第131回:地下文化交流の拠点、マヌケ宿泊所がついに完全復活か!?(松本哉)

 いま、高円寺で「マヌケ宿泊所」というゲストハウスを運営している。要は一泊単位で泊まれる短期滞在の旅行者向けの宿泊施設だ。主にアジア圏の地下文化交流に役立てばいいと思ってやってる。
 もちろんアジア以外にも欧米でもどこでも世界中の人たちも大歓迎だし、国内客も歓迎だ。ただ、近年は主に東アジア圏のアンダーグラウンドのミュージシャンや芸術家、謎の店やスペースを運営している人たちとの交流を通した、とんでもない奴らの文化交流に力を入れてきた手前、アジア圏から遊びに来たりイベントのために来日したりする短期滞在者達に多く使われてきた。そんなことで、欧米から遊びに来た人たちがマヌケ宿泊所に滞在していろんな奴らに遭遇して「うわー、アジア圏にこんな謎の文化圏があったのか〜」と驚くし、国内の日本人旅行者なんかが世界中のとんでもない奴らに遭遇して、今までノーマークだった外国の地下文化に興味を持ち始めるきっかけになるなど、いろんな文化的混乱を引き起こしていて、とても面白いところだった。
 そんな文化交流を目指すという目的のため、ゲストハウスの宣伝にも一般的な宿泊予約サイトなどはほとんど使って来ず、基本的にはひたすら海外に行って、面白い奴らの集まるBARや食堂、ライブハウスやアートスペース、雑貨屋や書店などに遊びに行きまくり、その人脈でポスターやフライヤーを置いてもらったりしてきた。そんな感じで、各国の面白い奴らの交流の場所としてのポジションが築かれてきた。で、そういう自主文化、独立文化の人たちっていうのは各地で薄く繋がってたりもするので、知り合いの知り合いが共通だったりすることも多く、徐々に文化圏が作られていく感じ。しかもみんな共通して、お金や地位や名誉などとは全く関係がなく、どうやって自力で楽しいことをするかっていう共通の価値観も多い。ということで、施設は最低、サービスも最低、オシャレ感ゼロだけど、お客さん達の面白さレベルだけは世界トップクラスという、他の日本国内のゲストハウスとは完全に別な独自路線のポジションを守り続けてきた。そう、気づいたらもう5〜6年はやっている。

コロナの衝撃!!

 さあ、そこで登場したのが、毎度のおなじみ新型コロナウイルス。日本に本格上陸を果たした2月ごろを境に、海外から日本に来る人がパッタリいなくなり、4月ごろになると観光では出入国ができないという、江戸時代以来の鎖国級の状態が始まる。こうなってくると、うちのような海外客向けのゲストハウスはもうお手上げ。7〜8割を海外のお客さんで占めていた上に、みんな国内の移動もしなくなったので、売り上げは1割以下に。で、さらに、うちのゲストハウスはドミトリータイプで、よく海外などでもある二段ベッドの相部屋のタイプ。簡単にいうと寝台列車とかフェリーの二等寝台みたいな部屋。あと個室もあるけど、トイレとシャワー室は共用部分にある。キッチンも共用の場所になっているし、最も重視しているのも広いリビングで、そこに各国地下文化圏の書籍や音楽、映画なども置いてあり、情報交換に役立てられるようになっている。人との交流を目的としているため、宿泊の対価としてお金をもらうという発想ではなく作ってきたところが仇となって、新型コロナ的にはかなり脆弱な状態に。まさか人との交流=悪という時代が来るとは!
 日本にいると、「コロナとか言ってもそこまで大したことないでしょ」って気分になりがちだけど、こちらはゲストハウスなので世界中に友達がいて、海外からの情報がどんどん入ってくる。初期の中国や、その後のアメリカ、ヨーロッパなどでは、知り合いがコロナになったとか、店が潰れたとか、親戚が死んだとかいう話がどんどん舞い込んでくる。初期はこちらも完全に油断していて、普通にマスクもしないで飲み会やってる写真とかSNSにあげたりしてたら、海外の友人たちから「お前ら、本当に気をつけて。こっちは洒落になってない! 高円寺の人たちには生き残ってほしい!」などという涙ながらのアドバイス(説教)が矢のように来る。こうなってくると、「こりゃヤベー!」って気分になってくるし、海外のお客さんたちを安心させるためにも、感染者数が急増しはじめた4月からは一旦正式に休業することに。
 4月5月の当時は、東京都による感染防止の休業協力金なんていうのもあったんだけど、なんとゲストハウスは適用外。どうやら東京都の役人たちは、宿泊業っていうのをホテルのようなものしかイメージできないらしく、感染の危険度は低い+市民生活に必要ってことで、「休業しなくて大丈夫ですよ」ってことらしい。チキショー、これだから役所の奴らは〜。
 他の支援金などもあるけど、毎月数十万円のマイナスになるのでそんなの焼け石に水。数ヶ月は持ってもそれでおしまい。いやー、これはいよいよ首を吊るしかないか! さあ、誰に化けて出ようかな〜!

