第100回:「夫婦別姓確認訴訟」判決 僕らが控訴しなかった理由と「今後」(想田和弘)

 4月21日、僕と柏木規与子が原告である「夫婦別姓確認訴訟」の判決が、東京地裁で出された。

 判決文で裁判所は、僕と柏木が別姓のままニューヨーク市で行なった婚姻が、日本国内でも「成立していると解するほかない」と断じた。僕らの別姓結婚が「事実婚」ではなく「法律婚」であることを、裁判所として初めて認めたのである。

 裁判所の判断は、日本の通則法第24条の規定「婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による」に基づいたものだ。そういう意味では法律の条文に沿っただけの当然の判断ではあるが、実際にはかなりの意義があるものだと思う。

 というのも、裁判で国側は、「姓を統一する意思がない想田と柏木の婚姻は成立していない」と主張していたのだ。しかしその無理のある主張は、今回の判決で明確に否定された。

 もちろん、裁判所は原告の請求自体は退けたので、形式的には敗訴である。

 しかし、今度の訴訟の最大の目的は、僕と柏木が日本でも夫婦であることを確認してもらうことであった。その最も大事なポイントが認められたため、原告としては実質的な勝訴であると受け止めた。したがって弁護団と協議の上、控訴しないことを選んだ。

 国側は形式的には勝訴しているので、控訴することができない。そのため、今回の判決が確定した。

 それにより、いくつかの重要なポイントが明確になった。

 まず、海外で現地の法律に則って結婚すれば、日本の役所等へ届け出をしていなくても、それは日本国内でも有効である、ということである。加えて、姓の統一をすることは、日本で婚姻が成立するための条件ではないということも、明確になった。

 これらが確定したことは、選択的夫婦別姓制度を目指す運動にとって、かなり大きいことなのではないだろうか。

 また、同性婚の法制化を求める運動にとっても、大きな意味を持ちうるのではないか。なぜなら理屈の上では、同性同士の結婚が可能な国で結婚すれば、その婚姻は別姓夫婦同様、日本国内でも成立するはずだからだ。

 そして、戸籍制度に重大な不備があることも、改めて明らかになった。

 なにしろ僕らは法律上の夫婦であるにもかかわらず、現時点では夫婦として戸籍を新設することができない。したがって戸籍制度が僕らの婚姻の事実を把握できない状態なのだ。これは法の下の平等に反するだけでなく、制度としても機能不全を起こしかねない。 

 たとえば、もし仮に僕が柏木以外の女性と婚姻届を出したとする。僕の戸籍には柏木との婚姻の事実が記されていないので、役所は届け出を受理してしまうだろう。つまり重婚が見抜けないのである。

 さて、こうしたことが明らかになった今、次の一手をどうするか。

 今回の判決で裁判所は、婚姻の事実の戸籍への記載を求めるのなら、家庭裁判所に不服申し立てをすべきだと述べていた。そしてそれを僕らの請求を退ける理由として挙げていた。

 その言い分にはもちろん不満がある。しかし、裁判所が不服申し立てをしろというのなら、やってやろうじゃないかという気持ちは、当然ある。実際、今回の東京地裁の判断は、家裁へ不服申し立てをする上で有利に働く可能性も高いと思っている。そして、もし家裁が戸籍への記載を認めれば、「海外で別姓婚→日本の戸籍に記載」という別姓婚のルートが、具体的な「裏技」として確立されるだろう。

 だが、「海外に行けば別姓婚できる」という裏技の成立は、一歩前進ではあるものの、どう考えても公平とはいえない。誰もが結婚のために海外へ行けるわけではないからである。

 やはり求められるのは、あくまでも選択的夫婦別姓制度の法制化である。本人同士がそう望むなら、誰もが別姓のまま国内でも婚姻できるよう、法改正をすべきなのだ。

 国会議員の皆さんには、今回の判決を、そのための重要な根拠として活用していただきたい。先述したように、戸籍制度に明らかな不備がある以上、国会にはそれを是正する責務があるはずだ。

 いずれにせよ、今回の判決はゴールではなく、ゴールへたどり着くための重要な一歩であると考えている。

 まだまだ道のりは長そうだが、選択的夫婦別姓制度の法制化を目指して、粘り強く活動を続けていきたい。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。93年からニューヨーク在住。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。監督作品に『選挙』『精神』『Peace』『演劇1』『演劇2』『選挙2』『牡蠣工場』『港町』『ザ・ビッグハウス』などがあり、海外映画祭などで受賞多数。最新作『精神0』はベルリン国際映画祭でエキュメニカル賞受賞。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』『観察する男』『熱狂なきファシズム』など多数。