参議院憲法審査会はきょう(5月19日)から、国民投票法改正案(第2次)の審査を開始します。
今回の改正案は、2016年公職選挙法改正で実現した、有権者にとっての投票環境の向上等を図る7つの施策(①選挙人名簿の閲覧制度への一本化、②出国時申請制度の創設、③共通投票所制度の創設、④期日前投票の事由追加・弾力化、⑤洋上投票の対象拡大、⑥繰延投票の期日の告示期限見直し、⑦投票所へ入場可能な子どもの対象拡大)を国民投票制度にも補う内容です。2018年6月27日、自民、公明、維新、希望の4会派が共同して衆議院に提出し、現在開会中の第204回国会まで会期を8回も跨いだうえ、ことし5月6日に衆議院憲法審査会で「修正議決」、同11日に衆議院本会議で議了処理が行われ(自民、公明、立憲、維新、国民などが賛成)、参議院に送られました。
法案提出から議了処理まで約3年(1,049日)を要したこともあってか、多くのメディアは内容云々よりも、「長年の懸案が一つ片付いた」という論調で、重く受け止めている様子は窺えません。改正案の会期内成立の確実性を報じる一方、「今後の憲法改正論議はどうなるのか」と毎度お決まりのパターンに従って、焦点を一気に縮めようとするものがほとんどです。
また、先日までは「#国民投票法改正案の廃案を求めます」とのタグ付き投稿が賑わっていたようですが、衆議院の議了処理の後はすっかり煙散霧消です。社会的にはすでに、別の話題に関心が移ってしまっているのでしょうか。
参議院憲法審査会に何を期待したらいいのか。私は、立憲が4月28日、自民に提示し、5月6日に提出した修正案(附則4条の追加)の問題点を集中的に議論すべきだと考えます。内容、手続の両面で問題が多く、「成立ありき」のものとして看過することはできません。
〈問題点1〉附則4条1号の内容を検討し、法改正を行うのに「3年」も要しない
附則4条は「国は、この法律の施行後3年を目途に、次に掲げる事項について検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする」と前置きした後、1号で「投票人の投票に係る環境を整備するための次に掲げる事項その他必要な事項」として、(イ)天災等の場合において迅速かつ安全な国民投票の開票を行うための開票立会人の選任に係る規定の整備、(ロ)投票立会人の選任の要件の緩和、の2つを挙げています。いずれも、2019年公職選挙法改正を以て選挙実務では実現している項目ですが、2018年6月に提出された国民投票改正案の審議が著しく遅延してしまったため、国民投票制度ではその内容に対応できず、結果として取り溢しているものです。
(イ)は、2018年10月の衆議院議員総選挙の際、台風が接近し、悪天候により離島から投票箱を運べなかった各地の事例を踏まえ、安全・迅速に開票作業を行う観点から、開票⽇に近接して現地で開票所を設ける場合を想定し、開票立会人の選任に関する規定を整備する内容です。公職選挙法62条に倣い、国民投票法76条が改正対象となります。
(ロ)は、投票所を円滑に設置し、運営するため、投票⽴会⼈の選任要件を緩和する内容です。公職選挙法38条に倣い、国民投票法49条が改正対象となります。
これら(イ)(ロ)に関する国民投票法改正は、2019年公職選挙法改正と同じく形式的なもので、大したヴォリュームではありません。3日もあれば法案を提出する会派の了承がすべて整い、3週間もあれば衆参両院で議了し、成立させられるでしょう。残り1カ月間の会期を使って、いわゆる「追っかけ改正」(先行している改正案に続いて、追加の改正案を成立させる)を行えば済む話です。目途とはいえ、3年という長いスパンで論じるようなテーマでは決してありません。「立法裁量広し」といえども、あまりにも不合理な期間設定です。
〈問題点2〉今後の公職選挙法改正により、規定内容が陳腐化してしまう
