第560回:住まい、携帯、実態調査〜今、困窮者支援において緊急に必要なもの~の巻(雨宮処凛)

 「女性の賃金は男性の76.5%」

 「女性非正規労働者の82.6%は年収200万円未満で働いています。女性の暮らしが苦しいのはこのせいです」

 この言葉は、6月4日に開催された「女性による女性のための相談会」の報告会で配布された資料に掲載されていたものである。

 3月に行われた相談会については、この連載の第552回でも書いた通りだ。今回、その報告会が開かれたのだが、そこで実行委員会から女性議員らに、ある要望書が提出された。

 それは「女性に対する政策に関する要望」。

 実態調査や住まい、雇用、社会保障と税、給付金などについての要望が盛り込まれているのだが、今回は、この要望の起案段階で私が担当した実態調査、住まい、携帯電話について書いておきたい。「女性に関する政策」となっているが、もちろん、男女問わず必要なものだ。

 まずは実態調査。

 要望書の一番目には「大規模な全国調査の実態を」とあり、以下のように続く。

 「政策の前提として、コロナ禍における女性の生活、労働、貧困状態、家庭内のDV・虐待状況、自殺対策についての大規模な調査を早急に行ってほしい」

 政策を作るにあたって、現状把握はもっとも大切なことだ。そのための実態調査をしてほしいという要求である。

 この件に関しては4月、省庁との交渉の場でも申し上げた。その際、おそらく内閣府の人だったと思うが、現在、細かい調査をしているという回答があった。4月末、その時話していた調査結果が発表されている。内閣府の男女共同参画局による「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会報告書〜誰一人取り残さないポストコロナの社会へ〜」

 この報告書には、コロナ禍で女性がどのような状況に置かれているかが、実に詳細に分析されているのでぜひ読んでほしい。また、私自身もイミダスの連載で取り上げている。「テレワーク 男は天国 女は地獄〜コロナ禍、在宅の男女格差に思う」だ。

 非常に詳細な分析なのだが、ここには、どれほどの規模で、どれほどの女性たちが減収しているかという詳しいデータは出てこない。たとえば昨年8月より、「なんでも電話相談会」の相談内容を「貧困研究会」が分析したデータが出ているが、それによると、昨年8月の段階で、昨年2月と比較して自営業主が平均でマイナス11万4000円、派遣社員が平均マイナス9万2000円、フリーランスが平均マイナス6万円という結果が出ている。昨年12月ではフリーランスが平均マイナス12万1000円、自営業主が平均マイナス8万3000円、派遣社員が平均マイナス8万3000円だ。

 どの業種で、月収レベルでどれだけ減収しているか。これはコロナ禍での貧困対策を進めるにあたって絶対に外せない要件だ。しかし、報告書には、このような詳細な減収についての記述は見られない。

 また、減収以外の実態把握も重要だ。このことについては、しんぐるまざぁず・ふぉーらむが大規模なシングルマザー調査を行なっている。政府はどんどんこのようなものも参考にしてほしいと思っている。

 さて、次は「住まい」に関して。

 コロナ禍で、住まいを失う人が増えていることはこの連載でも書いてきた通りだが、まずは「コロナ禍の間だけでも家賃を滞納しても追い出さない制度」の必要性を訴えた。

 このような制度は、ドイツではすでに実現している。昨年4月の時点で、コロナ禍で家賃が払えなくなった人を大家さんは追い出してはいけないというルールができたのだ。今いる場所に住み続けられる。このようなシンプルな制度は住む人の安心感にもつながる上、新たな部屋を用意する必要もないので非常に参考になるはずだ。

 また、現在、住居確保給付金の支給件数は12万件にも増えているが(コロナ以前は年間わずか4000件の利用だった)、給付される家賃額は生活保護の住宅扶助基準で非常に低い上、支給要件も厳しい。これをもっと拡充すること、また住まいを失った人に対して公営住宅の空き住戸へ優先入居させること、民間住宅への家賃補助なども要求した。

 もうひとつ、住まいの項目で書いたのがシェアハウスについてだ。

 コロナ禍初期だったが、シェアハウスからの追い出しが目立った。近年もてはやされているシェアハウスだが、そこに住むのは多くが年収200万円以下の女性というデータもある。初期費用が安く、一般賃貸物件より入居審査が甘いので非正規で低賃金の女性でも入りやすいからだろう。そんなシェアハウス、もちろん良心的なところもあるのだが、中には「貧困ビジネス?」と疑うようなところもある。例えば民間の賃貸住宅であれば、賃貸借契約なので、家賃滞納わずか1ヶ月で追い出されてしまうことはない。しかし、シェアハウスの場合、それがまかり通ってしまっているのだ。追い出しだけではない。例えば「2年以内に退去したら、退去時に一括で10万円払うこと」などが契約書に小さく書いてあるところもある。お金がないから出ていくのに、その際に10万円払えと言われるのだ。

