第193回:年頭、5つの出来事(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 マガ9、今年初めての更新なので、「明けまして…」と書きかけたが、そのまま「おめでとうございます」と続けていいものかどうか、ちょっと躊躇してしまう年明けです。
 暮れから予想されてはいたけれど、予想通りの急激なオミクロン株によるコロナ感染の広がりで、日本列島は震え上がっている。だからぼくも、年賀状の返事に「おめでとう」とは書けなかった。
 それも含めて、年明け早々からあまりいいニュースがない。

① 人質事件と貧困

 8日には、東京・渋谷区代々木の焼肉店に男が牛刀を持って立て籠もる事件が発生。店長を人質にしたが、約3時間後に男は警察官に取り押さえられた。けが人などがいなかったのは幸いだった。
 むろん、男が起こした事は許されないけれど、その続報を聞いて、ぼくは暗然としたのだ。彼は、数週間前から近所の公園などで路上生活を送っていたという。そして、生きている意味が見つからない、大きな事件を起こして死刑になりたい。あるいは、警官に射殺されて死にたい。だが死ぬ前に、せめて焼肉を腹いっぱい食いたい、そう考えてこの焼肉店に押し入ったのだという。
 ほんとうに切ない話だ。この寒さの中、雪の降った6日には、公園でどう耐えていたのだろう。そしてどうにもならない自分に絶望、大事件を起こして死にたいと思った。その最後の望みが、焼肉を腹一杯食べることだったという悲しさ。彼の行為は悪いことには違いない。しかし国は、この国の司法は、ほんとうにこの男を裁けるか?
 彼に限らない。年末年始の無料食料配布所には、ほんとうに多くの人たちが並んでいた。コロナ禍の昨年よりも、今年はさらに列は長く延びていた。幼子を抱えたシングルマザーの姿も多かったという。援助の手を差し伸べているのは、民間のボランティアの人たち。政府(行政)は何をしているのか、としみじみ思う。
 テレビを見ていたら「賽銭泥棒」を面白おかしく取り上げていた。夜中にお寺の賽銭箱からほんの少額の金銭を盗み出す男を、住職が取り押さえたとかなんとか…。しかし、その賽銭箱にいったいいくらの金が入っていたのか。盗んだ金は、多くても数千円に過ぎないだろう。誰かを傷つけたわけでもない。それを取り押さえたと嬉々として話す住職。ぼくは気分が悪くなってチャンネルを変えたので、その後の経過は知らない。だが、食事代にも事欠き、空腹に耐えかねての泥棒だったことは容易に想像できる。
 宗教者とはなんだろう。食事代をあげて、教え諭して解放する。そういうものではないのか。あのジャン・バルジャンのことなんか、この住職は知らないのだろう。テレビの若いディレクターにそんな知識があるわけもない…か。
 貧富の差は広がる一方。そこへ、またもコロナが襲う。職を失う人たちはますます増えるだろう。失わないまでも、給与を減らされ最低生活に落ち込む非正規社員、アルバイトやフリーターの人たち。だが、そこへ政治の救援は届かない。政治の貧困が、人間の現実的な貧困を生み出している。

