第165回:「卑」人間(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 こんなことが罷り通る世の中になったのか、と思わず天を仰ぎたくなるような出来事が多い昨今である。ぼくの言葉では「卑しい」ということになる。
 『「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯』(城山三郎、文春文庫)という本がある。石田禮助という気骨ある経済人の生涯を辿った伝記だ。「粗にして野だが卑ではない」とは、ぼくなりに解釈すれば「乱暴で礼儀知らずの人間だが卑しい心は持っていない」というほどの意味だろう。ところが今や、粗野でしかも卑しい人間ばかりが目につくのだ。そういう人たちに、ぼくは「卑人間」という造語を捧げたいと思う。
 目についた「卑人間」を順不同で列挙してみる。この中のどれがいちばんひどいか、ということではない。みんな通じるものが同じだと思うのだ。

1.ある保健所の通達

 ギョッとした。「外国人と食事しないで」という趣旨の文書を、公的機関である保健所が文書で各所に通達していたというのだ。むろん、通達後に「これはヤバイよ」と誰かに指摘されたらしく、すぐに文書を撤回したけれど。
 東京新聞(5月23日付)の記事である。

 茨城県潮来市の潮来保健所が、外国人労働者を雇う農家への新型コロナウイルス対策として「外国人と一緒に食事をしないようにしてください」と注意喚起する文書を作成していたことが、県への取材で分かった。県と保健所は表現が不適切だったと認め、文書を撤回した。
 県によると、文書には潮来保健所管内で外国人から感染したと疑われる例が増えているとして「一緒に食事をしないようにしてください」「外国人と会話するとときはマスクを使ってください」などと書かれていた。十九日に地元のJAなどに送っていた。県の担当者は「差別や偏見の意図はなかった。誤解を与える表現で申し訳ない」と説明した。

 コロナ対策の一環だったという。すぐに撤回しているし、謝罪(らしきもの)も述べている。だが、問題は「差別や偏見の意図はなかった」という部分であるとぼくは思う。つまり「差別の意図なく差別をしている」ということが問題なのだ。それは「無意識の差別」であり、直しようがない。書いたお役人には「差別や偏見の意図はない」のだから、多分、同じことを繰り返すだろう。
 「技能実習生」などの名目で入国させておきながら、その実、安価な労働力として使っている外国人を、ここまで差別的に見ていたのかと思うと暗然とする。
 この「無意識の差別・偏見」こそが、もっとも扱いにくいものなのだ。謝罪をしたつもりだろうが、いったい何を誰に対して謝ったのか、謝った本人はまったく理解していないに違いない。だから多分、また同じことをしでかすだろう。

2.中山泰秀防衛副大臣とその周辺

 先日、ガザでの戦闘に関連して、中山氏は「私たちの心はイスラエルと共にある」とツイートして猛批判を浴び、当該ツイートを削除したばかりだが、韓国の鄭義溶外相の歴史問題発言について「そろそろ、ええ加減にしーやー」などとツイートしていたことも明らかになった。しかも、韓国外相の読み方をわざわざ「チョン」と書き込み、その後ろに韓国の国旗マークをあしらうという、まさにネット右翼系の嫌味そのままのツイートだ。ネット右翼系の人たちが韓国朝鮮人を揶揄するときに使う呼称を、わざわざ韓国国旗とともに使用する。これを「ヘイト」と言わずして何と言おうか。
 「鄭はチョンと読むのだから何が悪い!」と開き直る人もいるが、それは通らないよ。差別の意図がないのなら、きちんと「チョン・ウィヨン外相」と表記すればいい。そうせずにわざと妙な書き方をしたのは、明らかに韓国に対する「ヘイト」である。
 こんな人が日本の防衛副大臣だ。それを上司の岸信夫防衛相は、「中山議員個人の見解だから問題視しない」という。これでは日韓関係の正常化などできるわけがない。交渉相手が偏見に満ちた“ヘイトマン”であれば、韓国側だってまともに相手なんかする気も失せるだろう。もし菅内閣に韓国と真摯に向き合うつもりがあるのなら、すぐにでも、中山という“ヘイトマン”を更迭するべきだろう。
 付け足しだが、高橋洋一なる人物の品性の低劣さには反吐が出る。この人、内閣官房参与という肩書だったらしいが、少し前に、日本のコロナ感染状況について「日本はこの程度の『さざ波』、これで五輪中止とかいうと笑笑」とツイートをして大炎上。一応は削除して、「これ以降は価値観を含む用語は使わない」との意味不明の釈明(?)で逃げをはかった。
 ところがこの男、反省などしていなかった。今度は日本の緊急事態宣言は「欧米から見れば、戒厳令でもなく『屁みたいなもの』でないのかな」などとやらかしたのだ。さすがに菅内閣も放ってはおけず、やっと辞表を出させたらしいが、後の祭りだよ。ああ、やっぱりそんな内閣だったんだな、という印象を国民に強く与えてしまったのだから。「卑」は「卑」を呼ぶのか。