ゲストハウスの受付。ここで、数百人数千人にも及ぶ世界のとんでもない人たちがチェックインしてきた

救世主、ミスター中西氏の登場

 で、そんな時。伝説の救世主、ミスター中西氏が現れたのだ。何を隠そう、ゲストハウスの入ってるビルの大家さんだ。
 ちなみに、この中西氏がまたヤバい。ゲストハウスを始める当初から「俺も海外とかよく行くし、ゲストハウスみたいなのは応援したいんだよ」とか言い出して、ゲストハウスをやるっていう当初からやたらと協力的だった。よくありがちな大家さんだと「わけわからない人がたくさん出入りするからゲストハウスはやめて欲しい」なんていう話はよく聞くけど、その真逆。「俺もお客さん紹介してやる」ぐらいの勢いで、これは珍しい。しかもその中西氏、ビルの運営方針が、「何もしない代わりに好き勝手やって良い」というすごい方針。もちろん雨漏りや窓の修理などビルの修繕などの必要最低限のことはやるけど、それ以外は一切口を出さないで自由にやらせてくれる。やたらと口うるさい奴らばかりの世の中で、いまどき珍しい大家さんだ。
 このため、最初に入居するときも、完全に廃墟状態だったビルの片付けから全てこちらでやった。最初は、昔は学校が入ってたこともあるため、巨大な印刷機の残骸やら業務用のいろんな機械類とか、黒板だとかロッカーだとか、産廃が死ぬほど放置されていた。これ普通に業者呼んで処分したら100万円や200万円はくだらないレベルだけど、うちの本業はなんとリサイクルショップ。処分業者の人脈などもあるので、これを全てこちらで処理。さらに朽ち果てていた床も全部剥がして張り替えたり、電気の配線を張り直したり、これ本来は貸す前に大家さんがやることじゃないかってことも、全額こちらの負担で決行。「それ、損してるじゃねーか。大家さんにやらせるべき」と思う人も多いかもしれないけど、甘い! その代わりに、「ここまで全部やるんだから、多少は多めに見てくださいよ〜」という条約を締結。ってことで、好きに使って良くなったし、共用部分も使わせてもらえるようになったのだ。最近は釘一本打てないような窮屈な物件が増えてる中での快挙。まあ、この辺は大家さんとの交渉の末の、持ちつ持たれつの良い落とし所を決めた感じ。ま、そんなことで、このマヌケ宿泊所も成立してきたというのがある。

 さて、話を戻そう。コロナで家賃を払うことも難しくなり、いよいよ倒産の危機を迎えるかという時、ミスター中西氏が一肌脱いだ! 「お客さん来ないだろ? 家賃払えない? それじゃしょうがねえなあ」という謎の発言以来、一時的に家賃の徴収が停止されるという怪現象が! いや、粋だねえミスター中西。ただこれ、しばらく払わなくて良いっていう意味か、支払い待ってくれるってことか、全く意味不明。ともかく最も厳しい時期に猶予が生まれたので、かろうじて倒産を回避! あぶねー、やっぱり持ちつ持たれつは大事だね。ちなみに、高円寺の他の物件でも、特に店をやってるところは、コロナの厳しい時は家賃の減額をしてくれたり支払いを猶予してくれたり、結構いろんなところで大家さんも融通を効かせてくれたところは多かったとのこと。ま、確かに日本最大規模の独立文化の牙城である高円寺で、みんなが窮地の時に無慈悲な取り立てなんかやったら反乱が発生するのは必至。それに、そもそも大家さんたちも個人店などへの理解が強いのも高円寺の良いところかもしれない。例えば、80年代に高円寺で再開発計画がついに発動されそうになった時も、住民の反乱で大混乱になり計画が止まったという経緯がある(この計画は中止ではなく止まっただけなので密かにまだ裏で進行しているが)。ともかく、そんな大家さんたちや店子の努力で高円寺の文化は守られてきているんだろう。いやー、恐ろしい街だ。

