第140回:1945年に生まれて(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

失礼だよな、「後期」だなんて

 今回は、まったくの個人的な話です。
 そんなもん読んでいる暇はないよ、という方はスルーしてください。

 10月31日。
 世の中はコロナ禍で自粛ムード。毎年バカ騒ぎで盛り上がるハロウィンとかいう西洋生まれの祭りも、今年はそれほど盛り上がらなかったようだ。それでもやはり騒ぎたがるバカは、盛り場で揉め事を起こしていたらしいが、全体としてはおとなしめで、大多数の方たちは自宅で子どもたちと楽しんでいたみたい。
 同じ日、ぼくは無事に(?)後期高齢者と言われる年齢に達した。75歳である。よくここまで生きてきたものだと、しみじみ思う。
 しかし、考えようによっちゃ、こんなに失礼なネーミングもないよね。なんだよ“後期”って。生きている人間に、こんなひどいレッテルを張るなんて、やっぱりこの国は尋常じゃない。そう思いませんか“後期高齢者”のみなさん!
 怒れ、二階俊博よ麻生太郎よ!

昭和20年って、何年前?

 『7月4日に生まれて』という映画があった。オリバー・ストーン監督、トム・クルーズ主演、ベトナム戦争からの帰還兵を描いた映画だった。反戦映画の傑作のひとつと言っていい、1989年の映画である。
 今年、ぼくが後期高齢者入りを果たしたということは、1945年生まれということである。つまり映画をもじっていえば「1945年に生まれて」である。すなわち、昭和(うーん、懐かしい!)20年である。
 いまどき、まだ年号だけを使っているのは、お役所の一部とNHKとミョーな伝統主義者たちのみでしょう。普通の人は「昭和20年って何年前だっけ?」と計算に戸惑うだけだけれど、我々昭和20年生まれは、さすがにすぐに75年前と分かるのだ。毎年、マスメディアが「今年は戦後ン十年」と騒いでくれるし、それに自分の生まれた年だもの、当たり前だけどね。それが分からぬようになったら、ふふふ、そろそろ介護が必要です。
 でもさ、けっこう元気に頑張っておられる方も多いのだ。
 例えば、ぼくも同人の一員になっている市民ネットTV局「デモクラシータイムス(略称・デモタイ)」には、早野透さんや佐高信さんがいる。おふたりは、ぼくと同じ昭和20年生まれだ。他に、知り合いでは落合恵子さんがいる。前にもちょっと書いたことがあるけれど、落合さんとはもう50年前からの友人。あの方も、ずっと変わらないスタンスを持ち続けているところが素晴らしい。ぼくの尊敬するおひとりだ。
 それに、なんと言っても、あの吉永小百合さんも1945年生まれなんです。羨ましいでしょ? あ、別にぼくは吉永さんとは知人ではないけれど(笑)。
 この世代、けっこう頑固に生き方を貫いている人が多い。だから、ぼくもなんとか見習って彼らの後についていく。

ウォーキング・ヒストリー

 1945年生まれということは、つまり敗戦の年に生まれたってことですよ。
 ま、親の事情はそれぞれ違うと思うけれど、よくそんなときにぼくらは生まれたものだなと、この前、早野さんとしみじみ話したのですよ。そうだよね、まったく。
 ぼくらは「生きている戦後史」と自称している。ぼくら“昭和20年生まれ”は、まさに“戦後日本の歩み”そのものを歩いてきたのだ。物知りのことを「ウォーキング・ディクショナリー(生き字引)」なんて呼ぶけれど、ぼくらは、ある意味で「ウォーキング・ヒストリー」なのである。それは後世代に伝えていかなければならない。

 物心がついたころ、そう、5歳過ぎあたりからの記憶は、まさに戦後混乱期からようやく脱しようとする時代だった。
 甘いものなどは口にしたこともなかったが、それでもまあ、飢えるほどではなかったから、なんとか現在という日を迎えることができているわけだ。ぼくも佐高さんも落合さんも、かなりの田舎で幼少期を過ごしたのだから、それほど悲惨な目には合わなかったけれど、早野さんは東京・神楽坂にご自宅があったから、母上の疎開先で生まれたという。かなりの苦労はなさったらしい。
 そして、戦後混乱期、復興期、高度成長期、ジャパン・アズ・ナンバーワンなどと浮かれたバブル時代と続き、やがて現在の低成長期に陥る。
 その間に、日本国憲法発布、朝鮮戦争特需、警察予備隊から自衛隊の発足、60年安保闘争、原子力政策の発進、60年代末の若者の大反乱、ベルリンの壁崩壊と東西冷戦の終結、日本での55年体制の崩壊、社会党首相の誕生、イラク戦争、自衛隊海外派遣、東日本大震災と福島原発事故、安倍長期政権……と、目まぐるしい時の流れを、ぼくらの世代はまさに自分の体で受け止めてきたのだ。
 そんな者たちの目から見たら、今の時代のなんともつかみどころのないフワフワした雰囲気は、どう考えればいいのだろうか。少なくとも、過ぎた時代をもう一度見直すことからしか新しい時代は生まれてこない、と思う。
 フワフワの暖簾に腕押し糠に釘のこの世の中から、新しい時代を創り出すには、歴史を学び直すことが絶対に必要なのだ。

過去に目を閉ざす者は……

 菅義偉氏は官房長官時代、翁長雄志沖縄県知事(当時)と会談した際、翁長氏の辺野古基地反対の切々たる訴えに「私は戦後生まれなので、歴史を持ち出されても困る」と冷たくあしらった過去がある。
 まったく歴史に学ぼうという気持ちの欠片もない。歴史を学ぼうとしない者が国家の最高責任者であるということの悲しさを、ぼくらのような“昭和20年生まれ”はしみじみと感じるのだ。

 「過去に目を閉ざす者は、現在に盲目になる」
 これは、ドイツの大統領だったワイツゼッカー氏が、戦後40周年の記念式典で述べた言葉として有名である。
 残念ながら、ぼくらの国の首相は「現在に盲目」なのである。そして、恬としてそれを恥じない態度には、ぼくは思わず“目を閉ざし”たくなるのだ。

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。