今後、公職選挙法の改正は、不断に行われることに変わりありません。とくに、投票環境、投開票実務の向上(改善)といった、選挙と国民投票に共通する施策に関しては、公職選挙法の改正が行われれば、国民投票法も当然、遅延なく「並びの改正」を行う必要が生じます。例えば、かつて改正項目として検討されたものの、最終的に見送られた「郵便投票の拡大」(対象となる在宅投票人の要介護度を下げる)のほか、期日前投票事由に「コロナ感染懸念」を追加することなどが挙げられます。早晩、これらに関して法整備が進むのは容易に想像できます。
すなわち、附則4条1号のように、特定の項目を規定し、明文で課題設定すること自体(しかもそれは、国会が国会に対して法整備を命ずるもの)、法的には意味がない行為であると言わざるを得ません。
〈問題点3〉検討条項の存在そのものが、法体系を不安定にする
国民投票法には現在、前回の第1次改正(2014年)で「速やかに検討する」こととされた2つの課題が、附則の検討条項として残っています。
*2014年改正法 (2014年6月20日公布・施行)
(公務員の組織的運動等に対する規制の検討)
附則4項 国は、この法律の施行後速やかに、公務員の政治的中立性及び公務の公正性を確保する等の観点から、国民投票運動に関し、組織により行われる勧誘運動、署名運動及び示威運動の公務員による企画、主宰及び指導並びにこれらに類する行為に対する規制の在り方について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。
(憲法改正問題に関する予備的国民投票制度の検討)
附則5項 国は、この法律の施行後速やかに、憲法改正を要する問題及び憲法改正の対象となり得る問題についての国民投票制度に関し、その意義及び必要性について、日本国憲法の採用する間接民主制との整合性の確保その他の観点から更に検討を加え、必要な措置を講ずるものとする。
附則4項(公務員の組織的運動等に対する規制の検討)、附則5項(憲法改正問題に関する予備的国民投票制度の検討)は、衆参の憲法審査会において、この7年間、一度も検討されたことがありません。今回、附則4条が追加されたことにより、検討条項が2つから3つに増えてしまいました。課題を減らす政治的努力がなく、単純に増やしてしまっては、法体系を不安定にします。私は嫌いな表現で、決して使うことはありませんが、「欠陥法」との指摘、批判を誘うことになるでしょう。
さらに、過去の話ではありますが、附則の検討条項に起因する立法不作為が原因で、国民投票法が不完全な施行状態に陥ったことがあります(2010年5月~2014年6月)。
2007年5月に制定された国民投票法の附則3条(現在は削除)は、全面施行される3年後の2010年5月に、国民投票権年齢を「18歳以上」とすることを目指し、選挙権年齢を20歳以上から18歳以上へ、成年を20歳から18歳へと引き下げ、さらに関係する法定年齢を18歳へと揃えるための法整備を検討し、必要な法改正(公職選挙法、民法などの改正)をその3年間に行うこととしていました。元々、日本の法定年齢は「20歳基準」が多い中、国民投票権年齢だけ先に18歳以上とする案もありましたが、それでは年齢制度上の矛盾が露呈してしまうので(乗用車に喩えれば、一本だけ違うサイズのタイヤを履かせるとまっすぐ走らなくなるので、交換する場合は四本を一斉に行う)、法定年齢見直しのために「3年」という期限付きの検討条項が置かれたのです。
しかし、2010年5月までの3年間に、公職選挙法、民法などの改正は行われず、結論として、国民投票権年齢が18歳以上なのか、20歳以上なのか確定しない状態に陥ったことがあります(当然、国民投票を執行することはできません)。この年齢不確定問題に対応するために行われたのが2014年6月の第1次改正でしたが(その後4年間を20歳以上、5年目から18歳以上とする内容)、結局、不完全施行状態は4年1カ月間続きました。国民投票法附則における検討条項といえば、私は「陰惨な過去」しか浮かびません。
〈問題点4〉共同発議によらない修正であり、解釈に齟齬を生んでいる
法案修正といえば通常、修正のための協議を対面で行って、法文解釈で齟齬(見解の食い違い)が生じないよう、合意点を確認した上で、共同して修正案を(動議)提出します。しかし今回のように、与党プラスアルファで提出されている法案の修正を、野党一会派(立憲)が単独で提出し、与党側が「丸ごと呑み込む」というのは異例のことです。
