに仮払い金が渡されなかったケースは皆無だ。場合によっては、その日から決定までのネットカフェの宿泊代も出る。そこからアパートに移る流れだ。生活保護が決定すれば敷金などの初期費用も転宅費として出る。

 「そこまでしてくれるのか」と驚く人もいるだろう。しかし、こういった情報も支援団体が同行しないと教えてくれないこともある。そうしてアパート生活に移行すれば、生活は安定する。東京都内にはネットカフェ生活者が4000人いると言われているが、これほど多くの人がそのような生活をしている背景には、アパートに入るための初期費用が用意できない現実があるのだ。

 Sさんの場合、住む場所はないものの現在宿泊している場所はあった。が、さすがに缶詰だけの支給というのは常軌を逸している。早く生活保護を抜けようと職探ししたくても、交通費もないのでは何もできない。「それでもありがたいと思え」と言う人は、所持金200円で1日3食、サンマ缶ときんぴらごぼう缶だけという生活をしてみるといい。いくらなんでもありえない、と抗議したのだが、私はこの「災害備蓄の食料支給」という事実によって、ある事件を思い出していた。

 それは、2012年に札幌市白石区で起きた姉妹餓死事件。42歳の姉と40歳の妹が1月、遺体で発見された痛ましい事件である。真冬の札幌で電気とガスは止められ、二人が住む部屋のガスストーブは使えない状態だった。冷蔵庫は空っぽで、遺体は衣服を何枚も重ね着している状態だったという。姉が先に亡くなり、知的障害のある妹は姉の遺体の横で半月ほど生きていたとみられる。携帯には、前年12月20日に「111」という発信記録が残されていた。110番か119番にかけようとしたものの、番号を間違ったのではないか。姉妹の姉は、生前、生活が苦しいと白石区役所に3度も相談に訪れている。が、3度とも「若いから働ける」などと追い返され、3度目に追い返されてから半年後、遺体となって発見された。そんな姉が2度目に相談に訪れた時に支給されたのが、「パンの缶詰」だったのだ。

 この時の姉妹の状況は逼迫していた。全財産はわずか1000円。両親はすでになく、知的障害の妹を抱える姉は体調不良で失業していた。食料も残り少なく、ライフラインも滞納。一刻も早く生活保護が開始されなければ命に危険が及ぶことは誰だってわかる状況だが、白石区の福祉事務所がしたことは、「非常用のパンの缶詰14缶の支給」。災害備蓄用のもので、14缶の根拠は「7日×1食×二人」。姉妹に対して1週間、1日1食、しかもパンだけで生き延びろということである。この日の「面接受付票」には、「食料確保により生活可能であるとして、生活保護の相談に至らず退室」と書かれている。

 そうして福祉に見放された二人は、餓死・凍死した状態で発見されたのだ。

 この事件を受けて12年3月、「全国『餓死』『孤立死』問題調査団」が弁護士らで結成され、私も加入。5月には調査団で事件調査のため札幌に行き、白石区に聞き取りもしたが、二人の命が失われたことについて、白石区はあまりにも冷淡だった。

 私自身、札幌の餓死事件の取材をしてきた経緯があるからこそ、千代田区が災害備蓄の缶詰を渡したことがショックだった。白石区の時もそうだが、食料を渡すということは、飢える可能性があるとわかっているということだ。千代田区の場合、生活保護申請はできていたが、コロナ禍という非常時において、このような対応がなされていることが衝撃だった。

 この日、千代田区との話し合いの結果、「一ヶ月かかる」と言われていた保護の決定は2週間で下りることとなり(できるんじゃん!)、また、現金の仮払いもされることになった。1日2400円として、1万5000円がSさんに支給されたのだ。が、ここに至るまで、1時間10分。他の区では、自分から何も言わなくても所持金がない場合は出てくるお金だ。それをいろいろと理由をつけ、さらには「協議が必要」と20分間、席を外して協議して、やっと出てきたのだ。

 しかし、これは歴史的な一歩でもある。長年、現金支給が行われてこなかった千代田区で、こうして仮払いが認められたのだ。Sさんが頑張ってくれたことによって、大きく道が開いたのだ。担当課長は、今回に限らず、所持金のない人には仮払いをすることを口頭だが約束してくれた。何もしなければ変わらなかった制度にこの日、小さいけれど、確実に穴が空いたのだ。

 快哉を叫びたい一方で、窓口を訪れて、心がえぐられる思いもしていた。

 コロナ禍で困窮者が増える中、全国各地の福祉事務所の職員たちが奮闘していることは知っている。当事者に寄り添った素晴らしい支援をしてくれている職員の存在も知っている。一方で、時々耳にするのは「ひどい」としか言いようのない職員だ。水際作戦で追い返す、態度がものすごく横暴で喧嘩腰、高圧的、ニヤニヤしてばかりいて困窮した人を馬鹿にしたような態度をとる、等々。

