第200回:『戦争と平和』(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

トルストイが遺したもの

 おお、このコラムが今回で、連載200回目に到達!!
 そのめでたい回に、なんともやりきれない「戦争」について書かなければいけないなんて、悲しいなあ……。
 『戦争と平和』という巨大な小説がある。「巨大」な「小」説って、なんだか矛盾している言葉のようだけれど、そうとしか言いようがない。
 作者はむろん、ロシア文学ではドストエフスキーと並ぶ2大巨匠のトルストイ。そしてこの『戦争と平和』は、ロシア文学の金字塔であり、ナポレオン戦争の時代を描くいわゆる「大河小説」である。むろん、何度か映画にもなっている。
 高校時代に読みかけて挫折し、大学生の時にようやく読破した記憶がある。まだ若かったぼくは、この小説が描く戦争がもたらす悲劇と平和への希求の両面を、うまく感得できなかったのだ。平和は戦いとるべきもの、というぼく自身の若い思い込みとの差異の大きさに戸惑っていたのかもしれない。しかし、トルストイの描く女性像、ことにナターシャに惹かれた……。
 小説の主な舞台がロシアであった。そのロシアが、いま「戦争」を繰り広げている。プーチン大統領は、いったい何を求めて戦争に踏み切ったのか。プーチンは、祖国の大文豪のあの名作を読んだことはなかったのだろうか?
 「戦争」と「平和」が物事の両面であってはならない。平和の裏側に戦争が貼り付いているような世界であってはならない。
 しかし、やはり「平和は戦って奪い取るもの」という感覚が世界を支配している。プーチン大統領だって、「ロシアの平和には、戦争が必要だ」と思ったのだ。ぼくの「よい戦争などない。戦争には絶対に反対だ」というツイートに「戦わなくてはならないときもある」と返してくる方もいる。その考えを否定するつもりはまったくないけれど、いまのぼくであれば、「逃げる」と答える。

イラク戦争とウクライナ戦争

 かつて「イラク戦争」があった。2003年、当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領が、「イラクのフセイン政権は大量破壊兵器を隠し持っている」との誤情報にまんまと乗せられ、「イラクの自由作戦」と称してイラクへ攻め入った。だが、いくら捜索しても大量破壊兵器など見つからなかった。つまり、まるで見込み違いの戦争だったわけだ。
 この戦争でイラク人は約50万人が殺害されたという。対して米軍の死者は5千人弱。つまり、強国の圧倒的な軍事力の前に、なすすべもなく米兵の100倍のイラク人が死んでいったということになる。圧倒的な非対称、それが現代の戦争の残酷な真実だ。
 あのとき、ぼくも「反戦デモ」に加わった。戦争はいつだって悪だと思うからだった。今回も、小さな反戦運動に加わっている。でも、あの「イラク戦争」のときと、今回の「ウクライナ戦争」では、緊迫感の度合いがまったく違う。
 なぜか。
 今回の「ウクライナ戦争」も、あの「イラク戦争」と似ている。大国が小国へ攻め入るというパターン。確かに似ている。しかし、決定的に違うのは、戦争の終わり方だろう。イラクでは、圧倒的な米軍(他にも参戦国があったが)の攻勢で戦闘は短期間で終わり、後始末(戦後復興)が問題になるだけだった。むろん、戦後復興はなかなか進まず、イラク国民の苦難は簡単には終わらなかったのだが。
 だが今回のウクライナ戦争は、そうはいかない。
 つまり、大国対小国という姿は似ていても、イラクには後ろ盾がいなかった。今回はウクライナの背後にアメリカとEUが控えている。つまり、ほんとうに最悪の場合、大国対大国という考えたくもない事態に発展する可能性だってあり得る。しかもそうなれば、それこそ最悪のさらに最悪の事態、すなわち「核使用」という人類危機に直面する。
 映画『マッドマックス』以来、描かれ続けている核戦争後の地球。映画ならばハラハラドキドキ、面白がって観ていられるけれどもしそれが現実となったら……。
 それにしても、アメリカといいロシアといい、大国は大国の論理を振りかざして小さな国を抑えつける。ローマ帝国の昔から帝国主義時代の植民地争奪、そして冷戦期の勢力範囲の拡張競争……。人間というものは、科学技術は進歩させたかもしれないが、ただそれだけのつまらぬ存在だったことを思い知らされた。