② 卑しい笑顔

 イヤな笑顔を見た。1月5日のことだ。
 「連合」の新年交歓会が開かれたが、そこに出席したのが岸田文雄首相。現役首相が連合のこの会に出席したのは、安倍元首相以来9年ぶりだという。その岸田首相を出迎える芳野友子連合会長の笑顔……。
 ぼくは、労働組合組織の新年の集いに自民党首相を招くことに大きな違和感を覚えるが、それ以上に、異様なほど喜ぶ芳野会長の満面のミーハー笑顔に吐き気さえ感じたのだ。何がそんなに嬉しいんだよ!
 働く者たちの組織なら、前述のような無料食料配布所へボランティアでもしに出かけたらどうなのか。そのほうがずっと労働組合らしい。しかし、芳野会長にはそんな感覚は微塵もない。一国の最高権力者と同等になったかのような錯覚に陥ってはしゃぐ、バカな人物にしか見えなかった。
 さらに、この会ではもうひとつ特筆すべきことが起きていた。
 岸田首相は壇上で「春闘では低下する賃金の水準を反転させ、新しい資本主義にふさわしい賃上げに期待しています」などと挨拶した。財界と同じ尻尾の自民党総裁からそんなことを言われて喜ぶのなら、労働組合なんか要らないじゃないか。首相の力による賃金引き上げに期待するほうがずっと早道だ。しかし芳野会長は顔いっぱいの笑いを絶やさない。呆れた労働団体の長だ。
 おまけがある。
 この会には、泉健太立憲民主党代表と玉木雄一郎国民民主党代表も出席していた。ところが、泉氏も玉木氏も壇上での挨拶はさせてもらえなかったのだ。これにはぼくも驚いた。芳野会長は「立憲と国民の協力で選挙を勝ち抜いてほしい」と常々言っていたはずだ。それなのに、闘うべき相手の自民党総裁には挨拶させ、支援すると言っていたはずの野党代表ふたりには、挨拶の機会を与えなかったのだ。
 一体どういうことなのだろう?
 この国は、恐ろしいことになってきた。労働団体の長が「新しい資本主義実現会議」とやらのメンバーにおさまり、しかも新年の大事な交歓会では財界とのつながりの強い保守政党の代表にすり寄って、卑しい(とぼくは感じた)笑顔を振りまく。
 これがこの国の現状である。格差拡大を是正することがもっとも大きな労働団体の役割だとぼくは思うのだが、この「初の女性会長」はそんなことは夢にも思わないらしい。女性ということに期待した向きもあるだろうが、その期待は100%裏切られた。
 毎日新聞(12月25日付)で、東海林智記者が書いている記事が、芳野会長の実像に迫っている。少し長いけれど引用させてもらおう。

(略)立憲民主党が議席を減らした結果について問われた芳野さんは「連合は、共産党や市民連合とは相いれない」と述べた。野党共闘を仲介する「市民連合」まで標的にした、と受け止められた。野党共闘の女性候補を応援した女性たちの間では「ジェンダー平等に取り組む人が、同じ志の仲間を排除するともとれる発言はいかがなものか」といった失望が広がった。(略)
報道機関のインタビューでは「民主主義の我々と共産の考え方は真逆」などと述べている。政治スタンスに関連する発言からは「反共」というキイワードが浮かび上がってくる。
共産党に対する拒否感について、芳野さんに尋ねたことがある。その答えとして、出身労組の影響があると明かした。
概要は次の通りだ。
就職したJUKIには共産党の影響を受けた組合があった。これに反発した組合員が同盟系の労組を作った。自分の入社時には、同盟系が多数派になっていたが、組合役員になると共産党系の組合と戦った過去を学んだり、相手から議論を仕掛けられたらどう切り返すかというシミュレーションをしたりした—―。
このような経験から、共産系の組合が社内で宣伝活動などをしていると「会社に混乱を持ち込むのか」と嫌な気持ちになったという。労組専従の道を歩むとの決断が人生の転機になったのと同時に「共産アレルギー」が生まれ、徐々に膨らんでいったのかもしれない。(略)
22年春闘に向けて、芳野さんは「未来をつくる。みんなでつくる。」をスローガンに掲げた。「女性、非正規、中小――。労働現場で過酷な状況にいる人をみんなで支えていくこと」との思いが凝縮したという。しかし「共産党アレルギー」が重荷になることはないのだろうか。(略)

 なんだか、かつて諍いがあったことを根に持っていて、少々エラくなった今になって、ケンカ相手にチクチクと仕返しを始めたイヤなヤツ、って感じがしないだろうか。
 彼女が会長でいる限り、労働組合の再生も、格差是正も、新しい社会も期待できそうにないと、悲しいけれどぼくは思ってしまうのだ。