 そのような人が、福祉事務所の窓口で困窮者対応をするわけである。そうして生活保護を受ける資格があるのに、受けなければ死んでしまうのに、難癖をつけて本人を追い返している。この事実を思うと、腹わたが煮え繰り返りそうな怒りに包まれる。

 なぜなら、生活保護の窓口は、そこで追い返されたら死ぬ確率がもっとも高い窓口だからだ。他の施策の窓口とは明らかに違う。他に生きる手段がない人たちが来る最後の砦だというのに、なぜ、福祉の知識もろくになく(本当にそういう人がたまにいる)、当事者を傷つける言動を平気でしてしまう人が配置されているのか。はっきり言って、その席にはプロ中のプロしか座ってほしくないのだ。命にかかわる仕事なのだから。素晴らしい仕事ぶりの職員たちがいることを知っているだけに、それが残念でならない。

 さて、この日、千代田区役所から帰る時、Sさんたちと歩いていると道端にきんぴらごぼうの缶詰の空き缶が落ちているのを発見した。Sさんに支給されたのも、まさに同じ缶詰だという。おそらく千代田区の福祉事務所でもらった人が空腹に耐えきれず、すぐに食べたのだろう。そんな缶詰の賞味期限は、来月だった。廃棄処分が近いものから渡しているのだろう。理解できるが、なんだかとても悲しくなった。

 一方で、生活保護の現場がなぜこれほど殺伐としているかもよくわかる。コロナ不況を受け、生活保護を申請する人が激増しているのに、現場には人手も予算も圧倒的に足りないからだ。「給付なき自粛」をこれだけやってきたのだから失業者や困窮者が増えるのは当たり前なのだ。だからこそ国は、困窮者対策に予算と人手を投入してほしいと切に思う。最後のセーフティネットなのに、どの市区町村に住んでいるかで生死が分かれるようなやり方を、とにかく今すぐ是正してほしい。

 と、ここまでが3日のこと。

 それに先駆ける6月1日、新宿区がトンデモないことをやらかしていた。

 一言でいうと、「嘘をついてネットカフェ生活者をホテルから追い出していた」のだ。

 緊急事態宣言を受けて、東京都がネットカフェ生活者のためにビジネスホテルを確保したことは多くの人が知っていると思う。5月6日時点で800人以上が入っていたのだが、この人たちは現在、6月14日までホテルにいられることが決まっている。しかし、5月29日、新宿区は区内のホテル利用者に「ホテル利用は5月31日(チェックアウト6月1日朝)まで」という文書を配布したのだ。

 新宿区でホテルを利用していたのは172人。うち74人が生活保護を申請したものの、少なくとも87人が行き場もなく、なんの制度へも繋がっていない状態で放り出されてしまったのだ。しかも、この通知が配布されたのは金曜の夕方。翌日と翌々日は土日で、月曜の朝チェックアウトとなっている。役所に相談しようにも時間はほぼない。そうして、本当に追い出されてしまった。

 このことに激怒して6月8日、私たち「新型コロナ災害緊急アクション」は新宿区に申し入れをした。

 申し入れをしたのは、つくろい東京ファンドの稲葉剛さん、小林美穂子さん、元自治体職員で生活保護を担当していた田川英信さん、医師の谷川智行さん、私など。新宿区からは福祉部長と課長が対応し、多くのマスコミも集まった。

 まずは稲葉氏が申し入れ書を読み上げたのだが、部長、課長はホテルから追い出したことについて、「そうしたほうが、必要な人が相談に来ると思った」などの苦しすぎる言い訳を展開。ホテルから出したほうが、困っている人が福祉事務所に生活の相談に来ると思った、ということである。それが現実離れしていることはすぐに明確になった。なぜなら、稲葉さんたちのもとには、行き場がなく追い出された87人のうち、数人から既にSOSが入っているからだ。

 ある人は、29日の文書を見て焦って新宿区に電話したという。2度にわたって電話して「ホテルに滞在したい」とお願いしたが埒があかず、その日のうちに直接窓口を訪れているのだ。しかし、福祉事務所の職員に、「新宿区としては6月1日までにチェックアウトということで決まっている」と追い返されたのだという。ちなみに、5月22日の時点で都の宿泊事業は6月7日まで延長され、6月1日には6月14日まで延長されている。他のすべての区では問題なくネットカフェ生活者らがホテル滞在を続けられるのに、なぜ新宿区だけが都の意向を押し切ってまで追い出したのか。数が多いから面倒だったのか、と勘ぐってしまうのは私だけではないだろう。

