第162回:「接種券」は来たけれど……(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 先週の金曜日(23日)、市の「福祉保健部健康推進課」から封書が2通、我が家に届いた。ぼくとカミさん宛ての2通である。
 表には「新型コロナワクチン接種券 在中」、そして「大切なお知らせです。必ずお読みください。」と印刷してある。でも、接種券にしてはやけに分厚い。開けてみると書類がごっそり入っていた。接種券ってカードの類だろう、なんでこんなに書類が必要なんだろう? 確かめてみた。
 まず、「接種券」。これがシール付きでA4のごつい代物。まあ、それは大事なものだからいい。「接種券はシール台紙からはがさず、そのまま接種会場へお持ちください」とあって、親切なことだ。しかし、その最後に妙な但し書きが記されていた。

〈本券がお手元に届いたとしても、接種が開始されない場合がありますので、ご自身の接種時期については、市ホームページをご確認ください。〉

 どうも、このあたりから首をひねってしまう。最初から言い訳か。要するに、接種開始はいつになるか分かりませんよ、と最初から逃げ腰なのだ。しかも、市のホームページで確認せよ、と言っている。では、パソコンなどを使わない(使えない)人たちはどうすればいいのか。

 書類は他に4通。

① 新型コロナワクチン接種のお知らせ
 接種費用無料 全額公費 との但し書きがあって、ワクチン接種までの流れ、というのを延々と説明してくれている。その上で、「コロナワクチンコールセンター」の電話番号が書かれていた。
 ぼくはさっそく電話してみた。あれっ、意外に簡単につながった。でも、それは接種会場となる市民センターや病院の案内をしてくれただけで、実際は何の役にも立たなかった。だってそれは、説明書に書かれてあるのだから。
 結局は、自分で会場へ電話するしかない。で、そちらに電話すると、受付は自動でどうにもらちが明かない。
 分かったことは、受付はまだ始まっておらず、28日以降にまた電話してくれ、ということだった。ふ~ん……。

② 市の新型コロナワクチン接種について
 これはまた懇切丁寧な「当日のワクチン接種の流れ」の説明である。検温、服装、交通機関、当日の持ち物……。で、困ったときは「コールセンターへお問い合わせください」として、センターの電話番号が記されているが、何のことはない、①の番号の繰り返しだった。ここでも、いつ接種できるかは「今後の追加情報について」という但し書きで、市のホームページで確認を、という
 だから、①と②は、ほとんど内容が重複している。なんでそういうことになっているのか。邪推すれば、市民からのクレームを防ぐためなのだろう。そして、政府のワクチン行政への不満が垣間見える。
 「我々はこれだけ懸命にやっています。ワクチン接種が順調にいかないのは、ワクチンの到着がいつになるか分からないからです。その時期は政府の決定に従うしかないのです。市の責任ではありません」。
 それが市役所の担当課の本音なのだろう。

③ 新型コロナワクチン予防接種についての説明書(ファイザー社製)
 ここには、ワクチンの説明や投与方法などが書かれていた。それに「予防接種を受けることができない人」「予防接種を受けるに当たり注意が必要な人」などの説明が記されている。至れり尽くせりだ。
 面白いのは、この書類の末尾に「新型コロナワクチンの詳しい情報については、厚生労働省のホームページをご覧ください」と、下駄を厚労省へ預けていることだ。「責任はアッチですよ」と言いたげである。ところが厚労省もさるもの、その但し書きに「ホームページをご覧になれない場合は、お住まいの市町村等にご相談ください」とある。厚労省は自治体にボールを投げ返している。いやはや。

④ 新型コロナワクチン接種の予診票
 これが最後の書類。3枚つづりのコピー付きで、びっしりと質問が連ねられている。これも、そうとうなもの。すべてに回答するには、けっこうな時間がかかりそうだ。しかしそうしておかなければ、副反応等が起きた場合の責任問題になる。それを恐れての「問診票」なんだと分かる。
 市役所の担当課の懸命さが伝わってくる。けれど結局、いつになったら、ワクチンの番がぼくに回って来るかはまったく分からない。

 以上が、ぼくが受け取った「新型コロナワクチン接種券」の内容である。ほんとうに、自治体職員の苦労がしのばれる書類の数々であった。なぜ、彼らがこんな苦労をしなければならないのか。答えは簡単である。政府がメチャクチャだからだ。

