第212回:衰亡する国(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

人口が1億人を割る日

 6月4日の各紙は、一面で大きく伝えていた。「日本の昨年(2021年)の出生率」についての記事である。例えば、朝日新聞。

出生81万人 少子化加速
昨年 出生率1.30
国推計より6年早く到達

 2021年に生まれた日本人の子ども(出生数)は81万1604人で、データがある1899年以降で最少となった。前年より2万9231人(3.5%)少なく、減少は6年連続。国の推計より6年早く81万人台前半に突入し、少子化の加速が鮮明になった。(略)
 政府のシナリオは81万人台の前半になるのは27年と見込んでいたが、想定より早く少子化が進行している。日本人の人口が1億人を切るのは49年と想定していたが、それも早まりそうだ。(略)
 人口を維持するのに必要な出生率(2.06)だけでなく、政府が目標とする「希望出生率1.8」とも大きく乖離している状況だ。(略)
 婚姻数は2年連続の減少で戦後最小の50万1116組だった。(略)

 2008年には日本の人口は約1億2808万人だった。それがたった40年ほどで2800万人以上が減少するとの政府予測が、もっと早まりそうだというのだ。
 『ローマ帝国衰亡史』(エドワード・ギボン)という書があるけれど、いまや「日本国衰亡史」の扉が開かれたと言っていいのかもしれない。強大を誇った国家が“衰亡”していくのにはそれなりの理由があるのだが、あの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』などと浮かれ騒いだ日本という国が、こんなスピードで衰亡への道を辿るとは、著者のエズラ・ヴォーゲルだって予想もしなかったに違いない。

 かつてイギリスは「英国病」と呼ばれるほど、深刻な経済不況や産業の衰退に苦しんだ。しかし誰も「英国衰亡史」を書こうとはしなかった。世界の学者たちが「英国はやがて復活する」と考えていたからだ。「英国政治の強靭さ」がその裏にあった。
 翻って、日本はどうか? このところの国力の衰退は、さまざまなデータからもはっきりと読み取れる。人口減少はもとより、賃金の水準はすでに韓国にも抜かれて久しい。アジア諸国の人たちが日本を訪れようとするのは「物価が安いので買い物が楽しいから」と言われている。
 誰かが『日本国衰亡史』を書き始めているに違いない。

5兆円でできること

 上にあげた「日本の少子化の加速」を見ても、それを食い止める政策を、政府が用意しているとはとても考えられない。それどころか、さらに少子化を加速させるような議論を繰り返しているのが、政府自民党だ。その一例が「防衛費増加」だが、悪いことに連立を組む公明党だけでなく、維新や国民民主までがその議論に参加し始めた。劣化議員たちがよってたかって「日本国衰亡」に加担しているようだ。
 6月3日の東京新聞の一面が目にとまった。東京新聞やるじゃないか、と思った。

防衛費5兆円 暮らしに使えば…
教育なら 大学授業料や給食無料に
年金なら 1人12万円増額
医療なら 負担ゼロ

 自民党は国内総生産(GDP)比2%以上を念頭に防衛費の大幅増を政府に提言し、岸田文雄首相も「相当な増額」を表明した。2022年度の防衛費はGDP比1%程度の約5兆4千億円で、2%以上への増額には5兆円規模の予算が必要になる。(略)

 同紙の村上一樹記者が調査し、それに基づいて試算した結果が上記の見出しになった。同記者は、現在の防衛費を削れと言っているわけじゃない。これから増やそうという5兆円を、民生予算に振り向ければ何ができるかを試算しただけだ。「防衛費の“相当な”増額」よりも、こっちへ使えばこんなことができますよ、ということなのだ。

 教育費の項目など、給食費にさえ事欠く窮乏家庭が増えている現在、ぜひとも必要な施策だ。授業料の高さで大学進学を諦める家庭の多さが、どれだけ人材供給を損ねているか。政治家たちは考えたこともないのだろうか?
 我ら老夫婦も医者にかかる頻度が増えているが、そのたびに医療費負担の高さに溜息が出る。5兆円あればそれがゼロになるというのだ。

 最低賃金水準で暮らしている非正規労働の男女にとって、結婚など夢物語。事実、前掲の朝日の記事にもあるように、昨年の婚姻数は戦後最低だったという。防衛費より、賃金水準の上乗せを考えるのが先だろう。結婚して子どもを産めるような環境がなければ、少子化は進行するばかりだ。

 日本という国が、少子化によって国力を衰退させていくのであれば、少しでもそれを防ぐための施策を考えるのが、政治の最大の役割だ。だが政府も各政党も、防衛費増強に血道を上げるだけで、国民生活を援けて国力回復へ舵を切ろうとする気はないらしい。東京新聞の記事は、それを強く批判しているのである。
 詳しくは、記事中の「防衛費倍増『5兆円』あったら何ができるか?」という表にまとめられているので、ぜひ入手して見てほしい。

防衛費倍増「5兆円」あったら何ができるか?
(政府の資料などに基づく)

 
【子育て・教育】
・大学授業料の無償化 1.8兆円(※)
・児童手当の高校までの延長と所得制限撤廃 1兆円(※)
・小・中学校の給食無償化 4386億円
※立憲民主党試算による

【年金】
・受給権者(4051万人)全員に1人年12万円を追加で支給 4兆8612億円

【医療】
・公的保険医療の自己負担(1~3割)をゼロに 5兆1837億円

【消費税】
・現在10%の税率から、2%を引き下げ 4兆3146億円

《2022年6月3日東京新聞より》

「骨太」って何のこと?