3.細田博之元自民党官房長官「沖縄発言」

 自民党とは、まことに人材豊富(ヘイト人材という意味で)な政党である。それにしても、この細田氏という人の発言は許し難い。
 5月19日の自民党沖縄振興調査会で、細田氏は「沖縄県こそ、独自の政策を取るべきであり、国の政策に頼るなんて沖縄県民らしくない」などと発言したのだ。発言を少し詳しく見てみよう。沖縄タイムス電子版(23日)に、全文が掲載されていた。

(略)まん延防止とか、そんなものに頼ったって全然ダメです。効果はありません。従って私は、県民自治を今こそ発令すべきで、沖縄県として独自に飛行機で来る人、船で来る人は全員検査をします(略)、全員陽性者をはねます。その代り、陰性で来た人はどうぞお通りでもなんでもしてください。(略)台湾のように、台湾が千数百人しか、まだ発病、感染者が出てないというのをお手本にして、沖縄県こそ独自の政策をとるべきである。
 これはまさに地方自治の本旨であって、国の政策に頼るなんて沖縄県民らしくないじゃない、と。頼りにならないような国の政策なんか頼りにしたって、コロナはね、対策が講じられませんよ。どんどん隠れている陽性者が飛んでくるんだから。(略)

 論旨が通っているようにも思えるが、実は根深い差別が奥に潜んでいる。まずおかしいのは「国の政策は頼りにならない」と言っていること。自民党の最大派閥の領袖である人物が「頼りにならない国の政策」と言っている。だが、これは細田氏の本心じゃない。枕詞、言葉の綾でしかない。
 つまり、ぼくなりに翻訳すれば、「沖縄県民はいつも政府に盾突いて言うことを聞かず、国の政策なんか頼りにしてないんだろ。なら、国になんか頼らずに自分でなんとかしろよ。こういう時だけ、お願いしますなんて言うんじゃない」ということ。
 明らかに、政府に歯向かう者、言うことを聞かぬ者たちへの脅しだ。しかもはっきりと「沖縄県民らしくない」と名指ししている。では、沖縄県民らしさ、とは何か? 「政府に反抗するヤツラの比喩としての沖縄県民」としか考えられない。つまりこれは、沖縄県民に向けた「ヘイト」なのだ。許し難い。
 また、話の流れの中で細田氏は「沖縄県が自らこういう政策を取りますと、一国二制度でいいんですと…」などとも言っている。一国二制度を政府へ提言した上での発言なら理解もできるが、そんなことはまったく考えてもいないくせに適当なことを言う。これもまた沖縄県民をバカにした言い草だろう。
 この細田発言について、国民民主党代表の玉木雄一郎代表が「細田氏の発言は全く問題ないと思います。むしろ国の間違ったコロナ対策に頼るのではなく、沖縄の地の利を生かして沖縄版コロナ戦略を取れと勧めていると思います。言葉尻をつかまえて批判する内容ではないと思いますが、皆さんいかがですか?」とツイートした。ぼくは唖然とした。これほど発言の真意を読み取れない人が代表の政党に、未来はないと思う。

4.LGBTを巡る自民党会合

 いやはや、21世紀も20年以上を過ぎた現在においても、こんな古色蒼然たる人たちが生存している場所があったとは……と、驚きを通り越して呆れるしかない。まさにジュラシックパーク並みの古代生物たちの巣窟だ。
 LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)などの性的少数者に関する理解増進を図る法案を巡る自民党の会合は大荒れになった。法案は理解されつつあると思われていたのだが、党内超保守派が猛反発。
 とくに不愉快なのは、簗和生(やなかずお)元国交省政務官の発言だ。「LGBTは生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」と言ったという。ダーウィンもびっくりのトンデモ発言だ。ただただ自分のヘイト的嫌悪感を、生物学などと勿体をつけて表明しただけに過ぎない。卑人間、これにあり、か。
 また山谷えり子元拉致問題担当相は「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入れろとか、女子陸上競技に参加してメダル獲得とか、バカげたことが起きている」と、LGBTなどまるで理解していない超ヘイト発言。さすがにこれに対しては、さまざまな組織や団体から強い反発が起き、抗議署名も始まった。
 それにしても、自民党とはいったいどういう政党なんだろう?
 安倍晋三氏が首相を退いてからしばらくなりを潜めていた極右派が、ここにきてやたらと元気がいい。選挙を控えて、支持勢力へ威勢のいいところを見せようとの魂胆なのかもしれないが…。

