第541回:緊急事態宣言下で殺到したSOSの貴重な記録〜『コロナ禍の東京を駆ける』の巻(雨宮処凛)

 「彼女は私だ」

 12月6日、渋谷で開催された「殺害されたホームレス女性を追悼し、暴力と排除に抗議するデモ」には、そんなプラカードを掲げる人がいた。前回の原稿で書いた、ホームレス女性殺害事件を受けてのデモだ。渋谷のバス停にいたところ、近所の男性に撲殺された女性。この日、夜の渋谷の街を170人がキャンドルを手に追悼と抗議を込めたサイレントデモをした。

 「社会に出てから一度も正社員で働いたことがありません。ずっと非正規や日雇いで暮らしてきました。今、コロナで仕事もなくなりました。本当にまったく他人事とは思えません」

 デモ出発前、参加者の女性の一人はマイクを握ってそう語った。「他人事じゃない」。この日、参加した女性たちから多く聞いた言葉だ。

 今年、殺されたホームレス状態の人は彼女だけではない。1月には東京・上野公園で70代の女性が頭部に暴行を受けて殺害されている。3月には、岐阜でホームレスの男性が少年らに襲撃を受けて死亡。そうして11月、渋谷の事件が起きたのだ。コロナで仕事だけでなく、住まいを失う人が増えている中での惨劇。このところ、都内のターミナル駅ではホームレス状態になったばかりと思われる若い人の姿が目に見えて増えている。

 そんな中、ある本を読んだ。それは『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』。つくろい東京ファンドの稲葉剛さん、小林美穂子さん、ライターの和田静香さんの三人が著者だが、本のメインは小林さんの支援日記だ。

 この連載でも、コロナ禍での支援の状況については4月頃からずーっと書いてきた。しかし、私は自分が動ける時に現場に行くくらいで、現場対応をしているわけではない。では誰がしているのかと言えば、反貧困ネットワーク事務局長の瀬戸大作さん、そしてつくろい東京ファンドの稲葉さん、小林さんらである。他にも数名が、過労死が心配になるほどフル稼働している状態で、4月からずっと野戦病院のような日々が続いているわけである。本書は、そんな支援の現場の4月から7月までの記録だ。

 ちなみにつくろい東京ファンドとは、東京・中野に拠点を置き、2014年から困窮者支援をし、個室シェルターを運営している。17年からは路上生活経験者の仕事づくりと居場所づくりの店「カフェ潮の路」を始め、小林さんはそのカフェの女将もやっている。

 そんなつくろい東京ファンドは、東京に緊急事態宣言が出された4月7日、緊急のメール相談フォームを開設。これが「パンドラの箱」を開けることとなる。困窮した人々からSOSが殺到したのだ。

 この頃は、東京をはじめとした7都府県のあらゆる活動がストップし、「不要不急の外出は避けろ」、とにかく「ステイホームを」と呼びかけられていた頃。しかし、東京都には推計で4000人のネットカフェ生活者がいる。「ステイホームする家がない」人々がそれだけいるのだ。その上、頼みのネットカフェまで休業要請の対象となったのだからたまらない。

 「ネットカフェ休業により、住む場所がなくなってしまいました」

 「携帯も止められ不安でいっぱいです。もう死んだ方が楽になれるのかなと思ってしまいます」

 「お金がなく、携帯もフリーWi-Fiのある場所でしか使えず、野宿です」

 5月末までで、そんな緊急の相談が約170件寄せられたという。その多くが20〜40代。本書にはそんな人々への緊急支援の日々が綴られる。

 ネットカフェ暮らしで昨日から何も食べていないという若い女性は、「もう首吊るしかないと思ったんですけど、私も人間なんですかね、生きたいと思ってしまったんです」と口にする。日雇いで働いていた人、コロナで仕事がなくなり会社の寮を追い出された人、ネットカフェで生活してきた人、とにかく多くの人から次々とSOSが入る。小林さんはそんな人々のもとに駆けつけ、話を聞き、寄付金からホテル代や生活費を渡し、生活保護申請に同行するなどして公的な制度につなぐ。

 こう書くと簡単そうに見えるかもしれないが、制度について十分な知識がないとできない技だ。なぜなら、福祉事務所はあの手この手で申請を阻もうとするから。本書にも、そんな福祉事務所との攻防、悪質な福祉事務所の対応があますことなく描かれている。