※この原稿を書いたあと、28日(本日)から予約受付というので、さっそく朝一番で電話してみたのですが、まったく通じません。ネット予約も試みましたが、これは「予約受付は終了しました」だそうです。ひどいもんです。

いつになったら……

 菅首相は国会で、野党から何度も「ファイザー社と具体的にどんな約束ができたのか」と問われた。しかし、菅首相の答弁は「詳細は差し控える」の一点張りで、同じ答えを少なくとも5回は繰り返した。その上で、接種完了時期を問われても「それは実務を担う各自治体の計画による」と、丸投げの姿勢に終始した。
 これでは、各自治体が具体的な予定を住民に通知することなど不可能だ。だからあんな、奥歯にものが挟まったような、しかし異様に細かい指示の書類を作らなければならなくなったのだ。
 むろん、これはぼくの住んでいる市だけではない。近隣の自治体の様子を調べてみても、ほとんど同様なパンフレットが配られていることが分かった。国から、書類作成のひな型が示されていて、それに従ったということだ。
 国はいまだに、具体的な時期も数量も通知していない。「高齢者から優先的に接種開始」などとマスメディアは、今にも大々的な接種が始まるような報道ぶりだが、それは報道している記者たちだって信じちゃいまい。
 ぼくの住んでいる市は、人口約26万人。65歳以上の高齢者は約6万人ほどだという。そこへいったい何人分のワクチンがいつ届くのか。
 電話でもネットでも予約できないとなれば、高齢者はとりあえず、市役所へ直接出向くしかない。市役所の窓口が大混乱するのは自明だ。そんな様子だけは、テレビニュースも面白おかしく伝える。まるで「パソコンを使えない高齢者」を揶揄するような場面が流れる。いい加減にしてほしい。
 高齢者が情報弱者なのではない。情報を出さない政府が悪いのだ。というより、情報をつかんでいないのに、口先だけで「6月には」「7月いっぱいを目途に」「秋口を予定している」「もしかしたら来年になるかも」などと、その場しのぎを続ける菅首相とその取り巻き連中が最悪なのだ。
 高齢者のワクチン接種がこんな有り様なのだから、一般の人たちの接種なんていつになるか分からない。それまで、外へ出るな、遊びに行くな、酒場はご法度、旅なんかとんでもない、学校も仕事もリモートで、などとプレッシャー。従わない人や店には「見回り隊」とかいう気味の悪いシステムが作動する。

看護師500名派遣要請

 そこへ来て、東京五輪組織委員会の、あっと驚く要請が明るみに出た。大会開催中に1日あたり看護師500人の派遣を「看護師協会」に要請していたというのだ。医師については、別個に調整中だという。
 開いた口が塞がらない。大阪ではほとんど医療崩壊の危機だし、その恐れは東京にも着々と迫っている。それを横目に見ながら、橋本聖子組織委員長と武藤敏郎事務局らは平気でそんな要請をする。むろん、菅首相の「コロナに打ち勝った証としての五輪」「世界の団結の象徴としての五輪」の意に沿うための看護師要請だろうが、もはや「人命よりもオリンピックが大事」なのだ。
 しかも、それに輪をかけたのが丸川珠代五輪担当相。27日の記者会見で、次のように都の姿勢を批判した。
 「東京都が大会主催者としての責任、医療の現場を預かるものとしての責任をどう果たすのか、明確な方向性を示していただきたい」。要約すれば、都はオリンピックに医療の側から協力せよ、ということだ。コイツも菅さまのご意向に沿いたくて頭に血が上っている。
 菅政権は、近づく総選挙へ向けて、是が非でも「東京オリンピック」を成功させて政権支持率回復をめざそうと必死なのだ。
 オリンピックは中止して、その分の人的資源も大会費用もコロナ対策に回すのが、政治家として当然のやるべきことだろう。ほとんどの国民はそう思っていると、ぼくは確信する。それなのにオリンピックに狂奔するこの政権は、残忍で冷酷だ!

 「国民の命より政権の延命」という菅政権の恐るべき本性が、いよいよ露わになってきた。一日でも早くこの政権を終わらせなければ、この国の民の命が危ない。
 ぼくは心底そう思うのだ。

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。