「3年」の意義、根拠に関係し、憲法審査会の今後の運営のあり方について、自民、立憲の間で認識の違いが、すでに露呈しています。自民は「3年間、附則4条の検討が進まないうちでも憲法改正に向けた具体的議論を進めることは可能だ」としていますが、立憲は「附則4条の検討が優先するとし、法改正が終わらない間は、憲法改正に向けた具体的議論を行うことはできない」という見解を明らかにしています。ともに、衆議院では修正議決に賛成していますが、憲法改正論議に関する今後の方針はまったく逆位相を向いています(お互いに相容れません)。法文解釈の問題として、附則4条は憲法改正論議のストッパーとなるのかどうか、参議院では両党の考え方を質す必要があります。
〈問題点5〉「申合せ」が、参議院の法案審議権を著しく制約している
5月6日午前、衆議院憲法審査会で質疑、採決が行われるのに先立ち、自民と立憲との間で、「与野党申合せ」なる文書合意が行われています。
その内容は、
とだけ書かれ、その下に自民の二階幹事長、森山国対委員長、立憲の福山幹事長、安住国対委員長の署名がなされています。
残り会期が1カ月わずかという段階で行われたこの「与野党申合せ」で、会期内成立が確約されたために、参議院は衆議院から送られた法案をそのまま可決し、成立する責務を負ってしまいました(一言、一文でも修正すれば、その修正議決案を衆議院で会期中に再度、議決しなければならず、時間的に無理です)。「修正部分を含む改正案の内容について、何か足したいことがあるのなら、せいぜい最後に「附帯決議」でも付けるなどして、あっさり終わらせよ」という衆議院側の政治的メッセージで、参議院を事実上縛ってしまったことになります。まさに、法案審議権の制約です。また、「与野党申合せ」という表題ですが、直接申し合わせたのは自民と立憲だけであり、与野党すべてが了承しているわけではありません。ここに登場しない政党会派は当然、不満を溜めているはずです。
なお、第1次改正に際しては、法案提出に賛成した衆議院7会派(自民、公明、民主、維新、みんな、結い、生活)と新党改革を含め、「8党確認書」(4年後の18歳国民投票権採用に伴う18歳選挙権の早期実現など5項目)が交わされています(2014年4月3日)。しかも、確認書に署名した各党責任者は、幹事長でも国対委員長でもなく、「憲法調査会長」でした。この確認合意を踏まえて、法案が提出され(同年4月8日)、成立しています(同年6月13日)。
比較すると、今回は憲法附属法制の問題を超えて、専ら「政治問題」として扱い、各党合意の丁寧な手順を踏むことなく、成立だけを急かした経緯が裏付けられます。立法過程としては異常です。
〈問題点6〉修正案に対する質疑、本会議の討論が行われていない
手続上の問題として一番大きいと思われるのが、5月6日の衆議院憲法審査会では修正案に対する質疑が行われず、5月11日の衆議院本会議では審査会長報告の後の討論が行われていない点です。
つまり、衆議院段階で修正部分の問題点が何一つ明らかにならないまま、参議院に改正案が送られてきたことになります。「意見(反論)を言わせないようにしている」としか考えられず、議会制民主主義に対する相当な自傷行為です。衆議院に比べて少数会派が多い参議院では、その痛みはより大きくなります。
この点、共産は、国民投票法案が衆議院本会議で採決された2007年4月13日、第1次改正法案が同本会議で採決された2014年5月9日、のいずれも「反対討論」を行っています。共産が国民投票法に関係して本会議討論を行われなかったのは、今回(5月11日)が初めてです。党として納得しているとは、到底考えられません。
さらに、衆議院憲法審査会は、5月13日に予定されていた自由討議が行われていません。定例日は木曜日ですが、あす(20日)以降の開催も不透明です。会期末を前にすでに「店じまい」の空気が流れています。こういう運営は、いったい「誰得」なのでしょうか。
国民投票法の改正問題を「政局扱い」すべきではない
