第145回:記者のいない「記者会見」(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 いやはや、ひどい「記者会見」だったな……と溜め息が漏れた。
 12月4日(金)午後6時、約2カ月半ぶりに開かれた菅義偉首相の「記者会見」を見ての、ぼくの感想だ。なんだかイヤ~なものを飲み込ませられて、吐き気だけが残るような後味の悪さ。なんだったんだ、これは! 首相就任直後に1度だけ「会見」を開いて以来、やっと2度目の会見を開いたと思ったら、これか!
 しかも、記者たちにもガッカリだった。この会見のどこに、まともな質問をした記者がいたか。「記者のいない記者会見」だったとしか言いようがない。最初から最後まで、官邸主導の“お話会”にすぎなかった。
 コロナ対策や学術会議問題、再燃した安倍前首相の桜疑惑、議論しなければならないことは山ほどあるのに、菅首相は心底国会が嫌いなのだろう、野党の会期延長要求を蹴っ飛ばしてさっさと国会を閉幕。
 菅(自民党)支持者は「こんな非常時に、野党はいつまで桜や学術会議にこだわっているんだ。だから野党がはダメなんだ。さっさと新型コロナ対策を議論しろよ」などと言う。しかし、そのコロナ対策の大事な議論の場であるべき国会をさっさと閉じてしまったのは、ほかならぬ菅(自民党)なんだよ。
 国会閉幕に当たっての最後の「首相記者会見」である。少しは中身のあるやりとりになるかも、と期待したぼくがアホでした。あれはまさに、菅首相の最後っ屁(汚い言葉でごめんなさい)でしかなかった。

 会見冒頭の約20分間、菅首相はボソボソとひたすら原稿を読み上げる。中身はまるで地方議会でのなんとか部長さんの事業報告といった様相。コレをやりました、ソレもできました、次はアレにとりかかります……。
 だが、肝心なことにはまったく触れない。そんな菅首相の“お言葉”を、パチパチとパソコンのキイを叩きながら拝聴している黒い集団、異様な光景。
 やっと“お殿様の朗読会”が終わると、次は山田真貴子内閣広報官(この人、「総理はご立腹ですよ」とNHKアナウンサーを脅し上げたコワ~イ女性)というお側用人のお出まし。山田広報官、すべての段取りを頭に入れているとみえて、幹事社2人の質問が終わると、次々に質問者を指名していく。社名と氏名、それになんと、フリーランスのジャーナリストの名前さえすべて憶えている。ミョーに怖い。
 山田広報官の手許には、社名・記者名・質問内容を列記したメモがあったという。まことに準備周到。しかも、ひとり1問しか許さず追加質問はご法度。
 質問が始まってしばらくすると、山田サン「50分の予定時間が過ぎました。総理は次の予定がございますので、これで会見は終了といたします。なお、他にご質問のある方は質問をお寄せいただければ、後ほど文書にて総理より回答いたします」。はい、お開きです、シャンシャンシャン!
 記者たちからは「待ってください、もっと聞きたいことがあります!」の声も上がらず、粛々と退席。懐柔と、馴れ合いと、もたれ合いの田舎芝居。緊張感の欠片もない。こんなもんが「記者会見」と言えるか、いったいなんなんだ、これはっ! とぼくが怒るのも無理はないでしょ?
 なんで日本の「首相記者会見」なるものが、こんな不様なことになってしまったのだろう。いろいろと理由を考えてみた。

①出席記者の人数制限

 この会見出席は、報道各社1名のみという制限がつけられた。だから政治部記者しか出席していない。社会部記者などは政治的なしがらみがあまりないから、ズバリ本音で迫ることもある。東京新聞の望月衣塑子記者の例を見ればよく分かる。
 菅氏が官房長官時代、社会部の望月記者が会見に出席し、数々のデータを挙げて菅官房長官に迫ったものだから、菅氏は度々答えに窮し、望月記者は「菅の天敵」とまで呼ばれたのだ。最終的に菅氏は、あの有名なセリフ「ここは、あなたに答える場ではない」と開き直るしかなかった。
 だが、新型コロナウイルスの蔓延を理由に、官邸は「各社1名」というおかしなルールを作り、そのため政治部以外の記者はほとんど会見に参加できなくなってしまった。ソーシャル・ディスタンスをとる必要があるというのなら、もっと広い場所を用意すればいいではないか。その程度の費用、“官房機密費”でどうですか?
 ところが理不尽な官邸側の要求を唯々諾々と受け入れてしまったのが、「内閣記者会」という仲良しクラブなのである。

