東京電力福島第一原発を含む世界中の原発の廃炉について調査している作家の尾松亮さんが、ジャーナリストや研究者らと立ち上げた「廃炉制度研究会」。5月31日に実施された第2回オンライン報告会では、意思決定プロセスにおける民主性の担保という観点から、福島第一原発とアメリカのスリーマイル島原発の事故後対応を比較してのお話が中心となりました。今回はレポートの後編として、取り出したデブリのゆくえを巡る意思決定プロセスの違いについての尾松さんのお話の内容をご紹介します。(田上了子)
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住民の反発を受けて撤回された「敷地内デブリ一時保管」方針
最初に、前回までの内容を少しおさらいしましょう。東京電力福島第一原発(1F)では現在、東京電力が定めたロードマップに従って「廃止措置に向けた作業」が行われています。ただし、福島第一原発で行われている作業の法的位置づけは、あくまでも「原子炉等規制法」に基づく保安・防護措置であり、「廃炉」ではありません。事故後10年が経過してなお、わが国には、事故を起こした原発の廃炉をどのように進めるかを定めた法規定が存在しないのです。
廃炉の進め方を縛る法規定が不在であり、なおかつ「どんな状態を達成したら廃炉完了なのか」の要件も示されないまま、遅くとも2051年までに作業を終了させるという期限目標だけが設定されています。そして51年までに作業を終了させるため、来年にはデブリ(原子格納容器の底に溶け落ちて固まった核燃料)取り出しが開始されようとしているのです。
では、仮に取り出せたとして、取り出したデブリはどこへ行くのでしょうか? 政府や東京電力は、福島第一原発の敷地内に貯蔵することを既定路線化しようとしています。仮に敷地内貯蔵が認められる場合、その法的根拠はどのように担保されるのでしょうか。また、決定に民意が反映される余地はあるのでしょうか。
今回は、デブリを巡るこうした論点を整理するため、スリーマイル島原発事故後、取り出したデブリのゆくえがどのように決められたのかをレビューします。
前回、スリーマイル島原発の処理水河川放出を巡り、立地自治体のランカスター市とSVA(サスケハナ渓谷アライアンス)がNRC(米国原子力規制委員会)とGPU(スリーマイル島原発を所有する電力事業者)を提訴したことをお話ししました。法廷闘争の長期化を避けるために結ばれた和解協定では、NRCに対して「環境影響評価書」の発行が義務づけられました。実は、事故後の汚染除去を巡る国民的議論のたたき台となったこの評価書には、処理水処分だけでなく、デブリの処分に関するNRCとGPUの方針も明記されていたのです。
「環境影響評価書」の草稿が提出されたのは80年8月。ここでは、取り出したデブリを敷地内で一時的に保管する方針が掲げられました。当然、住民や自治体は大反発。パブリックコメントでは、「『一時的に』とは何を意味するのか?」「軍やエネルギー省を巻き込んでデブリ搬出先を示せ」といった厳しい意見が寄せられました。住民たちの念頭には、一時保管を認めたなら、結果的に敷地が放射性廃棄物の長期保管場所とされてしまうのではという強い懸念があったのです。
多くの反対意見を踏まえ、デブリの敷地内一時保管方針は覆されます。81年3月に発行された環境影響評価書の最終版では、デブリはエネルギー省が運営する施設に移送すると明記されました。この決定を受けて、NRCとエネルギー省は81年7月にMOU(Memorandum of Understanding、了解覚書)を締結。スリーマイル島原発敷地を長期廃棄物処分施設にさせないことや、デブリの処分にはエネルギー省が責任をもつことが明文で規定されました。
デブリの受け入れ先は、アイダホ州の研究施設です。スリーマイル島原発で取り出されたデブリは敷地内に仮置きされることなく、すぐに鉄道輸送用の安全キャニスターに収納され、予め調整されたルートで受け入れ先施設まで鉄道輸送されました。
重要なことは、環境影響評価書の作成やMOUの締結など、一つひとつの決定が法的拘束力のある文書で規定されている点です。ここにおいては、自治体や住民の働きかけが大きな役割を果たしたことを、特に強調しておきます。
法的根拠不在の「1F貯蔵サイト化」既定路線
それでは、福島第一原発で今後取り出されるデブリのゆくえに関して、これまでどのような意思決定がなされてきたでしょうか。東京電力が作成するロードマップの変遷をざっとたどってみましょう。
