第128回:憂鬱と居酒屋……(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

憂鬱である

 天候もコロナも政治も、なんだか世の中すべてが憂鬱である。ぼくのふるさとからは、洪水のニュースも流れてくる。憂鬱に拍車がかかる。
 だいたい、「憂鬱」って漢字がユーウツである。むろん、この漢字は読めるけれど、書けと言われればかなり苦労する。ぼくはあるとき、懸命に練習して書き方を覚えた。だから書ける(と威張るほどのもんじゃないけれど)。
 ところで、ウツという字には、ふたつのパターンがあることを知ってました? 鬱と欝。「欝」のほうが覚えやすいから、ぼくはついこちらを書いてしまうけれど、「鬱」がどうも正字らしい。ま、どうでもいい雑学だけれど。

 ともあれ、最近の世の中は、まさに「ウツ」だらけだ。
 日本は、コロナ対策で大ボケをかまし続ける安倍政権のせいで、人々はあっちへウロウロこっちへチョロチョロ、右往左往。
 菅官房長官が「ワーケーション」とかいうトンデモ案を提唱し始めた。要するに、ヴァケーションで旅に出て、旅先でもテレワークで働け、という政策らしい。悪い冗談としか言いようがない。誰が温泉につかりながら仕事したいもんかっ!
 そうこうしている間にも、感染者数はどんどん右肩上がり。株価じゃあるまいし、こんなものが上がって嬉しいヤツなんかいない。
 それにしても、こんな時期なのに株価が妙に上がるのには、別にオレは株なんか持っちゃいねえけど、なんだか腹が立つ。世の中がどんなに大変だろうと、株で儲けようって連中は後を絶たない。たとえ明日、彗星が地球に激突して世界が滅びると分かっていても、株の売り買いに血道をあげているかもしれないなあ……。

鬱陶しい人たち

 安倍首相は、いまや“雲隠晋三”という称号を奉られているらしい。6月18日以降、国会審議はおろか、プロンプターで原稿を読むだけの記者会見さえ拒否し続けている。霧隠才蔵(真田十勇士のひとりで猿飛佐助とならぶ忍術遣い)ならカッコいいけれど、“雲隠晋三”では、国家の最高責任者という地位が泣く。

 アメリカのトランプ大統領は、やけに中国にケンカを吹っ掛けるし、売られたケンカは買っちゃるぜとばかり、習近平主席も戦闘態勢。トランプが「ヒューストンの中国総領事館の閉鎖だあ」と目を吊り上げれば、習近平も「成都の米総領事館をガッチャンコ」。いやはや、ガキのケンカもここまで大きくなると手に負えない。
 ポンペオ米国務長官は「中国総領事館はスパイの巣だ」と大声をあげる。そりゃそうだとは思うけれど、そんなに威張れた話なのかい。ポンペオさん自身がスパイの大元締めの「CIA長官」だった人物じゃないか。お互い、さんざんスパイ戦でやり合っていたくせに、何をいまさら、である。
 世界中を鬱陶しくさせているのは、お前たちだよ!

 毎日のように新型コロナウイルス感染者数が報告される。テレビ会見に現れる小池百合子東京都知事。
 「本日の感染者数は、わりと多いようでございます。正確な数字はまだ報告を受けておりませんが、200の半ばは超えるようでございます」
 ぼくはこの「200半ばは超える」などという言い方が気に入らない。不愉快だ。小池知事、人間を数字でしか捉えていない。「200半ば」はないだろうよ! どうして名(めい)とか人(にん)をつけないんだ! せめて「200名の方が感染しているようでございます」くらいは言えよ、と思う。
 人間はモノじゃねえんだからさ、数字の言いっ放しはないだろう。
 さすがに最近は、誰かに注意でもされたか「200名の方が……」などと“名”をつけるようになったが、遅かりし由良助、だ。
 彼女のわざとらしい緑のユニフォームを見るのも鬱陶しくなってきた。

呆れる幇間

 人が動けば感染は広がる。
 んなこたあ、専門家会議やら分科会やらの偉いセンセーたちに言われなくたって、シロートにだって分かるんだよ。それなのに、常識を無視してまでの「GoToキャンペーン」を始めちゃった政府には、もう呆れるしかない。誰だ、こんなバカ・キャンペーンを考え出したのは! 今井ナンジャラとか佐伯カントカとかいう安倍ベッタリの幇間(たいこもち)官僚たちか。
 これだけ評判が悪いんだ、せめて、「コロナ禍が落ち着くまでしばらく実施を延期します」と言えばいいものを、なんと実施を前倒しにしやがった。呆れてものも言えない。
 ああ、鬱陶しい。
 とくに、佐伯カントカってヤツ、顔を見るのも不愉快だ。
 アイツだよ、安倍が国会審議で野党議員にヤジを飛ばしたとき、一緒になって後ろの席から野党をヤジっていた官僚は。官僚が議員をヤジるなんて、まさに前代未聞。分をわきまえろってんだ。その上、コイツが例のアベノマスクの発案者で、「これで国民の不安はパッと消えますよ」などと安倍首相に吹き込んだ元凶だという。
 そのアベノマスク、まだ未配達分があるってんで、あと8千万枚をこれから送るんだとよ。その配送費だってバカにならない金額だ。ホント、いい加減にしろよお前ら、と言いたくなるじゃん。
 憂鬱に輪をかけて鬱陶しい! つけ上がるにもほどがある。