②ひとり1問という制約

 首相会見での質問は、なぜかひとり1問という制約がある。記者は質問するが、再質問は禁じられている。しかし普通なら、首相の答えに納得がいかなければ「そうはおっしゃいますが、この点は違うんじゃないですか」と畳みかけるのが真の記者会見だろう。それが許されないのだから、答えは首相の言いっ放し。どんなにおかしな答えでも、再質問ができないのだから議論が深まるはずがない。
 「なぜ6人の任命拒否をしたのか」
 「それは人事に関することだから、答えは控えさせていただく」
 これじゃあ、なにも聞いたことにならないし、なにも答えたことにならない。そんなバカバカしいやりとりを、他の記者たちは黙って聞いている。そしてすぐに、他の記者がまったく別の質問を始める。議論が深まるはずがない。
 「その答えはおかしい、その人事について聞いているのだ。まともに答えてほしい」と追加質問しなければ、何も引き出せないではないか。このシステムがおかしいと思わないのが、現在の“仲良し記者クラブ”なのだ。

③質問項目の事前通告

 まず初めに幹事社記者の質問。これはお約束らしい。そして、質問内容は事前に通告してあるという。そこはお互いの信頼関係も必要だろうから“やらせ”っぽいけれど、まあ、いいとしよう。
 だが、その後の記者たちも質問内容を事前通告していたようだ。山田広報官の手許には、記者たちの質問内容のメモがあったという。そりゃいったいどういうことだ? 通告しなきゃならないというルールは、いったいいつ定められたのか。
 むろん、細かいデータなどは間違えては困るから、準備するのも分かる。しかし、ほとんどの質問に、菅首相はペーパーを読み上げて答えていた。質問内容が事前に分かっていなければ、ペーパーなど用意できるはずもない。山田広報官が指名するのだから、あらかじめ質問項目を提出した記者だけを選ぶのは簡単だ。馴れ合いである。
 幹事社の質問のみならず、他の記者たちの質問まで通告済みで、しかもひとり1問のみ。バカバカしい茶番劇。これでは緊張感など生まれるはずもない。

④記者会見の主催者は?

 だいたい、記者会見を主催するのは誰なのか?
 「記者会見」という名前がついている以上、主催者は記者側であるべきだと、ぼくは思う。記者たちが自分たちの要求として官邸に会見を申し入れ、官邸側がスケジュールを調整して開催にこぎつける。それが当然じゃないだろうか。そうでなければ、会見は官邸サイドのお情けにすがるしかなくなる。まさに現状はその通りになっているではないか。
 記者たちが主催するとなれば、司会役を幹事社が受け持つことになる。つまり、会見を自分たちの手に取り戻すこと。そうなればやっと、一方的な「お殿様のお言葉を拝聴する儀式」と化している現在の「首相会見」が、正常な形に戻るだろう。

⑤すべては「記者クラブ」制に帰着する

 本来、開かれた場であるべき記者会見が、ほとんどマスメディアの独占場になっている。そこに安住しているのが報道企業の記者たちだ。フリーランスのジャーナリストたちは、記者クラブの承認によって参加しているに過ぎない。対等であるべきジャーナリストたちが、記者クラブ制によって分断されているのだ。
 もし、記者クラブが圧倒的な力をもって政権や官邸と対峙しているならば、その制度も機能しているといえよう。だが繰り返すが、現状の「記者会見」を見る限り、記者クラブは官邸のなすがままにあしらわれているだけとしか思えない。
 確かにいま、この国を壊しかけているのは菅政権である。だが、このまま推移するなら、マスメディアが崩壊の片棒を担いでいると言われても仕方ない。ほんとうの情報を、国民に知らせるべき会見の場を壊しているのだから。

⑥パソコン禁止令を出せ!

 菅会見の翌日の新聞を見ると、かなり厳しい批判記事が掲載されている。ぼくは、朝日、毎日、東京の各紙を見ているのだが、いずれも論調は鋭い。
 例えば朝日新聞(5日付)の見出しだけをとってみても、こんな具合だ。

説明責任 背向ける首相
コロナ対策・「実績」強調
学術会議除外・「桜」問題では……
「答弁控える」111回
会見50分 人数も制限

 書いてあることは、おおむねその通りだと思う。他の毎日、東京も、同じような批判を展開している。
 だからこそ、ぼくは逆に納得がいかないのだ。この批判を、なぜ会見の現場で首相へぶつけないのか。終わっちまってから、あーだこーだと言ったって仕方ないじゃないか。その場でなぜ問い詰めないのか。
 「それはおかしい」
 「また、答弁は控える、ですか。いつになったら答えてくれるのですか」
 「なぜGoToトラベルは中止しないのですか。命より経済なのですか」
 「桜疑惑に関する官房長官時代の答弁は間違っていたと認めますか」
 「すべて安倍前首相のせいなのですか。官房長官に責任はないのですか」
 問うべきことはいくらでもあったはずだ。それをせずに、翌日になってから批判するのでは遅すぎる。各社ひとりだけの出席記者が、パチパチパソコンばかりでは、二の矢を射る準備などできようはずがない。いっそパソコン禁止令を出したらどうか。
 すべてが録画されているのだから、後でそれを見ながら記事を書けば何の問題もないはずだ。会見終了は午後7時前だった。翌日の朝刊の締め切りには十分に時間があったはずだ。
 ああ、ジャーナリストはどこへ行った?

 ……などと、腹立ちまぎれに、ぼくは思っていたのであった。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。