国民運動という名目の「選挙対策」
2021年11月19日、自民党総務会(党の最高意思決定機関)の決定により、憲法改正推進本部は「憲法改正実現本部」と看板替えが行われました。しばらく表立った動きはありませんでしたが、年を越して今月1日、実現本部の下に置かれた「憲法改正・国民運動委員会」の会合が開かれています。「タスク・フォース(TF)を置いて、今後全国で研修会などを行う」方針です(以下、実現本部ウェブページの記事を全文引用)。
憲法改正・国民運動委員会「タスク・フォース」が発足
憲法改正実現本部の下にある「憲法改正・国民運動委員会」は2月1日、「タスク・フォース(TF)」を発足させ、初会合を開きました。
TFは全国を11ブロックに分け、衆参国会議員約50人で構成。各都道府県連に立ち上げる「実現本部」と連携し、憲法改正に向けた国民世論の醸成を図っていきます。この日の会合では、当面の取り組みとして、5月の大型連休までに全都道府県連で研修会や対話集会の開催を目指すことを確認しました。
古屋圭司本部長は「憲法改正について国民に広く正しく理解していただくのがTFの役割だ。都道府県連をしっかり支援していただきたい」とあいさつ。「憲法改正の実現に向けて大きな第一歩を踏み出すことになる」と力強く決意表明しました。
新藤義孝委員長も「憲法改正の機運を盛り挙げていくのは私たちの責務。TFの皆さんと智恵を出し合いながら地道に取り組んでいきたい」と抱負を述べました。
TFの設置を憲法改正に向けた本格的な取組みと評価できるかどうか、問題に対する立場の違いもありますが、私には単なる選挙対策(7月の参議院議員通常選挙に向けた、保守票の囲い込み)としか映りません。活動の足場は、党本部、都道府県連を合わせた「自民党」に他ならず、自民党所属議員だけの構成です。「5月の大型連休までに」というスケジュールも、参院選に向けた実績(活動済みというアリバイ)を、政策公約づくりに間に合わせたい意図が透けています。
元々、憲法改正問題は地域性が絡むものではないので(国民投票はすべての都道府県の区域で実施されます)、対話、広報という狙いであれば、オンライン形式での集会を今すぐにでも始めれば済みます。昨年10月の総裁選挙では、コロナ禍のために街頭演説会をすべて中止し、ZOOM(インターネットのビデオ通話ツール)で一般の参加者と繋いで、討論が行われたのも記憶に新しいところです。
また、自民党は都道府県、市区町村の支部に相当な数の役員、ベテラン党員等を抱えるだけでなく、業界団体との日常的な関係があるので、宴会場であろうとオンライン形式であろうと「人集め」にはあまり苦労しません。ちなみに、2月6日にTF第一弾となる講演会が自民党岐阜県連(の建物内)で行われています。古屋圭司・実現本部長(衆院岐阜5区)が講師を務め、同氏のフェイスブックには、県内自治体議員15名程が聴講する様子の写真が掲載されています。
憲法関係の集会という、近年あまり使ってこなかった「ツール」を全国展開し、日本維新の会など憲法改正に積極的な政党に対して優位に立ちたいのが、主たる動機でしょう。しかし、その戦術、効果には甚だしく「?」マークが付きます。
拡張しない(させない)、自民党の改憲論
2日の毎日新聞(朝刊)の記事には、「安倍晋三元首相や麻生太郎副総裁、石破茂元幹事長ら約35人を講師陣に組み込み、憲法集会を開く都道府県連を支援する」とも書かれていました。講師陣のリストを見たいところですが、それはさておき、安倍氏の憲法講話を今更どれほどの人が聴きたいのか、率直な疑問が湧きます。「自衛隊の明記」の件では2018年自民党総裁選の再来となり、安倍氏と石破氏との見解の相違が浮き彫りになることも予想されます。麻生氏は、その場の珍言、暴言を以て、違う意味での注目を集めるだけでしょう。
憲法改正4項目(2018年3月公表)はこの4年間、一度も表舞台に出る(他の政党会派との協議対象になる)ことはありませんでした。私は、すでに陳腐化している(古典化への道を一歩、二歩、踏み出している)と捉えており、「活きたアイデア」として扱うこと自体、誤謬にまみれていると考えます。この点は、主要なメディアも同根、同罪です。
自民党は、意見を異にする層と交流、対話し、合意を幅広く形成していくという憲法論議の基本姿勢を離れて、選挙対策というそれ以上でも以下でもない括りの戦術を立てているにすぎません。国政選挙の前は、いつもこの繰り返しです。仮に、4項目のうち一つでも、自民党が単独で「発議」することを狙うのであれば、その議員数要件(衆参の3分の2以上の賛成)を当然超えなければならないところ、例えば参院東京選挙区(改選6)のうち自民党の候補を4名立てるかといえば、そんなことはする(出来る)はずもありません。
立場の違う政党と十分な協議をこなして案を練り上げていく作業をいつも誤魔化し、4項目という「独自案」を全面に出し、かつ微妙に「遠景」に置いて、憲法改正賛成派層の応援先、投票先として優位に立つことだけを照準に据えるのが自民党の常套手段です。「独自案」が邪魔をすると分かっているのか分かっていないのか、この姿勢が改まることなく、政治史上どれだけの時間が失われてきたか、計り知れません。幾何学で「クラインの壺」というのが出てきますが、入口から出口に向かっていると思いきや、しばらくして入口に戻ってしまうというお決まりの行動様相です。自己肯定感をアップする、満足感にさらに浸りたいのであれば、TFなどという手法を取らず、端的に「実現本部」を「達成本部」と再改称すればよいでしょう。
