微妙な落としどころを突いた公明党案
国会の会期末(6月16日)まで残り1週間です。河井案里元参院議員(2月3日辞職)らの選挙買収事件をきっかけに、裁判で当選無効が確定した議員の歳費(過去支給分の全部または一部)の返還などを実現させるため、歳費法(国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律)の改正を行うべきとの世論が高まっています。この会期中に法改正が実現できるのかどうか、焦点の一つとなっています。
そんな中、公明党は5月27日、党内で取りまとめた歳費法の改正案を自民党に提示しました。骨子は、次のとおりです。
1. 裁判で議員の当選無効が確定した場合
→ 歳費の一部等を返還する
・歳費(毎月129万4000円) 4割
・期末手当(6月、12月) 全額
・文書通信交通滞在費(毎月100万円)4割
2. 公選法違反に限らず、議員が何らかの罪を犯し、起訴された場合
→ 勾留期間中、歳費等の一部の支給を停止する
・歳費 4割
・期末手当 全額
・文書通信交通滞在費 全額
→ 無罪判決が確定すれば、前記の不支給分を支給する
公明党内部でどのような議論が行われたかは不明ですが、当選無効の場合の「歳費4割返還」というのは、微妙な落としどころを突いています。一部野党のように「全額返還」という主張もありますが、議員の歳費受給権を保障した憲法49条の規定や、法案等の提出、委員会・本会議での表決といった行為の効果を当選に遡って否定することはできないといった理由から「全額返還」は法的に困難であり、結局のところ歳費の受給(過去分)をどこまで認めるかという「線引き問題」になります。単純に割り切って「5割受給・5割返還」としても良さそうなものですが、「全額返還」を主張する他党の協議の中で返還割合を若干増やすことを織り込んで、政治判断として取りあえず「4割」としたのではないかという印象を受けます。
また、期末手当の全額返還、文書通信交通滞在費の4割返還というのも、根拠は不明ですが、実際の受給額を勘案しながら、「損得」を計算したのではないかと想像します。文書通信交通滞在費という科目自体、形骸化していますが(「第二の歳費」と批判されて久しい)、人件費、事務所運営費などの原資となっている実態を踏まえたものでしょう。いずれにせよ、どのような改正案を策定するにせよ、与党が賛成できない内容では「絵にかいた餅」に終わってしまいます。それでは実益がないので、まずは公明党案を出発点として、この会期中(6月16日まで)に法整備を早期に実現することを優先すべきと私は考えます。公明党案をベースに改正歳費法をいったん施行し、新たな買収事犯が出て来たような場合に、その時々の世論の動向を見ながら、歳費等の返還の割合(額)を見直していくという方法が現実的です。
公明党案を吞まない自民党
公明党から法案骨子の提示を受けた自民党は5月31日、歳費法改正を検討するプロジェクトチーム(PT)を発足させ(座長・柴山昌彦衆院議員)、同日、初会合を開きました。
PT内の議論の様子は報道で知りましたが、「単純ではない、色々な課題がある」「歳費の返還が可能かどうか、憲法との整合性について学識者からのヒアリングを行うべき」といった意見が示されたようです。公明党案をすぐに了とせず、この期に及んで悪あがきして、法改正ができない理由を探し始めたようにしか見えません。どんなに遅くとも、今週中には与野党間で協議の上、成案を得ていないと、会期末日(16日)までに成立させることは困難です。この点、歳費法PTが今週中に結論をまとめるかどうかも不明です。
衆議院(法定議員数465)には現在、2名の欠員が生じていますが、いずれも自民党議員の辞職(4月1日河井克行氏、6月3日菅原一秀氏)によるものです。旧態依然たる「政治とカネ」の問題に訣別できていない組織(中枢)の体質があのような醜い買収事件を生み、国・地方の議会・議員に対する信頼を大きく失墜させたことは紛れもない事実であり、総選挙が数カ月以内に行われるタイミングにおいてもなお、改悟と反省の決意が感じ取れない点は、強く非難されるべきです。
「逃げ得」を選んだ菅原一秀氏
地元有権者に対し「会費」名目で様々な「寄付」を行っていた(公選法で禁止されています)菅原一秀衆院議員が6月1日、辞職願を提出し、3日、本会議で許可されました。10日に支給される期末手当の支給基準日が6月1日であるため(同日に在職していれば、10日に支給される)、「貰うものは貰ってから辞めた」のではないか、との批判が巻き起こりました。確かに、民間企業の退職社員と同様、そういう面もあると思います。
しかし、事の本質は、近いうちに行われるであろう歳費法改正を敬遠したのではないかと考えます。歳費法改正が実現し、施行された後、菅原氏自身の刑事裁判で有罪が確定し、被選の資格を失ったときには(国会法109条)、改正法の適用を受け、(公明党案そのままであるかどうかは別にして)歳費等の全部または一部を返還する義務が発生します。結局、歳費法改正時に在職していては、何の得にもならないので、それが実現する前に辞める判断をした(早晩、辞職せざるを得なかった)のです。
これに関連して、東京地裁は6月4日、実体法上の根拠が無いことを理由に、河井案里元参院議員の歳費等の返還を求めた訴訟の提起を「却下」しています。同氏は2月3日に辞職しており、もはや改正歳費法の適用対象とはなりません(歳費等の返還義務を負わない)が、国会は今こそ、このような「逃げ得」を二度と起こさない、絶対に許さないという覚悟を示す時でしょう。
歳費法のほかにも、LGBT(理解増進)法案、公選法改正案(コロナ療養者の郵便投票の制度化)など、成立を期すべき重要な法案が残っています。政局の嵐に巻き込まれないことを祈るしかありません。