第581回:もし、生活保護を利用できていたら 大阪の放火事件についての新事実。の巻(雨宮処凛)

 昨年から、嫌な事件が続いている。

 2021年8月に小田急線で10人が重軽傷を負った事件。逮捕された36歳の男は「幸せそうな女性を見ると殺したくなった」などと供述。10月には、この事件を模倣した事件が京王線で起きた。映画『ジョーカー』を真似た服装の24歳の男が乗客を刺し、ライターオイルをまいて車両に火を放ったのだ。逮捕された男は「仕事や友人関係でトラブルがあった。2人殺せば死刑になると思った」と話している。

 翌月には、熊本県内を走行中の新幹線で69歳の男が床にライターオイルをまいて火をつけ、放火未遂で逮捕。「京王線の事件を真似しようと思った」と話している。

 そうして昨年12月17日、大阪の雑居ビル内のクリニックで放火事件が起き、25人が死亡。あまりにも痛ましい事件に日本中が衝撃を受けた。年末には61歳の容疑者も死亡し動機の解明は困難となったが、この事件に対して「拡大自殺」と指摘する声は多い。

 そんな大阪の放火事件について、1月13日、重要な事実が報道された。

 それは、容疑者が昨年と数年前の2回、生活保護の申請について大阪市此花区役所に相談に行っていたものの、受給には至っていなかったということだ。

 男性は土地、建物を所有していたが20年から家賃収入は途絶え、生活に困窮していたものとみられている。ちなみに生活保護は、住んでいない不動産を所有していると処分するよう言われるが、すぐに売れるわけではないので、売れる前に生活保護を利用し、売れたら保護費を返還すればいい。売れるのを待っていたら、その間に餓死してしまう可能性だってあるからだ。また、自らが住んでいる持ち家であれば、資産価値が二千数百万円ほどであれば住み続けながら生活保護を利用できる。容疑者は、このような説明を受けていたのだろうか。ただ漠然と、「不動産あると受けられないんですよねー」というような対応をされてはいなかっただろうか。

 ちなみに15年1月に約150万円あった残高は、昨年1月にはゼロ円になっていたという。

 困窮し、先の見えない状況の中、役所に行ってもなんだかんだと理由をつけられて返される。しかも、2回も。その間にもどんどん生活は逼迫し、精神的に追い詰められ、自暴自棄になったことが事件の引き金のひとつだとしたら一一。そこまで考えて、目の前が暗くなった。

 これまで、水際作戦や生活保護を辞退させることによって起きてきた自殺や餓死事件を調査、取材してきた。行政の違法な対応によって、弱い立場に置かれた人の命が奪われてしまうことは許しがたいことである。

 しかし、今回は当人だけでなく、無関係の多くの命が道連れにされるような形で奪われる最悪の事件だ。もちろん、当人が死亡した以上、本当の動機はわからない。ただひとつ言えるのは、容疑者が生活保護を利用でき、生活の不安が解消されていたとしたら、あのような事件は起こらなかった可能性はありうるのではないかということだ。

 むろん、どんな背景があろうと、容疑者のしたことは絶対に許されないことであることも付け加えておきたい。

 さて、この報道を受け、もうひとつ頭に浮かんだのは、年明けに行った福祉事務所の窓口の対応である。

 年末年始、炊き出しや相談会で出会った人に同行して、年明けから2回、区役所に同行したのだが、どちらの対応もショックを受けるものだった。

 最初のA区は、本人に生活保護申請とは関係ない「家族関係のあり方」について根掘り葉掘り聞き、本人が答えづらい中、精一杯答えると「それってどうなの?」「人としてどうなの?」と高圧的に繰り返した。

 「あの、それって申請と関係ないですよね?」と割って入っても、ほとんど聞く耳を持たない。また、当人が扶養照会に抵抗を感じていることから、扶養照会をしてほしくないという申出書を出そうとすると、「でも、しますから、出すのは勝手ですけど」と口にする。わざと怒らせようとしているのだろうかと勘ぐるほどで、同席しているだけで何度も頭が真っ白になり、悔しさに私まで涙ぐみそうになった。

 もう一人、別のB区に行った際は、私と地方議員が同行していたにもかかわらず、途中まで生活保護申請すらさせてもらえず、施設行きの話が勝手に進められていた。そのことに気づき、慌てて申請すると主張して事なきを得たものの、同行者がいてもこれほど「油断も隙もない」状態ならば、一人で行ったらどれほどの対応をされるのだろう。

 実際、年末年始に会った中には、一人で役所に生活保護申請に行ったものの、「ホームレスに見えない」という理由で追い返されたという若者もいたし、「自力でなんとかしろ」「若いから働ける」などの理由で申請したいのに申請させてもらえなかったケースも多く耳にした。コロナ禍で多くの生活相談を受けているが、ひとつの特徴は、「支援団体に相談に来る前に自分で役所に行っているのに適切な対応をされなかった人が多い」というものである。

 もちろん、中にはちゃんと対応してくれたという話もある。が、最後のセーフティネットが、まるでロシアンルーレットのように当たり外れが大きいなんて、それは「公助」が機能しているとはとても言えない状態ではないか。

 報道によると、容疑者は、生活保護の申請手続きの段階で止まっていたという。途中で「もういいです」などと言って辞退したこともあったそうだ。

 そのことを知って、目の前が暗くなった。

 なぜなら、「もういいです」と途中で席を立たせるようなやり方は、ある意味で常套手段になってしまっているからだ。先に書いたA区の場合も、おそらく私がいなければ、当人は「もういいです」と怒って帰ってしまっていたかもしれない。

 窓口の職員はそれで「面倒が終わる」かもしれない。が、席を立つ方は、その日の行き場もお金もなく、なんのあてもないまま放り出されるのである。せっかく福祉に助けを求め、勇気を振り絞ってやってきたのにそのような対応をされてしまったら「もう二度と福祉の世話にはならない!」と憤慨するのも当然だろう。残念ながら、これまでどれほどそんな声を聞いてきただろう。

 が、何度も書いているように、これは決して福祉に関わる個人の問題ではなく構造の問題である。

 生活保護を利用する人は高齢化などでコロナ以前から増えているのに、現場にまったく増やされない人手。よって、現場の職員はみんながオーバーワークという状態だ。ケースワーカー一人当たりの担当の標準が80世帯のところ、自治体によっては一人で200世帯を担当していたりする。そうなると、「もうこれ以上増えてほしくない」という心理が働く。それによって、水際作戦が横行してしまう仕組みだ。

 だからこそ、人手と予算を増やしてほしいと国に言い続けてきた。もうずーっと昔からだ。しかし、人手は増やされない。だからこそ、丁寧な対応がなされず、最後のセーフティネットからこぼれ落ちてしまう人たちが続出する。

 このことを、国は本気で考え、取り組んでほしい。セーフティネットを分厚くすることで、防げる悲劇は確実にあるのだ。そのことを、本当に本当に肝に銘じてほしい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。格差・貧困問題、脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『ロスジェネのすべて』(あけび書房)、『相模原事件裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(太田出版)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員。