SNSなどインターネット上での誹謗中傷は、ますます深刻な状況になっています。その中でも、特に「モノを言う女性」への嫌がらせは顕著です。こうした嫌がらせが広がる背景には何があるのか、法的措置など対策の現状、また今後どうしていくべきかについて、この問題の当事者でもある、作家・活動家の雨宮処凛さん、弁護士の太田啓子さんのお二人の対談を通して考えていきたいと思います。
もうこれ以上、放置してはいけない
──今年7月に、「ネット嫌がらせをする人に責任を取らせよう」という雨宮さんのコラムがウェブ媒体で掲載されました。この記事を書いたきっかけは何だったのでしょうか?
雨宮 5月に、リアリティ番組に出演していたプロレスラーの木村花さんが、SNSで誹謗中傷を受けた後に亡くなった事件がひとつのきっかけです。とうとう人の命が奪われてしまったことにショックを受けました。SNS上での嫌がらせでいうと、たとえば伊藤詩織さんとか「#KuToo」の石川優実さんとか、以前から特に「モノを言う女性」への攻撃はひどいものがありました。
2015年の安保法制反対運動が起きたときに、大学を中心に結成された「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)の活動がメディアでも大きく取り上げられましたが、女性メンバーが卑猥な言葉を投げつけられたり、容姿についてとやかく言われたりといった執拗な嫌がらせがSNS上でありました。あの時、こんなことを絶対に許してはいけないんだと、ちゃんとルールを作って発信者を特定し、社会的責任をとらせるようにしていたら、木村花さんのような事件は起きなかったんじゃないかという反省があります。
私自身、活動家で女性であるということで、いろいろな罵詈雑言をSNS上で受けてきました。でも、周りに相談しても、善意だと思うのですが「気にするな」とか「無視していればいいよ」って言われてしまうんですよね。私自身もどうしていいのか分からなかった。そうやって対策が遅れた結果、いまSNSの世界は野放し状態になっていると感じます。
今回の対談はオンラインで行われた。写真は作家・活動家の雨宮処凛さん
太田 本当にそうだと思います。あの当時、「SEALDs」の複数のメンバーにSNS上での誹謗中傷が集中していて、それが話題にはなっていました。ただ、当時はどこまで、「これはモノを言う女性への嫌がらせだ」という視点で捉えられていたのかなと思います。
──「SEALDs」への批判や論争は男子学生に対してもありましたが、女子学生に対しては、安保法制の論点とは関係のない性的な表現を使った嫌がらせの書き込みが多く見られました。あれは、明らかに性差別を感じさせるものでした。
太田 私は、昨年2月に7人の女性たちで、注文していない通販の女性用下着や美容サプリなどが自宅や仕事場に送りつけられる被害について記者会見を行っているのですが、これを「女性への嫌がらせ」と解することに対して批判を言う人もいたんです。「男性だってこういう被害に遭っているよ」って。
たしかに、SNS上でもリアルでも、バッシングは男性も受けることがありうるし、それを軽視するわけではありません。だからといって、「女性だからこそ遭う被害」がないことになるわけではない。性差別がある社会では、そこに性差別があるという指摘自体が理解されづらく、指摘に対して攻撃を受けたりするんですよね。だから、性差別を指摘する方も「あ、でも男性も大変なんだけどね……」と遠慮しがちになってしまう。それでは女性への攻撃であり性差別だという本質についての指摘がぼやけてしまいます。
──「男性だって」という反論はよく聞きますが、それが女性への性差別がないことにはつながらないですね。
太田 実際に、同一犯と思われる送り付け被害が確認できた7人は女性ばかりです。他にいないか探しましたが、同一犯によると思われる男性の被害者は確認できませんでした。また、7人それぞれに、自分のところに送られ始めたきっかけに思い当るところが何らかあったわけです。たとえば熊本市議の緒方夕佳さんは、乳児をかかえて議場に入ったことが話題になった後に被害に遭っている、とかですね。
そういうタイミングなどを考えてみると、性差別や女性の権利について何らかの主張をする女性に対して忌々しく思う人が送り付けてきたのだろう、と推測されます。下着や美容サプリといった品物の選定からも、女性への嫌がらせ特有のものを感じますし、強引な推測だとは思いません。
