北川裕士さんに聞いた:働く人自身が、主体的に事業に参画する──「協同労働」という働き方

2020年12月4日、国会で「労働者協同組合法」が成立しました(施行は22年10月1日)。これまで法的根拠のない団体として運営されてきた「労働者協同組合」に法人格を与えるもので、法律施行後は、NPOや社団法人とも異なる非営利法人として「労働者協同組合」を設立することができるようになります。〈「協同労働」という新しい働き方を実現する法律〉だともいわれますが、その「協同労働」とはどういうものなのか? 何を目指し、どのように運営されているのか?1980年代から協同労働の実践を重ねてきたNPO「ワーカーズコープ」の北川裕士さんにお話をうかがいました。 

雇う・雇われるの関係性を超えて、協同で働く

──NPO「ワーカーズコープ」について教えてください。

北川 まず、「日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会センター事業団」という母体の団体があり、その中に私が所属するNPOワーカーズコープなどいくつかの法人が置かれています。これまではNPOや企業組合などの法人格を利用していたのですが、労働者協同組合法が施行された後は、「労働者協同組合」に移行する方向で準備を進めているところです。

──どのような活動を行っているのですか。

北川 全国に事業所があり、それぞれの地域で自治体からの委託を受けたりしながら、さまざまな事業を展開しています。事業の3分の1近くは学童保育や保育園、放課後デイサービスなどの子育て関連事業ですが、その他も建物管理、公共施設運営、若者支援、生活困窮者支援など、多岐にわたる事業があります。
 最大の特徴は、そうした事業を「協同労働」によって進めていることです。これは、「働く仲間自身が出資して、自ら経営に参加して、生活と地域に役立つ仕事を協同でおこして協同で働く」ということ。職員一人ひとりが団体の運営や経営についても話し合い、協同で決定していく。協同という言葉には「ともに心と力を合わせて助け合って仕事をすること」という意味がありますが、その実践を常に目指しています。雇う・雇われるの関係性を超えて、働く人自身が主体的に事業に参画していく、民主的に話し合いを重ねながら、質の高い「よい仕事」を目指していく。
 さらには、利用者や地域の人たちのことも「お客様」「サービスの受益者」としてだけ見るのではなく、その人たちが持っている可能性を引き出し、協同しながら一緒に実践を重ねていく。今回の法律も、そうした組織のあり方を前提としてつくられています。

──母体の「センター事業団」は、1970年代から40年以上活動を続けられているんですね。

北川 もともとは、戦後の失業対策事業の中の取り組みから始まった団体です。失業者の中に、従属的な働き方をするのではなく、自ら主体となって、自分たちで必要な仕事をおこして働くことはできないか、と考えた人たちがいたんですね。そうして各地で始まった運動が、やがて全国的な一つの組織としてまとまっていくことになりました。
 「労働者協同組合」と名乗るようになったのは1987年ごろからです。労働者協同組合という仕組みは19世紀、産業革命到来後のヨーロッパで生まれてきたもので、イギリスなどでは、株式会社が法制化されるよりも前に法制化されていました。そうしたヨーロッパでの実践にも学んだ上で、「自分たちの働き方にはこの形が一番ふさわしいのではないか」ということで、「労働者協同組合」としての活動を本格的にスタートさせたのです。法制化についても、20年以上前から働きかけを続けてきました。

──協同組合というと、生活協同組合(生協)などがまず思い浮かびますが、それとも異なるんですね?

