菅応援団が足を引っ張る
菅内閣、どうもスタートダッシュで躓いたみたいだ。走り出したとたんに、コケてしまった。やることなすことチグハグなのだ。
1. 日本学術会議の新会員6名を任命拒否。
2. 拒否の理由説明も拒否。
3. 内閣記者会との出来レース「グループインタビュー」に批判続出。
4. 記者会見もせずに、ベトナムとインドネシアへ初の外遊。
5. 中曽根康弘元首相の葬儀に国費、弔旗掲揚を大学や裁判所へ要請。
6. 側近らから悪質なデマ噴出、ファクトチェックでデマと認定。
7. 杉田和博官房副長官の“暗躍”ぶりに注目集まる。
8. Go Toトラベル、「トラブル」続きで対応を変更。
9. 「成長戦略会議」に竹中平蔵氏らを招聘、新自由主義へさらに傾斜。
10. 東京オリンピック・パラリンピックに前のめりの姿勢。
まだたくさんあるけれど、とりあえず、この辺でやめておこう。新首相へのご祝儀にしては、ちょっとばかり側近たちの右往左往ぶりもひどすぎる。
SNS上のみならず、新聞や(心ある)テレビでも、かなり辛辣な記事やコメントが目立つようになってきた。とくに、毎日新聞の「ファクトチェック」は、新聞本来の調査報道のひとつの在り方を示している。
例えば、甘利明氏(自民党税制調査会長という要職)が、中国の「千人計画」と日本学術会議のありもしない関係をブログに書き、それが炎上すると、たちまち中身を書き換えてごまかしてしまった。その件を毎日新聞が克明にファクトチェック(事実かどうかの調査)してフェイク(デタラメ、デマ、うそ)と認定。甘利氏はグーの音も出ない。
だが甘利氏、その件を会見で記者に指摘されると、逆ギレして「新しい私のブログを読んだのか!」と怒鳴り、記者が「まだ読んでいない」と答えると、「読んでから言え!」と当たり散らす始末。自分の疑惑は“睡眠障害”で逃げ切っておきながら、この逆ギレはまことにみっともない。
また、櫻井よしこさんも、「防衛大学校卒業生は、東大など各大学は受け入れを断っていた」とTVで発言したが、それも毎日のファクトチェックでフェイクと判明。実際は東大や他の大学に、防衛大卒業生は入っていたのだ。
どうも、菅義偉応援団は、テキトーなことを口走って、逆に菅氏の足を引っ張るケースが多いようだ。他にも同様のケースがあとを絶たない。
菅首相の「目くらまし戦術」も破綻
菅氏の「学術会議6人任命拒否」は、どう考えてもやり過ぎである。これまでのやり方を逸脱しているし、学術会議法という法律に照らしても違法である。さすがの菅応援団諸士も、これを擁護するにはかなりアクロバティックな屁理屈を用いるしかない。要するに、この件での“菅擁護”は論理的にムリなのだ。だからそんな屁理屈は、きちんとファクトチェックされれば、すぐにデマだと分かってしまう。
そこを痛烈に突いたのが、前川喜平さんの「本音のコラム」(東京新聞10月18日付)だ。小気味がいい。
(略)政治家や「識者」の間で、学術会議自体を攻撃する言説がにわかに増えてきた。中には悪質なデマもある。
自民党の長島昭久氏やフジテレビの平井文夫氏は、学術会議議員が退任後学士院会員になり終身年金を受け取ると発言。橋下徹氏は、米英の学術団体に「税金は投入されていない」、自民党の甘利明氏は、「学術会議が中国の千人計画に積極的に協力している」と発信。いずれも事実に反する。
菅首相は「現会員が自分の後任を指名する」と言ったが、実際は多くの候補者の中から選考委員が選考する。自民党の下村博文氏は学術会議が答申を出してないと言ったが、それは政府が諮問しなかったからだ。
菅首相は学術会議を行政改革の対象とする方針を示し、自民党のPT(筆者注・プロジェクト・チーム)は学術会議の非政府組織化も含め検討するという。こうした動きは、問題の核心から人々の目をそらす論点ずらしだが、同時に政権の地金が出たともいえる。(略)
まったく同感であるし、指摘は完全に正しい。これらの指摘に、菅内閣と自民党は、正確かつ誠実に対処する義務があるだろう。
外遊で、国会論議は後回し