 このようなシェアハウスからの追い出しは、コロナ禍でかなりの数、起きていると思われる。しかし、問題なのは、その実態がなかなか見えてこないことだ。例えばシェアハウスに関する規制は緩く、全国に何件あって、どれだけの人が住んでいるのか、それを国は把握していない。よって、どれだけ追い出しがあっても、その実数など把握しようがないのだ。

 おそらく、派遣会社の寮などでも同じ状況だと思われる。派遣切りと寮からの追い出しもこの一年あまりで相当数起きているはずだが、その実数もなかなか掴めない。民間の賃貸物件からもどれほどの人が追い出されているか、なかなかわからない。しかし、少なくとも「この一年でどれほどの人がホームレス状態になったか」がわからないと、対策の立てようがない。

 ちなみに国のホームレス調査では年々ホームレス数は減少しているが、それはネットカフェなどで寝泊まりする層は一切カウントされていないからだ。が、18年の東京都の調査では、都内だけで「ネットカフェ難民」は1日あたり4000人。現在はさらに増えているだろうと思われる。このような実態を、しっかり把握してほしいと切に思う。

 さて、最後は携帯電話。

 支援団体にSOSを求めてくる人の半分ほどが、携帯がすでに止まっている状態だということはこの連載でも書いてきた。

 突然だが、ここであなたに問いたい。今、あなたが携帯電話を失ったら、生活にどのような影響が出るだろうか。

 「まったく問題ない」という人は、おそらくほとんどいないはずだ。どこに行くにも、何をするにも手放せなくなった携帯。それがなければ誰かと連絡をすることもできず、情報も得られず、もはや「通信手段」としての域を超えた存在、社会的IDとなっている。

 それでも、住まいがあり、お金があればすぐに新しい携帯を作ればいい話だ。

 しかし今、困窮している人の多くは、住まいを失い、携帯も止まっている。長引くネットカフェや路上生活で盗難被害にあい、身分証明すべてを失っている人も少なくない。その上、お金がないと携帯は作れない。それだけではない。携帯電話を一度料金滞納で止めてしまうと、携帯会社でその情報が共有され、新しく携帯を作れない場合もある。

 そうなると、どうなるか。携帯がないと仕事をしたくてもできない。連絡がとれない相手に仕事を頼む人はなかなかいない。なんとか生活保護を利用できたとしても、今度はアパートに入ることができない。不動産契約は、通話可能な番号を持っていないとかなり難しい。しかし、携帯を作りたくても住所も住民票も現金もない状態では難しい。こうして「携帯がない」という事実は「社会参加」への大きな壁となって立ちはだかる。

 このような人たちをこの一年で山ほど見てきた。よって、要望書では「困窮時だけでもいいので、行政から携帯を貸し出すような支援をしてほしい」ということも盛り込んだ。何も、ずっと貸し出してほしいわけではない。ただ、今書いたように、不動産契約をする際や仕事への壁となり、そこで滞留させられている人が多くいるのだ。それを思うと、携帯をわずかな時期貸し出すだけで社会復帰が簡単になるなら安いものではないだろうか。この要求、以前からしているのだが、「携帯なんて贅沢」「ふざけるな」という批判も多かった。しかし、ここまで書いた詳細を知れば納得してもらえるのではないだろうか。

 そんな要求も4月の省庁交渉でしたのだが、この際、厚労省からある通知の話が出た。それは昨年11月に厚労省から各福祉事務所に出たという「生活困窮者等へ携帯電話等サービスを提供している事業者リスト」だ。

 リストでは、クレジットカードがなかったり、すでに携帯会社で携帯を作れなくなっている人が携帯を作りやすい事業者が紹介されている。掲載されているのはイオンモバイルとB-linkとリスタート・ケータイだ。どれも自己負担額は比較的安く、コンビニ払いができるものもある。このリスト、昨年11月に出たようだが、支援者も多くが知らないままだ。また、役所でこのような事業者を教えてもらったという話も聞いたことがない。ぜひ、この情報をもっともっと活用してほしい。「ここの携帯だったらあなたでも作れるかも」と紹介するだけだが、情報が得られることは大きい。もちろん、まったくお金がない場合は作れないので、少しの期間、役所から携帯を貸し出してもらい、生活保護申請が通るなどしたら、リストにある携帯を契約、という形もいいだろう。

 それでも、「役所が携帯を貸し出すなんて絶対無理」という人もいるはずだ。しかし、以前は役所が携帯を貸し出すこともあったという。一時期は実現していたことなら、やってできないことはない。

 このように、最近は「現場で聞いたニーズ」を各省庁に届ける取り組みにも力を入れている。どれもこれも、切実な要望だ。特に住まいと携帯は、人が生きる上で不可欠なものとなっている。もちろん、男女問わずだ。それで働けるようになり、ホームレス状態から脱せるのであれば社会全体にとっていいことずくめではないか。

 コロナ禍を機に、何度でもやり直しができる社会が作れたら。

 そう思いながら、活動を続けている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。