5.出入国在留管理庁と法相

 これほどの非(卑)人間的組織があったとは、と絶句する。収容外国人に対し、かなり人権無視の対応をしているのではないかと耳にしていたが、ここまでひどいとは思っていなかった。
 その極めて典型的な例が、スリランカ人女性ウィシュマさんの死亡事件だ。点滴を訴えるウィシュマさんの言い分も聞かず、医師の診断も無視して死に至らしめた名古屋入管の感覚は、日本国が「人権重視国家」を名乗る資格などないということを示している。
 しかも、真相を知りたいと来日した家族の切ない要求である「ビデオの開示」も頑なに拒否したままだ。どこが「人道的扱い」か!
 さらに許せないのは出入国在留管理庁の親玉・上川陽子法相だ。一応は家族に会って「お悔やみを申し上げる」と言いながらハグしたとはいうものの、ビデオについては「保安上の見地から開示はできない」を繰り返すばかり。サイテーの法相である。あの姉妹へのハグは単なるパフォーマンスに過ぎなかったわけだ。世論の動向を見て渋々家族との面会には応じたものの、この非(卑)人間的対応は冷酷そのものだ。
 なお、出入国在留管理庁の初代長官は佐々木聖子という女性官僚であり、就任直後(2019年)の日本記者クラブの会見で「人道主義に基づいた入管行政を…」と発言していたことも、しっかり記憶しておこう。

6.化粧品会社DHC会長

 こんな人が大きな化粧品会社の会長さんだったとは、ビックリの100乗である。吉田嘉明会長という方が、ひたすら韓国朝鮮人の悪口雑言を、自社の公式サイトで垂れ流すのである。韓国朝鮮にどんな恨みがあるのか知らないが、「似非日本人はいりません」だの「(サントリーのCM出演タレントは)なぜかほとんどがコリアン系日本人で、チョントリーと呼ばれている」だの、「NHKは幹部からアナウンサー、社員まですべてコリアン系」などと、ヘイトというよりは、もはや妄想系の宇宙遊泳だ。
 そしてついには「日本の中枢はコリアン系に占められていて、日本国家にとって非常に危険」というところにまで辿り着く。あのトランプ支持の「Qアノン」だって尻尾を撒いて逃げ出すようなぶっ飛びようだ。
 あまりのことに「DHC商品の不買運動」が起きると、「自分は8人のガードマンを雇っているから、やる気があるなら怪我を覚悟で、車で本社に突っ込んで来い」と、アウトレージな方々も腰を抜かすような怖いセリフ。
 こんな人が「お肌に優しい化粧品」を売っているなんて、それこそほとんど「冗談でしょ」の世界だ。何が何やら、ぼくには理解不能である。

7.オリンピックに群がる卑人間たち

 卑人間の巣窟、極めつけは、国際オリンピック委員会(IOC)だろう。
 このところのバッハ会長やコーツ副会長の発言は、「こんな組織はいらん」「オリンピックをいちばん汚しているのはコイツだ」と思わせるに十分である。
 コーツ副会長は、21日の五輪調整委員会後の記者会見で、平然と「緊急事態宣言下でも、安全安心なオリンピック開催は可能」と述べた。
 専門家で構成する政府の基本的対処方針分科会で舘田一博東邦大教授は、個人的見解として「東京で緊急事態宣言が出されている状況下では、オリンピックができるとは思えないし、他の分科会メンバーもやってはいけないとの意見だ」と述べている。コーツ氏の意見とは正反対なのだ。
 だいたい、安全安心な状況ではないから緊急事態宣言が出されているのだ。どう曲解すれば「緊急事態宣言下での安全安心な大会」などという矛盾に満ちた言葉になるのだろう。この男、そうとうに頭のタガが緩んでいる。
 そんな副会長様の上を行くのは、やはり会長様である。
 バッハ会長の日本をバカにしているとしか思えない一連の発言。「日本人のユニークな粘り強さと逆境を耐え抜く能力」だと。これを誉め言葉と受け取る日本人はいったいどれくらいいるのか。さらには「犠牲を払わなければならない」というフレーズを何度も繰り返す。そこを突かれると「日本に犠牲を強いているわけではない。われわれ五輪関係者、という意味だ」と釈明した。
 まったく何を言ってやがる!
 「東京五輪の関係者」とは、「東京都民=日本人」そのものじゃないか。IOCの五輪貴族(ぼったくり男爵)たちは、その上前をハネて美味しい汁をすする吸血バエみたいなものじゃないか。
 そんな上前泥棒たちの言いなりになって、「来日の五輪関係者は7万8千人まで減らしました」とか「医療体制の確保は8割を超える予想」などと得々と話す橋本聖子組織委員長や丸川珠代五輪担当相を見ていると、ぼくはまるで悪夢の中にいるような錯覚に陥る。いや、これは悪夢ではなく現実なのだと気づいて愕然とするのだが。

 どんなに金持ちだろうと、どれほどの権力を持っていようが、そしていかに優れた頭脳を持っていても、卑しいものは卑しいのだ。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。