第99回:良い、悪い、の問題ではない問題(想田和弘)

 コラムニストで車椅子ユーザーの伊是名夏子さんのブログ「JRで車いすは乗車拒否されました」が、ネット上で批判にさらされている。

 伊是名さんのツイッターには、「事前に連絡すべきだった」「駅員さんに対する感謝の言葉がない」「駅員さんがかわいそう」「車椅子利用者の印象が悪化する」などと伊是名さんを非難する無数のコメントが寄せられていて、読むだけで心が痛む。

 そもそもこの問題は、伊是名さんが良いとか悪いとか、駅員さんが良いとか悪いとか、裁判官のごとく正否を判定すべき問題としてとらえるべきではない。

 伊是名さんのブログを読むまでもなく、車椅子ユーザーが移動する際には、様々な障壁が存在するのは事実である。それをどうしたら可能な限り取り除くことができて、誰もが生活しやすい社会を作れるのか。そのことを一緒に考えましょうよ、という視点が何よりも重要だと思うのだ。

 僕は障害があっても自由に堂々と移動・生活できる社会に暮らしたいと願っている。僕の友人や親戚には障害のある人がいるし、僕自身、いつ病気や事故で障害を抱えることになるかわからない。というより、僕も含めて人間は誰でも老いていくし、老いれば必ず歩けなかったり、息ができなかったり、自分で入浴や排泄ができなかったり、といった障害を抱えながら死んでいく。誰しも最期は「障害者」なのだ。

 つまり伊是名さんが経験する困難は、他人事ではまったくない。社会がこのままだと、いつか僕自身が困るのだ。そういう視点からすると、伊是名さんの経験や声は実に貴重なものに思える。日本社会は、彼女の声をバリアフリー化を進めるための参考にすべきであろう。

 正否を判定すべき問題ではないといえば、今月21日に東京地裁で判決が出される予定の「夫婦別姓確認訴訟」も同様だ。

 この裁判では、僕と妻の柏木規与子が原告になっている。裁判の趣旨や経緯は以前本欄で書いたので繰り返さないが、要は僕と柏木は別姓の夫婦として戸籍を作りたいのに、日本の役所では氏を統一しないと戸籍を作ってもらえない。それで僕らは夫婦として不安定な法的地位と様々な不便を強いられている。

 平たく言えば、自分たちの結婚の形が「標準設定」からはみ出してしまって、困っているのだ。これは「良い、悪い」の問題ではない。「困っているから標準設定に『別姓』という選択肢を追加して欲しい」という話だ。しかも困っているのは僕らだけではなく、夫婦別姓を望む無数のカップルが同様に困っているのである。それに選択肢を増やしても、誰にも迷惑はかからないし、誰の権利も侵害しない。

 先日札幌地裁で「同性同士の結婚を認めないのは違憲」とする判決が出た同性婚もまったく同様だ。

 この件も「同性婚は良いか、悪いか」の問題としてみるべきではない。

 人間には右利きの人もいれば、左利きの人もいる。同じように、異性愛の人もいれば、同性愛の人もいる。どちらが良いとか、悪いとかいう問題ではないのだ。

 しかし現在の制度では同性同士のカップルは結婚できない。だから困っている人がたくさんいる。ならば制度を改善しましょうよ、という話なのである。これも改善しても誰にも迷惑はかからないし、誰の権利も侵害しない。

 僕は人間とは、基本的には困っている人がいたら助けたくなる生き物だと思っている。人間にはそういう性質がある。それはどんどん活性化させていきたい。活性化すれば、社会は誰にとっても住みやすいものになっていくだろう。

 同時に人間には、どういうわけか、裁判官になりたがる性質もある。そしてこの性質が活性化し出すと、誰もが互いに裁き裁かれる間柄となり、息苦しくなっていく。こちらの性質は、なるべく不活性化を願いたいものだ。なぜなら裁判官は、それを職業とする人たちだけで十分だからである。
  
 

想田監督の全作品が上映されます!

4月28日(水)から5月7日(金)まで、東京・豊島区のシネマハウス大塚にて、『精神0』DVD発売を記念して想田さんの全監督作品を上映する〈日常を「観察」する 映画作家・想田和弘の仕事2007-2020〉が開催されます。想田さんによるレクチャーもあり。詳しくはこちらから。

※「まん延防止等重点措置」により、一部スケジュールが当初の予定から変更になっています。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。93年からニューヨーク在住。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。監督作品に『選挙』『精神』『Peace』『演劇1』『演劇2』『選挙2』『牡蠣工場』『港町』『ザ・ビッグハウス』などがあり、海外映画祭などで受賞多数。最新作『精神0』はベルリン国際映画祭でエキュメニカル賞受賞。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』『観察する男』『熱狂なきファシズム』など多数。