第525回:都知事選、始まる。の巻(雨宮処凛)

 都知事選が始まった。

 そんな中、小池百合子都知事について書かれた『女帝 小池百合子』が話題だ。

 私も読んだが、非常に興味深い一冊だった。小池氏の容姿(主にあざ)やその親の「ヤバさ」などの記述については「赤の他人がこういう書き方をしてしまっていいのだろうか……」とひっかかる部分はあったものの、「男社会の中でのし上がってきた上昇志向全開の女性」のストーリーとしてはあまりに出来すぎていて、読みながら「これが小説だったらどんなにいいだろう……」と何度も思った。そう、フィクションではなく、現在の東京都知事の物語であるというところが、問題なのだ。

 本書では、社会的弱者に冷淡な小池都知事の姿が繰り返し描かれるのだが、その経歴を合わせて考えると、「弱者に冷淡になるのは当然だろうな」とも思う。ある意味、究極の、崖っぷちの「自己責任」でのし上がってきた人だ。そして今、権力を持つ立場にある人には、そんな「のし上がり系」か、「生まれながらに恵まれた二世、三世」くらいしかいないのが、この国の最大の不幸である。前者は社会的弱者に「自分はこんなに頑張ってきたのだ」という思いがあるからこそ冷淡で、後者はそのような人々とのかかわりが絶無であるがゆえに、ナチュラルに冷淡だ。

 さて、18日に始まった東京都知事選には、小池都知事とは対象的な「弱者の味方」と言われる人が出ている。しかも2人もだ。

 一人は元日弁連会長で弁護士の宇都宮健児氏。もう一人は前参議院議員で「れいわ新選組」党首の山本太郎氏だ。

 毎日のように、「どっちを応援してるの?」と聞かれる。日々、引き裂かれるような思いの中にいるのも事実だ。が、両氏は私にとって心からリスペクトする2人でもある。そして2人とも、今、正々堂々と戦っている。決して相手のことを悪く言ったりなどせず、最大限の敬意を示しながら。そんな姿勢を見習い、私から見た両氏について、書きたい。

 まずは宇都宮健児氏。

 2007年、「反貧困ネットワーク」を結成した頃からともに運動を続けてきた仲である。

 結成当初、宇都宮氏は「代表」で、私は長らく「副代表」をつとめてきた。現在は体制が代わり、宇都宮氏は「代表世話人」、私は「世話人」となっている。他にも「公正な税制を求める市民連絡会」でも、ともに共同代表をつとめている。

 そんな宇都宮氏は言わずと知れた「弱者の味方」。サラ金、闇金などの問題に取り組み、長年闘ってきた人である。いつもニコニコしている優しげな雰囲気からは想像もつかないが、「社会の巨悪」とは徹底して闘うという、「弱きを助け、強きをくじく」を地でいく人だ。

 宇都宮氏と私はもう13年の付き合いになるわけだが、私はこの人がイライラしたり、ハラスメント的な言動をしているところを一度も見たことがない。これってなかなかすごいことだと思う。宇都宮氏は現在73歳。その世代の男性と長年接していると、どうしたってそういう部分が垣間見えるものなのに、それが一切ない。しかも私は相手にとって「年下の女性」だというのに。

 ちなみにこれまで、宇都宮氏と同世代の元活動家男性なんかにはもろもろ「被害」を受けてきた。例えばものすごい「反天皇」なのに無茶苦茶に家父長制的な価値観で男尊女卑なんて人はよくいるし、パワハラ、セクハラ的な言動も当たり前に見聞きする。そのたびに「あーあ」と思って距離をとってきたのだが、私が反貧困運動をこれほど長く続けていられる背景には、間違いなく「宇都宮さんのゼロ・ハラスメント体質」があると思うのだ。そうして運動のトップがそのような人であれば、そのコミュニティにはハラスメントが入る余地がなくなる。逆にトップがハラスメント体質だと、暴力が連鎖するような形でハラスメントは蔓延するだろう。