これは日本だけのことではありません。世界的にも女性を対象にした「オンライン暴力」があることが指摘されていて、人権NGOのアムネスティ・インターナショナルは「ツイッターは女性にとって有害な場所」というタイトルの報告書を出しています。また、フランスの女男平等高等評議会も「女性にたいするオンライン暴力の不処罰を根絶する」という意見書を出しているんです。
可視化していくことには意味がある
雨宮 あの記者会見のあと、送り付けの嫌がらせが止まったと聞きました。
太田 そうなんですよ。もともと犯行声明もないし、「もうやめます」という表明もないので、「そういえばあれ以来ずっとない」と感じているだけではありますが、やっぱり、あの記者会見の報道が犯人への牽制になったのだろうと思います。だから、やっぱり嫌がらせの存在を可視化することや「こういうことをされても黙りません」と表明することには意味があると思います。
──しかし、表明することで嫌がらせが激しくなることもあります。
太田 あるんですよね。誰だってそうなるのは怖いですから、声を上げるかどうか迷うのは自然な感覚だと思います。声を上げると嫌がらせがひどくなるかも、と思ったら言い出しにくくなる。それが結果として女性の声を封じているのも問題です。攻撃する人もそれを分かっていて、目立つ人を狙っているところがある。
でも、無視したところで攻撃が止まるわけではないんですよね。伊藤詩織さんは、おそらくご自身ではSNS上での誹謗中傷に対し一度も直接反応したことはないのではないでしょうか。嫌がらせについて「放っておけばいいよ、そのうち止まるよ」と助言する人もいますが、伊藤さんへの誹謗中傷は、収まるどころか過熱していった。「無視したらいいよ」って言う人は親切心なんでしょうけど、被害者の態度とは関係なく被害は発生するという実態を見れば気休めにしかならないし、無責任とも感じます。被害者に何か言うのではなく、加害者にこそ何か言わないといけないのです。
「可視化することには意味がある」と弁護士の太田啓子さん
雨宮 木村花さんのことがある少し前から、周りの人ともSNS上の被害について話をするようになり、みんな苦しんでいたんだと気づきました。それまで、「こんなことを気にしている自分がおかしいんじゃないか」と話せない時期が長くあったんです。学校でのいじめにも似ていますけど、いじめられていることが恥ずかしくて他人に言えない、何か本人の恥のように思わせてしまう雰囲気がある。でも、これは被害なんだと、やっと言えるようになりました。
SNS上の嫌がらせは「こんなやつと付き合いがあるなんて、お前も終わっている」という風に、親しい人にまで及んでいくんです。自分の大切な人が巻き込まれてしまうことに対して、やはり恥の意識が生まれる。人間関係にすごく変な気まずさも生んでしまいます。
SNS上の誹謗中傷を提訴する動き
──最近では、SNS上の嫌がらせに対して加害者を名誉毀損罪などに問うほか、損害賠償を請求するようなケースも聞くようになりました。8月には、伊藤詩織さんが自分を中傷するツイートに繰り返し「いいね」を押されたことで名誉を傷つけられたとして杉田水脈衆議院議員を訴えていますね。
雨宮 伊藤さんの代理人が記者会見で「多くの人がよってたかって伊藤さんを中傷して、それに対して片端から『いいね』を押す行為は集団いじめだ」と言っていました。「いいね」の行為で裁判をするのかという声もあるみたいですけど、明らかに誰かを貶めている内容であれば、やられるほうにとってはものすごい暴力。しかも、やる方には暴力だっていう意識が全然ない感じがするんですよね。面白半分というか、軽い気持ちでできちゃう。
でも、「いいね」が数千、数万と押し寄せてきたときに、本人を殺してしまうくらいの力があるんですよ。自分に対するひどい書き込み、貶めるようなツイートに「いいね」が何千もついた経験が私にもありますが、そうなると外に出られないくらいの恐怖を感じます。私は「いいね」の暴力性は認められてほしいと思います。
太田 される側にしてみれば、本当に嫌なものです。ただ、一般的に言うと「いいね」は必ずしも賛同の趣旨とは限りませんよね。伊藤さんの件で提訴された被告の「いいね」の場合は、他のツイートなどからしても明らかに誹謗中傷の意図があると思いますが、どういう場合に、誹謗する投稿への「いいね」について法的責任を問えるかというのは、裁判所の判断がとても注目される論点になると思います。「いいね」以外の言動等も含めてどう評価できるか、という判断になってくるのではないでしょうか。