北川 生協だと、そこで働いている職員と、出資している組合員とは、必ずしも一致しませんよね。職員が組合員に「雇われている」ような感覚が、どこかにあると思うんです。農協や漁協もそうで、組合員は実際に農業や漁業に従事している人、その組合員に雇われている職員が農協や漁協の事務局をやっている、という形ですよね。私たちはそうではなく、働いている人自身が組合員で、もちろん現場の仕事にも従事している。組合員と働く人とが分離せず、イコールなんです。

──「働く仲間自身が出資をして」ということですが、いわゆる「本部」的なところだけではなく、保育園や学童保育の現場で働く人も含めて、みなさん出資をされているわけですか。

北川 そうです。学生アルバイトや、生活保護を受けながら働いているケースなど、出資なしで就労者としてのみ受け入れる場合もなくはないですが、原則としては「働く者=出資をして参加している組合員」を目指しています。

──どのくらいの額を出資するのですか? 「働くのに、出資しなきゃいけないなんて…」という人はいないのでしょうか。

北川 センター事業団の場合で最低5万円からです。一括で払えないという人の場合は、入職から半年を目途に給料をもらいながら毎月分割で払っていくこともできます。また、それだけでは団体の資本として十分ではないので、入職後2年以内を目標に、給与の2カ月分を増資してくださいとお願いしています。ただ、これは任意ですし、もちろん分割で支払っていくこともできる。そして、退職するときには全額が戻ってくる仕組みになっています。
 かつては出資に抵抗のある人もいたようですが、最近は労働者協同組合という存在がかなり知られてきたので、仕組みを理解した上で志望して来てくれる人が増えていますね。

「自治体からの委託を受けること」自体が目的ではない

──実際にどんな事業を運営されているのか、具体的な事例を教えてください。

北川 たとえば、私が直接関わっている事例でいえば、東京・世田谷区からの委託を受けて、若者の就労支援を行う「せたがや若者サポートステーション」を運営しています。さらに、その利用者のみなさんと一緒に、地域共生型の就労拠点をつくろうということで、コミュニティ喫茶と就労継続支援B型の施設も立ち上げました。「会社で働く」ことにうまくなじめず自宅に引きこもっていた経験などを持つ若者たちが、同じように悩んでいる人たち、障害のある人たちの居場所をつくりたいと声をあげたことで、開所に至ったプロジェクトです。
 また、豊島区でやはり区から委託を受けて行っているのが、フレイル(加齢による心身の衰えなどで、健康と要介護状態の中間の状態にあること)対策と介護予防を目指す「フレイル対策センター」の管理・運営。このセンターは区の施設内にあり、誰でも一食300円という低価格で食事をすることができる「おとな食堂」も同じ建物の中で開催しています。こちらは、フレイル対策において重要な「孤食」の防止と、障害のある人が働く場の創出という観点から立ち上がったプロジェクトです。

──ワーカーズコープとしての収入は、そうした自治体からの委託事業が多くを占めているのでしょうか。

北川 そうですね。2003年に公の施設の管理・運営を民間に委託する「指定管理者制度」が始まって以降は、その割合が高くなっています。
 ただ、当然ですがすべてが自治体からの委託事業というわけではありません。豊島区のケースでも、委託されているのはフレイル対策センターの管理・運営のみで、おとな食堂はそれとは別の、ワーカーズコープ独自の活動ということになっています。

──おとな食堂は、一食300円ということでそれほど大きな収入が得られるわけではないでしょうが、運営費などはどうしているのですか。

北川 フレイル対策センターのサポーターや利用者さんに声をかけて、おとな食堂の「実行委員会」をつくりました。メニューの決定や買い物、調理、資金繰りなどもすべてこの実行委員会に担っていただいています。食事が無料でできるというだけで、お給料などはなしのボランティアなのですが、食堂の利用者から直接いろいろな困りごとの相談を受けたりする中で、当事者意識も芽生えてくるようで、何人もの方が続けてくれていますね。
 なぜこういう形にしたかというと、私たちワーカーズコープの職員が主導してすべてをやってしまうと、そこには「作る人」「食べに来る人」の関係性だけしかなくなってしまうから。ワーカーズコープが関わらなくなったらそのままおとな食堂も終わりというのではなくて、地域の中にそうした支え合いの関係性をつくりたかったんです。
 そもそも、私たちが自治体の委託事業を積極的に受けるようになったのは、指定管理者制度によって自治体の仕事が市場化され、競争原理が持ち込まれるようになってしまうのはよくない、むしろ行政サービスを「市民化」していきたいという思いがあったからです。受注に際してはプロポーザル(入札)形式が取られることもありますが、私たちにとっての一番の目的は「仕事を受ける」ことではありません。受注して施設運営などに携わる中で、それを起点にコミュニティの課題解決などに取り組んでいく、そのための手法の一つが委託事業だと考えています。
 もちろん、公の予算をしっかりと使うべきところには使うべきですが、一方でやみくもにお金をかけなくても地域住民の力を引き出すことで、まだまだできることはあります。それが、多様な人たちが社会に関わり、活躍する機会をつくることにもつながる。実際に、特に地方においては、委託費が潤沢とはいえなくても、地域の人たちと一緒にその外側にある事業を創っていくことで、事業の持続性も担保しながら町の課題解決につなげていくことができているケースも少なくありません。そのように、私たちの働き方や考え方、手法を取り入れながら行政サービスを担わせてもらうことは大事かなと思っています。

