第539回:10月の自殺者数、2000人超の衝撃。の巻(雨宮処凛)

 衝撃の数字が発表された。それは、10月の自殺者数。

 2153人と、とうとう2000人を超え、男性は前年同月比で21.3%増えて1302人。女性は前年同月比でなんと82.6%も増えて851人。

 背景には様々な理由があるだろうが、やはり困窮の現場を見ている立場としては、女性の貧困が極まっていることも要因のひとつに思える。新型コロナウイルス感染拡大で真っ先に影響を受けたのは観光や宿泊、飲食などのサービス業で働く人々だったが、「コロナ以前」の売り上げにはほど遠く、この先の展望がまったく見えない状態だろう。その上、「第三波」を受けて飲食店などは今、再び苦境の中にいる。国がいくら「Go Toトラベル」と呼びかけても、このところ旅行のキャンセルも増えていると聞く。

 厚労省の集計では、コロナによる解雇や雇い止めは7万人以上。が、8月の労働力調査を見れば、パート、アルバイトは前年同月と比較して74万人も減っている。その多くを占めるのが女性で、その数、63万人。

 そんな厳しい現実を反映するかのように、ここ数日、私も参加する「新型コロナ災害緊急アクション」へのメール相談は増え続けている。やはりすでに路上に出た人や所持金が1000円以下の人が多く、中には女性もいる。そんな悲鳴からは、何かが「決壊」しつつある印象を受ける。もしかしたら11月の自殺者はもっと増えてしまうのかもしれない。そんな「最悪の予想」が当たらないことを祈るしかないのが歯がゆい。

 ちなみに、無料の電話相談「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守るなんでも相談会」の8月の相談内容を「貧困研究会」が分析したところ、衝撃の数字が明らかになっている。今年の2月と比較してどれほど収入が下がったかという質問をしているのだが、自営業主が月収でマイナス11万4000円、派遣社員がマイナス9万2000円、フリーランスがマイナス6万円となっていることがわかったのだ。

 自営業とフリーランスは収入に幅があるので分析しづらいが、例えば派遣社員の月収を、非正規の平均年収179万円から計算すると約15万円。そこから9万2000円を引けば、残るのはわずか5万8000円。東京だったらこの額では家賃を払うことも難しい。「貯金があるだろ」と言う人もいるかもしれないが、月収15万円で一人暮らしをしていたら、貯金など夢のまた夢だ。

 貧困以外にも、自殺の原因は様々だろう。

 例えば私の場合、感染が拡大し始めてすぐの頃はあまり外に出ず人に会わない生活を送っていた。コロナへの不安。仕事の不安。この先どうなるのかという不安。そんな中、一人でいるとどんどんマイナス思考になっていき、そのうちに被害妄想っぽくなっていて、「自分だけ仲間はずれにされてるんじゃないか」とか「みんな私のこと怒ってるんじゃないか」「嫌ってるんじゃないか」など、どんどん悪い方に思考が向いてしまうループにハマったことがある。

 特に一人暮らしだと話す相手もいないので「妄想」は強化されていくばかり。そんな時、家族がいる人が羨ましいと思いながらも、一方で、家族がいるからこそ追い詰められた人も多く知っている。夫がリモートワークになったのでDVから逃れられなくなった女性や、四六時中顔を合わせている中、親の虐待が激しくなった子どもたち。そんなふうに多くの人がストレスを抱え、コロナという「見えない敵」の脅威に日々晒されている。そんな不安でいっぱいの日々に、「なぜこの人が」と芸能人の訃報が幾度ももたらされる。「平常心でいろ」という方が無理な話だ。

 自分自身、精神的に追い詰められるのを回避するため、10月頃から感染対策をしつつ、友人と久々に会食し始めてきた。しかし、ここに来て第三波。そういった機会はこれから少なくなることを思うと、どうやって気持ちの安定をはかっていくか、全ての人にとって重要な問題だ。

 一方で、報道を見ると、コロナによる困窮の果てと思われる事件もあちこちで起きている。

 例えば11月、熊本で53歳の男性が窃盗容疑で逮捕されている。

 「家と食べ物に困っていて、警察に捕まりたかった」と容疑を認めているという。男性は5月まで機械を製造する会社に派遣で働いていたものの、新型コロナによる不景気で契約を打ち切られ、以来、漫画喫茶などを点々としていた。逮捕時の所持金は2300円(朝日新聞2020/11/11)。

 8月には、30歳の女性が福岡で逮捕されている。容疑は、恐喝未遂と建造物侵入。真珠販売店で店員にカッターナイフを向け、現金を脅し取ろうとしたのだ。結果は、未遂。そのまま交番に駆け込み、一部始終を話して逮捕となった。この女性は物心ついた頃から施設で育ち、中卒後は飲食店で働いていた。しかし、新型コロナで働いていたうどん店の仕事を失う。たちまち家賃を払えなくなり、公園で寝泊まりする日々に。「食べ物をください」と書かれた紙を持って路上に立つこともあったという。逮捕時の所持金はわずか257円だった(西日本新聞2020/10/22)。

 また、10月にはベトナム人13人が逮捕されている。群馬県など北関東で家畜や果物の盗難が続いていたが、それに関わっていたのではないかと捜査が進められている。

 11月10日には、都内の風俗店が摘発された。実習生ら約30人を働かせた容疑で経営者の男女2人が逮捕されたのだ。働いていた女性たちは、ベトナムから技能実習生として来日したものの、コロナによって生活苦に陥ったり、帰国したくても帰国できない状態だった。

 派遣社員、施設出身の女性、そして外国人。コロナ禍は、この国のもっとも弱い部分に大打撃を与え、コロナ以前からの矛盾を嫌というほど白日の下に晒している。国は非正規雇用を拡大し、実習生の受け入れを進め、一方でセーフティネットを切り崩すことで、「守られない人たち」を大量に生み出してきた。コロナ禍まで、そんな人たちは必死に働いてなんとかギリギリ自分の生活を成り立たせてきた。しかし、そんなギリギリの生活に、「トドメの一撃」のようにコロナ禍が襲ってきたというわけである。

 ここに残酷なデータがある。コロナ禍において、所得が少ない人ほど収入が減っているというものだ。沖縄大教授の山野良一氏が朝日新聞のデジタルのアンケートを分析した結果によると、子育て中の年収400万円以下の世帯では7割が減収。年収200万円以下の世帯に限ると3割が収入が5割以上減っていたのだ。それに対して、年収600万円以上の世帯は約6割が「変わらない」と回答。5割以上減収した人はわずか2.5%だった(朝日新聞2020/7/5)。

 年収600万円以上の人々の多くは、リモートワークができる環境にあるだろう。大多数が正社員だろうから、休業補償などの制度も整っているはずだ。かたや電話相談などでよく耳にするのは、「正社員はリモートワークができるが派遣社員は出社しないといけない」「正社員には休業手当が出るが非正規は出ないと言われた」などの声だ。

 同時に、先ほどの「派遣社員が9万2000円の減収」という分析を思い出す。年収200万円の人が5割減収するということは、年収100万円になるということだ。国は「前年比で5割以下」などという基準ではなく、「一人世帯で/三人世帯で収入がこの額以下だったら即給付」という形での給付を大々的に進めるべきではないのだろうか。生活保護の手前にそういうものがあれば助かる、という人は絶対に多いはずだ。

 そんな安心は、自殺防止にも、ホームレス化を食い止めることにも繋がる。セーフティネットの強化は、必ず社会を強くする。コロナ禍を機に、そんな転換があればいいと心から思っている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。