 それにしても、宇都宮氏はそんな時代を先取りした感覚をどこで体得したのだろう? ハラスメントのなんたるかをわかろうともしない年配の国会議員や経営者たちは、宇都宮氏に弟子入りしてほしいくらいだ。

 宇都宮氏は会議や打ち合わせなどで持参した「アンパンと牛乳」を食べていることが多いので、宇都宮氏が初めて選挙に出た際にはそんなエピソードも披露したのだが、最近見たテレビでは、定番が「アンパンと牛乳」から「鮭のおにぎりと牛乳」に変わっていることを知った。おにぎりと牛乳、合うのかな……? しかし、宇都宮氏の「足腰の強さ」は、毎日の牛乳からくるのかもしれない。

 さて、次は山本太郎氏。

 出会ったのは、12年頃。当時は「原発反対」一直線、ど直球で常に前のめりな人だった。

 あの頃の太郎氏と今の太郎氏が、なんだか同一人物だとはとても思えない。とにかく、この数年で激変した。参議院の6年間で、死ぬほど勉強した。そこで培った勉強のコツを生かし、今も最新情報を日々更新している。

 そんな山本太郎氏のエピソードもたくさんあるが、特筆したいのは太郎氏は15年から毎年、年末に都内の炊き出し現場を回っていることだ。渋谷、池袋、山谷、そして横浜寿町。炊き出しとは、ホームレス状態などの人に食事を提供する場のことだ。生活相談や医療相談もやっている。この4年間、太郎氏は年末の年越しそばを山谷の路上でおじさんたちと立ったまま食べている。

 そんな現場に毎年行くようになったのは、最初に行った15年の経験が大きいと私は見ている。池袋の炊き出しに並んでいた30代と40代の男性の支援に同行したのだ。両者とも、それぞれひと月ほど前に野宿生活となっていた。地方で失業し、東京に職探しに出てきた果てに所持金が尽きたというパターンだった。途方に暮れてそれぞれがやってきた炊き出し。そんな2人を支援者はその日のうちに個室シェルターに案内し、公的な支援につなげた。ついさっきまで所持金もなく真冬の東京で凍えていた二人は、魔法のように救われ、なんだかぽかんとしていた。そんな様子を見て、太郎氏は心からシビれた様子だった。炊き出しに、そして支援者に出会えなければ大晦日の路上で凍死していたかもしれない2人。そういう現実が本当にあることに衝撃を受け、以来、年末は必ず手伝いに行っている。

 そんな経験は、コロナ禍でも生かされている。例えばコロナ不況の中、東京では目に見えてホームレス状態の人が増えているが、太郎氏はそのような人に声をかけ、相談会や支援団体の情報を伝えたりしている。また、5月なかばには、突然「ある駅で、行き場がない様子の男性に声をかけたら家も所持金もないということでどうすればいいか」と電話がかかって来た。コロナ災害を受け、多くの支援者が、メールなどでSOSを受けたら行き場も所持金もない人のもとに駆けつけ、緊急宿泊費などを渡し、後日、公的な制度に繋げている。そんな活動をよく知っていた太郎氏はまず私に電話をくれたのだ。

 すぐに支援者仲間に連絡し、緊急宿泊費などを出す許可をもらって太郎氏に近隣のホテルをとってもらい、その男性を案内してもらった。翌日、支援者が聞き取りをし、その男性は無事に生活保護を受けることになり、すでに住まいも決まったようである。おそらく、太郎氏が声をかけていなければ今も東京の片隅で途方に暮れていただろう。ちなみにその男性をホテルに案内した直後、またもや太郎氏から電話がきた。さっき男性に声をかけた同じ場所に、今度は別の、やはり行き場がなさそうな、ホームレスになったばかりの様子の男性がいるのだという。

 それらしき人を見るたびに声をかけ、ホテルに案内していたのでは太郎氏は一生、家に帰れなくなる……。そう思った私は心を鬼にして、「とりあえず今日は家に辿り着くことを最優先にしてほしい」と提案した次第である。もう深夜だったし。

