自民党は現在、憲法改正実現本部「憲法改正・国民運動委員会」のタスクフォースが主体となって、各地で憲法集会を開いています。5月のGW前に47都道府県すべてで集会を行う計画をしているようですが、集会に出席しているのは主に党所属の都道府県議会議員、市町村議会議員であり、一般の市民は自由に参加できません。誰が見ても「国民運動」の体を成しておらず、単に考えが同じか、近い人たちが集う「自民党の会合」です。ともあれ、7月の参院選前に「憲法改正の気運を醸成した」満足感に浸っておきたいのでしょう。
今回取り上げるのは、その憲法集会で配付されている資料(全4頁のチラシ)についてです。改正実現本部事務総長の新藤氏が、自身のFB(投稿日:3月28日)に資料(「日本国憲法の改正実現に向けて」)を挙げていましたので、それをもとに解説していきます。例の憲法改正4項目、条文イメージに触れている1~3頁は省略し、「憲法論議のこれから」という大見出しが付されている4頁をご覧ください。国民投票法改正の議論の進め方についての見解が示されていますが、看過できない(許されない)内容です。
4頁の左側ですが、
①投票環境整備など投開票に関わる「外形的事項」に関する部分
②CM規制などに代表される「投票の質」に関する部分 で構成。
とあります。が、いきなり「外形的事項」とか「投票の質」とか、言葉の論理が飛んでしまって、代名詞的に意味が通じない用語が出てきます。あまりに意味が判らないので、これらを合理的に解釈するところからスタートです。
まず「外形的事項」ですが、公職選挙法の規定との比較表が載っていることから、有権者にとっての投票環境の向上策、投開票に際しての実務上の手続について、選挙と国民投票で制度上の較差が生じないようにしたい、そのための制度改正に取り組みたいと言いたいのでしょう。
また、「投票の質」ですが、国民投票運動の期間中に行われる広告放送(CM)を現行法どおりにしておくと(投票日14日前から禁止)、少なくとも15日前までは量的な規制が及ばないばかりか、賛成派のCM、反対派のCMいずれかに偏ることで有権者の判断が「質的に」影響を受け投票に臨んでしまう(結果に影響してしまう)弊害がある、との問題意識を表現していると解釈できます。これについては、4頁の右側になりますが、『国民投票運動の「自由」と「公平・公正」のバランスを図る観点から、可及的速やかに議論を進めていく』とあります。ここで言っていることは普通に正しく、何の異議もありません。
「否か」「妨げない」という問題表現
問題は、次の段落です。「国民投票法改正案の修正事項について」というところで、2021年6月に成立した改正国民投票法の附則第4条について触れられています。
国は、施行後3年を目途に、次の事項について検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとすること。
一 投票人の投票に係る環境を整備するための事項
二 CM規制など国民投票の公平及び公正を確保するための事項
雑ですが、一応、附則第4条の要約です。改正国民投票法は2021年9月18日に施行されているので、「施行後3年」とは2024年9月18日と置き換えてください。
そして、その下の一文をよく読んでみてください。
とあります。上の要約とは異なって「否か」の二文字が追加されているのが分かるでしょうか(下線:筆者)。法文を超えて、「措置を講じない」という否定の意味をわざわざ足しています。検討の結果として「措置を講じない」ということはあるかもしれませんが、検討を行う前からわざわざ書き足し、ことさら強調する必要はありません。現にこういう内心、意図を持っていることの反映でしょう。
さらに、
とあります(下線:筆者)。このくだりを読んで、私は思わず驚愕してしまいましたが、前段では、附則の検討条項を解決しなくても、国会は憲法改正の発議をできるし、そのまま国民投票につなげられる、と言っています。「妨げない」とは、そういう意味です。国民投票法改正など取り組む意欲はないという、自民党の本音がじつに露骨に表現されていると思います。
例えば、次回の国民投票法改正では、2019年公職選挙法改正の内容を横並び的に反映させなければなりませんが(それが、要約の一で示している「投票人の投票に係る環境を整備するための事項」に該当しますが)、それを無視して、選挙に比べて古い条文のまま国民投票をやってしまおう(やることは可能だ)と本気で考えているのでしょうか。
