第548回:「扶養照会」が壊す家族の絆〜最後のセーフティネットが「権利」になるために。の巻(雨宮処凛)

 「私が鬱で退職療養中に、25年間音信不通だった父の扶養照会を、数年間にわたり毎年受けました。DVや貧困など不幸なかつての家族生活を思い出し、照会があるたびに精神状態が不安定になりました。同時に親の面倒を見れない自分の経済状況に罪悪感と、恐怖と不安で落ち込みました。照会があったことは母にはもちろん話していませんし、誰にも相談できず返事もできませんでした。生活保護を受ける父も照会はつらかったと思いますし、それを知って助けられずに逃げていた私もつらかったです。将来、こんな思いをする子供が出てきてほしくないです」

 この言葉は、「つくろい東京ファンド」が募集した「扶養照会に関する体験談」に寄せられたものである。

 扶養照会とは、ある人が生活保護を申請した時に、役所からその親や子ども、兄弟に「金銭的に面倒をみられませんか?」と連絡がいくこと。貧困問題に関わって15年になるが、どんなに困窮しても「家族に連絡がいくのだけは避けたい」「今の状況を知られたくない」と、扶養照会が壁となって生活保護申請を拒む人と非常に多く会ってきた。実際、この年末年始の困窮者向け相談会でつくろい東京ファンドがとったアンケートにもそれは現れている。

 165人から回答を得たのだが、そのうち、現在生活保護を利用していない人は128人。生活保護を利用していない理由を聞いたところ、もっとも多かったのが「家族に知られるのが嫌だから」で、34.4%にも上ったのだ。20〜50代に限定すると、実に42.9%がその回答を選んだという。

 また、親族に知られることがないなら生活保護を利用したいと答えた人は、39.8%。これだけ見ても、申請への大きな壁になっていることは間違いない。いわば、扶養照会は生活保護申請をさせないための「水際作戦」の機能を果たしてしまっていると言えるのだ。

 それでは、そんな扶養照会をされて「わかりました。私が金銭的に援助します」と答える人はどれくらいいるのだろうか。2017年の厚労省調査によると、46万件の扶養照会のうち、金銭的な扶養がなされることになったのはわずか1.45%。ほとんど意味がないのである。このことに関しては、生活保護の現場で働いている人、働いていた人からも、「意味がない」という声が寄せられている(「扶養照会に関する体験談」より)。

 「扶養照会は弊害が大きいことが明らかです。『家族に面倒をかけたくない』という思いから相談に訪れた住民が、『生活保護なんてみっともないことやめて10万円送るから帰ってきなさい』と老親に言われて涙している場面に立ち会ったことがあります。制度の末端を担いながら、はたしてこれが社会保障のあるべき姿なのかと疑問に感じました」

 「面接相談で、扶養照会は住所がわからなくても、戸籍とって附票から住所探して送りますと言うと、申請を躊躇する人を何人も見ました。ケースワーカーとして扶養照会を送ると、激怒した電話をもらい二度と連絡してくるなと言われたり、長い長い手紙に相談者からどれだけ迷惑をかけられたか綴ってこられたり、反対にビリビリに破られた扶養照会用紙が返信されたりと非常にストレスでした。扶養、仕送りが実現したことは一度もありません。(中略)ストレスフルで、手間なだけの事務、なくしてほしいです」

 「私たちも必要のない業務にはうんざりです。ご家族への謂われなき軋轢、決定的に絆を断ち切るかもしれない業務は本法の目的に反しています」

 現場で働く人からの言葉通り、扶養照会は家族関係を壊すものでもある。

 家族との関係が悪いから、音信不通でまったく関わりがないから連絡しないでほしいという人がいる一方で、関係がいいからこそ心配させたくない、生活保護への偏見が強い田舎に住む老いた親を驚かせたくない、偏見ゆえに「縁を切る」と言われるのが嫌だから知られたくない、という思いはとても理解できる。しかし、残念ながらそんな声が聞き入れられることはなかなかない。よって、家族関係を壊される人まで出ている。

 「扶養照会のおかげで母と姉と連絡がとれなくなりました」

 「病気のため生活保護を受けることは知らせていたし理解もされていた。でも扶養照会の封書が行ってから交流もあり仲良かった兄弟達と気まずい関係になり疎遠になった」

 「扶養照会の書類の文面が非常に居丈高なもので、まるで親族を放置するならあなたも犯罪者だよ、とでも言いたげな書類になっています。それを断りもなく送られたものだから、80代の母は、震え上がって電話をかけてきましたし、子育て中の妹は、何でうちの給与証明まで貰ってこなきゃいけないの! と激怒」