 例えば一人で生活保護申請に行った人に申請をさせない福祉事務所。「3密の回避」が言われているのに、申請に来た人を相部屋の無料低額宿泊所に案内する福祉事務所。一方、3年間ネットカフェで暮らしていた人に、「どうしてネカフェからアパートに入ろうと思わなかったんですか?」とありえない質問をするケースワーカーさえいる。これには当人が「入れるわけないじゃないですか! 一生懸命働いても10万くらいにしかならないのに、なんとか食べて、ネットカフェ代払って、ロッカー代払って、どうやって初期費用とか貯めるんですか!!」と返す。ちなみにネットカフェ生活者の平均月収は11万4000円。これでは日々の生活で手一杯で、敷金礼金などとても貯められない。

 「貸付金」を渋る福祉事務所もある。申請者に所持金がない場合、多くの区では1日あたり2000円ほどが出るのだが(食費や生活費として)、それを1日500円しか出さない区もあるのだ。

 ネットカフェや路上を経験しながらも必死で働き、身体を壊してやっと福祉事務所に辿り着いた男性は、窓口で「1日500円」と言われた。ひどい仕打ちだ。

 「500円で3食を食べて、交通費ももろもろ必要雑費もまかなえと福祉事務所が言うんですか?」

 小林さんが言うと、係長の女性は「カップラーメンとか」と言う。「私もスーパーの安売りで買ったりしてますよ」と続ける係長。その言葉に、小林さんはキレた。

 「なに言ってんですか! 自分も同じだみたいに言わないでよ。この人が歩いてきたこれまでと、あなたの生活はまったく違う! 同じだというなら、無低やネットカフェで、カップラーメンで命をつなぎながら職場に通ってみなさいよ。冗談じゃない!! 無神経なことを言わないでくださいよ!!」

 同行した小林さんが怒ってくれて、男性はどれほど心強かっただろう。どれほど嬉しかっただろう。

 そんな現場で日々奮闘する小林さんは、コロナ禍による困窮は、これまでの矛盾が噴出したものだと指摘する。

 「アベノミクスなんて言葉で誤魔化されてきた日本の経済が、とっくに崩壊していたのをコロナが可視化させた。この2ヶ月間、私が対応している人たちは、いわゆる多くの人が想像する『ホームレス』ではない。補償も出ないまま休ませられている正社員もいれば、この国の文化・芸能を支えてきたアーティストもいる」

 本書で共感するところは山ほどあるが、中でも今の支援を考えるにあたってもっとも「そうそう」とうなずいたのは、稲葉剛さんの「いまや住まいに次いで、Wi-Fiは人権に近い」という言葉だ。これはコロナ以前から言えることだが、困窮者の多くは携帯が止まっている。通話できない状態だ。よって、本人がフリーWi-Fiのある場所にいる時に支援団体でメールしてくる、というのが一般的なのだが、これだとフリーWi-Fiがない場所では連絡がとれない。また、携帯の充電切れが支援の切れ目になってしまうことも多々ある。

 余談だが、私は平野啓一郎氏の小説『マチネの終わりに』を読んだ時、「これってまさに支援者が日々直面してることじゃん!」と思い、それ以来、携帯をなくした、盗まれた、止まった、充電が切れたという状態を勝手に「マチネ」と呼んでいるのだがこれ以上書くと小説のネタバレになるのでやめておこう。

 それにしても、携帯がないことは社会参加の壁になる。例えば、仕事。通話できる携帯番号がないと仕事はなかなか見つからない。不動産契約も携帯番号がないと難しい。また、料金滞納で携帯が止まってしまうと、他の携帯会社ともその情報が共有され、場合によっては再契約が難しくなることもあるらしい。携帯に関して「贅沢だ」と言う人もいるかもしれないが、今、もしあなたが携帯を失ったら、たちまち日常生活のあらゆる部分に支障がでるはずだ。すでに携帯は社会的IDになっている。

 ということで、7月には、つくろい東京ファンドがNPO法人ピッコラーレ、合同会社合同屋と協働し、本人負担ゼロで通話可能な電話番号を付与した携帯電話を渡すという「つながる電話プロジェクト」を開始。最長2年間まで無料で使ってもらうシステムで、独自に通話アプリを開発したというのだからなんだかすごい。このプロジェクトに関わったつくろい東京ファンドの佐々木大志郎さんは、本書の「『コロナ禍』における『通信禍』」という原稿で、以下のように書いている。