③ NHKのデマと河瀨監督

 この国最大の労働団体の長がそうであるなら、この国最大のマスメディアでもまた問題多発だ。
 10日の新聞は一斉に「NHKが反五輪デモに金銭で参加との男性のインタビューを確認せずに放送」という内容の記事を流した。実はこれ、昨年暮れからネット上では大きな論議になっていた。それがなぜ10日になって突然、報道されたのか。9日にNHKが謝罪をしたからだ。
 NHK大阪の制作『河瀨直美が見つめた東京五輪』(21年12月26日放送)という番組(注・河瀨直美氏とは、東京オリンピック公式記録映画監督)で、五輪反対デモに参加しているという男性のインタビュー場面に「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」とのテロップを流した。だが、実際にこの「男」がデモに参加していたかどうかの確認をNHKはとっていなかったという。他のマスメディアはこの件を知っていたにもかかわらず報道しなかった。NHK以外のマスメディアも、感度が鈍っている。
 問題が発覚してからNHK側がこの男に確認を取ったところ「実際にデモに参加したかどうか記憶にない」と答えたという。参加したデモを記憶していない、なんてことがあるだろうか。デモに参加した記憶は定かではないのに、金銭を受け取った記憶だけはある? メチャクチャである。
 NHKは「担当者に思い込みがあり、確認できなかった」と言う。「思い込み」って何のことだ!
 これを撮影した人は「金をもらってデモに参加している」という、沖縄等でネット右翼がよく使う論法を、そっくりそのまま信じていたのか。それが「思い込み」なのか。ならば、NHKの制作陣は、ネット右翼の言い分に影響されているとしか思えない。もはや公共放送ではなく自民政権放送である。 Shame On You(恥を知れ!)だ。
 頭にきたぼくは、思わず以下のようなツイートをしてしまった。

私も吉祥寺で行われた「反五輪デモ」に夫婦で参加した。その模様はツイートしたし今も残っているはず。少なくとも私は1円も受け取っていない。当然のことながら交通費もすべて自腹。もし島田氏(注・これを撮影取材した人)の取材が正しいとするなら、それはいつどこで行われたデモで主催者は誰だったのか明らかにする義務がある。

 これに対し「取材源を明らかにするとプライバシー保護に問題がある」とか「デモ参加者の身元確認される恐れがある」などといかにも知った風な反論が来た。だが、デモの主催者や行われた場所は別に秘密でも何でもないし、新聞にも載った事実だ。それを島田氏が明らかにすれば、金銭の授受が本当に行われていたかどうかを知ることも出来よう。
 リクツにもならない反論をするのもまた、ネット右翼の特徴ではある。

 ところで、河瀨直美監督の責任はどうなるのだろう。
 NHKは「河瀨さんには何の責任もありません。NHKとして、河瀨さんにはすでに謝罪しました」とコメントしている。けれど、自分の名前を冠した番組を、河瀨氏が事前に観ていないとは信じ難い。制作側から「ここはどうか、この点はいかがか」と、必ず事前の打ち合わせがあったはずだ。河瀨氏がそれを了承した上でのオンエアであろう。
 河瀨氏に責任がないとは言わせない。今回の問題をどう考えるのか、せめてコメントだけでも公表すべきだ。それが「東京オリンピック公式記録映画監督」としての最低限の義務ではないか。

