第3回:命を守るため、生活保護に伴う扶養照会の無効化を~制度のアップデートを求める闘い~(小林美穂子)

生活困窮した人を制度から遠ざけるもの

 風呂も冷暖房もなく、隙間風が吹きこむ室温は冬には零度にまで下がる。夏には熱中症でこれまで数人亡くなり、廃屋のようなアパートのたった一人の住人となった初老の男性は、アルバイトや日雇仕事で命をつないでいた。
 生活保護の申請に同行すると、ケースワーカーが「親族に連絡をしなくてはならない」とお決まりのセリフを言う。
 男性はうつむいて「保護をお願いしてこんなことを言うのはいけないんでしょうけど、どうか兄には知らせないでください。10年前の親の葬式の時にも口もきかなかったし、近くにも寄らなかった」
 ケースワーカーが探るように理由を聞くと、もともと囁くように喋る彼は、うなだれたまま絞り出すように「ずっといじめられてたから」とつぶやいた。
 別の、やはり初老の男性は、固く口を閉じて家族の情報を一切話さない。家族関係を問うケースワーカーに対し「自分の身に何があっても知られたくない。死んだら無縁仏になる方がいい」とそれだけ言った。

「生活保護は国民の権利」と厚労省は言ったけど……

 厚労省は昨年末に「生活保護の申請は国民の権利です。ためらわずにご相談ください」とはじめて積極的な広報をウェブサイトに載せた。
 しかし、生活困窮した人達が生活保護利用をためらう一番のハードル、それが「扶養照会(親族への連絡)」なのである。この扶養照会の見直しを求め、つくろい東京ファンドでは年末年始から生活困窮当事者にアンケートを取り、一方で地方議員や研究者たちは自治体相手に扶養照会数や実績を調査した。
 その結果、明確になったのが、生活保護申請をした人の親族に援助の可否を問う扶養照会の実績が、「悲惨」の一言に尽きるということだ。ベイツァン……中国語で「悲惨」とつぶやいてみる。そう、ベイツァン極まるその実績は、たとえば足立区で0.3%、中野区では0.1%、大田区も同様の0.1%、世田谷0.2%。春節を迎え、沈丁花も咲き始めたシーズンに凍死しそうになるこの数字を見て、皆さんはどんな思いを持たれるだろうか。
 約1,000人に1人を見つけるために費やされる労力や切手代を「必要」と思う人はどれほどいるだろうか。

「厚労省に怒られる」 板挟みになる福祉事務所

 扶養照会をされる当事者にも、照会が届く親族にも不幸をもたらすこの扶養照会は、それを遂行する福祉事務所職員にも福はもたらさない。以下は私が、心ある職員から実際に耳にした言葉だ。

 「私だって扶養照会なんて無い方がいいと思っています。援助できる家族なんてほとんどいないし、私達も相談者と信頼関係ができない。辛い思いをさせているのが分かる」
 「時代に合ってないよね。切手代も労力もバカにならないし。扶養照会を送られた親族が怒鳴り込んでくることもあるし、たまんないですよ」
 「個人的には扶養照会はない方がいいですよ。所長もそうじゃないかな」
 
 そしてみんな困ったような顔をして、「でも、厚労省に怒られるんですよ。扶養照会してないと。なんでしてないんだ!って」

 そう、扶養照会を見直してもらうためには、厚労省を動かさないといけないのだ。そのために、私たち支援団体、生活保護制度に携わる法律家、研究者、地方議員たちが持てる力の限りを尽くして今動いている。その動向を本日は紹介させてほしい。

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2021年1月16日

 年末年始の炊き出し参列者のアンケート結果をオンライン記者会見にて発表(後日、各紙に取り上げられる)。
 生活保護の利用を妨げている最大の要因が扶養照会であることが明らかになったので、運用の改善を求めるネット署名「田村憲久厚労大臣:困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」を始める(現在も継続中)。

1月22日

 国会代表質問。一昨日は立憲民主党の枝野幸男さんが「パンドラの箱が開いた」と自助の限界を訴え、同じく立民の逢坂誠二さんが扶養照会を問題にしてくれた。
 今日は共産党の小池晃さんが「つくろい東京ファンド」と明言。あんな、吹けば飛ぶような弱小団体の名前が国会で呼ばれる照れくささよ。
 アンケートに走り回ってくれた皆さん、協力してくださった当事者の皆さん、そしてあっという間に集計結果をグラフにしてくれた友よ、おかげさまでこうして総理の耳に(本人は嫌だろうけど)届きました。ありがとうございました。ここからです。頑張りましょう!