そもそも選挙、国民投票に共通する有権者の投票環境、投開票手続の実務レベルを揃って向上(改善)させる制度改革は、民主党が2015年9月16日、「公職選挙法と国民投票法のW(ダブル)改正」を目的に、衆議院に提出した法案がきっかけです。本稿の冒頭で示した7項目のうち③④⑤⑦を、選挙との共通事項として国民投票法の改正対象としています(→民主党アーカイブ)。元々は、野党側の提案から始まっているものであり、立法事実に大きな変化が生じていない以上、野党側から法整備を遅延させる合理的な理由はありません。
ちなみに、公職選挙法と国民投票法のW改正は、過去に実績があります。2013年5月17日、衆議院8会派(自民、公明、民主、維新、みんな、共産、生活、社民)が共同して「成年被後見人の選挙権の回復等のための公職選挙法等の一部を改正する法律案」を提出し、5月20日、参議院で可決、成立させるというスピード対応が図られました。この法律は、成年被後見人の選挙権の回復を図っただけでなく、「国民投票法の改正」も含まれ、成年被後見人の国民投票権を認めていなかった第4条の規定を削除しています。
言うまでもなく、参政権が関わる問題では、公職選挙法と国民投票法の改正問題を安易に切り離すことは許されません。今回の改正7項目のうち、②出国時申請制度の創設は、現在の国民投票制度ではたまたま名簿登録基準日の直前に出国することによって在外投票人名簿に登録されない空白期間が生じるため、その救済を目的とするもので(法改正を放置すれば、在外選挙は○、在外国民投票は×となってしまう)、国民の主権者たる地位を脅かす問題であることを強く認識する必要があります。元々、一部の議員の思い付きで簡単に先送りできるような問題ではないのです。
2006年6月1日、衆議院本会議で国民投票法案(民主党案)の趣旨説明を行った枝野幸男議員は「1946年の憲法制定後に審議されてきたすべての法律案の中で、ある意味、最も重要な法律案である」という評価を置いて、「改正を目指す者と、改正に反対する者とが真摯に議論し、双方が納得できる中立公正な制度を創設することが重要なのであり、(中略)時間をかけてでも、全会一致で制定されることが望ましい」との見解を述べています。この発言にある、政局排除のルールづくりの基本姿勢は、15年経った今でも、そして将来にわたって共有されるべきものと、私は確信しています。
しかし今回のように、国民投票法改正問題への対応(法案提出、改正案への賛否)に関して自らの政党・会派に有利か不利かといった政局的観点で比較考量し、その対応を突発的に講じるなど、国民主権、民主主義を徒に動揺させるもので、はっきり言って論外です。戦後最も重要な憲法附属法である(はずの)国民投票法をめぐって、政局利用できるかどうかのテストケースとされたこと自体、私は著しい不快感を覚えます。これでは政党政治の文化は変わらないどころか、ますます悪くなります。
衆議院では法案の議了まで1,049日を要したものの、参議院では残り1か月を切った窮屈なスケジュールの中で、法案を処理しなければなりません。まさに「超ノロノロ運転」(衆)が「超ハイスピード処理」(参)へと、モードチェンジが行われようとしています。参議院の法案審査を通じて、問題点はさらに増える可能性もあります。
衆議院の解散総選挙が近づく中、自民を中心とする「憲法改正やるやる詐欺」と、立憲を中心とする「広告規制やるやる詐欺」の醜い応酬が始まってしまったかにみえます。どちらも「我々には“案”がある」と言いたいだけで、プロレスの場外乱闘のごとく、青・赤の対角コーナーに陣取る熱心な観客・ファンを煽りに煽って、場を盛り上げているだけです。リング上で試合を成立させる気など、片鱗もみられません。これを繰り返しても、政治的果実は何も生まれません。「やるやる詐欺」の応酬を見て楽しめるのはごく一部の層で、大方の国民は、ますます白け、嫌気がさしてしまいます。
真摯な議論を放棄するあまり、大切なものが見失われているはずです。私たちは憲法改正に賛成・反対の立場にかかわらず、議論をしっかりと監視する必要があります。