──委託事業以外の独自の事業の場合は、この「おとな食堂」のように、利用される方からの利用料が主な収入源になるわけですか?

北川 補助金などを受けている場合もありますが、基本的にはそうなります。食堂やカフェの他、居場所事業や福祉作業所などを運営している事業所がありますが、いずれにせよ利用者が増えないと収入が増えないことになるので、どうすれば多くの方に利用してもらえるか、常に試行錯誤を続けていますね。
 これは珍しいケースですが、会員制で「居場所事業」をやっている事業所もあります。そこでは習字や麻雀などいろいろなサロンが開かれていて、それを利用する方たちに、サロンにかかる実費とは別の「月会費」を払ってもらうんですね。その会費収入で全体の運営費をまかないながら、各サロンのリーダーさんたちにも、「運営会議」を開いて運営に参加してもらっていると聞いています。
 ただ、いずれにしても、十分な収入が見込めないような事業単体で一つの事業所を立ち上げるということはほぼありません。多くの事業所は複数の事業を担っていますし、事業所開設の段階で、それぞれの事業の継続性があるかどうかを審査することになっています。

──ボランティア団体などだと、収入を得る手段がなくてスタッフの「持ち出し」になっているケースも見聞きしますが、そういうことはないんですね。

北川 そうですね。もともとが失業対策事業から始まった団体だということもあり、ある程度の収入が得られる「労働」を職員に保障できない事業というのは、最初から考えていないところがあるんです。

新しい働き方を示すことで、あらゆる人の可能性が生まれてくる

──ちなみに、介護事業などいわゆるエッセンシャルワークの現場も多いと思いますが、このコロナ禍においてはどのように対応されたのでしょう。施設を閉めるなど、活動をいったん止めたような現場もあったのでしょうか。

北川 結果的には、ほとんどの現場は止まらなかったのですが、ワーカーズコープ全体の方針として「閉める、閉めない」ということは決めず、現場の判断に委ねていました。株式会社などであれば、本部がトップダウンで決めることが多いのでしょうが、私たち労働者協同組合はあくまで現場が基本。現場で、目の前にいる利用者や地域の人たちに対して今、何をするべきなのかを徹底して追求してもらって、それを本部がバックアップする。本当の意味でボトムアップ型の組織であり続けるためにも、これはとても大切な視点だと改めて感じました。
 コロナ禍に限らず、現場の運営などについては、現場で判断してもらうのが基本です。もちろん、組織全体についての一定の方針のようなものは伝えますが、必ずそれに従えということではありません。利用者の声や地域の声に耳を傾けながら、最終的には自分たちで判断してください、という形を取っています。

──昨年10月に労働者協同組合法が成立したことで、「労働者協同組合」や「協同労働」についても、今後さらに注目が集まりそうですね。

北川 もともと実態としては、私たちの団体だけではなく全国で10万人くらいが「協同労働」を実践する形で働いており、事業規模は1000億円にもなるといわれていました。それが今回の法制化で、さらに増加するのではないかと考えています。
 特に今回の法律では、労働派遣業を除くすべての事業領域で労働者協同組合を設立することができるとされているので、今まで考えもしなかったような事業領域にも広がる可能性があるのではないでしょうか。私たちもすでにいろいろと相談を受けていて、中には歯医者さんからのご相談もありました。

