第159回:東京五輪、日本国民であるということ(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 フランスのクーベルタン男爵が主導した「近代オリンピック」が始まったのが、1896年のアテネであった。それから1世紀以上の時が流れ、今回の東京オリンピックは、第32回となる。
 オリンピックの長い歴史の中で、中止されたのは夏季・冬季あわせて5回ある。それらはすべて戦争によるものだった。日本では、1940年の東京(夏季)と札幌(冬季)が中止になった。このころは、夏と冬は同じ年に行われていたので、日本は2回のオリンピック中止を経験しているわけだ。
 延期になった例はない。今回の東京が初めてのケースである。だがこれは、2021年(今年)開催されるとしての話だ。もし中止になれば、東京は2度のオリンピック中止、日本は3度目の中止という、なんとも不名誉な歴史を背負うことになる。
 いや、不名誉というよりは「汚名」のほうがぴったりする。それほど今回の「東京オリンピック」は、薄汚れたイメージにまみれている。
 すこし「東京オリンピック」の経緯をおさらいしてみよう。

1.招致

 東京開催が決まったのは、2013年9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれたIOC総会でのことである。トルコのイスタンブールと決選投票の結果、東京に決した。しかし、ここに至るまでには、そうとうの裏工作が行われていたし、凄まじいほどの疑惑に満ちたプレゼンテーションがあったのだ。
 安倍晋三首相(当時)の「(福島の)状況はコントロールされている」と発言。これが「アベのアンダーコントロール」として有名になった。現実はどうかと言えば、日本人なら誰でも知っているように、アンダーコントロールどころか「原子力緊急事態宣言」は現在も継続中なのだ。汚染水はたまり続け、放射線障害の恐れは消えていない。
 しかも、「東京は財政基盤が安定し世界で最も安全な都市であり、東京の7月8月は温暖でアスリートには最適な気候である」と、凄まじいほどのウソを並べ立てての招致活動だった。毎年のように酷暑に襲われ、熱中症での死者が続出している真夏の東京を、これほどまでに嘘で塗り固めたプレゼンを、恥知らずにも展開しての招致だった。その挙句が、あの不気味な「お・も・て・な・し」であった。
 ぼくはあれで、〈あの人〉が大嫌いになったのだ(これは個人的感想です)。なお、これにはさっそく「おもてなしで、うらばかり」という皮肉が殺到した。

2.竹田疑惑

 この招致活動を巡っては、贈賄疑惑、すなわちカネで開催を買ったのではないかという疑惑が表面化した。招致委員会理事長だったJOCの竹田恒和前会長が、国際陸連のラミン・ディアク前会長の息子の関係筋とみられるシンガポールの会社に、約2億2千万円ものカネを振り込んでいた、という疑惑である。これをフランス検察が調査、竹田氏は振り込みを認めた上で、「招致活動の正規なコンサルタント料である」として疑惑を否定。
 2019年1月、竹田氏はこの件の会見を開いたが、記者からの質問に応じず、たった7分間で会見を打ち切ってしまった。もし疚しいことがないならば、きちんと記者の質問に答えるべきだったが、逃げるように去ったのはますます疑惑を深めた。
 IOCはオリンピック招致への悪いイメージを懸念、竹田氏はついにJOC会長の座を投げ出した。要するに、東京オリンピックは、その招致段階からカネにまつわる黒い噂が絶えなかったのだ。
 なおJOC会長の後任は、柔道の山下泰裕氏に決まった。

3.膨れる予算

 当初、東京大会は五輪史上でも稀なほどの低予算小規模の大会にする、と当時の猪瀬直樹都知事は述べたし安倍首相も同じく表明した。つまり、既存の施設を最大限に利用し、半径数十キロ圏内に競技場を集約し、カネのかからない大会にすると約束したのだ。だがその後の予算の膨れっぷりは、呆れるばかり。
 電通が仕切り、カネの臭いに群がる金蠅銀蠅小蠅が大集結。当初は約7千億円と発表していた予算が、いつの間にか1兆7千億円にまで膨れ上がっている。だがこれは大会運営の直接経費のみの計算。開催に伴う道路整備等のインフラの費用は計算に入っていないのだから、結局、いくらになるのかは関係者でも分からない。
 あの築地市場から豊洲市場への移転騒動も、実はオリンピック道路整備と関連があったことは言うまでもない。