 「親には事前に相談してあったが、妹には言っていなかったため(連絡がいくことを知らなかった)、妹が激怒し揉めて、親兄弟との縁がほとんど切れてしまった」

 扶養照会が家族の絆を断ち切ってしまったケースだが、自分の家族に置き換えても、もし役所からそのような連絡が来れば、仲が良かったとしても一気に様々な軋轢が生じるだろうことは想像に難くない。

 一方、DVや虐待があったのに連絡されてしまったという信じがたい例もある。父親によるDVで15歳の時に母とともにシェルターに逃げて父親と縁を切った女性からの声だ。

 「申請時、父親に扶養照会すると言われ、DVにより逃げているのでやめてほしいと伝えましたが、規則なので扶養照会しなければ申請は受けられないと言われ、仕方なく了承しました。福祉事務所からの扶養照会により、父親に居場所がバレてしまい家に何度も押しかけられました。こどもの出産手当一時金を父親の口座振込に変更され奪われたり、保護費を奪われたり、家の中の家電等も奪われました。今は転居し安心して暮らせていますが、あの時の恐怖は忘れられません。DV加害者への扶養照会は禁止にしてもらいたいと願います」

 女性の恐怖は想像して余りある。この福祉事務所には猛省してもらいたい。ちなみに彼女は「扶養照会しなければ申請は受けられない」と言われているが、これはまったくの間違いだ。扶養照会しなくたって申請は受理されるべきものであるし、DVや虐待がある場合、扶養照会はしないことになっている。が、これも、厳密に禁じられているわけではない。現状の通知では、DVや虐待のある場合、「直接照会することが真に適当でない場合として取り扱って差し支えない」という文面になっており、扶養照会そのものが禁じられているわけではないのだ。

 また、日本の「扶養義務」が広すぎるという問題もある。フランスやスウェーデン、イギリス、アメリカなどでは、扶養義務があるのは「夫婦」と「未成熟の子に対する父母」のみ。これが日本の場合、父母や子、祖父母、兄弟姉妹まで加えているという状態で、さすがは「自助、共助」という「家族に丸投げ」の国であると言うしかない。

 そんな扶養照会に対して、見直しを求めてネット署名が始まったのが1月16日。2月7日までに3万5806人分の書類が集まり、8日、厚労省に提出されたのである。

 この日、つくろい東京ファンドと生活保護問題対策全国会議によって出された要望書には、扶養照会について、「申請者が事前に承諾し、かつ、明らかに扶養義務の履行が期待できる場合に限る」という内容の通知を出すことが一番目に書かれていた。

 署名提出後の話し合いでは、DVがある場合の照会は、「しなくていい」ではなく明確に禁止すること、現状で扶養照会が水際作戦に使われてしまっていることについてなどが支援団体側から話された。

 ちなみに東京都の通知では、本人が固く拒んでいるときは扶養照会をしないよう書かれているという。まずはその一文が厚労省通知にもあれば現場はだいぶ変わるだろう。

 また、扶養照会については厚労省の通知で定められているだけであり、この通知さえ改正すればいい話なので、そこに「申請者が事前に承諾し、かつ、明らかに扶養義務の履行が期待できる場合に限る」と入れてしまえばいいのだから簡単な話だ。それで膨大な事務手続きはなくなり、扶養照会にかかる郵便代なども削減でき(年間46万件だとそれだけでもすごい額になる)、生活保護を利用する本人も家族も嫌な思いをしなくて済むのだからいいことずくめではないだろうか。

 国会でもこの問題が注目される今だからこそ、長らく多くの人を苦しめてきた扶養照会を見直してほしい。

 はからずも昨年末、厚労省は「生活保護の申請は国民の権利です」と、利用を促す呼びかけを始めた。

 「でもこれが解決しないと、生活保護は権利にならないんですよ」

 つくろい東京ファンドの稲葉剛さんは話し合いの場でそう口にしたが、この言葉がすべてを言い表している。

 ゆくゆくは、生活保護という名前を変えることも必要だろう。韓国はすでに20年前、生活保護から生活保障法に変わった。生活保護問題対策全国会議の小久保哲郎弁護士によると、フランスでは生活保護ではなく「積極的連帯所得」と名前だという。なんだそれ、カッコいいじゃないか。

 コロナ禍で、多くの人が仕事を失い、収入減に喘ぐ中、最後のセーフティネットの使い勝手が良くなることはみんなの安心につながるだろう。署名(「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください」)は2月下旬まで募集しているので、共感した方は、ぜひ署名してほしい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。