──歯科医院を労働者協同組合の方式で運営するということですか。

北川 そうです。すでに多くの患者さんがいらっしゃる歯医者さんなので、通常の治療行為はそのまま続けながら、たとえば口腔ケアの提供など地域の力になるような活動もやっていきたいとおっしゃっていました。その参考にというので、豊島区のフレイル対策センターの見学にも来てもらいましたよ。
 あと、これはすでに事例があるのですが、高齢化などで継続が難しくなっている町内会・自治会などを、労働者協同組合に委託する、もしくは町内会・自治会自体を労働者協同組合として運営していくということも考えられるんじゃないかと思っています。

──どういうことですか?

北川 これは私が北海道で若者の就労支援事業に携わっていたときの経験ですが、駅前のビルにオフィスを置いていた関係で、駅前商店街との関係性が徐々にできていったんですね。最初は就労支援を利用している若者たちが商店街の清掃活動をしたり、商店街のお祭りに出す露店の店番をアルバイトでやらせてもらったりという形だったんですが、その中で「商店会の加盟店が減っていて、事務局が機能しなくなっている」という話が出てきて。そこで事務局の業務をワーカーズコープに委託してもらい、若者たちが一般企業などで働く前のステップとなる「就労チャレンジ」として、アルバイト代をもらいながら事務局業務を担う、そういう仕組みをつくることができたんです。
 また、千葉県のある自治体では、やはり高齢化などで衰退してしまった自治会の機能を労働者協同組合の形で担えないかというので、試験的な取り組みを始めています。たまたまワーカーズコープの職員にそこの住民がいたことから始まったのですが、自治会の人たちと一緒にサロンを開いたりコミュニティカフェを運営したりと、居場所づくり事業の運営を進めているところです。今はコロナの影響でやや活動が下火になってしまってはいるのですが、今後同じような取り組みが出てくる可能性はありますね。

──「協同労働」という働き方がより一般的になっていくことで、どのような変化が生まれるでしょうか。

北川 最近、私たちの団体に新しく入ってきた若い仲間が「こんなに話を聞いてもらえて、意見を受け止めてもらえる場はこれまでになかった」ということを言うんですね。私も民間企業で働いていた経験がありますが、企業の中ではなかなか自分の意見を言う機会はないし、言わないほうが楽だということになりがちです。
 でも、協同労働の場においては、誰もが意見を求められるし、意見を言うことが苦手な人でも、その場にいることによって運営に主体的に参加しているという実感を得ることができる。それによって、一人ひとりが運営について、「働く」ということについて考えるきっかけが生まれてくるということがまず大きいと感じます。さらには事業を進める中で、利用者さんとも活動について相談し合う関係になったり、地域住民を巻き込んで活動を広げていったりと、「一緒にやろう」という関係性が横へ横へと広がっていくという可能性は、私たちも強く実感しているところです。
 それに、たとえば若者の就労支援をするときにも、今はどうしても「一般企業で働く」という選択肢が中心になります。でも、それがどうしても向いていない人もいるわけで。そのときに、企業に入るだけでなく、自分たちのやりたいことを自分たちで、協同労働という形で実現することもできるよ、と示すことができれば、あらゆる人の可能性が地域の中に生まれてくる。コロナ禍で解雇や雇い止めが相次ぐ中でも、自らの力で働く場を起こし、運営していくという新しい可能性を示せるんじゃないかと考えています。

(聞き手・塚田ひさこ 構成・仲藤里美 写真・マガジン9編集部)

きたがわ・ひろし●日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会センター事業団東京中央事業本部事務局長。北海道釧路市出身。中学時代から不登校の子どもたちの居場所づくりなどに取り組み、民間企業に就職後も、まちづくりNPOの活動に携わる。2009年にワーカーズコープに参加、2016年から現職。

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