第206回:ああ、焼け太り!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

「文通費」の改悪

 国民が黙っていると好き勝手ばかりする連中がたくさん巣食っている場所が、東京のド真ん中にある。偉そうな石造りの建物の中だ。
 「焼け太り」という言葉がある。広辞苑には「火事に遭って、その後の生活や事業が以前よりかえって豊かになること」という説明があった。火事で家を失ってしまったが、保険金やら見舞金などがどっさり入って、「焼ける前より立派な家が建っちゃった、ウフフ」てな状態のことをいうのだろう。
 その典型のような法改定(絶対に「改正」じゃない!)を、こともあろうに国会で、与野党議員たちが一緒になって議決しちゃったのだから、ふざけた話だ。共産党は反対したけれど、立憲民主党も国民民主党も、むろん維新の会も賛成して決めてしまったのが「調査研究広報滞在費」というわけのわからない名称だ。
 元は国会議員ひとりに月額100万円を支給していた「文書通信交通滞在費」(略称・文通費)である。歳費(国会議員の給与)とは別に、毎月100万円が支給され、議会活動用との名目で通信費や出張交通費、宿泊費などに使用するための費用だった。ところがこの金、使い方もいい加減なら、その支給の仕方もまたひどかった。
 例えば、ある月の31日に議員になった者へも、なんとその月の分の100万円がそっくり支給されていた。つまり、たった1日しか在任期間がなくても100万円全額支給である。日給100万円なんていうおいしい仕事、大企業の経営者でも滅多にない。あんたら、カルロス・ゴーンかよ?
 さすがに「こりゃおかしいぜ」と、思わず言っちゃったのが、昨年の衆院選で初当選した維新の小野泰輔議員。そこから火がついて、国民の“ふざけんなコール”が巻き起こってしまった。「これはまずいな、来年(今年のことです)の参院選に影響しちゃうかも」というわけで、各党は「文通費の見直し」を急に叫び始めた。しかし、本音は「やっぱり欲しいよ」なのである。そこでどうしたか?
 東京新聞(4月16日付)の記事を参照してみよう。

使途を拡大 返還は先送り
文通費改正法 成立

 国会議員に月額百万円が支給される「文書通信交通滞在費」の日割り支給や名称変更に関する改正国会法などは、十五日の参院本会議で与野党の賛成多数により可決・成立した。共産党は反対した。名称を「調査研究広報滞在費」に変える。使途公開や未使用分の国庫返納の課題は先送りされた。与野党は今国会中に結論を得るとしているが、自民党に消極論が根強い。実現するかどうかは不透明だ。
 日割り計算は、議員に当選して任期が決まった日からとする。任期が満了して退任する月や、自らの意思で辞職した月も日割りとするが、衆院解散や在職中の死亡の場合は、月額支給を維持するとした。(略)
 名称変更に併せて、支給目的の条文は「公の書類を発送し、公の性質を有する通信をなす等のため」から「国政に関する調査研究、広報、国民との交流、滞在等の議員活動を行うため」に変えた。使途拡大を図り使い勝手を良くしただけとの指摘も出ている。(略)

 まったく呆れ果てる! 元は「公の書類発送や公の通信等」のために使うと、一応は決めていたのだ。それを、「おかしいじゃないか」という批判を逆手にとって「はい、日割り計算はします(でも使いみちは拡げちゃいますよ、こっそりと)」というわけだ。
 だいたい「国民との交流」って何のこと?
 後援者を招いての宴会費だって「国民との交流」と言い逃れられる。いままでは多少の歯止めの条文があって、大っぴらにはできなかった宴会費も、これで堂々と支払えるわけだ。これを「焼け太り」と言わずして何と言えばいいのだろう。金にまつわる議員たちの腹黒さは底知れない。
 それに、この「日割り計算」というのもデタラメだ。ほとんど支給に影響がない〝改革〟なのだ。「任期満了」以外は計算外。衆院解散の場合は当てはまらない。つまり、ある月の1日に衆院解散となれば、その月の分の100万円はそのまんま懐に入る。最初に書いたように、日給100万円である。
 これを〝改革〟などと、いったいどの口が言うのか!
 だいたい、衆院解散など数年に一度だ。そのたった一度でさえ「日割り支給」は除外する。要するに、任期満了(ほぼ参院だけ)には該当するが、あとは今までと何も変わらない。それでも「すべての領収書添付」や「余った分の国庫返納」を義務づけるとするなら、まだ分かる。だが、自民党はそれすら渋っている。
 結局、ズルズルとこのまま参院選のどさくさに紛れ、頬っ被りで逃げちまおうという算段だ。狡賢いにもほどがある。彼らの悪知恵には、ほんとうに恐れ入谷の鬼子母神である。

軍事費10兆円超?

