第175回:ぼくは途方に暮れている(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 暑中お見舞い申し上げます。あ、来週は「マガジン9」も合併号でお休みだから、残暑お見舞い、のほうがいいのかな。
 それにしても暑いですねえ。このところ、私の住んでいる辺りは、連日34~35度ほどのカンカン照りで、外へ出る気にもなりません。それでも多少は仕事があるので、ゲンナリしながらも外出しています。みなさんのお住まいの辺りはいかがでしょうか、ともあれお元気でこの酷暑を乗り切りましょう。
 この暑さでも「東京の7、8月は気候温暖で競技には最適です」と、安倍虚言宰相や組織委(というより旧招致委)の方々は、まだ言い張るんですかね?
 テレビはほんとうに観なくなりました。だって、オリンピック一色なんだもの。一生懸命に「ニッポンガンバレ!」と応援している人たちには申し訳ないけれど、ぼくはほとんど興味がない。
 でもね、ぼくは中学時代に柔道部にいたから、柔道にだけは多少の興味があって、これは少しだけ観た。けれど後で、日本チームは選手村に入らず、どこかホテルでいい環境を作って合宿し試合に備えていた、と聞いてイヤな気持ちになった。対戦相手は選手村に缶詰め状態。外に出るにはさまざまな制約がある。練習環境はどちらが有利か、誰が考えてもすぐに分かりそうなものだ。
 それを「地の利」だなどとほざくヤツがいて、よけいにガッカリした。日本には「武士道精神」とやらがあったはずだが、それはどこへ行ったのか。「敵に塩を送る」なんて、もう死語なのだろう。「スポーツマンシップ」が聞いてあきれる。
 で、ますます、ぼくはオリンピックから遠のいてしまった。

 コロナ感染症の広がりは凄まじい。このところ連日「過去最高」を記録している。その一因は、どう考えても五輪にある。先週のコラムで、もう五輪に関しては書かない、と記したが、やはり五輪にちょっとは触れざるを得ない。専門家たちはすでに、かなり以前から感染爆発の警告を発していた。しかし、菅政権はその警告を無視し続けた。それに輪をかけて、IOCは「大丈夫。日本は素晴らしいコロナ対策をしている。東京オリンピックは歴史に残る立派な大会になる」などと、まさにパラレルワールドの住人。
 菅政権は、「五輪が始まれば国民はテレビにかじりつき、ニッポンガンバレを叫び、オリンピックに感動するはず」と、これまた感動の大安売り。その余勢をかって、来るべき秋の総選挙での勝利を目論む。

 だが、そんなに事はうまく運ぶだろうか? そんなに有権者を甘く見ていていいのだろうか。ぼくは、菅政権は手痛いしっぺ返しを受けるはずだと思っている。そうでなければ、この国の行き先は真っ暗闇の地獄じゃないか。
 安倍は、事あるごとに「民主党政権時代の悪夢」などとヘラヘラ笑いでしゃべり散らした。しかし、このコロナ・パンデミックの様相の中で何もできずに、ひたすらオリンピックにすがる自民党政権と、かつての民主党政権を比べれば、どちらがまともか再考の余地があるだろう。もしあの原発事故の際、自民党政権だったら日本はどうなっていたか。ぼくらはそれこそ「自民党の悪夢」の真っただ中にいただろう。

 それでもなお、自公連立政権は揺るがないのだ、という人たちもいる。残念ながら、そういう意見にもそれ相応の根拠がある。投票率の低さと若年層の無関心である。この層の政治への無関心さは尋常じゃない。それは、今の政治に満足しているからではなく、この政治を変えられないという無力感に起因しているのだろう。
 朝日新聞の日曜日に、「Asahi Shinbun GLOBE」という別刷りのタブロイド判がついてくる。その8月1日付けの記事の中に、次のような表が載っていた。

自分で国や社会を変えられると思う(※「はい」回答者割合)

日本     18.3%
インド    83.4%
インドネシア 68.2%
韓国     39.6%
ベトナム   47.6%
中国     65.6%
イギリス   50.7%
アメリカ   65.7%
ドイツ    45.9%

 これは、日本財団が2019年に、日本などアジア6カ国と欧米3カ国、計9カ国の各1000人の若者(17歳~19歳)を対象に調査を行った結果だという。
 日本の若者の意識、愕然としないか?
 強権政治で国民が逼塞させられている気配のあの中国でさえ65.6%だ。日本同様に成熟した(?)先進国であるはずのドイツでも45.9%である。自分たちの社会参加で国や社会の変革が可能だと考えている若者は、各国にそれだけいるということだ。だから、時には街頭へ出て、激しく政治を批判し、社会変革を訴える。あのスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんのような若者も出てくるし、香港やミャンマーの若者たちの闘いもそれを象徴する。
 ところが群を抜いて低いのは、わが日本の若者たちの18.3%だ。むろん日本でだって、安保法制が強行採決されようとしたときに、街に出て反対運動を主導したのはSEALDsという若者の一群だった。だが、多くの若者は無関心を決め込んだ。多分、SEALDsとは、18.3%の若者群から現れたのだったろう。

 社会参加をあまり考えない若者たちは、当然のごとく選挙へ行かない。日本の選挙では、若者の投票率が極めて低い。しかし、それがこの国の政治を歪めていると、簡単に片づけられるものではない。若者の政治参加を拒む大人たちの思惑がある。
 いわく「デモなんかに参加すると写真を撮られて就職に不利になる」「SNSで政治のことなんかを語るとチェックされる」「そういう友だちから距離を置くべきだ」……。
 この生きにくい世の中で、就職に不利なことはしないほうがいい、という意識を若者に植え付けたのは大人たち(政治家や大企業)なのだ。かくして、政治を語るような友人は、うざったいヤツとして敬遠される。
 企業は組織に絶対服従を新入社員に求めるし、企業の意を受けた政権は、教育を通じて若者にそれを刷り込んでいく。小さな時から「従順こそが美徳」と教え込まれた若者の多くは、次第に社会批判から距離を置くようになる。

 しかも、このコロナ禍はその傾向に拍車をかけている。アルバイト先を失った学生たちは貧困に苦しんでいる。大学側が「100円定食」や「食料品配布」を始めた、というようなニュースが美談として語られる。これが美談であるわけがない。本来なら、そんな支援は政府の役目なのだが、「自助共助公助」の菅政権は救いの手を伸べるのは後回しだ。
 学生以外の若者たちだって、バイト先を追い出されている。季節工としての非正規労働者は住んでいた寮さえ追われ、路上に放り出された。彼らには、投票券さえ届かないのだ。投票率が低いのには理由があるのだ。

 どうすればいいのか。そのためにはまず、困窮者への援護策を早急に実施することだ。そのためには、どうしても政治の転換が必要になる。今の「自助共助公助」政権を変えなければならない。そのためには投票率を上げなければならない。そうでなければ組織票を持つ「自助優先」の自公政権が続いてしまう。そのためには…と最初に戻ってしまう。つまり、堂々巡りの議論なのだ。

 正直、ぼくにはどうしていいのか分からない。
 途方に暮れているんだ。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。