そして、核の恐怖

 ソ連崩壊後の世界は冷戦終結に伴い、戦争は、東西の体制間の争いではなく、むしろ「テロリズム」に対処するためのものになっていった。つまり、国家同士が正面から向き合うという形の戦争はほとんどなくなり、組織や個人を対象とする「対テロ戦争」が主流となってきたのだ。
 各国の原発の建設費が膨大に増加したのも、対テロ施設や防護設備の費用がとてつもなく嵩んできたからだ。それほど核が恐ろしいという認識は世界共通だ。ところが、プーチン大統領は、進まぬウクライナ制圧にしびれを切らしたのか、その恐ろしさを露わにし始めたのである。
 こんな記事があった(朝日新聞2月28日付)。

核戦力「特別態勢を」プーチン氏

 ロシアのプーチン大統領は27日、ショイグ国防相、軍参謀総長と協議し、核戦力を含むロシア軍の戦力を特別態勢にするよう命令した。北大西洋条約機構(NATO)のロシアに対する攻撃的な姿勢に対抗するとしている。「核戦力」を軍事圧力に使い始めたことで、欧米との対立はさらに激化しそうだ(略)。
 「核戦力」をちらつかせることで、制裁を強めた欧米を牽制する狙いとみられている。

 冗談にも使ってはならない言い回しを、巨大核帝国の現役ロシア大統領が口にした。ぼくは本気で背筋が凍った。
 アメリカやEUが、ロシアへの経済制裁の最終的な強硬手段とみられていたスイフト(SWIFT=国際銀行間通信協会)からロシアの銀行の排除を決定した。世界でのロシアの経済活動能力を奪うことを意味する。すなわち、貿易等の国際間の商取引をロシアは封じられるということだ。
 ウクライナの首都キエフ制圧に手間取っているうえに、国際間取引が不可能という状況に追い込まれるとなって、プーチン大統領の感情は爆発寸前なのかもしれない。

もう、書けない

 こんな事態に悪乗りして、またもあの安倍(もう敬称なんか絶対につけてやらない。この男にそんな価値はない)がしゃしゃり出てきて「核共有論議を日本も始めるべきだ」などと言い始めた。
 踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら~~とばかりに、踊り出したから始末に悪い。さすがに岸田首相は「非核3原則」を持ち出して、それを否定した。

 と、ここまで書いたとき、電話が鳴った。
 親しい友人の訃報だった。
 ぼくが月刊「明星」という雑誌の編集部にいた時の後輩で、小泉今日子や田原俊彦、ゴダイゴ、チャー(竹中尚人)、世良公則&ツイスト、チェッカーズ……などなど、錚々たるタレント・ミュージシャンを担当して「明星に水野あり」と言われた男だった。バスケットボールを愛し、快活で誰にでも好かれる男だった。
 がんを患い、あまり具合がよくないとのことで、ぼくは2月27日に見舞いに行った。かつて、同じ編集部にいた連中が何人か集まっていた。思い出話をしながら、ぼくの手を握って「嬉しいなあ、会いたい人に会えて、嬉しいなあ……」と繰り返していた。言葉も思い出話もしっかりしていたので、もう少しは大丈夫だろうと思いながら帰った。
 若いころ、ぼくの家へよく遊びに来ていた。思い出は、山ほどある。
 さっき(3月1日)電話。この原稿を書いている最中だった。
 ぼくらが会った翌日(28日)に亡くなったという。
 切なくて、もう何も書けない……。
 原稿が尻切れトンボになってしまったが、勘弁してください……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。