 他人の家の火事に乗じて、ほとんど役に立たない火災報知機や、実際の家屋価値よりも高額な火災保険に入らなければ…などと言い出すのも、ある意味では「焼け太り」に似たようなものではないか。これもまた自民党の面々である。こちらは朝日新聞の記事(4月16日付)だ。

防衛費、5年めどにGDP比2%以上
自民党が提言案

 自民党の安全保障調査会(会長=小野寺五典元防衛相)は、防衛費について5年をめどにGDP(国内総生産)比2%以上を目指すよう政府に提言する方向で調整に入った。条件付きで武器輸出を認める「防衛装備移転三原則」を見直し、殺傷能力のある武器を侵略を受けた外国に提供することも検討するよう求める。(略)
 防衛費は現在対GDP比で約1%。ロシアによるウクライナ侵攻を受け、党内には防衛費の増額を求める声が高まった。(略)
 一方、敵基地攻撃能力については、名称などを含め検討が続いている。

 これもまた、入谷の鬼子母神にお参りに行きたくなるような話だ。「防衛装備移転」なる用語にも吐き気がする。これも自民党得意の言い換え戦術。どう考えたって「武器輸出」でしかない事実を「防衛装備移転」とひん曲げる。彼らの言語感覚は、渋谷の女子高生を完全に超えている。
 しかも、ウクライナ戦争を利用して防衛予算を倍にしようと言い出したのだ。日本の通常予算は約107兆円(2021年度)。そのうち防衛予算は約6兆円。それを5年間かけてほぼ倍に増やそうというのだ。優に10兆円を超える。
 労働者賃金はほとんど上がらず、対物価を考慮すれば、この30年間、賃金は実質的に下降している。大手企業の正社員ならいざ知らず、すでに全労働者の40%以上が非正規であるこの国では、最低賃金で呻吟している人たちが溢れている。そこへ、戦争による物価上昇が拍車をかけた。
 さらに「敵基地攻撃能力」を拡げて「指揮系統機能」をも攻撃できるようにする方針だという。つまり、ミサイル基地や出撃拠点の空港などだけではなく、指揮系統も破壊するということだ。こうなれば、都会の中にある指揮設備も攻撃対象になる。ロシア軍がやっている攻撃とどう違うのか?
 いま緊急に取り組まなければならないのは、窮状に陥っている人を救済することだ。それを後回しにして、軍事費を倍にしろ、などというのは、もはや鬼畜の所業だとぼくは思う。

「便乗改憲」を許すな

 さらに、右派の攻撃は「日本国憲法」に及ぶ。国会の憲法審査会が、やけに「改憲論議」で喧しいのだ。これもまたウクライナ戦争を背景にしている。いわゆる「緊急事態対処」での「改憲論」だ。毎日新聞社説(4月18日)が、そこを突いている。社説ってめんどくさくて、ぼくもめったに読まないが、これはまあ、納得できる。

自民の議員任期延長論
透ける「政府の権限強化」

 衆院憲法審査会で、大規模災害などが起きた際に国会議員の任期延長を可能にする緊急事態条項を巡る議論が活発になっている。
 憲法は衆院議員の任期を4年、参院議員を6年と定める。不測の事態で改選されなければ、衆院は議員不在となる。
 自民党は「任期延長によって国会の機能を維持する」という理屈で、憲法改正を訴えている。公明、日本維新の会、国民民主党の3党も同調する。(略)
 世論の反発をかわしやすい任期延長を突破口に憲法に緊急事態条項を設け、政府の権限強化につなげたい思惑が透けて見える。
 緊急事態条項は、三権分立や基本的人権の尊重などの憲法の原則を一時的に停止・制限するものだ。(略)
 緊急事態条項の新設を前面に打ち出した改憲論は、東日本大震災後に自民が提唱した。新型コロナウイルス禍やロシアのウクライナ侵攻に便乗する形で推進しようとしている。
 しかし、国会を軽視してきた自民が「国会の機能維持」を持ち出すのは、ご都合主義と言うしかない。安倍・菅政権は野党の臨時国会召集の求めに応じず、質問に正面から答えない対応が続いた。(略)
 改憲ありきで拙速に議論を進めてはならない。