 日本の難民認定数が先進諸国の中で最低なのは、ずっと言われてきたことだ。なぜかウクライナ“避難民”だけは特別扱いのようだけれど、たとえばミャンマー難民などは、以前の扱いと少しも変ってはいない。難民認定数はまったく増えてはいない。
 さらに、悪名高い“技能実習生”の扱いなどもひどいままだ。何が“技能実習”か。低賃金労働者扱いであり、ある会社では殴る蹴るの実態が明らかになった。日本で働きたいという人を大事にして、少子化で陥る労働者不足を解消しようとするはずではなかったのか。

 出入国在留管理局(入管)の体質だって、あのスリランカ人ウィシュマさん死亡事件以後も、ちっとも変っていない。さらに、在日韓国朝鮮人へのヘイトスピーチやヘイト犯罪は増えこそすれ減っちゃいない。要するに、外国人が楽しく働けるような環境を、この国は提供しようとしていない。労働人口だって減る一方だ。
 これが「人権国家」を標榜する日本国だ。衰亡するのも自分のせい。
 だが、自民も公明も維新も国民民主も、ンなこと聞く耳など持っちゃいない。
 「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と呼び変えるなんて、どうしようもない下らぬ議論を繰り返している国会を見ると、絶望的になる。そんなことをやっている場合か、人がいなくなるんだぜ!
 だから、こんな連中には腹が立つのだ。朝日新聞(6月4日付)。

防衛力強化「5年以内」
骨太の方針 自民に配慮、原案修正

 政府は3日の自民党会合で、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の修正案を示した。防衛力の抜本的な強化について、原案では記していなかった期限を「5年以内」と盛り込んだ。具体的な道筋を示すべきだとの党内の声に配慮した形だ。
 修正案では、新たな国家安全保障戦略などの検討を加速するとした上で、「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と記した。「NATO(北大西洋条約機構)諸国は国防予算を対GDP比2%以上とする基準を満たすという誓約」に関する説明も本文に盛り込まれた。(略)
 政府の原案に対し、安倍晋三元首相らから防衛費増額の目安や期限を盛り込むべきだとの声が上がっていた。(略)

 だいたい「骨太の方針」っていったい何だろう? 普通の方針とどう違うのか、ぼくには分からない。“骨太”という言葉で、何かをごまかしているとしか思えない。「基本方針」というより「骨太の方針」と言ったほうが、なにか素晴らしいことをしてくれるような錯覚に陥る。これもまた、自民党得意の言葉の言い換えでしかない。

 他国が2%だから、うちも2%にしなくちゃ…。こうなると、もはや政治ではない。単なる物真似国家だ。GDP比2%に上げれば、あと5兆円以上が軍事費に上乗せされる。そうなれば、日本は米中に続く、世界第3位の軍事大国になる。
 「専守防衛」を国是とする日本が、世界第3位の軍事強国。どう考えたっておかしいでしょ、こんなの。

 そして異様なのは、安倍晋三氏が、こんなところにも顔を出すこと。おなかを壊して引退したのだから、もう余計なことに口出しするなと言いたいけれど、あのペラペラ口は閉まらない。6月4日には講演会で、1千兆円超の国債発行残高について「大丈夫だ。確かに政府には借金はあるが、半分は日銀に国債を買ってもらっている」「政府は日本銀行と一緒にお札を刷ることができる。家計にたとえるのは間違っている」と、借金まみれの経済運営を逆に誇ってみせた。
 自分が生きている間は大丈夫、後の世代のことは知らない…ということか。

衰亡へ拍車をかける…

 6月になって、物価は軒並み高騰している。特に小麦粉の輸入が滞り、うどん、ラーメン、パンやスパゲティなど日常生活品が一斉に値上げ。追い打ちをかけるのが玉ねぎの暴騰、さらに輸入原油の値上がりで石油製品やガソリンも上がる一方。
 ところが黒田東彦日銀総裁は「コロナ禍で貯蓄が積みあがっているから、値上げの許容度も高まっている」などと、耳を疑うような発言をして猛烈な非難を浴びている。安倍元首相と二人三脚で進めてきたアベノミクスの失敗を、何とか押し隠そうとする魂胆なのだろうが、いくらなんでもひどすぎる。

 そんな中での自民党は“防衛費の相当な増額“で大騒ぎ。
 「生活よりも軍事費が大事かい?」と問えば、待ってましたとばかり「ロシアのウクライナ侵攻を見ても国防が最優先、北朝鮮や中国の挑発にも対処するために、防衛費増額は当然」と、いっぱしの軍事評論家のような答えが返ってくる。
 なぜかそんなリクツに踊らされ、世論調査では「軍備増強に賛成」という人が過半数だというから悲しくなってしまう。

 第2次世界大戦が終わり、日本はこの75年の間にひとりの「戦死者」も出してはいない。だが、災害列島とも呼ばれる日本では、すでに何万人という人たちが災害死している。それなら、まず災害対策に最大の力点を置くのが政治の役割だ。自衛隊の任務も、戦争よりもむしろ「災害救助」にシフトチェンジすべきとぼくは思う。

 NHKが調査したところでは、全国の浸水想定区域には、なんと4700万人が暮らしているという。豪雨や地震での大被害は、毎年のように繰り返されている。災害対策と軍備増強のどちらに重点を置くか、それこそが問われているのだ。
 東京新聞が書くように、新たに5兆円の軍事費を計上するよりも、災害対策や民生部門へ費用を回すのが当たり前じゃないのか。

 衰亡に拍車をかけるような政府も政策も、要らない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。