2011年12月に発行された初版では、「当面の間、適切な貯蔵設備において安全貯蔵される」と明記されています。それが12年7月の第一回改訂版では「関連する研究開発、及び国の政策との整合性等を踏まえ、将来の処理・処分方法を決定する」となり、13年6月の第二回改訂版では「炉内状況を把握したうえで、燃料デブリ収納・移送・保管に関する技術開発を行う」と修正されました。少なくともこの頃には、福島第一原発以外での貯蔵も検討されていたようです。しかし、現時点(2021年7月時点)で最新版である19年12月発行の第五回改訂版では「取り出した燃料デブリは、容器に収納の上、福島第一原子力発電所内に整備する保管設備に移送し、乾式にて保管を行う」と明記されました。
第五回改訂版のロードマップが発行されて以降、福島第一原発をデブリの保管場所とする方針が既定路線に据えられているようですが、これについて「処理水海洋放出」に比べると世論の関心がまだ小さいように思えます。
ここで整理しておきたいのは、事故炉から取り出したデブリに関する法規定は、日米共に不在であるという点です。通常原発の運転や廃炉に伴って生じる廃棄物は、発生源や汚染のレベルなどによって「高レベル放射性廃棄物」「低レベル放射性廃棄物」等に分類され、分類ごとに処分方法が決められています。しかし、事故炉から取り出したデブリはこうした分類にあてはまりません。原発に関連する法体系は事故を前提に整備されてはいないため、事故炉から取り出したデブリの法的位置づけや、処分方法を縛る法規定は存在しないのです。
スリーマイル島原発の場合、取り出したデブリはエネルギー省の研究施設で引き受けていますが、これは一種の特例措置です。住民や自治体は、法の抜け穴を敷地内保管の言い訳にさせないため、環境影響評価書やMOUなどで関係組織の行動を法で縛り、デブリ処分に関する意思決定に法的担保を求めたのです。ただし、エネルギー省の研究施設で引き受けるという処分は、最終処分ではありません。制度上は、研究開発に資するマテリアルとしての引き受けと定義されており、最終処分は未だに保留とされています。
原発を保有する世界中の国にとって、通常原発の運転によって生じる「使用済燃料」の最終処分は、今日まで重い課題であり続けています。未だ世界に前例のない事故炉から取り出したデブリの最終処分となると、その複雑さ、困難さは一層高まります。そうであるがゆえに、スリーマイルもチェルノブイリも、現在まで慎重に「解」を探り続けているのです。技術的にも法的にも極めて高いハードルを乗り越えなければならないので、慎重な態度が求められるのも当然です。
福島第一原発では現在、取り出したデブリを一時保管する施設を敷地内に建設する計画がたてられていますが、デブリの法的位置づけが不明であるだけでなく、一時保管施設の建設に関する法制度も未整備のままです。
最終的にデブリがどのように処分されるかも、現時点では決まっていません。また、どのような手続きを経て最終処分方法が決定されるかも不明です。今年3月、原子力規制委員会の更田豊志委員長がテレビ朝日「報道ステーション」に出演した際、「望むのは(デブリを)容器に入れて並べるところまで持っていくこと。それ以降の最終形は、結局、処分の話になるけど、これはちょっと時期尚早」と発言しました。この発言の意味するところは、デブリの敷地外搬出までは考えていないこと。敷地内無期限貯蔵の可能性があるということです。
無期限貯蔵が認められたなら、一時貯蔵の場合よりもさらに長期的かつ深刻なリスクが周辺環境に生じることが懸念されます。パブリックコメントをとるなど、決定に地元の声を反映させる仕組みが必要ではないでしょうか。少なくとも私の調べる限り、取り出したデブリのゆくえに関してのパブリックコメントは実施されていません。
そもそも、完了状態すら明確でない「廃炉」を前に進めるための早期デブリ取り出し開始や、そのために取り出したデブリの敷地内貯蔵を、地元は認めているのでしょうか。福島第一原発は地震や津波等の災害リスクが高い地域に位置しますから、防災上の観点からデブリ貯蔵の是非を問う議論もあってしかるべきです。
法の抜け穴を放置したまま、民意を反映させる機会も十分担保せずに、福島第一原発のデブリ貯蔵サイト化を既定路線とするやり方は、民主主義国家にふさわしい政策決定プロセスといえるでしょうか。同じ議会制民主主義の国である日本とアメリカの事故炉の廃炉や汚染除去に関するルールメイキングや意思決定プロセスを比較することで、市民として見落としてはならない論点がみえてきます。また日米比較を踏まえ、日本の法律家には、法的観点から福島第一原発の事故後対応を巡る問題点を指摘してほしいと考えます。
尾松亮(おまつ りょう)1978年生まれ。東京大学大学院人文社会研究科修士課程修了。文部科学省派遣留学生として、モスクワ大学文学部大学院に留学。その後、民間シンクタンクでロシア・北東アジアのエネルギー問題を中心に調査。2018年以降、民間の専門家・ジャーナリストによる「廃炉制度研究会」を主宰。『科学』(岩波書店)、『政経東北』、『聖教新聞』で「廃炉と社会制度」をテーマに連載中。編著に『原発「廃炉」地域ハンドブック』(東洋書店新社 2021年)。