4.国立競技場

 ゴタゴタは、メインスタジアムである国立競技場建設でも噴出した。
 当初、新国立競技場のデザインは、イラク系英国人女性建築家ザハ・ハディド氏の案に決定した。しかし、この案には周辺との調和の問題や予想外に膨らんだ建築費などに批判が集まり、安倍首相が「案見直し」を発表、隈研吾氏に新案を依頼した。
 遅れた建設期間を取り戻すために厳しい労働環境が設定され、ついには自殺者が出る始末。さらには、この建築案には「聖火台」が考えられておらず、その設営についてもゴタゴタがつきまとった。

5.エンブレム

 細かいことだが、これも東京五輪に泥を塗った騒動だった。
 2015年に佐野研二郎氏が制作したエンブレムが、組織委員会から正式に認められた。だが、その直後に、ベルギーやスペインのデザイナー事務所から「酷似している」とのクレームがつき、ついに組織委員会はエンブレムを撤回。つまり、組織委員会の選定過程がデタラメだったことが暴露されたわけだ。
 2016年に、次の野老(ところ)朝雄氏の制作したエンブレム(現在使用されている市松模様のもの)がやっと決定。なんともお粗末な一幕だった。

6.会場変更

 やはりウソでは押し切れなかった。
 2019年11月、突然、マラソンと競歩の会場の変更が発表されたのだ。招致の際のプレゼンテーションでの「東京の7、8月は温暖な気候」などという、日本人なら誰でも気づく大ウソに、ついにIOCも会場変更せざるを得なくなったのだ。むろん、IOC幹部が東京の酷暑を知らなかったはずがない。東京都や日本政府、大会組織員会などの寄ってたかってのゴマカシを、ついに隠し切れなかったということだ。
 小池東京都知事やJOC関係者からは「唐突だ」という声も出たが、選手たちのコンディションを考えれば、いかにカネに目がくらんでいたIOC幹部といえども、会場は東京から移すしかなかった。
 塗り固めていたはずのウソの壁が、ボロボロと剥げ落ち始めた。

7.大会延期

 新型コロナウイルスの蔓延が、パンデミックの様相を呈し始めた2020年3月、ついに東京オリンピックの1年延期が正式に決定された。
 コロナ対策を満足に打ち出せなかった当時の内閣は、安倍晋三首相のスキャンダルや体調不良に追われて右往左往するばかり。各国のオリンピック委員会にまともな対策を示すことができず、IOCもそれを危惧。ついに大会延期を表明するしかなかったのだ。
 オリンピック開催によって人気を高め、それをテコに総選挙に打って出ようとしていた安倍自民党にとって、この延期は大きな痛手だった。オリンピックの政治利用に水が差された格好になったからだ。安倍晋三首相は、それもあって首相辞任に踏み切ったとも言われている。
 中止にせよ延期にせよ、「東京オリンピック」は「呪われたオリンピック」という不名誉な称号をいただくことになる。

8.世論

 2020年の延期発表以来、毎月のマスメディアによる世論調査は、オリンピック開催については、常に「中止」と「再延期」が、「開催すべき」を圧倒していた。現在に至っても、中止と再延期をあわせれば、実に55~60%を占める。これは、どの社の調査でも同じような結果である。
 更に、海外5カ国(米・中・仏・タイ・韓)での調査でも、「中止か延期」が7割を超えていた、との調査もあった。
 「延期で増加した分の費用をコロナ対策に回すべきだ」というのが、普通の市民の感覚である。だがもはや打つ手を失った菅政権は、あくまで開催に固執する。最終的には「無観客開催」も視野に入れ、2021年3月20日の5者協議(IOC、国際パラリンピック委員会、日本政府、大会組織委員会、東京都)で、渋々ながら外国人観客の訪日は認めないとの方針を決めた。
 国民の命よりも経済効果を優先したい菅政権も、ついに追い込まれたのだ。経済効果を期待してのインバウンドも諦めざるを得なかった。

