第202回:ふるさと納税、税金の無駄遣い(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

「戦争」を強制消去する

 「戦争」という二文字が頭の中で渦巻いて、このところ、悪い夢ばかり見ている。

 ぼくがまだ少年だったころ、「キューバ危機」があった。
 アメリカの裏庭と言われるカリブ海のキューバに、ソ連がミサイルを配備した。それに激高した米ケネディ大統領がソ連のフルシチョフ首相と真っ向から対立。米ソの間で核戦争が勃発か、と言われた。それが1962年。
 日本で炸裂した2発の原爆の記憶がまだ生々しい時代で、原爆についての議論は、ぼくら高校生たちにもよく知られていた。だから原爆の恐ろしさは身に沁みていた。
 もうじき世界が終わるかもしれない。ぼくは、絶望した。
 勉強したって何になる? もうじき世界は終わる。ぼくも、ぼくの家族も、仲のいい友達も、みんなこの世から消える。なんでみんな平気なのだろう? なんで平気な顔をして授業を受けていられるのだろう?
 そんな思いでぼくはぼんやりと、高台にあった高校の窓から青い空と流れる白い雲を見ていた。教師の声がぼくの耳朶を通り過ぎていった。確か、地学の授業だった。

 いま、ロシアは核使用もちらつかせてウクライナを、そして世界を揺さぶっている。どんな理由があろうとも、そんなものを使っちゃいけない。
 そう思っていたら、今度は生物兵器の使用が浮上してきた。ロシアは「ウクライナがアメリカと共謀して生物兵器の作成を急いでいる」と非難し、逆にアメリカは「ロシアは生物兵器使用に踏み切る準備をしているのだ」と応酬、もはや泥仕合だ。
 アメリカだって他国のことは言えない。ベトナム、イラク、アフガンと、第2次大戦後もアメリカは大義なき戦争をし続けてきたし、とくにイラクには開戦の理由とした大量破壊兵器などなかった。
 もう、ぼくはニュースを追うのに疲れた。
 考えれば恐ろしくて、悪夢の中に漂うしかなくなる。
 「老人性鬱」というやつなのかもしれない。この歳になって精神安定剤のお世話になるつもりもないけれど、どうすればいいのだろう?
 しばらく、「戦争」をぼくの頭の中から強制消去する。

泉佐野市は勝訴したけれど…

 それでも新聞は読む。
 戦争以外だって世の中は動いている。ふと、こんな記事(東京新聞3月11日付)が目にとまった。

泉佐野市、交付税も国に勝訴
ふるさと納税巡り減額違法 大阪地裁判決

 ふるさと納税で多額の寄付を得て財政に余裕があることを理由に国が特別交付税の減額を決定したのは違法だとして、大阪府泉佐野市が国の決定取り消しを求めた訴訟の判決で、大阪地裁(山地修裁判長)は十日、市側の請求を認め、減額決定を取り消した。寄付を一定額集めたことによる減額は地方交付税法の委任の範囲を逸脱しており、違法と判断した。(略)
 泉佐野市への特別交付税額は、減額前の二〇一八年度十二月分が四億三千百二万円だったのに対し、十九年度十二月分は七百十万円とされるなど大幅に減った。(略)

 要するに、泉佐野市は「ふるさと納税」でいっぱいお金を集めたのだから、国からの地方交付金を減らしたってかまわないだろう、という国の言い分を、そりゃ法の趣旨に反しますよ、と裁判所が判断したということである。
 泉佐野市は、豪華な返礼品を用意して超積極的に「ふるさと納税制度」を活用、2018年には実に497億円にものぼる膨大な金を集めた。それを問題視した国が、2019年に泉佐野市を制度の適用外として、交付税額を前述の記事のように減額した。これに対し、泉佐野市が除外は違法であるとして裁判を起こしていた、ということだ。
 なるほど、裁判所のこの判断はその通りかもしれない。
 だが、ぼくはこの「ふるさと納税制度」自体が、税の公平という趣旨から激しく逸脱していると思うのだ。