1月24日

【『生きる』を支えたい。扶養照会が摘むもの】
 知り合って4年ほどになる若者は、知り合った時から困っていた。幾度となく生活保護を勧めたが、「考えておきます」。そこで会話は終わった。
 どうしても生活保護には踏み切れず、自分には合わない仕事で消耗したり、社協の貸付を受けたりしながら生活をなんとか維持していたが、ついにその生活も限界に。
 彼を生活保護から遠ざけてきたのは、扶養照会の壁。

 「親には絶対に言えない」

 前かがみになって悲鳴のように言い放った彼を思い出す。
 信頼する区議が福祉事務所の係長や弁護士につないでくれ、私を含めた4人がタッグを組んで彼を支える網を張った。私達ができたのは具体的な選択肢やアドバイスと、受け止めるから、大丈夫だからと言い続けながら、本人の決断をじっと待つこと。
 自死を選んでしまうのではないかと、半ば覚悟をしながら祈るような気持ちで見守っていたが、彼は自分一人の力で、すごい苦労をして壁を乗り越えた。自力で這うようにして進み、今日、無事に保護申請し、その後も元気でいるとの報告をしてくれた。

 生活困窮して4年。生活保護を利用すると決めてから、発達障害や生活保護に理解のない親を説得するために障害等級を得るのに半年。
 扶養照会がなければ、こんな苦労はさせないで済むのだ。
 若い命が失われるかどうかの心配もしなくて済むのだ。
 無理をさせて、辛い思いをさせて、問題をこじらせ体調を悪くさせなくて済むのだ。
 生きることを選び、それこそ死力を尽くして現実と対峙した若者に心から敬意を表したい。そして感謝を。がんばった! 本当にすごい。えらい!

1月27日

【声なき声を集める作業にご協力ください!!!】
 なんとしてでも扶養照会をなくしたい。
 そのためには、私たちが耳にする辛い話を、厚労省や政治家の方々にも聞いてもらわなくてはならない。当事者の声はなによりも説得力があるから。パワフルだから。
 そこで、体験談を募集します。扶養照会を何らかの形で経験した方(生活保護利用者、元利用者、照会を受けた親族、福祉事務所職員)の体験談を募集いたします。ネット署名の提出に合わせて厚生労働省に声を届けます(※現在、体験談募集は終了)。

 ※その後、続々と悲痛な体験談が届く。一通一通読むだけで、トラウマを疑似体験して体調を崩しそうになる。人々にこんな思いをさせる扶養照会の存在意義は、断言するが何もない。害しかない。STOP!! 扶養照会。扶養照会、ダメ! 絶対!!
 体験談は雨宮処凛さんがまとめてくださった、こちら(「扶養照会」が壊す家族の絆〜最後のセーフティネットが「権利」になるために。の巻)からどうぞ。

2月2日

 NHKの朝のニュースで扶養照会とオンライン署名のことが取り上げられる。
 同時刻にTBSの「グッとラック!」もまた扶養照会と生活保護特集。番組出演者の望月優大さん、ロンブー淳さんが頼もしい。
 そして、コロナ前までは生活保護バッシングを煽る方が多かったテレビ局やタレントたちが、これ以上ないほどに慎重に言葉を選びながら深刻な顔で生活保護や扶養照会を語っている。その中心に我々の実施したアンケート結果がある。
 望月優大さんのコメントがいちいちポイントを突きまくり。ありがたい、ありがたい!
 これまで長い間、完全におかしなことになっていた市民感情が、コロナをきっかけに正常になろうとし始めているのだとしたら、満身創痍の体にエネルギーが湧く。
 私達が声高に叫んでいることをタレントや、まさかの立川志らくさんまでが説明してくれている。これまで一歩も進めなかった議論が一気に進んでいる様子がにわかに信じられず、「夢じゃないっすよね」と独り言。
 そう、生活保護は権利ですよ。
 この社会を、生存をかけたイス取りゲームにしてはいけない。みんなで一緒に助かりましょう。税金は特定の誰かの為にあるのではなく、誰もが使えるためにある。その為にみんな払っている。払ってない人は一人もいないのだから(消費税も税です)。
 みんなで生き延びるそのために、生きるためのハードルを下げていきましょう。議論を、始めましょう。

2月8日

【厚労省申し入れ】
 オールメガネが総力を上げて扶養照会の弊害を訴えるの巻@衆議院第一議員会館。
 厚労省の職員にオンライン署名(その時点で35,806人)と、約160人分の扶養照会体験談を届けました。体験談は全部読んで欲しい。


2月12日

 その人の会話の半分は「すみません」と「申し訳ございません」「ごめんなさい」で形成されていた。
 真面目な人ほど心が壊れやすい。壊れて動けなくなっても、誰も責めず、自分を責める。
 働こうにも体が動かず、にっちもさっちもいかなくなって、「生活保護を考えている」と親に電話をすると、自らも困窮している高齢の親に「親戚中に知られたらどうするんだ」と止められ、万策尽き果てた彼はネットカフェの壁に紐をかけた。
 あの狭いネットカフェの個室で、寒い公園のベンチで、今どれだけの人が夜中に死を考えているのだろう。あんな狭い空間で、暗くて寒い公園で。
 すべての自治体で生きる権利を支えて欲しい。制度へのハードルを、バリアフリーにしてほしい。
 福祉事務所のカウンターで堰を切ったように泣き出した彼の嗚咽が耳から離れない。
 ホテルにお送りする道すがら、元気になったらボランティアに参加させてくれ、苦しむ人たちの役に立ちたいのだと、その人は言った。

 人の「生きる」を支えるはずの生活保護制度。その制度へのハードルをもっともっと下げるために私達の闘いは続く。家族のありかたも雇用形態も経済も、昭和の時代とは様変わりした昨今、制度だけが旧態依然としているのはおかしい。アップデートを怠り続けた結果、私達は幼少期に履いていた靴を大人になってからも履かされている。時代、実情に合った制度を作るのは国の責任だ。違いますか? 現場からは以上です。

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。