また、CM(広告放送)だけでなく、デジタル広告の規制のあり方についても関心が高まっている昨今、法的な手当てがノータッチなままで、衆参総議員の3分の2以上というコンセンサスが得られると思っているのでしょうか。これで、憲法改正に前向きな他の政党も賛成に回ると見なされているのであれば、随分なめられたものです。
そして、国民投票運動の方法、期間中の社会の様子がまったくと言っていいほどイメージできていないのではないでしょうか。選挙運動とは似て非なるものです。自民党が考える「国民投票の公平・公正」とは何なのか、一度聞いてみたいところです。
「二枚舌」を許すな
前記の一文、前段と後段で意味がつながらない部分もありますが、「同時並行」をどう行うかの説明はなく、現実に行われていないことからしても、ことさら「国民投票法改正の議論で、憲法改正本体の議論は邪魔させない」という牽制、圧力だけが伝わってきます。じつに歪んだ覚悟だといえます。
2月からほぼ毎週開催のペースを維持している衆議院憲法審査会では、自民党の幹事、委員が国民投票法改正の必要性について都度触れるものの、いざ国会外の会合では「国会発議、国民投票を妨げない」と喧伝する、この「二枚舌」をメディア、他の国政政党、議員はしっかりと批判してもらいたいところです。各集会の様子を想像するに、多くの時間を憲法改正の必要性に費やして、国民投票法改正など手続的、技術的な問題は流す(少し触れる)程度ではないかと思いますが、自民党が考えるほど解決は容易ではないということをはっきりと指摘しておきます。
改正法の施行からすでに7カ月近くとなります。法整備の期限の目途(2024年9月18日)まで、あと2年5カ月です。国会は会期制を採るので、一年が実質的に30週くらいしかなく、行動を起こさなければあっという間に、時間だけが過ぎてしまいます。普通なら、衆議院の解散・総選挙が行われないタイミングを見計らって(早めに)、与党側から国民投票法改正に関する各党協議の呼びかけがあるのではないかと予想されますが、まったくそんな気配は感じられません。元々、取り組む姿勢がないのですから、当然と言えば当然かもしれません。
附則が生まれた経緯を改めて問いたい
そして、あわせて問い質さなければならないのが、2021年4月、法案審議の際、改正法附則4条を「動議」として提出し、自民党ほかの賛成を集めて一気に成立の筋道を立てた立憲民主党の意図についてです。維新、共産、国民の3会派が質疑、本会議討論の申し出をしたにもかかわらず、それを排し、自民党とのスクラムで粛々と採決に持ち込んでいった、あの過程は一体何だったのかということです。
思えば、都議会議員選挙、衆議院議員総選挙を控えた時局にあって、憲法改正積極派の市民に向けては、改正法成立促進の㏚(徒に反対、抵抗しているわけではないというアピール)として、憲法改正消極派の市民に向けては、国民投票法の追加改正を要する「3年」を盾に取り、憲法改正論議を事実上封印する戦術として活かすべく、積極・消極双方に調子よい顔向けを狙っただけではなかったでしょうか。この点を突くと、当時の「立・共共闘」に水を差すことになるので、あまり触れない方がよいという空気がその後醸成されていきましたが、「内股膏薬」という言葉が指すように、結果、双方から距離を置かれることになったのは皮肉でしかありません。
あれから1年経って、自民党から大きな「空手形」を掴まされ、説明が付かない事態に至っていることをどう受け止めているのか、改めて語ってもらう必要があるでしょう。当時、この法案修正により「自民党の改憲策動からの危機を救った」などという的外れな言説があったことも、私は忘れていません。
5月3日は憲法施行75年の記念日で、同18日は国民投票法公布15年の節目です。じわじわと先祖返りする政治の実態に、怒りを超えて失望だけが湧いてきます。
*最後に、改正国民投票法附則4条を載せておきます。これが正規の条文です。
一 投票人の投票に係る環境を整備するための次に掲げる事項その他必要な事項
イ 天災等の場合において迅速かつ安全な国民投票(日本国憲法の改正手続に関する法律(次号イにおいて「国民投票法」という。同号において同じ。)の開票を行うための開票立会人の選任に係る規定の整備
ロ 投票立会人の選任の要件の緩和
二 国民投票の公平及び公正を確保するための次に掲げる事項その他必要な事項
イ 国民投票運動等(国民投票法第100条の2に規定する国民投票運動又は国民投票法第14条第1項第1号に規定する憲法改正案に対する賛成若しくは反対の意見の表明をいう。ロにおいて同じ。)のための広告放送及びインターネット等を利用する方法による有料広告の制限
ロ 国民投票運動等の資金に係る規制
ハ 国民投票に関するインターネット等の適正な利用の確保を図るための方策