第146回:異様の人(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 「異能の人」という言い方がある。「異能」というのは「人にすぐれた才能」(広辞苑)ということで、「異能の人」といえば、「普通の人には考えも及ばないような発想をする特別な人」という意味で使われる。それにちなんだ言い方をすれば、菅義偉首相は「異様の人」だと思う。
 「異様の人」という言い方は聞いたことがないけれど、最近の菅義偉首相の動向を見ていると、とても「異様」な感じがするのだ。同じく広辞苑に「異様」とは「普通とちがっているさま」とあるが、確かに菅首相は異様である。これは褒めているわけではない。明らかに、彼は政治家としても人間としても、普通とちがっているように見えるのだ。
 

3度の食事がレストラン

 不思議な人だ。
 新聞に「首相動静」という欄がある。その日、首相がどんな人と会っていたか、どんな会議に出席していたかなどを、番記者といわれる若手記者がまとめたものだ。それをぼくは毎日見ている。
 朝早くから活動開始、すごい。けれどもそれに驚いているわけじゃない。菅首相、ほとんど毎日、朝食はホテルのレストランで摂っている。いや、朝食だけではない、昼食・夕食も連日高級レストラン通い。それが「異様」だと感じるのだ。
 いちばんのお気に入りはザ・キャピトルホテル東急の「ORIGAMI」である。その他、ホテルニューオータニやThe Okura Tokyo(旧:ホテルオークラ東京)などのレストランやラウンジなどもご愛用だ。「叙々苑」という高級焼肉レストランや中華の「星ヶ岡」などにも連日通う。別にどこで食事を摂ろうが構わないけれど、ほぼ毎日となれば気にかかる。我々庶民とはかけ離れた食生活である。
 むろん、たくさんの政治家や財界人と会っているのだから、そういう場所での食事が多くなるのは分かるが、「これほど“レストラン好き”の政治家は見たことがない」と知人のジャーナリストもやや呆れ顔だった。
 菅首相の私邸は横浜である。だから通うには無理がある。そこで現在は、赤坂の議員宿舎からの“通勤”だ。そこで毎食レストランという「異様」な食生活になっている。
 実は、このレストラン代がどこから出ているかも気にかかる。当然ながら、仕事上の食事会であれば料金は自腹じゃないだろう。まあ、あの麻生太郎氏に比べりゃたいしたことはなさそうだが、ほぼ3食の料金となれば、けっこうな額だ。それも、我々には出入りすることもめったにないような高級レストランなのだから。あの闇の中の「官房機密費」ってヤツが出どころなのだろうか? いいよなあ(ぼくはあまり羨ましくはないけれど)。
 下司の勘繰り、と言われるだろうが、この「異様」は気にかかる。