 「『相談フォーム・テキストベースでの相談体制』『原則オンラインでのヒヤリング』『物品ではなく現金での緊急給付』『スマートフォンは端末自体の所有を前提としてのフリーWi-Fiという環境要素』『オンライン送金や電話マネーという瞬時の給付手段の併用』そして『音声電話をお渡しする支援』。
 これらは従来型のホームレス支援・生活困窮者支援の文脈だと、積極的な要素とはなりえなかったものだが、今回の緊急対応から始まる一連の動きでは主役となっていた」

 このように、当事者のニーズを受け、支援は日々、進化している。しかし、翻って公的支援はどうだろう。一部ではいまだに生活保護申請は「無料低額宿泊所に入ることが条件」という感染対策を無視した運用が行われ、その無料低額宿泊所では多くの人がダニや南京虫に悩まされている。携帯やWi-Fiは日常生活に不可欠という認識は皆無で、女性が生活保護申請をした際に婦人保護施設などに入れられてしまえば、そこでは携帯を所持することもできない。携帯などなかった昭和のルールが令和の今、当事者たちを苦しめている不条理。

 さて、最後に、小林さんのあとがきの言葉を紹介したい。彼女が支援してきた人たちのことだ。

 「会う人たちはみな、これまで数年ネットカフェで暮らしながら仕事をして命をつなぐ人ばかりでした。彼らのほぼ全員が、親が不在か、いても頼れるような関係性ではなかった。仕事を求めて転々としているから、友達が少ない。助けてくれる人がいない。半数くらいは『死』を意識するほど追い詰められており、あと一歩後ずさりしたら崖から落ちてしまう、そんな待ったなしの状況でした」

 「全員が、もっともっと早くに、ネットカフェ生活を始める直前に、福祉を利用して生活を立て直すべき人たちでした。いまでもそういう人が何千人も、ネットカフェや、漫画喫茶、あるいは見知らぬ男性の家に泊めてもらいながら、身を削って生きています。こんな状況を日本の社会はいつまで放置しているつもりなのでしょうか?」

 まったくもって一字一句すべてに同感である。「これでダメだったら自殺しかないと思ってました」。制度につながれた人からその言葉を聞いたのは私自身、一度や二度ではない。自殺対策に本腰を入れるなら、生活困窮対策がまず必要なのだ。

 さて、コロナ禍が始まって、もう9ヶ月以上。

 この9ヶ月、地味につらいのは、一度も国から「安心して」というメッセージが発されないことだ。3月の時点で失業者が大幅に増えることを見越し、ドイツでは大臣が国民に「生活保護をどんどん利用して」と呼びかけていた頃、この国ではコロナ対策として「お肉券・お魚券」という素っ頓狂なものが検討され、みんなを不安に陥れていた。台湾でIT担当大臣がマスクをみんなに行き渡らせるよう対策をとったのに対し、日本では布マスクが2枚配布されただけだった。それだけじゃない。医療機関は機能不全を起こし、保健所にどれだけ電話しても繋がらず、春頃には自宅で次々と亡くなる人が出た。失業者、困窮者対策はまともになされず、特別定額給付金は一度きりで、自殺者が激増した頃、新たに総理大臣となった菅氏が強調したのは「自助」だった。

 「誰も困窮では死なせない」「自殺者も増やさない」「感染したら速やかに医療にアクセスできるよう努力するので安心してください」

 一度でいいからこんなメッセージが発されていたら、どれほどの人が救われていただろう。しかし、第三波の中、強調されているのは「マスク会食」。そんな中、「Go To」キャンペーンの来年6月までの延長が発表された。アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなやり方で、もう、何をしようとしているのか、どこに向かっているのかさえ誰もわからない。ブッ壊れた暴走車に乗せられているような生きた心地のしない日々。

 そんな中、支援者たちは今日も「誰かの緊急事態」に対応している。国は、民間の善意に甘えるのをそろそろやめてほしいと今、改めて思う。3月に結成した「新型コロナ災害緊急アクション」では、すでに1000人以上に対応し、寄付金から4000万円を超える給付をしている。民間がボランティアですでに数千万円の給付をしていること自体が異常なのだ。

 「自助」を強調するのはどんなに無能なトップだってできる。公助のトップであるならば、そろそろ本気でこの問題に向き合ってほしい。

       

雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。格差・貧困問題、脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『ロスジェネのすべて』(あけび書房)、『相模原事件裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(太田出版)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員。