 なんでも利用するのが「改憲論者」たちである。大震災を利用し、コロナ禍に乗じ、さらには戦争だって「改憲」のリクツにする。
 いま、そんな議論をしている場合か、と言いたい。この戦争をどう終わらせるか、日本は停戦へ向けて何ができるか、全力を挙げて対処すべき時ではないか。
 戦争によって世界経済は混乱し、アメリカを筆頭に日本もヨーロッパも、時ならぬ物価急上昇に見舞われている。とくに日本は、激しい「円売り」に見舞われて、鈴木財務相も「これは悪い円安である」と口走って、さらに円売りに拍車をかける始末だ。もはや「円売り」ではなく「日本売り」状態になっている。
 物価高は、いうまでもなく生活弱者を直撃している。年金生活者やシングルマザー、非正規労働者の痛みを考えるならば、いま政府がやらなければならないことは、物価の安定と弱者救済のための財政出動である。

原発再稼働などとんでもない!

 もうひとつ指摘しておかなければならないことがある。
 ウクライナ戦争に便乗しての「原発再稼働・新増設論」が叫ばれ始めたことだ。「エネルギー危機を乗り越えるためには、早急に原発再稼働しなければならない」という歪んだリクツである。
 ほんとうに冗談じゃない! 原発の危うさは、逆にこの戦争で、いやというほど見せつけられたではないか。チェルノブイリ原発では、放射性物質等の知識のないロシア兵たちが塹壕掘りに駆り出されて、深刻な放射線障害に陥ったとの報告もある。また、技術者たちの交代要員の手当てがつかず、電源喪失の危険まであったとの情報も流れた。
 原発が戦争に巻き込まれた時の危険性は、十分すぎるほど分かったではないか。日本の原発は、対テロ対応策などほとんどなきに等しい。福井の原発は警察が一応、防護にあたっているというけれど、他県の原発ではその準備ができていない。それに、警察による警備があったとしても、ミサイルが撃ち込まれたらそれで終わり。全電源喪失が起きれば、もはやなすすべはない。
 この戦争が、それらを明らかにした。原発など、核装置を身内に四六時中抱えこんでいるようなものだ。なぜそれが分からないのか、ぼくには不思議でならない。
 そこへ、こんなニュースも飛び込んできた。
 日本経済新聞の4月18日の配信記事だ。

トラック輸送可、超小型の原子炉 三菱重工30年代にも
地下に設置、事故リスク減
 三菱重工業はトラックで運べる超小型原子炉を2030年代にも商用化する。電気出力は従来の100万キロワット級の原子炉の2000分の1で、災害地域などで脱炭素電源としての活用を見込む。小型原発は地下に埋めることができ、事故のリスクを抑えやすい。世界的な脱炭素シフトで原発を見直す動きが広がる中、「小型化」技術の視野が広がってきた。開発するのは「マイクロ炉」という原子炉。電気出力は最大500キロワットを想定する。(略)
 トラックのコンテナの中に原子炉や発電設備が収納できるサイズで、高さが約3メートル、幅が約4メートル、重量は40トン未満を想定する。(略)

 戦争+カーボンニュートラルまで視野に入れて、原発小型化にいそしんでいたとは恐れ入る。この記事では「安全性は一段と高める」「冷却材の喪失に伴うリスクも抑える」「事故時には外部の温度で自然冷却する機能も持たせる」などと、その安全性が強調されているが、あの「原発絶対安全神話」で騙された国民を、もう一度騙せると思っているのか。

 戦争に便乗して「軍事費増」や「改憲」、「原発再稼働」など、従来なら口に出しかねていた懸案事項を次々に持ち出してくる。そんな連中が、ザワザワと永田町界隈に、そして財界周辺に蠢いているのが、ぼくにはなんとも腹立たしい……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。