第125回:ヘンな都知事選(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

誰だ、この候補者は?

 東京都にお住まいの方以外は、あまり目にする機会もないと思うけれど、今回の都知事選の「立候補者ポスター掲示板」が、ミョーなことになっている。
 まずは、この写真をご覧ください。

 何がミョーかって?
 宇都宮健児候補の下に並んでいる立候補者のポスターがおかしいとは思わないか? だって、“ホリエモン新党”というのが、3人も並んでいる。確かに立花候補は、自分の顔と推薦者の顔を出しているから分かるけれど、その両脇のおふたりの立候補者は、顔写真どころか、名前さえ分からない。ポスターにあるのは「ホリエモン新党」という文字とホリエモン(堀江貴文)氏の顔写真だ。
 最初、ぼくは「あれっ、この選挙にはホリエモン氏も出ていたんだっけ?」と思った。だけど、新聞と一緒に配達された「選挙公報」を詳しく見てみても、ホリエモン氏の名前はない。ただ「ホリエモン新党でコロナ自粛をぶっ壊す」とのスローガンを掲げている候補者が3人もいる。何なんだ、これ?
 公職選挙法には「選挙ポスターに自分以外の人の顔写真を載せてはいけない」という規定はないのだから、こういうポスターも選挙違反には当たらない、というのが選挙管理委員会の正式な見解だという。それにしても、こういうケースはこれまで見たことがない、と選管も困惑気味らしい。

なんのための立候補か?

 これは、ホリエモン新党の“宣伝”が目的であって、最初から当選を目指す気なんかまるでないということなのか。しかし、都知事選に立候補するには「300万円の供託金」が必要である。少なくとも、3人であれば900万円だ。
 立花氏は「NHKから国民を守る党」の代表であり、元国会議員でもあったのだから、選挙はプロであり、供託金も自前で準備できたかもしれないけれど、あとのおふたりはどうなのだろう?
 供託金のほかに、ポスターの印刷代、都内の約1万4000カ所に及ぶポスター掲示板への貼り出し、宣伝カー、事務所費……などを考えれば、どのくらいの金額が必要になるのか、ぼくには見当もつかない。それらのお金は、ホリエモン氏が自腹を切ったということなのだろうか。
 ホリエモン氏という人は、ぼくには不可解だ。まあ、金儲けはとてもうまいかもしれないけれど、何を考えているのかはさっぱり分からない。もう十分に顔も名前も世間に売ったのだから、いまさら選挙で名を売る必要もあるまい。
 もし真面目に政治にかかわろうとするのであれば、今回の都知事選での「ホリエモン新党」の立ち上げの意図がよく分からない。いったい何が目的なのか、どなたか解説してくれないだろうか?

現職が絶対有利な理由

 もうひとつ、これはかなり深刻な問題だと思うことがある。
 現知事がかなり有利に選挙戦をリードしている、という報道がなされているし、ぼくの親しいジャーナリストたちも、ほぼ全員が現知事勝利を予想している。それはそうなのだろうけれど、「考えりゃ当然じゃないか」とぼくは思うのだ。あまりに報道、それもとくにTVの伝え方が偏っているからだ。
 小池百合子都知事は、ほぼ連日、「記者会見」を開いて「本日の東京における新型コロナウイルスの感染者数は、〇〇名でございます。この中で、感染経路が判明しておられる方は〇〇名。とくにその半数は、いわゆる“夜の街”関連の方たちでございます」などと、述べ立てる。それをTVは、ニュースでもワイドショーでも小池氏の動画を中心に克明に伝えている。要するに現知事は、何の苦労もなく毎日さまざまなTV番組で顔と名前を売りまくっているのだ。
 いわゆるコロナ禍で、他の候補者たちが街頭で悪戦苦闘しているのを尻目に、現知事は早々と「街頭での演説等は行いません」と宣言。それはそれでひとつの見識とは思うのだけれど、なんのことはない、街頭に出なくてもTVがその分を補って余りあるほどの時間を割いてくれるのだから、こんなおいしいことはない。動画付きで「今こんなに頑張って対策しています」と話すのだから、「ああ、頑張ってくれているなあ」と思う人たちが出て来てもおかしくはない。
 つまり現状では、TV露出は圧倒的に現職有利なのである。
 現知事の記者会見の動画を、必ず流す必要があるのか? そこがおかしいとぼくは思うのだ。

なぜ現知事の「会見動画」が必要なのか?

 では、それを防ぐ、つまり他候補とのバランスを取るにはどうすればいいのか。簡単なことだ。現知事の動画を流すのを止めればいい。
 ニュースでは淡々と「本日の東京都の発表によれば、昨日の都内での新型コロナウィルスの新たな感染者数は〇〇名でした。このうち重症者は〇〇名、年齢別では10代20代が極めて多く、感染者数の6割に達しました」というような発表にすればいい。数値は同じなのだから、なにもそれを必ず百合子劇場に仕立て上げることはないのだ。
 東京都の発表は「小池知事の発表」ではない。あくまで「東京都が把握した情報」なのである。だとすれば、知事が発表しようが関係部署の部長クラスが発表しようが、情報は同じなはずだ。
 もし現知事が「どうしても記者会見をやりたい」と言い張ったとしても、記者たちは情報だけを報道すればいいのであって、現知事の話す動画がどうしても必要なわけではない。違いますか?
 結局、「東京都と致しましては、東京アラートの再宣言を、現状では出すつもりはありません」と言うだけなら、それだけをアナウンサーが伝えれば済むことだ。
 そんなことをTV局内で議論をしている……なんてことは、まったくなさそうだ。だから、安倍晋三首相の「やってる感」と同じで、小池百合子都知事の「やってる感=頑張ってる感」は、日々のTV画面から、都民の頭に刷り込まれていく。
 でもさ、その程度のことは伝えている側だって分かっているはずだよな。自分たちの報道が、どんどん現職に有利に働いていて、調査をすればするほど小池知事再選の芽が大きくなっていくことを。

 もうじき投票日だ。
 ぼくはそれでも、現職以外の“彼”に一票を入れに行く。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。