 余談だけど、このゲストハウスの入っているビル、名前は「フデノビル」。ミスター中西氏はあんな感じで、ビルの使用に関する細部には一切ノータッチ。なので、いつから始まったのかは不明だが、「これは自分たちでやらないとビルが崩壊する!」ってことで、古来伝統的に入居者たちが独自に作った自主管理組合で管理運営を行なってきたという伝統があるようだ。少なくとも現在はまだ続いている。トラブルや事件が起きた時には入居者たちで相談してことに当たったり、管理運営に関する会議も行われてきた。
 かなりの部分が住民によって管理されているというのも、自由さが保たれている理由であり、文化拠点としての役割を担う上で重要なことなのかもしれない。全てが与えられ、住民同士が顔も知らなかったり、きれいで汚れひとつない無機質な代わりに自由がないような建物からは文化は生まれない。

ドミトリー内部。完全に寝台列車

アジア地下文化交流の拠点を残せるのか!?

 とは言っても、いつまでも休業してたら赤字は膨らむ一方で大変なことになる。ゲストハウスの赤字のおかげで本業のリサイクルショップが傾くようなことになったら大事だ。ということで、夏の間に簡単なリフォームを行い、定員を半分にして、消毒液を置くなど、一応のコロナ対策だけはしておいて、10月から徐々に再開。ま、とは言っても、一般的な国内旅行者が喜びそうなオシャレなゲストハウスには死んでもするつもりはないので(仮にそんなところにしたら鎖国解禁後に海外の奴らからボロクソに文句言われるに決まってるし)、みなさん、ご安心を。我々は裏切らない。ってことで、まあ当面は海外慣れした国内の人向けということになるので、これはやはり当面は赤字続き必至!!!
 ただ、やはりこれは絶対に守らなければいけないことなので、覚悟を決めるしかない。今、世界では民衆の分断は続く一方、国家間の紛争や民族紛争、政治対立、いろんなことが起きている。おまけにコロナで異文化間での人の往来が激減しているので、その分断はさらに亀裂を深める可能性もある。本来なら今こそ国境を越えたやつらの、特に国の意向や経済などから一線を画した地下文化圏、独立文化圏の人たちの交流こそが大事な時期だ。もちろん今は自由に行き来して交流することはできないけど、将来、謎の奇病=コロナがある程度収束して国を超えた交流が可能になったときに、その交流拠点が残っているかどうかは超重要なことだ。もちろん、ネット上でも繋がれるし、個々人の連絡でも繋がることはいくらでもできる。しかし、「あそこに行けば何かがある」という、実際の場の存在はとても重要だ。ネットや個人間の弱点である偶然性は実際の場が一番発揮される。
 元々マヌケ宿泊所には、映画、音楽、芸術、ものづくり、研究者、商店主、社会運動家、イベンター、職人などなど各種の人が来るので「こんな人初めて見た!」と、いう別ジャンルの突発的な交流が面白いところ。同じ志向の人だけが集まるだけではなく、どれだけ偶発的に人が遭遇するかを追求するのが、場づくりの上で一番大事なことだ。交流が再開したときに、そういう場所があるかないかは後の交流にものすごい影響を及ぼす。今、世界各地にあるこういうスペースが、みんな努力してその場を維持しようとしている。
 マヌケ宿泊所もそんな場所の一つ。しばらくは赤字が続くはずだけど、海外のとんでもない奴らとの交流の再開ができるまで、マヌケ宿泊所を残せるかどうかが際どい戦いになっている。当面はなんとかお金を工面しながら残す努力はするけど、まあ将来のことは誰にもわからないので、どうなることやら!

 ということで、いつ無くなるかわからないマヌケ宿泊所。90年代あたりの中国や東南アジアあたりの地方都市のゲストハウスの雰囲気を味わいたい人は、今のうちにどうぞ〜〜。

マヌケ宿泊所グッズ。Tシャツもあるよ〜
https://shiroran5.base.shop/categories/834494

       

松本哉
まつもと はじめ:「素人の乱」5号店店主。1974年東京生まれ。1994年に法政大学入学後、「法政の貧乏くささを守る会」を結成し、学費値上げやキャンパス再開発への反対運動として、キャンパスの一角にコタツを出しての「鍋集会」などのパフォーマンスを展開。2005年、東京・高円寺にリサイクルショップ「素人の乱」をオープン。「おれの自転車を返せデモ」「PSE法反対デモ」「家賃をタダにしろデモ」などの運動を展開してきた。2007年には杉並区議選に出馬した。著書に『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法』(筑摩書房)、『貧乏人大反乱』(アスペクト)、『世界マヌケ反乱の手引書:ふざけた場所の作り方』(筑摩書房)編著に『素人の乱』(河出書房新社)。