さて、菅首相は、初の外遊先にベトナムとインドネシアを選んだ。さすがに、大統領選挙で沸き立っているアメリカには行けなかったのだ。多くの日本首相は、何はともあれ、アメリカのご機嫌伺いに出かけるのが通例だったが、現在の「南北戦争前夜」状態のアメリカとは、落ち着いて何かを話せるような状態ではない。仕方なしに、新型コロナウイルス感染が少ないベトナムやインドネシアを選んだ、というのが真相だ。もっとも、第2次安倍内閣のときも安倍首相の最初の訪問国は、ベトナム、タイ、インドネシアだった。タイは現在、若者たちの反政府デモで揺れているから除外したのだろうが、こんなところまで「安倍継承」とは畏れ入る。
だがよく考えてほしい。なぜこの時期にむりやり「外遊」しなければならないのか。国内には問題が山積している。しかも、首相就任から1カ月以上も経っているのに、臨時国会召集も引き延ばしたままだ。やっと、10月23日に決定と思ったら、外遊との日程調整という理由で26日に延期された。
ベトナムやインドネシアと差し迫った交渉事があるわけではない。ともかく、当たり障りのない顔合わせに、ほぼ軋轢のない両国を選んだに過ぎない。国会がそれほどイヤなのかと勘繰られても仕方ないだろう。
そんなに外遊がしたければ、アメリカは無理としても、電撃的北朝鮮訪問とか、プーチン大統領と差しで北方領土返還交渉に臨むとか、やらなきゃいけないことはいっぱいあったはずである。まあ、そんなことは期待してもムリだろうけれど。
記者会見も開かれないままだ。「内閣記者会によるグループインタビュー」という呆れた代物が2度開かれたけれど、先週もこのコラムで指摘したように、あんなものは記者会見でもなんでもない。
とにかく、フリーな討論を徹頭徹尾イヤがっているのが菅首相である。「議論恐怖症候群」とでも名づけるしかないか。
「警察国家」の足音が聞こえる…
菅氏が得意とするのは、人事案件のみ。二階俊博幹事長とそこは一緒だ。しかもその案を作るのが、警察官僚の杉田和博副官房長官と来ている。この人は、警察情報を一身に集めて脅しをかける。
前川喜平元文科省事務次官が「出会い系パブ」に出入りしていたとの情報を読売新聞にばらしたのも、この杉田氏だと言われている。まるで前川氏が“不埒な遊び”デモしていたかのような報道だったが、実際は夜に働く女性たちの実態を調べていただけだったことが、のちに判明した。つまり、ある意味でメディアを使った「言うことを聞かない官僚」への脅しだったわけだ。汚い手を使う。
情報を手にしたものが、それを使って脅しにかかり、人事を左右する。こんな恐ろしいこともあるまい。しかもそれを国家的規模で可能にするのが「マイナンバーカード」であることは、多くの識者たちが指摘している通りだ。
すべての国民の情報……資産、病歴、思想、家族、資格、読書歴、活動歴……までが、政府の手に入るのだ。まず手始めに「運転免許証」とマイナンバーカードの連結を意図している。もはやぼくたちは“丸裸”だよ、恥ずかしい! 恥ずかしいだけならいいけれど、警察権力がそれを手にすれば何が起きるか。「警察国家」への第一歩だ。
中曽根康弘元首相の葬儀には、自民党と政府が折半で1億9千万円もの大金をはたいた。そして、会場前には異様な制服の大警備陣。警察だけではなく自衛隊も動員されたという。個人の葬儀に、なぜ自衛隊が?
反対の意志を示すために近づこうとした人たちには、警察官が理由も示さず、実力で通せんぼ。そのことをきちんと報道したのは、ごく少数のフリーランスのジャーナリストだけ。マスメディアは現場に居さえしなかった。安倍首相の街頭演説にヤジを飛ばしただけの人たちを、理由も言わずに強引に演説会場から引き離した警察のやり方だ。菅内閣は「安倍政策を継承」したのである。
最後に笑えない笑い話。
10月20日に『政治家の覚悟』という文春新書が刊行された。著者は、なんと菅義偉氏(ということになっている)。これは2012年に、菅氏が官房長官時代に刊行の単行本の新装版だが、その中で「公文書の管理の重要性」を述べた部分がそっくり削除されているという(ぼくは未読)。ということは「情報公開などやるつもりはない」と宣言したに等しいだろう。みんな隠して、国民には何も知らせない。それにしても文春新書編集部、よくもこんな本を出したものだ!
「週刊文春」は、赤木さんの死の真相に鋭く迫ったのだが、同じ文藝春秋社からこんな本。これでは、あの自死した赤木俊夫さんも浮かばれまい。
菅内閣は、「警察国家」「管理国家」を狙っているように見える。
杞憂に終わればいいのだが。