約150年ぶりの改革で「責任主体」となる18歳
民法上の成年(いわゆる成人年齢)を20歳から18歳へと引き下げる「民法等の一部を改正する法律」(18歳成年法)が2022年4月1日に施行されます。18歳成年法が成立したのは2018年6月のことで、当時は「まだまだ先の話」と思っていましたが、コロナ禍を挟んであっという間に歳月が過ぎ、施行まで2カ月余りを残すのみとなりました。
現行の民法の前身である「太政官布告」が成年を20歳と定めたのは1876年4月1日のことです。以来146年もの間、「20歳成年」でずっと通用し、慣れ親しんできました。「数え年」から「暦年」へと年齢計算が変わり、20歳が「大人と子どもの分水嶺」であるという考えが定着し、各地の成人式の対象年齢も20歳が標準とされてきました。法的には、18歳成年法の施行によって成年が2歳引き下げられるに過ぎないともいえますが、社会にとっては憲法改正に匹敵する程度の大改革であると思います。
2022年4月1日、すでに18歳、19歳である者はこの日一斉に成年を迎えます。そして17歳以下の者は、18歳の誕生日を以て成年に達したものとされます。18歳となれば、売買や消費貸借など各種の契約を親の同意なく、単独で行うことができます(ただし、賃貸借など保証人が必要な場合があります)。親権の対象からも外れます。20歳成年の制度下では、18歳、19歳の者が未成年者であることを理由に契約を取り消すことができましたが、これが出来なくなります。契約上は完全な主体として扱われるのです。
ちなみに、7年前には公職選挙法が改正され、選挙権年齢が20歳から18歳へと引き下げられました。18歳、19歳が新たに有権者となりましたが、「選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」と憲法15条4項が明確に定めているとおり、何歳であろうとも、投票選択に関して責任を追及されることはありません。しかし、選挙権との比較でいえば、18歳成年の制度では、18歳を以て法的に完全な「行為主体」となると同時に「責任主体」として扱われる点を看過できません。モノを買えば、買主として代金を支払わなければなりませんし、ローンを組んだら、借主として必要額の金銭を返還しなければならないのです。
政府が認めた、前提条件付きの成年引き下げ
何の施策(対応)も講じることなく成年を引き下げてしまうと、必ずしも判断能力が十分ではない18歳、19歳の者が詐欺や消費者被害に巻き込まれてしまうおそれがあります。とくに18歳は20歳と違って、多くは高校(3年)に在学しているため、同級生間で消費者被害が連鎖しやすいという問題が以前から指摘されてきました。また、大学等に進学すると、生活の自由度が上がって契約上のトラブルが生じやすくなるほか、孤立しやすい環境にあるため、被害等が顕在化しにくいという点も懸念されてきました。
そこで政府は、成年を18歳に引き下げる前提条件として、若年者に対する「消費者教育の推進」を挙げ、18歳成年法が施行されるまでの間、複数の施策をパッケージとして取り組むこととしたのです。2018年4月に「成年年齢引下げを見据えた環境整備に関する関係府省庁連絡会議」が発足し、消費者庁、金融庁、法務省、文部科学省4省庁による「若年者への消費者教育の推進に関するアクションプログラム」(2018~20年度)、「成年年齢引下げに伴う消費者教育全力キャンペーン」(21年度~)が策定されています。
主な施策を要約すると、
「社会科、公民科、家庭科を中心に充実した消費者教育の推進を図ります」
「消費者庁が作成した教材“社会への扉”を全国の高校で活用します」
「実務能力の高い消費者教育コーディネーターを各都道府県に配置します」
「教員免許の更新講習の際に、消費者教育を採用するよう取り組みます」
「ネット広告、SNS等を活用して周知します」
といったことが記されています。
この3年間で消費者教育の効果は上がったのか?
政府が消費者教育の推進のために掲げる施策は、「図ります」「取り組みます」といった定性的な内容のものです。国会の役割になりますが、全国津々浦々での施策の実施状況、効果の程度、浸透度などを検証することが必要です。高校での「社会への扉」の活用は定量的な評価になじむものですが、域内の高校での活用割合(%)を都道府県数で示すと、90%以上が27、80~90%が12、70~80%が6、60~70%が2という状況です(2020年度末時点)。本来なら活用した(活用していない)高校数を端的に公表すべきでしょうが、3年という期間があっても普及していない地域がなお残っていることが分かります。
そして何より、直近2年間はコロナ禍と重なったため(緊急事態宣言下で休校、分散登校の措置が取られた地域もありました)、高校教育の現場では感染予防、クラスター発生回避が叫ばれる中、通常の教科カリキュラムをこなすのが精いっぱいで、消費者教育などに到底手が回らない状況であったことを指摘しなければなりません。コロナ禍さえ無ければ、学外から実務経験者、専門家を招致して講義を行ったりすることが可能だったかもしれませんが、いまなお十分な余裕はありません。18歳成年法の施行の前提条件である「消費者教育の推進」は、まだ客観的な評価が下されておらず、「条件が整った」と確信を持っている者がほとんどいないのが現状です。
最近では吉本興業所属のゆりやんレトリィバァによる「成年年齢―大人になる君へのメッセージ―」とのラップ動画が消費者庁のチャンネルで公開されていますが、再生回数が4千回程度にとどまっています。これは普及啓発に役立っているといえるのでしょうか。消費者庁「18歳から大人 @caa_18sai_otona」1,401名、法務省「成年年齢引き下げ公式アカウント @MOJ_SEINEN18」3,028名というツイッターのフォロワー数(2022年1月24日現在)は、多いといえるでしょうか。
前提条件が整わなければ「18歳成年法の施行を延期すべきである」という提案が当然出てくるはずです。しかし、メディアも含めて、そのような論調は見られません。コロナ禍において、「18歳成年法の施行と前提条件の成就」という課題がすっかり忘れ去られてきたからに他なりません。とはいえ、今から施行を延期することになれば、混乱を大きくするだけです。
国会の検証を継続的に行うべき
18歳成年法(案)の審議において、参議院法務委員会は「(消費者教育などの施策推進の措置が)実施されているか、その措置が効果を上げているか、その効果が国民に浸透しているかについて、効果測定や調査を実施した上で検討し、その状況について随時公表すること」との附帯決議を付けています(2018年6月12日)。
若年者に対する消費者教育は、制度が変わる今に限って意義を有するのではなく、2022年度以降もずっと継続していかなければならないという点で、この決議の内容は重要です。国会はもちろん、都道府県の議会でも域内の高校における消費者教育の実践の状況、課題について取り上げ、解決に導いていくことが必要です。「前提条件が整った」とのごまかしを許さず、何が達成できて、何が達成できていないかを着実に検証し、国民に公表すべきです。「十分に出来ていない」と正直に吐露してもらった方が、家庭、学校、行政で危機感を共有することができてむしろ効果的ではないか、と思うほどです。何より、17歳、18歳の「当事者」が満足する結果が生まれなければ、施策として意味がありません。
いまの18歳はコロナ禍に加え、成年引き下げ、入試制度の改革など様々な困難が立ちはだかりました。これら複合的な困難と向き合い、克服した経験が、将来、政治・社会を担うステージに立つための糧となることを願ってやみません。