居酒屋へ行きたい

 すみません、鬱に腹立ちが重なって、文章が汚くなってしまいました。普段は美しく端正な文章を心掛けているぼくなのですが(笑)。

 さて、ここから先は、ぼくのまったくの個人的な話なので、面倒だったら読み飛ばしてください。
 ぼくはお酒が大好きだ。親しい友人とゆっくりと酒を酌み交わすのが、ぼくのような高齢者には残された数少ない楽しみである。けれど、もう数カ月、そんな時間からは遠ざかっている。淋しいですよ。
 静かに世間話をしながら、ゆっくり飲みたいなあ、あの人と……などと、誰かの顔を思い浮かべている。でも、いつになったらそんな日が来ることやら。同じ思いを抱いている人がたくさんいるらしい。ぼくへのメールでも、最近「早く一緒に飲みたいですね」という言葉が枕詞のように付いているのが多い。

 集英社のPR雑誌『青春と読書』が毎月送られてくる。この小冊子に、ぼくも何度か原稿を書いたことがあるので、寄稿者枠での送付なのだろう。その8月号をペラペラとめくっていたら、楽しい文章が目に留まった。『ペンと盃 酔いどれ文学紀行』という、太田和彦さんの連載だ。「その13 荻窪・三鷹 文士の住んだ家」というのが今回。その最後の部分をちょっと引用してみよう。

(略)夕方、縄のれんをくぐった居酒屋「婆娑羅(ばさら)」のコの字カウンターは時を経た厚みを感じる。一ケ月かけて割り率を決めたという芋焼酎三種のブレンドがうまい。
 私と年の近そうな主人のやわらかな口調は居酒屋主人よりは文人の雰囲気だ。三鷹に近い谷保(やほ)にあって、作家・山口瞳が『居酒屋兆治』のモデルにした焼鳥「文蔵」が好きで通ううち、主人に居酒屋をやったらと勧められ、一週間通ってモツの仕入れや焼き方を教わり、それから色んな店に入っては目で勉強、およそ四十年前にここを開いたという。その技を「さんざん教え込んだ」若い女性の焼く、柔らかくジューシーで、縁はきちんと焦げたもつ焼きのうまいこと。
 「二十年前、書店で太田さんの本を立ち読みし、この人はきっとうちに来ると思って二十年たちました」と言われ、「遅くなりました」と苦笑するばかり。
 人生の年季がしみついた、これは三鷹にふさわしい店だ。太宰が生きていたらひいきにしたことだろう。町には町にふさわしい居酒屋がある。ここは文士が住んだ町。白髪主人と話が合い、盃をかさねたことだった。
 後日、吉祥寺在住の女性作家にこの店のことを話すと、昔、ママ友とよく通ったと言われ、うれしかった。

 中央線三鷹駅から徒歩5分ほどのところにある「婆娑羅」は、ぼくも何度か行ったことのある店で、ちょっとした個人的な思い出もある。
 ぼくの次女が結婚してしばらく三鷹に住んでいた。彼女、けっこう居酒屋好きで、女友だちや夫と一緒に、ちょいちょいこの店に通っていたらしい。娘に紹介されて、一緒にここを訪れたのがきっかけ。やがて、長女(これも酒には強い)が加わって、家族で何度か飲んだのだ。それに、店の無音でつけられていたTVがラグビーだったのも、ラグビーファンのぼくには嬉しかった。
 その後、娘が引っ越していってからも、ぼくら夫婦は月に一度くらいはここで飲むのを楽しみにしていた。ご主人は、太田さんの描写通りの無口な文人風、客同士の会話を聞くともなしに聞いていて、少しだけ合の手を入れる。
 ぼくら夫婦のことも記憶の片隅に入れてもらっていたらしく、「娘さんたち、元気ですか?」とか「遠くへ行くと淋しいでしょ」などと柔らかく言う。ぼくら夫婦、毎週でも通いたいけれど、ぼくの家は府中。ちょっと距離がある。
 それでも時折、「バサラへ行こうか」と訪れていたのだが、このコロナ禍、もう半年近く縄のれんをくぐっていない。

 淋しいなあ……。
 世の中のことなんかさっぱりと忘れて、気持ちのいい居酒屋で、ゆったり気分で静かな時間を過ごす。この年齢になると、それがいちばん。
 コロナさんよ、そろそろ退散してくれてもいいコロナ……じゃないですか。

写真:婆娑羅のHPより

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。