そもそもSNS上のハラスメントは法的には未開拓な分野。木村花さんが亡くなった件で注目されましたが、総務省は、木村さんが亡くなった前月の今年4月から「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を開催し、悪意のある投稿が多数あることを背景に、被害者が発信者情報開示請求手続をとりやすくするための制度改定を検討し始めています。議論すべき点は本当にいろいろあります。
たとえば、SNS上の投稿の多くは匿名なので、法的措置をとるには「プロバイダ責任制限法」に基づいて発信者を特定する必要があります。いまは、その手続きがものすごく大変なんです。例えばツイッターやフェイスブックのような海外法人が相手の場合、海外法人の登記を取得するための実費もかなり高いし、裁判書類を海外に郵送する必要があるので、お金も時間もすごくかかります。
1)ツイッターやフェイスブックなどのSNS管理者(コンテンツプロバイダ)に対し、発信者のIPアドレス開示を請求する「仮処分」の裁判手続きを行う。IPアドレスなどの情報が開示されれば、加害者が使用したアクセスプロバイダが特定できる。
2)特定したアクセスプロバイダに対して、契約者の情報(氏名・住所)開示を請求する。任意での開示請求に応じない場合は裁判上の請求手続きが必要になる。
開示が認められない場合でも、発信者の他の投稿などから当事者を特定できる場合もあり得ますが、そうでなければ、どこの誰が発信者なのか知る手段はないですから、被害者としては何もできず泣き寝入りになってしまいます。総務省の検討会では、SMSアドレス(携帯電話番号)も開示対象にすることが必要だという要望も上がっています。そうなれば契約者が判明しやすくなるからです。
ただ、手続きの見直しはするべきだと思いますが、SNS上の嫌がらせを抑制する効果には、限界はあるでしょうね。名誉棄損で提訴されて負けたり、和解したりしたあとでも、同じような投稿を繰り返す加害者も現にいますから。ここまでの制裁を受けても懲りないのか、という人も少数でしょうが、いるんですよね。
雨宮 それでも、「あなたが社会的責任をとることになるんですよ。実名が出たり、逮捕されたり、罰金を払ったりするんですよ」となれば、いまよりは抑止力になるのではないでしょうか。「こんなことをやったら相手は傷つくんだよ」と伝えただけでは、なんとも思わない人もいますから。
太田 たしかに、軽い気持ちでやっている人たちには効果があると思います。以前、私に対する中傷をツイートしていた人に、そのツイートを引用する形で、「画像も保存したし、URLもとりました」と書いて伝えたら、平身低頭な調子で謝ってきたことがありました。本心での謝罪かは疑わしいですが、なんにせよ、生身の人間というより「太田啓子というコンテンツ」扱いで、周りの嫌がらせにのっかっているだけという人は結構いるでしょう。そういう人たちって、実際に本人が被害を訴えてくるとか抗議の反応が返ってくるとは思っていないから、抗議を受けるとびっくりしたりするんですよね。そういうレベルの人による嫌がらせを抑制する効果はあると思います。
(その2)へ続きます
(構成/マガジン9)
あまみや・かりん 作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。格差・貧困問題、脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『ロスジェネのすべて』(あけび書房)、『相模原事件裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(太田出版)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員。
おおた・けいこ 弁護士。2002年弁護士登録、離婚・相続等の家事事件、セクシュアルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件を主に手掛ける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして2013年より「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。著書に『これからの男の子たちへ』(大月書店)。