 さて、そうして始まった都知事選。宇都宮氏の街宣にはまだ行けていないが、20日、太郎氏の秋葉原街宣に行くと、これまでずっと太郎氏一人がスピーチしてきた街宣に、初めてゲストがやって来た。それは、数日前に立憲民主党に離党届を出した須藤元気氏。かねてより消費税減税を訴える山本太郎氏を都知事選で応援すると表明したところ、党からダメ出しを受け、離党届を出したという、太郎氏なみに「空気読まない系」の人である。

 須藤氏はマイクを握ると、「ロスジェネ問題」について熱い訴えを始めた。42歳の須藤氏も45歳の山本太郎氏も、ちなみに私もロスジェネである。20年以上、不安定雇用や貧困に苦しみ続けてきた世代だ。須藤氏の周りにも、40代でアルバイト、日雇いなどがいるという。お金がなくて結婚もできない、子どもなんて作れない、そんなロスジェネが「政治の被害者」と訴える彼は、太郎氏の都知事選の政策に「ロスジェネ対策」があることに触れた。ちなみに太郎氏の「緊急政策」には以下のようにある。

 「都の職員を3000人、雇用します 誤った政治の犠牲となったロストジェネレーション、コロナ不況で職を失った方々に安定した職に就いていただきます。何度でも人生をやり直せる東京を」

 昨年、ロスジェネが「人生再設計第一世代」と名付けられ、3年以内に30万人を正社員に、という目標が掲げられた。昨年夏、宝塚市がロスジェネに限って正職員を募集したところ、たった3人の枠に1800人が殺到したことを覚えている人も多いだろう。以降、各自治体でのロスジェネ採用は進められてはいるが、ひとつの市でわずか一人や二人という世界だ。

 一方、現在のコロナ禍で、全国の役所には生活保護や失業給付、各種給付金や貸付などの手続きで人が殺到し、圧倒的な人手不足状態が続いている。コロナ不況が始まってから、生活保護申請の同行などで役所に行く機会は増えたが、素晴らしい対応をしてくれる職員もいれば、困窮者を馬鹿にしたような態度をとるひどい職員もいる。困り果てて訪れる人が多い窓口には、最低限、人の痛みがわかる人が配置されていてほしい。コロナで失業した人やロスジェネ世代を都の職員に、というのは、名案ではないだろうか。

 ちなみに付け加えておきたいのは、コロナ不況の中、ホームレス化に晒されSOSメールをしてくる中には圧倒的にロスジェネが多いということだ。不安定雇用が多いのだから当然と言えば当然なのだが、20年以上、非正規などを転々としてきてとうとうコロナで路上に出るなんて、本当に踏んだり蹴ったりだ。とにかく、どんな形でもいいからロスジェネに光を当てて欲しいと、この問題を日本で一番くらいにしつこく書き続けてきた私は心底思う。じゃないと、本当に、「どんなに頑張っても報われない人は報われない」ことがこの国の「常識」になってしまう。それは人々から、政治や社会への信頼を根こそぎ奪っていくだろう。

 ということで、宇都宮氏、太郎氏の戦いを見つつ、現都知事の小池氏がこの選挙で掲げている政策はどのようなものなのだろう、とサイトを見てみた。

 そこに並んでいたのは「スタートアップ」「サステナブル・リカバリー」「ソーシャルファーム」「ワイズ・スペンディング」「グレーター東京」などの、さっぱりわからない横文字言葉の羅列。日本語でも「空中回廊」とか出てきて、さらにわからない。そんな中、一番大きく打ち出されているのが「稼ぐ東京」という言葉で、私には、小池都知事が都政でやりたいことがなんなのかそのイメージの欠片もわからなかった。ちなみに前回の選挙の際に掲げた「満員電車ゼロ」「残業ゼロ」などはまったく達成されていないわけだが、当然それに関する言及もない。ただ、横文字で「圧倒される」ような威圧感はありすぎるほどある。こういうハッタリでのし上がって来たんだな……。

 『女帝』を読んでいればわかる小池都知事の「やり方」に、思わず吹き出してしまいそうになったのだった。

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。