第122回:大切な本(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 岩波書店から6月9日に、大切な本が出版されました。「マガジン9」にとっても、とても大事な本です。『またね。――木内みどりの「発熱中!」』(1800円+税)という本です。
 そうです。昨年11月に、突然お亡くなりになった木内みどりさんが「マガジン9」に連載してくれていたコラム〈木内みどりの「発熱中!」〉をまとめて編集し直した、いわば木内さんの「遺稿集」のような本です。

 でもね、遺稿集とはいっても、そんな湿っぽいものではありません。あの元気な木内さんが、手を振りながら「またね。」と言って去っていったのがウソみたいに、その言葉通り、また戻って来てくれたのです。薄青いワンピースを着て、両手を高く差し伸べている木内さんが、そこにいます。
 実はぼくも、この本の編集に、ほんの少しだけかかわりました。「マガジン9」の連載でしたからね。そして、本の巻頭に「はじめに――お帰りなさい、みどりさん」という文章を書かせてもらいました。この本のできるいきさつを、ぼくなりに書いたものです。

 毎回、連載コラムの木内さんの文章に、ぼくはいつも、へえぇーと感心したり、すごいなあと驚いたりしていました。新しい挑戦や発見に喜んでいる木内さんが、活き活きとコラムの中で跳ね飛んでいるのを、まぶしく見つめていたのでした。
 こうしてまとめて読むと、ほんとうに木内さんのすばらしさを再発見します。興味の赴くところ、どこへでも飛んでいく。誰にでも会いに行く。どんな本でも読みこなす。どんな絵でも描いてしまう。
 TVだって、コミカルなバラエティからシリアスなドラマまで、どんな場面でもステキでしたね。映画での活躍も、もちろん素晴らしかった。まるで自主製作のような低予算の映画でも、監督や台本が気に入れば、ふたつ返事で撮影に飛んでいく。そんな人でしたから、みんなに「みどりさん、みどりさん」と愛され慕われたのも当然だったでしょう。

 今年の2月13日に開かれた「木内みどりさんを語り合う会」には、ほんとうに多くの人たちが集まりました。それも、芸能関係者というだけではなく、ジャーナリスト、文学者、研究者や学者、アーティスト、反原発運動の人たち、編集者……と、驚くほどの広範囲に及んでいたのです。
 そこは「木内みどりさんを語り合う会」そのものでした。明るく楽しく、みどりさんが中心になってはしゃいでいるような会でした。
 ぼくも、南伸坊さん、小出裕章さん、浅田美代子さん、森達也さん、山本太郎さん、雨宮処凛さん、坂手洋二さん……などなど、たくさんの旧知の方たちと、久しぶりにお会いできたのです。そして、木内さんの交友範囲の広さと、人を差別・区別しない人柄を、改めて知ったのでした。

 木内さんは、誰とでも話ができ、誰とでも仲良くなれる人でした。
 でもね、絶対許せない(許さない)人もいたのです。ウソをつく人、人を騙す人、裏切る人……そんな人は、木内さんの視野には入ってきませんでした。

 木内さんの遺してくれたステキな本が、もう1冊あります。『私にも絵が描けた! コーチはTwitter』です。
 この本は、木内さんが毎日1枚、1年間にわたって欠かさずに描き続けた絵を集めたものです。それも、「既成の出版社からだと定価が高くなって、見てもらいたい方には届かないかもしれない」という木内さんの意志で、なんと、ご自分でひとり出版社を作って、そこから発行……という思いもよらない手段を使ったのです。この辺り「思いついたらすぐに突進」という、木内さんの面目躍如でしょう。
 というわけで「小さなラジオ出版部」というひとり出版社を作って、なんと定価500円で、発売しちゃったのです。全頁カラーです。ぼくも出版編集者だったからよく分かりますが、オールカラーで216頁となれば、最低でも(発行部数にもよりますが)2500円以下では作れないでしょう。だから「売れれば売れるほど、私の持ち出しになっちゃうのよねえ」と笑いながら言っていた木内さんでありました。
 その「小さなラジオ」だってなかなかのもんです。木内さんが自分ひとりで立ち上げ、毎回ゲストを呼んで1時間ほど、その時々の話題を楽しんだり勉強したり。
 「ラジオフォーラム」→「自由なラジオ」と木内さんも協力して頑張ってきたラジオ放送が終わりになると、さっそく「小さなラジオ」をひとりで作って、言いたいことを言うラジオの存続を図ったのです。
 その行動力は、ぼくのような老人にはとうてい真似ができるわけもなく、いつもまぶしく見ているばかりでした。

 さて、その『わたしにも絵が描けた!』には、日付順に毎日1枚の絵とそれにまつわる小文が掲載されています。1日も欠かさず1年間描き続ける……というのも、並大抵のド根性(失礼)ではありませんよね。しかも、日一日と絵の密度が増していくのが手に取るように分かるのです。
 ある高名な画家が「これは素晴らしい絵画の教科書だ」と唸ったというのもうなずけますね。
 その「画集」の中で、木内さんが1枚だけ、大きな✕印を付けた絵がありました。そこに付記された文に、こうありました。

「バ」「ツ」と、はっきり大きな声で言って、✕をつけた。このヒトはバツでできている。

 もちろん、誰のことだかわかりますよね。
 前述のように、木内さんは「ウソをつく人、人を騙す人、裏切る人」が大っ嫌いだったのです。だから、このヒトの似顔絵には、大きな✕を付けざるを得なかったのでしょう。

 そんなさまざまな「木内さん」の姿が、とてもよく映し出された本が『またね。』です。
 ぼくは、この本の「はじめに――」の末尾に、こんなふうに書きました。

(略)「3.11」の衝撃を全身で受け止め、それを自身の中で発酵させ発信していく過程が、本書には鮮やかに記されている。「ふふふ」と笑顔のまま旅立ってしまったようなみどりさんが、本の中に静かに帰って来ている。
 だからこれからも、デモを歩きながら、集会でのシュプレヒコールを聞きながら、ぼくは人波の中にみどりさんを見つけられるだろう。
 でも、正直に言えば、ぼくはもっと木内みどりさんの文章を読みたかった。それだけは心残りです……。

 ぜひ、手に取ってみてください。
 あなたの好きだった木内みどりさんが、そこにいます。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。