④ ネットメディア

 メディアの問題について、もう少し付け加える。
 CLP(Choose Life Project)というネットメディアがある。若手のジャーナリストたちが中心になって立ち上げた組織で、素晴らしい番組を矢継ぎ早に繰り出して、大きな期待を集めていた。そのCLPが、立憲民主党から資金援助を受けていたにもかかわらず、それを公表していなかったのはおかしいと、津田大介さんや小島慶子さん、望月衣塑子さんらが抗議声明を発表した。
 確かに、政党や政治団体から資金提供を受けることは、慎重の上にも慎重を期さなければならない。CLPはすでに株式会社化しているとのことだから、営利企業としてスポンサー付きの番組を作ることはあってもいいかもしれない。しかしその場合は、その旨をきちんと明示しなければならない。そうでなければ、それこそ自民党の隠れ別動隊であったことがバレて、いつの間にか活動停止してしまった「Dappi」と同じ轍を踏むことになる。
 まあ、恥ずかしげもなく「大阪府との包括協定」なるものを結んだ読売(ぼくはもう、読売を新聞とは呼ばない。読売は新聞であることをやめたと思うからだ)のような例もあるけれど、それとCLPの問題とはやや性格を異にすると思っている。

 ぼくは、小さいけれど、ふたつのネット上のメディアに関わっている。
 そのひとつはむろん、この「マガジン9」である。ネット上の週刊誌として2005年創刊で、もうじき17年になろうとしている。さまざまな方たちの協力で、細々と続けているけれど、マガ9は政党や政治団体と関わったことはないし、当然ながら、資金援助なんか夢のまた夢だ(ほんとうは、喉から手が出るほど欲しい)。支援者のみなさんのカンパと、連載コラムの単行本化の印税や編集協力費などで、かつかつの活動を続けている。
 もうひとつ、ぼくは「デモクラシータイムス」という市民ネットTV局の代表も務めている。こちらは、発足時に代表のなり手がいなかったので「名ばかり代表理事」である。「マガ9」でも、もはや名ばかり代表になっているけれど。
 ともあれ「マガ9」も「デモタイ」も、政党や政治組織とは一切のかかわりを持っていない。純粋に、支援者カンパ頼みの活動で、だから両方とも貧乏である。
 デモに参加すれば「日当」が貰えるなんてことがあるのなら、ぼくらはみんなでデモに出かけたいくらいのものである。そんな組織をご存知ならば、紹介してくれませんかね、河瀨さん、NHKさん。

⑤ オミクロン株と米軍基地

 オミクロン株の驚愕的な拡大は、とどまるところを知らない。日本では昨年末ごろに感染者数が劇的に減り、これで収束するかも、などといった楽観論も出ていたが、そんなものはどこかへ吹っ飛んだ。
 日本におけるオミクロン株感染の源が「米軍基地」だとは、みんな気づいている。岸田首相だって分かっているからこそ「米軍基地からの不急の外出は極力避けるように、米側に強く申し入れた」などと言わざるを得なくなった。米軍基地への反感が強まることを恐れているということでもあるのだが、感染は否応なく全国規模で拡大している。
 たまらず岸田首相は11日、「水際対策として、新規の外国からの日本入国禁止措置は、原則として2月末まで延長する」と発表した。
 しかし、この措置は「在日本米軍基地」には適用されない。米兵たちは軍用機やチャーター機で、パスポートも持たず、日本側の検疫等のチェックも受けずにフリーで日本へ入国できるのだ。この「水際対策」がザルであることは、誰が考えても分かる。この背後には、米軍の自由な行動を認める片務的な「日米地位協定」の存在がある。
 それでも岸田首相は「日米地位協定の見直しを行うつもりはない」と言う。それが我らの国の首相である。
 「日本は特別だから、欧米のようにコロナは拡大せずもうじき収束する」「オミクロン株は重症化しない。風邪のようなもの。心配する必要なんかない」「なんでも米軍基地のせいにするのが左翼だ」などと言い回る人たちが少なからずいる。
 しかし、実際は人間が移動すれば感染は広がり、経済も疲弊する。

 世界に目を転じても、ミャンマー、カザフスタン、ウクライナ、香港、新疆ウイグル自治区…と、暗いニュースばかりが飛び込んでくる。
 地球は、暗い新年を迎えた…のか。

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。