9.旧体制

 それにしても、日本の組織体制の頑迷固陋ぶりが、これだけ明らかになった事態もまれだろう。これまで隠していたつもりの女性蔑視の古い体質が、後から後から飛び出てくる。それに付随して、政治でスポーツを食い潰す老醜どもの存在が明らかになった。
 発端は、森喜朗前組織委員会会長の発言であった。もうアホらしくてここに書く気にもならないが、例の「女性の話が長い」などという一連の妄言である。
 批判されても、自分の発言のどこが悪いのかさっぱり理解できない人物が、なぜこれほどまでに大きな権力を握っていたのか。問題になって会長を辞するに至っても、影響力を残そうとして、川淵三郎氏を指名。それを川淵氏が慎みもなくしゃべってしまうというお粗末までついていたのだから、もはや言葉を失う。
 組織委会長の後任に、嫌がる橋本聖子前五輪担当相を強引に押し付け、丸川珠代氏を五輪担当相に据えるという、一見、女性優遇の布陣をしたように見えるが、丸川珠代氏の選択的夫婦別姓反対の態度を見ると、とても女性優遇には見えない。

10.文春砲

 すでにグチャグチャになってしまった東京五輪の止めの一発になりそうなのが「文春砲」だ。五輪開閉会式が実行不能になりそうなキツイ砲撃だった。
 五輪式典統括という、開会式や閉会式の台本を準備する責任者だった佐々木宏氏(電通出身)が、開会式に出演予定だったタレントの渡辺直美さんをブタに扮装させるというとんでもないプランを提唱していたということをすっぱ抜かれ、即日辞任を表明。もう、開会式も閉会式も、何の準備もできないという事態になった。
 だが、実は週刊文春の記事は、佐々木氏のとんでもプランよりは、開閉会式の演出陣を巡る内部の不協和音、混迷ぶりに力点があったのだ。当初は「演出8人体制」ということでスタートしたのだが、責任者だった狂言師の野村萬斎氏が辞任、振付師のMIKIKO氏のプランもまた遠ざけられ、組織委は2020年12月に突然、「8人体制」を解散し、最終的には佐々木氏の独断体制になったという。
 もうメチャクチャである。もし五輪開催が強行されたとして、残された時間はわずか3カ月しかない。そんな中で、どんな式典が繰り広げられるのか。組織委は頭を抱えるのだが、「身から出た錆」というしかあるまい。
 蛇足だが、あの不気味なリオ・オリンピック閉会式の「安倍マリオ」の演出は、実はこの佐々木氏が仕掛けたものだったという。権力との距離、妙に納得してしまう。
 オマケがある。
 その文春砲に脅えて、橋本聖子組織委会長は「文春報道は、開会式のプランの秘密を公開することによって大会の運営業務を妨害した。よって、当該週刊誌を直ちに回収し販売中止を求める」と文藝春秋社側に要求した。むろん、「表現の自由」をまるで理解していない組織委の抗議には呆れるしかない。

11.ボランティア

 続々とボランティアの辞退が続いている。世論の反発がこれほど強いオリンピックである以上、ボランティアたちも平静ではいられない。ボランティアの中にも「コロナ禍でのボランティア活動は大丈夫なのか」という不安が広がっている。それに対し、組織委からきちんとした説明がないことに憤っている人たちが多いのだという。
 だが組織委は、いったい何名のボランティア辞退者がいるのかを、まるで公表しようとしない。メディアからの問い合わせにも頑として応じない。都合の悪いことは隠す、という当初からの組織委の体質は、ここまで追いつめられても一向に変わらないのだ。
 さらに、組織委と五輪担当相は、開催に際して新たに「1万人規模」の医療従事者のボランティアを募る、という方針だと言うが、「このコロナ禍でそんな余裕がどこにあるのか、ふざけるな!」と猛反発を食らっている。
 無報酬ボランティアについてはこんな状況なのに、会場運営を担う民間企業への委託費の見積額について、毎日新聞(4月1日付)に驚くべきスクープ記事が載っていた。委託費の人件費単価の最高額が1人30万円だというのだ。1カ月ではない、1日だ。事実だとすれば、なんと月900万円(20日勤務としても600万円)となる。低いランクでも1日9万円。これでも月270万円(同180万円)。ふざけるな! の2乗、怒りが収まらない。
 カネにまみれ、好き勝手に我らの税金を貪り食う「東京オリンピック」の一端が垣間見えたスクープだ。
 その面から見ても「東京オリンピック開催」を許してはならないと、ぼくは思う。

