米国民主党のジョー・バイデンとカマラ・ハリスのコンビが、次期大統領・副大統領にそれぞれ就任確実となった。
しかし予想した通り、現職大統領のドナルド・トランプは選挙に負けたことを認めようとせず、「不正選挙が行われた」と主張し法廷で争う構えだ。無論、不正選挙が行われたという具体的証拠などない。証拠はなくともそう強弁することで、大統領の座に居座ろうという魂胆である。
僕はかねてから、このシナリオを恐れていた。トランプが選挙で負けてもあれこれイチャモンをつけてホワイトハウスを去ろうとせず、大勢の共和党議員や支持者たちが彼に同調したら一体どうなるのか。内乱が勃発するのではないか。
共和党の主要人物たちはしばらく沈黙を守っていたが、この4年間のパターン通り、案の定、トランプに同調し始めた。
マコーネル上院院内総務は「大統領には法的措置を取る権利が100%ある」などとトランプの行動を擁護した。
ポンペオ国務長官は「トランプ政権2期目に円滑に移行するだろう」などと、あたかもトランプが勝者であるかのような発言をした。
加えてバー司法長官は、選挙での不正に対する調査を容認する異例のメモを全米の検事らに送った。そしてそれに抗議した司法省高官が辞任した。
トランプが赤信号を渡るならみんなで渡ろう式の、恥知らずな連中である(辞任した高官除く)。
更に不穏なことに、トランプは反人種差別デモに対する米軍の投入に慎重だったエスパー国防長官を突然、解任した。
なぜこんなタイミングで解任するのだろうか。
控えめに言って、不穏である。
少し希望が持てるのは、トランプが台頭して以来の約5年間で、米国のメディアがトランプ発言の報じ方を学んだことである。
象徴的だったのは、11月5日の夕方、トランプが会見を開いたときの出来事だ。彼が「民主党によって選挙が盗まれようとしている」と陰謀論を展開し始めるや、米3大ネットワークのABC、CBS、NBCは、揃って中継を打ち切ったのである。嘘をそのまま垂れ流し、ディスインフォメーションに加担することは、報道機関としてするべきでないとの判断からである(その点、日本のテレビ局はまったく何も学んでいないようで、トランプの会見を最後まで中継したようである)。
トランプの弁護士、ルーディ・ジュリアーニが先月「ウォールストリート・ジャーナル」に持ち込んだ、バイデンの息子に関するスキャンダル情報でも、同様のことが起きた。トランプ陣営は、選挙直前に不利な情勢をひっくり返す「オクトーバー・サプライズ」として期待していたようだが、ジャーナルの編集者たちは根拠が薄いと判断して、結局報じなかった。困ったトランプ陣営はタブロイド紙「ニューヨーク・ポスト」に持ち込み、同紙は報じたが、効果は限定的だった。ジャーナルとポストではメディアとしての信頼度がまったく異なり、他のメディアも続報をしなかったからである。4年前、ヒラリー・クリントンに関する根拠の薄いスキャンダルを各メディアが垂れ流し、トランプのディスインフォメーションに貢献してしまったのとは対照的である。
ツイッターの対応も、今回は違った。開票が始まってからディスインフォメーション合戦が始まると予期したツイッターは、不確かな情報が含まれるツイートには警告を付与し、拡散しにくいようにした。その結果、トランプが発するツイートの多くに警告が付き、拡散が抑制された。
「メディアが発信を制限・抑制せずとも、読者や視聴者が判断すればよいのでは」という意見も、相変わらず根強い。
しかしそれはあまりに素朴すぎる考えである。少なくとも、ひとたびデマが広まってしまうと、完全に取り除くことは事実上不可能だということを無視している。デマ記事と、それを訂正した記事では、前者の方がはるかに広まりやすいというデータもある。残念ながら、嘘は「言った者勝ち」なのである。
トランプはそのことを熟知していて、自己利益のため故意にデマを流す。彼の発言をそのまま流すことは、彼の犯罪に利用されることであると、アメリカのメディアはようやく悟ったのだと思う。
嘘ばかりついてきたトランプは、今や悲しきオオカミ老年である。嘘が「言った者勝ち」であるのは実は最初だけで、最後には負けるのだと、イソップ童話と同様、今回の選挙結果は教えてくれている。
しかしその選挙結果を、トランプとその一派は受け入れようとしない。そして米軍や司法省含め、絶大な権力を握っているのは、依然として彼らなのである。
バイデン勝利の喜びもつかの間、米国の民主主義は、もしかしたら絶体絶命のピンチに突入しようとしているのかもしれない。
僕の懸念が杞憂に終わることを、切に願う。
※想田さんが「ディスインフォメーション」について書いているこちらのコラムも、ぜひあわせてお読みください→第82回:「ディスインフォメーション」の時代(想田和弘)(2019年11月20日UP)