「毎日ショック」の破壊力

 ともかく、批判には絶対に耳を傾けない、というのも「異様」だ。いや、ここは「異様」を通り越して、「異常」の部類に入るかもしれない。
 妙におどおどした感じで頼りなさげだった政府の感染症対策分科会の尾身茂会長でさえ、とうとうしびれを切らしたのか「GoToトラベル」の見直しを含む対策強化を政府に提言した。
 GoToに関しては、日本医師会の中川俊男会長や東京都医師会の尾崎治夫会長なども、かなり前から強い口調で見直しを要請していた。右顧左眄が得意技のテレビのワイドショー・コメンテーターたちだって、ほとんどが「見直し論」に傾いている。
 見直す必要はないという意見は、一部の陰謀論に染まった人たちからしか聞こえてこないような昨今だ。直接の被害を受ける観光地などからも、もう推進を言っている場合ではない、と諦めに似た声が出始めていた。
 そんな状況の中で、異様なほど「見直し拒否」を貫いていたのが菅首相と、彼を取り巻く一群の人たち。まさに「普通でない人」であった。だが、さすがに自民党内からも「見直し論」が出てきた。14日夜には、ついに菅首相も「GoToトラベル全国一律停止」に踏み込んだようだ。
 菅首相、やっと「異様」から「普通」へ舵を切ったのか。
 なぜか? 理由は極めて分かり易い。「毎日ショック」である。
 報道各社は、毎月世論調査を行う。12月に入って、それが各社から発表された。菅内閣の支持率は軒並みダウンである。政治評論家(?)の中には「ご祝儀相場が落ち着いたということで、別に慌てることじゃない」(東国原英夫氏)などと言う人もいたが、それにしては下がり方が激烈だ。全社、ほぼ10%以上の下落傾向を示したのである。
 その中でも、12日に発表された毎日新聞の調査で官邸に激震が走った。なんと、支持が40%、不支持49%と、支持・不支持が完全に逆転した。しかもその差が一気に9%もついてしまったのだ。
 毎日新聞の調査では、これまでも内閣支持率が低めに出ることが多かった。だからいわゆるネット右翼界隈では「毎日調査はフェイク」という声が大きかった。しかし、この調査には「社会調査研究センター」という埼玉大学由来の調査機関が協力しており、その精度にはかなりの信頼性があるとされてきた。
 その毎日調査の結果が、官邸を震撼させた。「毎日ショック」と言われている。
 何を言われても、馬の耳に念仏、どこ吹く風を装ってきた菅首相だが、これには震え上がった。たたき上げ、などと持ち上げられて豪胆がウリだったけれど、実は単に異様なほど強情なだけだった、と周囲の評価もぐらつきだした。
 その「毎日ショック」によって、菅首相は「異様」から「普通」への方針転換を余儀なくされたのだ。まことに分かり易い凡庸な政治家だったわけだ。

経済偏重政策の破綻

 新型コロナの感染拡大が止まらない。それに対し「人々の我慢が足りない」とか「みんなの心が緩んできているからだ」などと、劣悪な政治を棚に上げて人々の努力の欠如に下駄をあずけるような議論が政府筋から聞こえていた。
 だが、菅政権がこれまで頑として「GoToトラベル」停止を拒んできたのだから、国民が「ああ、旅することを政府が推奨しているんだから、歩き回ってもかまわないんだな」「それなら盛り場で少しぐらい飲んだっていいだろう」と思うのは当然だった。つまり、感染拡大は、菅政権の施策そのものが助長した面もあるのだ。ここが菅義偉氏の「異様の人」たる由縁である。
 徹底的に新自由主義方針をとり(師匠は竹中平蔵氏らしい)、経済重視路線をひた走る。そのためには、多少の感染拡大も許容する。それが菅政権の「コロナ対策」の基本だ。それをぼくは「異様」と感じるのだ。
 世界における巨大な「異様」は、米トランプ大統領(来月で失職)であった。そのトランプ氏に尻尾を振り続けたのが安倍前首相だったが、官房長官として安倍氏を支えた菅氏も、その尻尾だけは継承したらしい。だからやはり、菅氏もまた「異様」なのだ。

政治変革の大好機

 ぼくは、菅氏は「異様」だけれど「賢明」だとは思わない。
 ニコ生に出演して薄笑いを浮かべて「ガースーです」とやることが、コロナ禍で呻吟する人々の傷口にどれだけ塩を塗り込むことになるのか、少し物の分かった人なら想像できるだろう。だが彼にはそんな想像力の欠片もない。誰かのおだてに乗って「全集中」だの「ガースーです」をやっちゃう。はっきり言えば、愚かなのだ。
 つまり、チョー阿呆なことを進言した官僚(だと思う)を側に侍らせておくことの危険を察知できない程度の能力しかないのが、菅氏の本性だと思う。

 もしかすると、こんなつまらない「ガースー」の一言が、自民党の命取りになるかもしれない。だが、そうなるには、野党の踏ん張りがもっとも大事である。それがコロナ禍の大きな課題である。
 野党統一候補を全選挙区で立ち上げ、まとまって自民党と闘う地歩を固める事。コロナ禍で、いつになく国民の政治を見る目が厳しくなっている。いまが政治の変革を実現する好機なのだ。それが、コロナ禍での唯一の救いなのではなかろうか。

 「異様の人」には、そして「異様の党」には、もう退陣を願いたい。

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。