税金が高級和牛に化けていく

 菅義偉前首相が異様にこだわったのが、この「ふるさと納税制度」だった。
 税収の多い豊かな都会から、過疎に苦しむ田舎へ税金を回す…と言えばなかなかいい制度だと思われるのだが、その設計がメチャクチャだったから、ものすごく歪な制度になってしまった。菅前首相の人気取り政策の、これは大失策である。
 出身地を離れた人が遠いふるさとを思い、少しでも役立ててほしいとふるさとへ納税する、というのであれば、それは温かいエピソードということになろう。だが現状はどうか? ほとんどが豪華な返礼品に釣られてのものではないか。それも「ふるさと」とは縁もゆかりもない市や町への「納税」だ。
 いったいどこが「ふるさと納税」なんだ?
 当該の市町村の特産でも何でもない物品を「ふるさと納税」のお返しとする。中には宝石や高級時計など、なんで納税と関係があるのかと、首を傾げたくなるものもある。挙句の果てに、アマゾンの商品券まで出現する。
 もはや法の趣旨もへったくれもない。とにかく金を集めることだけが目的化しているみたいだ。
 総務省が2019年8月2日に発表した「ふるさと納税に関する現況調査結果」によれば、2018年度「ふるさと納税」の総額は全国で5127億円となっている。
 その中で、多かった自治体は、

 大阪府泉佐野市 約497億円
 静岡県小山町 約250億円、
 和歌山県高野町 約196億円 など

 逆に、税収が減少したのは、

 横浜市 約136億円、
 名古屋市 81億円、
 大阪市 74億円、
 神奈川県川崎市 56億円、
 東京都世田谷区 53億円 などとなっている。

 本来、住んでいる自治体に納めるべき税金が、どんどんモノに釣られて他の自治体へ流出している。しかも問題なのは「ふるさと納税」として入った金の20%から、自治体によっては40%ほども返礼品の代金として使われているということだ。
 たとえば、A市は「ふるさと納税」金額の30%を返礼品に充てるとする。すると100億円が入った場合、そのうち30億円が返礼品の代金として消えていく。それでもA市には70億円が残る。A市はウハウハである。
 もし「ふるさと納税」という制度がなければ、返礼品の費用として消えることなく、横浜市や名古屋市で住民ために使われていたはずの金だ。
 つまり、本来の税金として使われるはずの金の20~40%ほどが、高級牛肉や海産物や宝石や商品券として使われ、税金そのものが消えているということになる。
 税金が税金ではなく、高級牛肉や宝石に化けているという事実。こんなバカげた制度は、世界中で見たことも聞いたこともない。

菅首相のアホな置き土産

 以前お会いした時、東京都世田谷区の保坂展人区長がけっこう怒っていた。
 「多額の世田谷区の税金が他の自治体に流れているのです。それだけのお金があれば、区民のためのインフラ整備や行政サービスにもっと役立てることができます。高齢者施設や子育て事業にも使えます。この制度はおかしい」
 その流れた金が、流れた先の自治体ですべて有効に使ってもらえているならまだしも、そのうちの2~4割が高級和牛肉などの代金で消えていく。そりゃ、保坂区長が怒るのも当たり前だろう。
 ひとりの権力者が異常に執着してムリヤリ実現させた制度が、税制そのものを歪めている。こんなアホなことがあるか!

 日本の税制はおかしい。
 企業減税と消費増税がセットになっている。
 資産家への課税は頭打ちだし、株取引への課税もどこかへ消えた。
 その陰で、高齢者医療費の窓口負担や介護保険料は増えていく。
 生きていくのがつらくなるような国にしてはいけない。
 でも、ウクライナでは、生きていくことさえできなくなっている。
 結局、ぼくの思考はそこへ戻っていく。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。