12.聖火リレー

 それでも「聖火リレー」は強行突破だ。3月25日から、まるで何事もなかったかのように、史上もっともアホらしい行事が始まったのだ。
 スタートは、福島の「Jヴィレッジ」だった。ここはあの福島原発事故の際に、事故対応の拠点となった場所だ。しかも、2月13日の震度6弱の大地震により、1号機のデブリ(溶け落ちた核燃料)の冷却水の水位が降下中という非常時の最中に、リレーはスタートしたのだ。「復興五輪」といういかがわしいキャッチフレーズのために、何があっても福島出発を演出しなければならなかったのだ。
 何から何まで政治に利用されたオリンピックという象徴である。
 このときにツイッターで炎上したのが「スポンサー企業の宣伝車」である。どぎつい真っ赤な巨大チンドンカーが、大音量で騒音をまき散らし、頑張りましょうだの全力で応援しましょうだのと喚きたてながら、リレー走者を先導する。ところが先導どころか、走者は車の陰で見えやしない。しかも、おそろいの企業ジャージを着た人たちが周りを取り囲む。聖火リレーではない、完全な企業PRのお祭り騒ぎだった。
 これにもむろん、批判が殺到。するとしばらくして、テレビからも新聞からも、この企業宣伝車がぱったりと姿を消した。理由はもう、書かなくても分かるでしょう。

13.マスメディア

 東京オリンピックを巡っては、他にもいーっぱいおかしなことがあるけれど、もう書くのに疲れた。それでも最後に一つだけ、触れておかなければならないことがある。それは、日本のマスメディアの姿勢である。
 マスメディアの多くが「東京五輪協賛企業」になっているから批判しにくいのは分かる。しかし、例えば外国報道として五輪批判記事を伝える。「○○タイムスが、東京五輪を中止すべきとの論陣を張った」などと書く。奥歯にものが挟まった記事というしかない。ではその論調に対してそれを伝えた新聞社はどう考えるのか、それを書かなければ意味がない。分かっているのだろうけれど、上には逆らえないのだろう。
 しかし、ここまで来たら、「わが社は残念ながら協賛を降りることにしました」と名乗りをあげるメディアがひとつくらい出てきてもいいと、ぼくは思うのだ。そのほうが、大きな喝采を浴びることになるはずだ。それくらいの度胸の据わったメディア企業経営者はいないのだろうけれど。
 さて、忖度組織の一番手に挙げられるのは、やはりNHKなのであった。
 NHKは「聖火リレーライブストリーミング特設サイト」なるものを開設、聖火リレーのすべてを中継するのだという。この中継自体、なんとも畏れ入った放送だけれど、4月1日のこと、長野市内の聖火リレーに対し、沿道から「オリンピック反対!」「オリンピックはいらなーい!」などの声が上がった際に、NHKはとんでもないことをしでかした。なんと、その声が中継に入った瞬間、ぷつんっと音声が途切れて、約30秒間、無音のまま中継は続いたのだ。
 別に深く考えなくとも、それは「オリンピック反対」の声を自局のラインに載せたくないからでしかない。つまり、NHKは異論を許さない組織になってしまったということだ。市民がいかに反対だろうと、世論がいかに批判的だろうと、それが政府がやることに対しての異論であれば、一切放送しない。そういうことだ。

 この国の政治のありようをこれほどリアルに映し出したこと、腐りきった傷口から漏れ出る腐臭をこれほどはっきりと示してくれた「東京オリンピック」に、ぼくらはむしろ感謝しなければならないのかもしれない。
 日本という国の国民であるという身の程を、嫌というほど知らされたのだから。

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。