 結局、1日に追い出されてSOSをくれた人は、この週末は炊き出しに行ってなんとか食いつないでいたという。新宿区は、炊き出しに並ばないと食べるのにも事欠くような人々を放り出していたのだ。

 しかもこの日、課長、部長に質問して判明したのは、ホテルから追い出す際に所持金の確認もしていないこと。ホテルに入る時に所持金はいくらと書かせているらしいのだが、以降、ホテル滞在中も出る時も確認していないのだ。コロナで仕事がないのだから、所持金は減るばかりに決まっている。ちなみに他の区では、職員が一人ひとりの部屋を訪ねて生活保護制度はじめ、いろいろな説明をしているところもあるという。携帯電話が止まっている人も多いため、そのようなきめ細かな対応がとられている区もあるのだが、新宿区では、そういう対応はおろか、ホテルにいる間、電話すらしていなかった。早い人では4月11日頃から入っているのに、だ。一ヶ月半以上、一体何をしていたのだろう。

 6月1日、ホテル追い出しが発覚してから、メディアでもこの問題が取り上げられるようになった。それを受けて慌てたのだろう。部長と課長は、追い出した87人のうち、電話番号がわかっている54人に今日から電話をかけ始めたと明かした。

 「一週間経ちましたので、どうしてますか? と電話をしています」と部長。いやいや、「どうしてますか」とか呑気なかけ声よりも、本来いられるはずのホテルから追い出してしまったことを謝罪し、必要であればすぐにホテルの再利用につなぐことが先ではないのだろうか。そしてそれは一週間経ってからでなく、彼ら彼女らが追い出された6月1日から始めるべきだったのだ。この一週間で携帯が止まった人もいるだろう。その上、そもそも携帯が止まっていたのだろう33人にはメールしたのだろうか。中にはメールアドレスすらない高齢の人などもいただろう。だから放り出してはダメなのだ。これでは面倒だから追い出したと言われても仕方ない。

 申し入れでは、区長の公式見解を明らかにすること、利用者に謝罪し、再発防止の検証をすること、また連絡先がわかる利用者に早急に連絡し、ホテル利用を希望される場合は責任をもって対応することなどを求めた。

 と、そんな前日の7日も怒涛だった。

 前回の原稿(「昨日から私も犬も食べてません」。ペットとともに住まいを失った女性。)で書いた犬が体調を崩し、休診日の夜間、動物病院に駆け込んだのだ。

 犬は3日頃から体調を崩しており、4日には私も一緒に動物病院に行っていた。しかし、注射をし、薬を飲んでもなかなか良くならない。その一方で、木曜夜からはうちの猫のぱぴちゃんも体調を崩し(頭がまったく上がらなくなり、動きも体つきもすべて変になる)、私も動物病院通いが始まった。ぱぴちゃんは脳に異常があるかもと言われて土曜日にMRIまで撮ったのだが、結局低カリウム血症とわかり、治療をするとみるみる良くなった。が、Aさんの犬の方はなかなか良くならない。ということで日曜夜、休診日だというのに獣医さんのご好意で診てもらい、さまざまな検査を経て、やっと病名が判明したのだ。これからも継続的な治療が必要となる。

 最近の私は、自分の職業がなんなのかよくわからない状態だ。もともとよくわからないが、最近はさらにわからなくなっている。

 が、私などまだまだ楽な方だ。

 今日も支援者たちは、「あと200円しかない」「もう食べものがない」というような待った無しのSOS対応に奔走している。まったくのボランティアでだ。だからこそ、役所の人たちには頑張ってもらいたいと思うのだ。「ボランティアでやれ」と言っているわけではないのだから。自分が手を放してしまったらこの人は命を失ってしまうのではないか。そんな想像力をすべての人が持てば、救われる人は大勢いる。

 ということで、最近、「このキャパ超え状態、いつまで続くんだろ」と考えるとふと怖くなる……。

※ 新宿区に申し入れをした翌日、新宿区長は謝罪コメントを発表。それだけでなく、宿泊費相当の支給を行うことを発表した。申し入れをした甲斐があったというものである。どうか追い出された人たちにこの情報が届きますように。

第524回:千代田区の缶詰、新宿区の嘘、そしてワンコの病気――「弱者」を見捨てさせないために。の巻(雨宮処凛)

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活動を応援したい方、寄付したい方は、ぜひお願いします。
緊急ささえあい基金
https://corona-kinkyu-action.com/sasaeai/
雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。