同じく2日の毎日朝刊は、「主権者の国民が憲法改正国民投票に参加する機会を立法府は奪っている。だからこそ、その環境を整えるために議論を進めなければならない」との、古屋本部長の発言を紹介しています。案件、対象、法的効果など多々異なる点があるものの、地方自治法の規定に基づき各地で住民投票条例制定の直接請求が行われた件について、住民の投票権行使の機会を悉く奪ってきたのは他にもない自民党です。これほどコントラストの強い二枚舌は珍しいと思います。
早く、衆参本会議“オンライン出席”容認の道筋を
今は、リアリティの無い動きに没入している自民党よりも、衆院憲法審査会の状況の方が気になります。あす(10日)は憲法審の定例日に当たります。この原稿を書いている時点では見通し不明ですが、無事に開会されることを願っています。
想定される自由討議では、憲法第56条を念頭に、いわゆるオンライン国会(パソコン、スマートフォンなどの通信機器を利用した議場外投票)を可能とする解釈を早期に確定させる(憲法適合性を確認する)ことを期待しています。この考えは、国民民主党の玉木代表が今月1日、公明党の北側中央幹事会会長が同3日の会見の中ですでに言及しており、憲法審の幹事懇談会の場を通じて、自民党側にもその問題意識は共有されています。
憲法、衆参の議院規則は、議員の「現場表決」を定めています。条文はこうなっています。
1 両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
2 両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
●衆議院規則第148条(現場表決)
表決の際議場にいない議員は、表決に加わることができない。
●参議院規則第135条(同)
表決の際に、現に現場にいない議員は、表決に加わることができない。
そもそも「出席」とは、読んで字のごとく「議員本人が衆参の本会議場にいること」を指すと解釈され、衆参の規則、先例も含めて70年以上、例外なく扱われてきました。そのため、妊娠・出産等の理由で本会議に出席できない女性議員は、国会の会期中であれば都度、「欠席」の手続きを取らねばなりません。負担の大きさ、取扱いの不当さが女性議員の進出、活動を阻む問題があるとして、以前から指摘されてきたところです。
昨今のコロナ禍においては、特に、議員の感染予防の観点で主張されています。2020年春以降、多くの勤労者に対してテレワークのお願いが継続しているにもかかわらず、国会だけ「現場出勤」が厳格に要求される制度運用が続いているのでは、甚だ呆れてしまいます。
現状では、党派を超えて大多数の議員が、オンライン環境における「出席」も可能と解しているように見受けられます。本来、議院規則を所管するのは憲法審ではなく議院運営委員会ですが(衆規第92条第16号⑵、参規第74条第16号⑵)、その憲法適合性解釈の部分だけ抜き出して、議院規則の中に「オンライン出席」という例外規定を設ける道筋を立てることは、「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行(う)」(国会法第102条の6)憲法審査会の役割として相応しいと思います。
憲法審による「憲法解釈の確定」は、変に気張る話でもない
それでは、憲法審でどうやって憲法解釈を確定させるか。具体的な先例がなく、イメージが難しい所ではあります。誰かが、憲法第56条「出席」の解釈に関する動議を提出して、それを採決する方法が最もクリアですが、自由討議を開いて委員に自由に意見を述べてもらった上で、「議員がパソコンなど通信端末機器を利用して本会議に出席、表決できるという意見が多く述べられました」と、最後に審査会長が締め括ることでも可能だと思います。憲法審の役割はそこまでで、その後、議院規則改正の立法作業に関して、議運委にバトンを引き継げばいいのです。
憲法審が「憲法の番人」たる役割を担うことに違和感を覚える方がいるかもしれませんが、(最高)裁判所や内閣法制局だけではなく、衆参各議院ないし個々の議員も当然、その権限を有します。逆の言い方をすれば、日常、「憲法違反」と考えて法律案に賛成する議員もいなければ、法律案を提出する議員もいません。当然、「合憲」と考えて採決に臨んでいるわけです。
例えば、すでに世間で忘れ去れている特定秘密保護法(2013年)では、自民党、公明党などの議員は「合憲」と考えて法案に賛成していますし、「違憲」と考えた山本太郎参院議員(当時)、共産党、社民党などの超党派は、特定秘密保護法を廃止する法律案を提出しています。国会では結局、法律案の憲法適合性に関しても多数決によっているにすぎない(最高裁で制定法が違憲無効であるとする判決が確定するまでは有効)のです。この点、「個々の議員に憲法判断をする権限が無い」と捉えてしまっては、山本議員は廃止法案を提出できないという結論になってしまいます。憲法審による「憲法解釈の確定」は当然、自明のことであり、変に気張る話ではありません。
元々、取り組もうと思えば、議運委でも出来ることです。しかし、コロナ禍対応の中で議院規則改正の件までなかなか頭が回らない状況にあり、議論自体が滞るようであれば特段の急用がない憲法審で憲法解釈の部分だけまず解決させるというのは、かなり合理的な手法です。自民党は、玉木・北側提案をしっかりキャッチして、衆も参も憲法審の動かし方を再考すべきです。一回の自由討議で無理なら、二回目、三回目で決着すべきです。自民党だけに文句を述べても致し方ないですが、週一回の定例日が潰れていく毎に、貴重な議論の機会がどれほど失われていくか分からず、不満だけが募ります。